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5.腫れ物王妃②
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王宮で働く者達がそう考える気持ちは理解できる。
遠くの王妃よりも身近にいた側妃に親しみを持つのは、人の感情として当然のこと。
……仕方がないわ。
――誰も悪くはない。
注意するのは違う、彼らの心の内を私が勝手に察しているだけなのだから。
だから今は気づかぬふりをした。
彼らの信頼を得るのに近道など存在はしない。
私は私なりに王妃としてこれから誠心誠意尽してく。その姿を見てもらえれば、きっと彼らとの距離も少しずつ縮まっていく。
焦ってはだめよ、自分らしさを見失ってはだめ。
自分自身にそう言い聞かせて、クローナにも『大丈夫よ』といつものように笑ってみせた。
噂に関して言えば、私はそれほど気にしてはない。あまりにも荒唐無稽な内容だし、面白おかしく話す者はどこにでもいるから、相手にしなければいいだけのこと。
この王宮内で働く者の中に確かな敵はいなくても、味方もいない、そんな状況だった。
でも悲観してはいない。隣国では周囲には敵しかいなかった。それでも乗り越えてきたのだから、きっと大丈夫だ。
「クローナ、国王陛下が戻られたら私が直接話をするわ。側妃を娶った経緯やこれからどうするつもりなのかも。だからあなたは余計なことを口にしては駄目よ」
彼女が罰を受けるような事になって欲しくない。
「…分かりました、ジュンリヤ様。でも私の前では無理して笑わないでください。そんな風に微笑む必要はありません。怒ってもいいし、泣いてもいいです、『側妃のばか!』と叫んでも聞かなかったことにしますから」
クローナは涙を浮かべながら怒り、そして私を気遣ってくれる。
――泣けない私の代わりに泣いてくれている。
ありがとう、クローナ。
王妃として感情を抑える私の代わりに、時には感情を顕にして支えてくれたからこそ、私はあの三年間も耐えられたのだ。
本当に感謝しかない。
「この花瓶を割っても見なかったことにしてくれるかしら?」
「それは駄目です!こっちの安いほうにしてください。あっ、でも出来れば小皿のほうがありがたいです」
そう言いながらクローナはこの部屋の中で一番安いだろうと思われる小皿を差し出してくる。
「ふふ、冗談よ。割ったりしないから安心して」
慌てふためくクローナに作り笑いではない本当の笑みを向ける。
「もうびっくりさせないでください、ジュンリヤ様~」
「ふふ、驚かせてごめんなさいね」
二人で声を上げて笑っていると、隣国でのことを思い出す。
「なんだか懐かしいわね、この感じ」
「はい、私も思い出しました。隣国でも三人でこんな会話をしていましたね。本当に口が悪くて横柄で騎士とは思えない変人でしたけど、隣国で唯一私達と会話をしてくれた人でしたね」
隣国では小さな屋敷で幽閉のような生活を強いられていた。
周囲には護衛という名の監視が付き、もちろん敵国だった私達に向けるのは嫌悪のみ。会話も必要最低限しかなく、それさえも無視されることも度々あった。
でも一人の騎士だけは違った。
乱暴な口調で気が向いた時だけ話し掛けてくる。
そしてくだらないことを言ってクローナを怒らせ、…でも最後には私達を笑わせた。
内容などない会話だった。
それでも張り詰めたような日々を送っていた私とクローナにとっては救いとなった。
その人は『人質なんかに教える名前はないっ』と名乗ることもしなかった。
私達が母国に戻る時も『清々するなっ』としか言わなかった。
それなのに不思議と悪い印象は残っていない。
「恩人さんは元気かしらね?」
私とクローナは名前がないと不便だから、二人だけの時は彼のことを『恩人さん』と呼んでいたのだ。
「絶対に元気に決まっています。きっとどこかで今日も憎まれ口を叩いていますよ、変人ですから」
「…そ、そうね」
否定は出来ないけど、肯定するのは少しだけ気が引けた。
いつからかクローナは彼のことを『変人』と失礼な極まりない呼び方をするようになっていた。
…でもぴったりなのよね。
実は私も五回に一回はそう呼んでいた…。
やっと母国に戻ってきたのに、思い出すのは隣国で唯一話し掛けてきた人の事とは皮肉なものだった。
◇ ◇ ◇
一週間後、アンレイは側妃と共に王宮へと戻ってきた。
すぐに私は『今日中に二人だけで話をしたい』と国王陛下に伝えて欲しいと侍女に頼んだ。
私が置かれた状況はだいたい把握は出来たから、あとは彼から話を聞きたい。三年前も二人で話し合って決めたのだから、今だって出来ないはずはない。
彼と話す時はこの王妃の仮面を取ろうと決めていた。
私の希望はすんなりと通り、午後には彼と会えることになった。
…やっと、やっと二人で話が出来るわ。
とても長く感じた一週間だった。
午後になってから私は侍女に案内されアンレイが待つ庭園へと足を運んだ。侍女のクローナも一緒についてきたが、二人だけで話をしたかったので、彼が待つ東屋までは一人で向かう。
彼も一人だった。
少し離れたところに護衛騎士や侍女が控えているけれど、会話が聞こえる距離ではない。
良かった…、いないわ。
シャンナアンナの姿がないことにホッとしていた。
彼女なら偶然を装って現れかねないと危惧していたけれど、考えすぎだったようだ。
