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21.初めての贈り物

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---離宮ある夜の出来事---
使用人ダイニングルームではトト爺を中心に話が盛り上がっていた。なんでも『お可哀想に、ギルア様は性病から勃起不全になり悩んでいるんじゃ、秘密だがの~ホッホッホ』とみんなに暴露していたのだ。
離宮の使用人達は訳ありの者ばかりである、大体の者達はこの噂は裏がある、意図的にトト爺は広めていると察していた。分かったうえで、酒のつまみにして楽しんでいたのだ。大人の対応というものである。
…だが残念な事に鵜呑みにしているお子ちゃまも数名いた。【魅惑の会】会員シルビア・会長コリン、純情クマアートン、真面目猫ダイの四人だ。一人目は『なんて悲惨なの』と本気で心配し、二人目は『なんて美味しい話なの♪』と目を輝かせ、三人目と四人目はなんだか痛そうな顔をして自分の股間を見つめていた。


***************************

「熱っ!!」 ガラガラ、カーン!
離宮の厨房で料理をしているシルビアが鍋を焦がしそうになり、慌てて素手で鍋を火から下ろそうとして、見事に落としてしまった。
「お怪我はありやせんか?シルビア様!」
コック長のアートンがシルビアの右手を水で冷やしながら、心配そうに聞いてくる。

「大丈夫、大丈夫。でもこの料理はもう食べられないわね…」
「鍋は床に落ちましたが、中身は無事ですや。ラッキーでしたね」
「わぁ、本当に運がいい!これで作り直さなくて済むわ♪なんとかお昼に間に合いそう」

今朝は早くから、シルビアは厨房でたくさんの種類の料理を作っている。食材はシルビアが事前に指定してアートンに準備してもらっていた。指定された食材は【山芋・鰻・ニンニク・豚のゼラチン・ごま・アーモンド・イモリの干物】いわゆるが付く食材として有名なものばかりだ。何をしたいのかと聞きたいが、なんか破廉恥な気がして聞けない純情クマアートン、とにかく厨房でのアシストのみに専念している。
コック長アートンのお陰で、予定より早く作り終えたシルビアは、出来た料理を蓋の付いた器にドンドン詰めていく。正妃なのに、料理人見習いと言っていいほど手際が良い。
全て料理を詰め終わり、それらを大きなスカーフで包みキュッと蝶々結びをして完成!

早速、護衛騎士サカトかダイに王宮まで届けてもらおうと、彼らの部屋に頼みに行く。トントン、軽快なリズムで扉を叩くと、『はい』と言う返事と同時に扉が開いた。
「どちらかにお使いを頼みたいの。これを手紙と一緒に王宮のギルア様に届けてくれる?」
「もちろん、いいですよ。俺、今から王宮の騎士隊長の訓練を受けに行くのでところだったんで、その前に届けます」

今日のサカトは憧れの騎士隊長から直々に剣の指導を受ける予定なので、ちょうど出掛けるところだった。なので快く引き受け、シルビアから荷物を受け取った。

「ところで中身は何ですか?」
「きのうトト爺が話していたでしょ、お可哀想に…。それに効果がある食材で色々作ってみたの、ズバリ!『元気ビンビン弁当』よ」
「……そ、そうですか。ちゃんとお渡ししてきます、でもそのは言わなくていいですよね?」
「大丈夫、わざわざ言わなくていいわ」
「良かったぁ~。では行ってきます」
「いってらっしゃい、よろしくね!」

サカトは頼まれた荷物の中身がぐしゃぐしゃにならないようにゆっくりと馬を走らせ、20分後に王宮に到着した。事前の約束がなかったので執務室まで辿り着くには時間が掛かると覚悟していたが、政務棟入口で『シルビア様の使いで来た、護衛騎士サカトです』と名前を告げたら、すぐに宰相が耳をピンとさせながらサカトのところまでやって来た。

「サカト、ギルア様がお待ちです、執務室まで行きますよ」

何故事前に約束もしていないのに国王が自分を待っているから分からないが、兎に角、早足の宰相についていく。

「私の耳は入口付近の声は聞こえます。シルビア様の使いが来たようだと伝えたら、ギルア様がすぐに迎えに行けと私を寄越したのです」

サカトが疑問に思っている事を見通して、宰相が答えてくれる。そして国王執務室の前で入室待ちをしている文官達を追い越し、中へと入っていく。どうやらシルビア様の使いは特別枠らしい。
国王との一対一の対面は初めてなので、緊張しながらもサカトはギルアの前に立ち用件を伝える。

