目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第5章 3 口付け

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1


「ダ、ダニエル様。お待たせしてすみません。」
私はハーハー息を吐きながら先輩の側に駆け寄った。

「・・・・。」

所が何故かダニエル先輩は返事をせず、口をポカンと開けたまま私を見ている。
「あの、ダニエル様?」
あー言いにくいなあ。ついつい先輩って言いそうになっちゃうよ。

「あ、い、いや。その・・・すごく良く似合ってるよ。その服・・・。」

顔を真っ赤にして余所見をして言うダニエル先輩。う、こういうの反則だ。つい胸がときめいてしまう。
「あ、ありがとうございます・・・。」
ついつい私も顔が赤くなってしまう。う~これではまるで付き合いたての高校生のようなレベルじゃ無いの。我ながら恥ずかしくなってしまう。

「そ、それじゃ行こうか?」

ダニエル先輩はスッと左手を差し出した。これは・・・手を繋ごうという意味なのかな?私は右手を出すと、ダニエル先輩はがっちり、恋人繋ぎをしてくるではないか。おお、恋人ごっこをする気満々だ。私は隣を歩く先輩を見上げると、ダニエル先輩は耳まで赤く染めている。・・・ピュアな人だ。

「ところでダニエル様。何処で食事をするのですか?」
私は疑問に思って尋ねた。確かにここの学院の学食は味も一流だが、デートの食事としては首を捻ってしまう。他に何処か食事出来る場所なんてあったかなあ・・・?

 するとダニエル先輩が言った。

「あれ?君は知らないの?この学院には完全予約制のレストランがあるんだよ。
メニューも学食とは違ってコースメニューで出て来る特別な店なんだけど。」

ええ?!これまたびっくり。一体私の小説は何処まで進化を遂げるのだろう。

「そうなんですか~。今から楽しみです。」

「う、うん。楽しみにしていて。」

ダニエル先輩は顔を赤らめて言った。


 ここのレストランは確かにダニエル先輩が言っただけの事はあり、本当に素晴らしかった。前菜から始まり、最後のデザートまで何もかもが美味しくて、もし星幾つ付けますか?と聞かれたら私は迷わず、星5つ上げていただろう。
 美味しい料理ですっかり楽しくなった私は饒舌になりダニエル先輩に色々な話を聞かせた。最も私が話す事と言えばマリウスやアラン王子に生徒会長、グレイにルーク・・・他の男性の話ばかりだったので、最初はダニエル先輩もあまりいい顔をしていなかった。
けれど私がマリウスのおかしな性癖を暴露してしまったり、俺様王子や生徒会長が実はスイーツ好きな乙女心を持っている事等を話すと目に涙を浮かべてダニエル先輩は笑い転げていた。
 今頃きっと彼等は合宿所で訳の分からないくしゃみを連発していたに違いないだろう。あー楽しいなあ。

 レストランを出た私たちはすっかり仲良くなって、自然に手を繋いで歩いていた。

「ところでダニエル様、映画って何処で観るんですか?」

「うん、実はその映画って言うのは実は外で上映するんだ。今夜は月に1度の上映会の日なんだよね。とても素晴らしい映像を観る事が出来るから、是非君と一緒に観に来たかったんだ。」

ダニエル先輩は今迄一度も観たことが無いような笑顔で言った。ああ、この人はこんな風に笑う事があるんだ—。

 上映会場はまるでコロシアムのような形をしていた。円形の形に階段になっているかのような座席・・・。
そしてぽっかりと空いた空間には直径30m程の大きな球体がどういう原理なのかは知らないが空中に浮かんでいる。それだけでも私には十分不思議な光景だった。

 観客の殆どはカップルばかりだったが、中には友人同士や1人で観に来ている学生もいた。

「ほら、もうすぐ始まるよ。」

ダニエル先輩が私の耳元で囁く。
すると、次々と周囲の明かりが消えてゆき、ついには辺りが真っ暗になった。
そして―映画が始まった。

 映画の内容はこの世界の物語だった。門を隔てて人間と魔族が住むこの世界・・・門はお互いの種族が行き来できないように人間側と魔族側とで管理している。それをある日、門を破ってこちら側に侵入し征服しようとした魔王を、このセント・レイズ学院の生徒達が戦って勝利を治め、再び世界は平和になったという・・・。

