不惑にして惑う〜中年、逃避のすえ南国パリピとバディを組む〜

菜春香

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第一章

もう無理^_^

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 やった、やってしまった。
 向山孝子はピンクのポップな飛行機を降り、乾いた東京とは違う空気に触れた瞬間どっと汗が噴き出した。ホットフラッシュではない。己の衝動に震えたのだ。お高いチョコレートを買うとか、テレワークを可愛い喫茶店でやるとか、そういうちょっとした衝動に任せたストレス発散はまあやっていた。しかし今日のは超弩級だ。
 大手町のクライアント先での打ち合わせが終わり、私用スマホに届いたローコストキャリアな航空会社のダイレクトメールを開いて、そして今である。人の行動力とは恐ろしい、成田エクスプレスに飛び乗れてしまったのも衝動を後押しした。何でそこでわざわざ明日までに提出とか客に約束するのか分からない(客は、来週締め切りだと言っていた……)上役のせいで今日中に作業して明日には上役のチェックをもらわないといけない仕事、現在時刻は17:30、子供のお迎えにギリ間に合うスケジュール。つまり子供を寝かしつけ家事を終えて、だいたい23:00~2:00くらいまでで対応するということだ。明日の起床は6:00、弁当と朝食を作って子供達を起こし身支度をさせ送り出し、自分も出発するのである。ほぼ毎日こんな感じだった。まあその、やってられるか、というのが偽らざる本音ではあった。仕事が嫌なわけでも子供が嫌なわけでもなかったが、この生活に限界が来たというのが実際だろう。
 なので、孝子は、衝動に我を忘れながら飛行機に乗り込む前に在宅勤務中の夫に子供の迎えに行くこととしばらく帰らないことをLINEし、会社にはインフルエンザで一週間休むとメールした。己の所業に慄きながらも、やることはやっていたのだ。ただ飛行機に乗るから電子機器の電源は切ったし、降りた今はたまたま、まだ電源を付けていないだけだ。……すこし長めのたまたまにするだけだ。
 一月だというのに若干暖かくすらある気温に、孝子はコートを脱ぐ。パンツスーツにPCリュックを背負った孝子の風体は、ダイビングや釣りの準備を抱えたほかの利用者と比べて目立っていた。明らかに出張の人だ。でも出張ではない、逃げてきただけだった。
 どうするんだ、と自問しても答えはない。しかしすぐに飛行機に乗って帰るかというと、そうは出来なかった。動揺と混乱の中ではあったが、後悔はなかったのだ。
 もう無理です。それだけが孝子にとって今の事実だった。
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