「シルビア様からお渡しするように頼まれました、手紙とお弁当です」
「おおー!シルビアからのラブレターと愛妻弁当か!!初めてだぞ♪」

手紙と弁当を受け取り、尻尾ブルンブルンのギルアは『手紙→ラブレター』・『お弁当→愛妻弁当』と、サカトの伝言を勝手に脳内変換している。このセリフを聞いて気付かない者はいないだろう、サカトはギルアがいつの間にかシルビアに恋をしていると知った。

(ううん?いつからギルア様はシルビア様に愛情を持ったんだ?ついこの間まで、そんな雰囲気ではなかったはずだが…。でも、この状況はマズイんじゃないか…。この弁当はあの噂を信じての差し入れだぞ、断じて愛妻弁当ではないはずだ…)

サカトは察しが良いし、勘が働くタイプだ。この状況は危険だと自分の第六感が訴えている、額からは汗が流れ始めてきた。早く退出したくて尻尾を左右に小刻みに動かしながらシタン、シタンと床を打ち始めた。

「うんん?もしかしてギルア様、シルビア様を好きになっちゃったの? みんな知らなかったなー、全然そんな態度見せてなかったのに。早速ラブレター読んでみなよ、ワッハッハ」!
「まぁ、俺も最近自分の気持ちに気づいたくらいだから、周りが気づいていないのは当然だな」

馬鹿二人のやり取りを、スルーする宰相と周りの臣下達だが心の中では罵倒していた。
(((ギルア様の態度は丸わかりだったです!!そして気づいていない馬鹿はお前ガロンだけだ!)))

そしてギルアはあまりの嬉しさに声に出してラブレターを自慢げに読み始める。
「なになに、【ギルア様へ 先日のお茶会は大変楽しいものでした、またお時間がありましたら是非お誘いください。】可愛いこと言ってくれるな、宰相!すぐに次回のお茶会の予定をいれてくれ。まだ続きがあるぞ、【あと今、お体の下の部分が大変お辛い状況だとトト爺から聞きました。私にも何か出来ればと、精の付く食材で『』を作りました、効果があれば幸いです♪早く回復され元気になられる事をお祈りしています。  シルビアより】…」
「「「………」」」」

最初は弾んだ声で音読していたが、途中からは棒読みになってしまっていた。仕方が無い、内容があれでは…。
部屋にいる者達は、みんなあの噂を耳にしている。この手紙の内容からシルビアも噂を耳にして、愛妻弁当ではなく、下半身の食物療法として『元気ビンビン弁当』を差し入れたのだと理解した。
この手紙とお弁当を運んできたサカトは居たたまれない、すぐにでもこの場から逃げたいが逃げられる状況ではない。

(確かに出発前、シルビア様は弁当名を『大丈夫、言わなくていいわ』と言っていた。俺は伝えなくてもいい事に安堵したがそういう事でなかったのか!から伝わるって意味だったとは…。はぁ~どうすればいいんだ)

誰一人逃げることは許されず、かと言ってこの手紙に対する感想など言えるはずもない。

「……、大変心のこもっている手作り弁当で良かったですね、ギルア様。開けてみたらどうですか?」
「そっそうだな……」

気まずい雰囲気を変えようと宰相がギルアに弁当を開けることを促す、もう次に出来ることはそれしかない、前進あるのみだ。---みんなで宰相に拍手、拍手。
ピンク色のスカーフの蝶々結びを解くと大きな入れ物が三つ入っていた。その蓋を開けると何とも美味しそうな匂いが部屋に充満する。
【山芋揚げ・鰻の蒲焼き・ニンニクの丸ごと焼き・豚のゼラチンたっぷりの豚の角煮・胡麻和え・アーモンド入りクッキー】
彩りもちゃんと考えてあり見映えは素晴らしい、ギルアが手掴みでパックと食べてみると凄く美味しい、弁当としては文句の付けようがない。ただ名前が『元気ビンビン弁当』で中身が『精力向上食材』をふんだんに使用しているだけだ、小さな問題だ、本当に些細な問題だ。