「ジュンリヤ、挨拶もなく辺境に行ってすまなかった」
私が近づいていくと、アンレイが最初に口にしたのは謝罪の言葉だった。
遠くの王妃よりも身近にいた側妃に親しみを持つのは、人の感情として当然のこと。
……仕方がないわ。
――誰も悪くはない。
注意するのは違う、彼らの心の内を私が勝手に察しているだけなのだから。
だから今は気づかぬふりをした。
彼らの信頼を得るのに近道など存在はしない。
私は私なりに王妃としてこれから誠心誠意尽してく。その姿を見てもらえれば、きっと彼らとの距離も少しずつ縮まっていく。
焦ってはだめよ、自分らしさを見失ってはだめ。
自分自身にそう言い聞かせて、クローナにも『大丈夫よ』といつものように笑ってみせた。
噂に関して言えば、私はそれほど気にしてはない。あまりにも荒唐無稽な内容だし、面白おかしく話す者はどこにでもいるから、相手にしなければいいだけのこと。
この王宮内で働く者の中に確かな敵はいなくても、味方もいない、そんな状況だった。
でも悲観してはいない。隣国では周囲には敵しかいなかった。それでも乗り越えてきたのだから、きっと大丈夫だ。
「クローナ、国王陛下が戻られたら私が直接話をするわ。側妃を娶った経緯やこれからどうするつもりなのかも。だからあなたは余計なことを口にしては駄目よ」
彼女が罰を受けるような事になって欲しくない。
「…分かりました、ジュンリヤ様。でも私の前では無理して笑わないでください。そんな風に微笑む必要はありません。怒ってもいいし、泣いてもいいです、『側妃のばか!』と叫んでも聞かなかったことにしますから」
クローナは涙を浮かべながら怒り、そして私を気遣ってくれる。
――泣けない私の代わりに泣いてくれている。
ありがとう、クローナ。
王妃として感情を抑える私の代わりに、時には感情を顕にして支えてくれたからこそ、私はあの三年間も耐えられたのだ。
本当に感謝しかない。
「この花瓶を割っても見なかったことにしてくれるかしら?」
「それは駄目です!こっちの安いほうにしてください。あっ、でも出来れば小皿のほうがありがたいです」
そう言いながらクローナはこの部屋の中で一番安いだろうと思われる小皿を差し出してくる。
「ふふ、冗談よ。割ったりしないから安心して」
慌てふためくクローナに作り笑いではない本当の笑みを向ける。
「もうびっくりさせないでください、ジュンリヤ様~」
「ふふ、驚かせてごめんなさいね」
二人で声を上げて笑っていると、隣国でのことを思い出す。
「なんだか懐かしいわね、この感じ」
「はい、私も思い出しました。隣国でも三人でこんな会話をしていましたね。本当に口が悪くて横柄で騎士とは思えない変人でしたけど、隣国で唯一私達と会話をしてくれた人でしたね」
隣国では小さな屋敷で幽閉のような生活を強いられていた。
周囲には護衛という名の監視が付き、もちろん敵国だった私達に向けるのは嫌悪のみ。会話も必要最低限しかなく、それさえも無視されることも度々あった。
でも一人の騎士だけは違った。
乱暴な口調で気が向いた時だけ話し掛けてくる。
そしてくだらないことを言ってクローナを怒らせ、…でも最後には私達を笑わせた。
内容などない会話だった。
それでも張り詰めたような日々を送っていた私とクローナにとっては救いとなった。
その人は『人質なんかに教える名前はないっ』と名乗ることもしなかった。
私達が母国に戻る時も『清々するなっ』としか言わなかった。
それなのに不思議と悪い印象は残っていない。
「恩人さんは元気かしらね?」
私とクローナは名前がないと不便だから、二人だけの時は彼のことを『恩人さん』と呼んでいたのだ。
「絶対に元気に決まっています。きっとどこかで今日も憎まれ口を叩いていますよ、変人ですから」
「…そ、そうね」
否定は出来ないけど、肯定するのは少しだけ気が引けた。
いつからかクローナは彼のことを『変人』と失礼な極まりない呼び方をするようになっていた。
…でもぴったりなのよね。
実は私も五回に一回はそう呼んでいた…。
やっと母国に戻ってきたのに、思い出すのは隣国で唯一話し掛けてきた人の事とは皮肉なものだった。
◇ ◇ ◇
一週間後、アンレイは側妃と共に王宮へと戻ってきた。
すぐに私は『今日中に二人だけで話をしたい』と国王陛下に伝えて欲しいと侍女に頼んだ。
私が置かれた状況はだいたい把握は出来たから、あとは彼から話を聞きたい。三年前も二人で話し合って決めたのだから、今だって出来ないはずはない。
彼と話す時はこの王妃の仮面を取ろうと決めていた。
私の希望はすんなりと通り、午後には彼と会えることになった。
…やっと、やっと二人で話が出来るわ。
とても長く感じた一週間だった。
午後になってから私は侍女に案内されアンレイが待つ庭園へと足を運んだ。侍女のクローナも一緒についてきたが、二人だけで話をしたかったので、彼が待つ東屋までは一人で向かう。
彼も一人だった。
少し離れたところに護衛騎士や侍女が控えているけれど、会話が聞こえる距離ではない。
良かった…、いないわ。
シャンナアンナの姿がないことにホッとしていた。
彼女なら偶然を装って現れかねないと危惧していたけれど、考えすぎだったようだ。
「ジュンリヤ、挨拶もなく辺境に行ってすまなかった」
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