ギリシャ神話

花

アメリカンブルーの誓い

アメリカンブルーの誓い

――創作ギリシャ神話より

かつて、エーゲ海の遥か東に「アウリス」と呼ばれる静かな入り江があった。夏でも風が涼しく、海は澄み、空と溶け合うような青が広がっていた。

この地に、ゼウスの末娘である風の精霊・アエラが住んでいた。アエラは青く光る海をこよなく愛していた。彼女の髪は空のように淡く、目は波のように揺れていた。人間界と神々の狭間で、風となって空を舞いながら、誰とも絆を結ばず、孤独を好んでいた。

しかしある年、アウリスの岸辺に一人の若き詩人が流れ着いた。名はリュカオン。難破した船から奇跡的に生還し、息絶えそうな体で岩にしがみついていたそのとき、アエラの風が彼を包み込んだ。

彼女は人の姿を取り、彼を助けた。リュカオンは重傷だったが、アエラが風で運ぶ清らかな水と草花の力で、日ごとに癒えていった。

「おまえは…神か？」

「違うわ。風のように、ただここにいるだけ。」

リュカオンは毎朝、空に詩を詠んだ。アエラの名を呼び、彼女の髪や瞳、声や沈黙までも讃える歌を。アエラはそれを聞いて、初めて「心」というものを知った。

やがて二人の間に静かな絆が生まれた。それは言葉で縛るものではなく、風が肌をなでるような、さりげなくも確かなものだった。

ある日、リュカオンは花の咲く谷で、小さく青い花を見つけた。見たこともないその花は、朝日を受けると空よりも澄んだ青に輝いた。

「これは、君の色だ。僕はこの花を“アメリカンブルー”と呼ぶよ」

「アメリカン……？」

「遥か海の彼方に、青い自由の地があると聞いた。君はその風のように自由で、美しい」

その名はアエラの心に深く刻まれた。

だが、神々の世界は人の愛を許さなかった。ゼウスは告げた。

「風は留まるものではない。人との絆は、風を鈍らせる。おまえがこのまま彼と共にいるなら、風の力を失うだろう」

アエラは苦悩した。だが、彼の命が助かったその日から、彼女の風はもう、彼なしでは吹けなくなっていた。

ある夜、アエラはリュカオンの手を取り、こう告げた。

「私たちの時は、もうすぐ終わる。でも、この花に私たちの絆を託そう」

アエラは風の力で青い花の種を空高く舞い上げ、世界のあらゆる地に撒いた。そして最後にリュカオンの唇に触れ、彼の胸にそっと囁いた。

「たとえ風の姿を失っても、あなたがどこにいても、この花が風に揺れれば、私はそこにいる」

翌朝、アエラの姿はなかった。だが、アウリスの岸辺には一面に青い花が咲いていた。それは、彼女が最後に残した“アメリカンブルー”。

リュカオンは彼女の風を感じるたび、詩を詠んだ。どんなに老いても、どんなに遠くに旅しても、彼が立つ先々で、青い花が微笑むように咲いていた。

人々はその花を「ふたりの絆」「清涼感」の象徴として語り継ぐようになった。そして風が頬を撫でるたび、誰かが恋をした日のことを、そっと思い出すのだった。

――
神話は、時に真実よりも真実を語る。
アエラとリュカオンの愛も、アメリカンブルーの花のように、静かに、そして永遠に咲き続けている。