【完結】ハリントン男爵アレクシス・ハーヴェイの密かな悩み

ひなのさくらこ

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第一章

救国の英雄

 百年と少し前。温暖な気候で災害も少なく、農業漁業に栄え鉄鋼原料の鉱山を持つルフトグランデ王国に、北方の騎馬民族国家レンギルが攻め入った。
 ルフトグランデから見れば、人口も国土も三分の一にすぎない小国からの侵攻だ。猪口才なとばかりに兵を挙げ迎え撃ったところ、思うように応戦できないばかりかじりじりと兵を削られ砦を堕とされていった。
 それもそのはずで、穏やかな気候柄か元々争うことの少ない性質のルフトグランデに比べ、狭い国土で常に食料と獲物を奪い合うことで命を繋いできたレンギルとでは、闘いに臨む気迫からして違っていた。
 あれよあれよという間に戦況は悪化し、これはまずいと気づいた頃には時すでに遅し。長引く戦争で国民は疲弊し、畑は荒れ近海に船を出すこともできない日々に財政状況はたちまち悪化していった。
 中でも武器を自国製造しておらず、輸入に頼っていたのが国庫を圧迫した要因のひとつだ。レンギルは武器輸出国マキガドルと開戦前に協定を結び、ルフトグランデへ武器を売る時には販売価格を吊り上げること、そうすれば終戦後も一定割合の武器を継続して購入し、マキガドル以外の国からは武器を輸入しないことなど様々な条件で話をつけていたのだ。

 そんなことを夢想だにしないルフトグランデは、いざ武器購入を打診して、開戦前の十倍の値段を提示され衝撃を受ける。だが、文句を言おうにも全ては後手にまわり、どこに文句を言いようもない。
 ここでもルフトグランデのよく言えば人を信頼しやすい、悪く言えば騙されやすい特性が現れていた。ひとたび戦争が起これば軍需産業が潤うのは自明の理。限られた武器を購入したいという相手が複数いれば、利益の大きな方へ売るのはある意味当然のことだ。
 だが、戦況が周辺国へ及ぼす影響は甚大だった。レンギルは新興国ではあるものの、戦い方を見ていれば分かるとおり非常に理知的で手回しがいい。落ち着いた戦いぶりは歴戦のつわものさながらだ。
 この戦いで大陸の勢力図が変動すれば、自国の序列が上がる可能性がある。レンギルに対しても、敵対しなかったことで貸しを作ることができる。故に、周辺国は揃って様子見の格好となり、勝利の行く末を安全圏から見守るばかりだった。

 戦争の旗色が悪くなるにつれ、ルフトグランデの貴族たちは時の王に不満を募らせていく。曰く、先見の明がない。曰く、交渉力がない。曰く、そもそもレンギルの戦を受けて立ったのが悪いと。
 中には亡命する貴族まで出る始末だ。国民は動揺し、前線で戦う兵の中には戦線から離脱する者も出るほどだった。

 そんな絶望的な状況をひっくり返したのがジョナサンだ。
 羊毛と綿花を輸出することで利益を得ていたジョナサンは、国内よりもむしろ近隣諸国で名の知られた商人だった。一年の半分は国を離れている彼は、開戦時にもルフトグランデを留守にしていた。
 戦禍の中彼が命懸けで帰国したのは、王太子は戦死し第二王子も重症を負う状況下で、王は降伏か徹底抗戦か、執るべき道を迷いに迷っていた時だ。ジョナサンは真っすぐ城に向かい、王への謁見を申し込む。戦況を覆す土産を持参したというのだ。
 国内ではそれなりに名の知られた商人だったジョナサンの希望は直ちに叶えられた。平民である彼の謁見希望が聞き届けられたのは、それだけ二進にっち三進さっちもいかない状況に追い込まれていた証拠だった。

 ジョナサンの土産は、中立国モンテクロースの助力だった。
 モンテクロースは海を隔てた先にある国だ。国土としてはさほど広くはないが、かの国の最も大きな特徴は宗教国家であることだ。そして神子の化身である女王が生涯独身のまま国を治める。神の恩恵により歳をとらないとされる女王は、処女おとめのまま受胎し子を産み育てるとの伝承があった。実際は女王のお気に入りの子を孕んでいるだけだし、若さを保っているとはいえ老いもするのだが、そんな噂が近隣国家でまかり通る程度には神秘の国であったのだ。

 戒律は厳しくとも国は富み、内需は大きい。各国の商人たちからは一大商圏と目されていたモンテクロースだ。しかし如何せん異教徒に対しては門戸が狭い。余程の正統性を主張しなければ入国は許されず、よしんば許されたとしても街中で神と女王に対する不敬と見做される言動があれば直ちに処刑される恐れがあるため、おいそれと足を踏み入れられない国でもあった。

 どういう手を使ったのか、ジョナサンの持参した親書は間違いなくモンテクロースの女王からのものだった。直ちに援軍を送り、周辺諸国へもモンテクロースはルフトグランデ側に付いたことを宣言するという。

 王は呆然となった。モンテクロースはザンギルのように好戦的ではないものの、神の名において女王が命じれば、死を恐れることなく戦い続けることで知られている。聖戦で命を落とすことは彼らにとって何よりの名誉であり、神の国への招待状でもあるのだ。ある意味ザンギルよりも余程厄介な相手だった。

 結局、モンテクロースの宣言をきっかけにして戦争は終結へ向かった。停戦協定を結び交渉した結果、ザンギルと和平合意に至る。ルフトグランデは辛くも敗戦国となることを免れた。

 ジョナサンがどうやって女王を味方につけたのか。当時の彼は五十に手が届くかどうかという年齢でありながら、背が高く見目もよかった。女王の愛人として閨に侍った見返りだと陰口をたたく者もいたが、真相は明らかではない。

 経緯はともかくとして、彼なくして今日こんにちのルフトグランデが存在しないのは衆目の一致するところだ。中でも王がジョナサンへ感じる恩義は一通りのものではない。あのままでは王家の血筋が断絶するどころか、国家の存続すら危うかったのだから当然のことだった。

 王はジョナサンの望むがままの褒賞を与えると決めていた。しかし、ここで障壁となったのが彼の身分だ。
 いかな功績があろうとも、国法により平民の叙爵は子爵までと定められている。場合によっては越階して伯爵家に叙することもできなくはないが、前例がないため貴族院が許可をだすとは思えなかった。
 国家滅亡の危機に、尻に帆をかけて逃げだそうとしていた連中が何を言うか。王は怒ったが、疲弊した国を建て直すには貴族院の協力が不可欠なのもまた事実。仕方なくジョナサンを呼びだし、忸怩たる思いで事情を説明した王に、彼はあっさりと言った。爵位などいらないと。

 唖然とした王は、説得を続ける中で自らの価値観を第一としていたことを反省した。平民は皆貴族を羨むものだという思い込みがあったことに気づかされたからだ。
 だが、ルフトグランデを救った英雄として国中に知れ渡っているジョナサンへ、国家として褒賞を授けない訳にもいかない。しかし、戦いの傷跡があちこちに残る現在のルフトグランデには、金品で褒賞を与える余裕はどこにもなかった。

 悩む王を前にしたジョナサンは、それでは、と二つの望みを口にした。
 ひとつは男爵位を賜ること。そしてもうひとつは、当代に限った各種税金の免除である。
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