ギリシャ神話

春秋花壇

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紅玉の果実と水神ネリオン

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『紅玉の果実と水神ネリオン』

かつて神々がオリュンポスの山から地上を見下ろしていた頃――
大地は渇きに苦しみ、民は天を仰いで嘆いていた。
川は干上がり、井戸は枯れ、木々は葉を落とした。
それは、水神ネリオンの怒りによるものだった。

ネリオンは、海を支配するポセイドンの末子でありながら、
地の水を司る若き神だった。
しかしある日、彼の愛した乙女が人間の手によって殺された。

それは、彼が姿を隠して通っていた村の娘、セレイア。
ある者が嫉妬し、彼女を「魔女」と告げ口したのだった。

ネリオンは怒り狂い、すべての水を引き上げた。

「人間たちには潤いすらもったいない」

地はひび割れ、空は干からび、果実は育たず、飢えと渇きが国を襲った。

嘆願の神女
神々のひとり、豊穣の女神デメテルは、
この災いに心を痛めていた。
人々が土を耕しても何も育たず、祈りも届かぬと泣いている。

そこでデメテルは一つの策を講じた。
ネリオンの怒りを鎮める「甘き器」を作るという策だ。

「苦しみの中にも、甘さがあると信じてほしい」

彼女は神々の庭で最も紅く、最も甘い果実を育てるよう命じた。
それが――スイカだった。

神の果実
このスイカは、外は緑の鎧に包まれ、
中は血のように赤い果肉を持つ果実。
水をたっぷり蓄え、ひと口かじれば、乾いた喉を潤す冷たさ。

この果実を、デメテルはそっとネリオンの泉に置いた。

ネリオンは最初、鼻で笑った。

「こんなもので私の怒りが解けると思うか」

だが、風に乗って香りが届いたとき、
彼は思わず手に取り、果実を裂いた。

その断面は、あのセレイアの唇のように紅く、
味は、彼女の声のようにやさしかった。

ネリオンは何も言わず、静かにひと口をかじった。

その瞬間、空に雲が流れ込み、
忘れられていた雨が大地に降り注いだ。

水の神子たち
その年から、人々は雨の恵みを祈るとき、
この果実――スイカを捧げるようになった。

ネリオンは、二度と人間に愛を注ぐことはなかったが、
大地を潤す雨だけは惜しまなかった。

セレイアの名は、スイカの品種名として語り継がれた。
甘く、少し涙のようにしょっぱい実には、
神と人の悲しい愛の記憶が込められているという。

現代の祭
今も、ある村ではスイカ祭が行われる。
村人たちは果実を裂き、空に向かって笑いながら種を飛ばす。

それは、ネリオンに届ける風の矢。

「怒りも哀しみも、この甘さに変えてください」

子どもたちの笑い声は、
神がこの地に水を与えた理由を思い出させるためのもの。

スイカの紅は、神の愛。
スイカの種は、記憶のしずく。

その果実は、今も静かに語っている。

おわりに
こうして、スイカはただの夏の果物ではなく、
かつて愛に絶望した水の神が再び大地を潤すきっかけとなった「神の果実」となった。

――神々の時代が終わっても、
スイカの中にはひとしずくの神性が眠っているのかもしれない。

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