「美味しいならいいだろ!弁当は味が一番重要だ、ワッハッハ」
「そうです。このお弁当はギルア様を心配するあまりに作ってくれたのです。つまり『心配する=ギルア様が気になっている=好きかも=愛情』という事です。だから愛妻弁当に間違いありません!」

どう考えても宰相の言っている事はこじつけだし、ガロンは弁当の味の事しか考えていない。お前ら何言ってるんだと周りの者は呆れている。
普段のギルアは有能な王だ、臣下の筋が通っていない意見など信じたりしない。冷静に考え、今回の贈り物は下半身の病気に効く食物の摂取を勧めているものだと判断しているだろう。『ラブレター・愛妻弁当』のキーワードも消去したはずだ。しっかーし!今のギルアほど冷静とかけ離れている男はいない!
(お・の・れートト爺!あんな噂を王宮に流すだけでなく、シルビアの耳にも入れるなど許さん。下半身がだらしない男だと思われたらどうしてくれる!)---側妃が三人いる時点で十分だらしない男だろう。
またまた勝手に脳内変換が行われ、めでたく宰相の意見が採用された…『ラブレター・愛妻弁当』確定!…ギルアは『残念な男』確定。
「シルビアが俺をもの凄ーく心配してくれる気持ちは手紙と愛妻弁当から十分伝わった。ただほんの少し誤解があるようだ。それを解く為に手紙を書くから、サカト直ぐにシルビアに届けろ!そして誤解が解けたか確認してすぐに報告に来い!」

ギルアは手紙に【お礼】と【次のお茶会のお誘い】と【トト爺が流しているデマは政治的戦略であり信じないように】と書き連ねていった。特に三番目はより強調しておく。

本当はお使いの後、サカトは王宮騎士隊長の訓練を受ける予定であったが、泣く泣くキャンセルし、ギルアの手紙を持って離宮へと急ぎ戻っていった。
そして再度王宮に戻り『勃起不全疑惑』が解消された旨の手紙をギルアに無事届けた。
やっと終わったーと気が緩み、執務室前の警護騎士と雑談をしていると、うっかり『BL疑惑』について口を滑らせしまったサカト、まずいと思ったが時すでに遅し…ギルアに再度捕まった。それはなんだと追及され、次なる『BL疑惑』解消の為の手紙を持って馬を走らせる破目になってしまった。結局離宮と王宮の間を三往復もして、その日は終了となった。

---夜、サカトはベットに入ると堪らずに男泣きしていた。半年前に予約をし、今日は憧れの騎士隊長に扱いてもらえる特別な日になるはずだったのだ。悔しさがこみ上げてくる。
「『疑惑』のデパートのバカヤロー!」
叫んでも、誰をと名指ししないサカトは偉かった。

******************************

翌日、昨日のキャンセルを引きずっているサカトはまだ落ち込んでいた。騎士隊長の訓練はみんな希望するので大変人気があり、今度いつ参加する機会が回ってくるか分からないのだ。

「はあー。俺って馬鹿だよな。あの時、自分の勘を信じて体調が悪いとか言ってすぐに退出すれば良かったんだ」
「サカトあまり落ち込むな、俺と訓練しよう」

同じ騎士であるダイはサカトが落ち込む気持ちが痛いほど分かるし、昨夜の叫びも聞いているので優しく慰めている。

「サカト元気ないわね? 昨日はお使い有り難う。手紙で噂の真相も分かったし感謝しているわ。ギルア様も貴方の働きを褒めていたわよ!」
「それは大変光栄です。はぁ~」

サカトは返事はしてるが、テーブルに顔を伏せたまま動けない、まだショックは続いているのだ。

「「ジャッジャーン、サプライズ!」」

シルビアとダイが変な事言ってるなと思っていると、次に渋い声が聞こえてきた。

「その様子では個人訓練は無理かな?サカト」

サカトがガバッと頭を上げ、声の人物を見上げると、憧れの騎士隊長が目の前に立っていた。

「ギルア様から、直接お願いされてな。サカトの昨日の働きに報いたいから、無理矢理キャンセルさせた訓練を離宮でしてやってくれと。どうだ、やるか?」
「はい!未熟者ですがよろしくお願いします!!」

この後、サカトは半日も一対一で騎士隊長の訓練を受けていた。ヘロヘロになりながら嬉しそうに尻尾を大きく左右に振るサカトは少年のようにはしゃいでいた。

---ギルアは自分の恋の応援者には優しい男なのである。

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