 私はとても感動していた。自分の作った小説の世界が、このような幻想的な美しい映像として見られたと言う事に・・・。今まで訳も分からないまま、一人突然この世界に放り出され、しかも私のポジションは悪女として裁かれて最後は流刑地へと送られてしまう、救いようのない役どころ。そんな境遇に置かれたこの世界から早く抜け出す事ばかり考えていたけれど、この映像を観て初めてここに来れて良かったと思えた。
 私は全く気が付いていなかったのだが、ふと隣に座っているダニエル先輩が何故か私を驚いたようにじっと見つめている。

「え・・・?ど、どうしたんですか?」

「ジェシカ・・・君、泣いてるの・・?」

「え?あ!」
ダニエル先輩に言われて私はその時初めて自分が泣いている事に気が付いた。健一に振られたときも、会社を辞める時も、そしていきなりこの世界に放り込まれ、自分が悪女としての役割を与えられてしまった事に気が付いた時も、一度も泣いた事等なかったのに、この映像を観てまさか自分が泣いてしまっていたなんて・・・。

「あ・・あれ・・?私、どうしちゃったんでしょうね。何だか、すごくこの映画に感動しちゃって・・・。」
それでも何故か私の目から涙がポロポロ出てきて止まらない。いつから自分はこんな泣き虫になってしまったのだろう。

「ジェシカ・・・。」

ダニエル先輩が私の頬に手を当てた。その瞳は切なげに揺れている。
もしかして先輩は泣いてる私に同情してくれてるのだろうか・・・?

そして、気付くと私は口付けられていた・・・・。



映画を観終った帰り道―
私とダニエル先輩は無言で寮に向かって歩いていた。何か言わなければ・・・そう思ったものの、何と声をかけて良いか分からない。

「・・・ごめん。」

突然ダニエル先輩から話しかけてきた。

「え?」
私は顔を上げて先輩を見る。月明かりのせいで先輩の顔が逆光になっている為にその表情はうかがい知れないが、何故か酷く傷ついているように感じた。

「突然・・・あんな事して、驚かせてしまって。本当に・・・ごめん。」

何だかその声は泣きそうに聞こえた。
「ダニエル様・・・。」
どうしよう、何て声をかけてあげれば良いのだろう。大丈夫です、気にしていませんとでも言えば良いのだろうか?いや、それでは余計に先輩を傷つけてしまいそうな気がする。私が返答に困っていると、再びダニエル先輩が話始めた。

「これじゃ、ノア先輩の事何も言えないね。と言うか、僕が一番最低な男かもしれない。だってジェシカの周りには色々な男がいるのに、こんな事してしまったのは僕以外にいないんだから。」

ダニエル先輩の声が震えている。きっと・・・泣いているんだ。
私は深呼吸すると先輩の手を自分から握り、言った。

「ダニエル様、寒くなってきましたね。ほら、手を繋げば温かいですよ。」

先輩の手は震え、戸惑っていたが・・・やがて私の手をギュっと握り返してきた。
私は歩きながら月を見上げて言った。

「ねえ、見てください。あの月を。まるでさっき見た映画のように美しいですよ。」

そして私は先輩の顔を見上げて言う。
「今夜は素敵な映画を観せて頂いて有難うございます。ダニエル様のお陰で・・・涙もとまりました。一緒に来れて本当に良かったです。また、明日から・・よろしくお願いしますね。」
そう言ってほほ笑んだ。

私の事を唖然として見ていたダニエル先輩も・・・微笑み返してくれたのだった―




2


女子寮に戻ってきた私。ああいう雰囲気を作ってしまったのは、多分私のせいだ。きっとダニエル先輩は流されて私にあんな事をしてきたのだろう・・・。う~ん、やっぱりあれじゃダニエル先輩に気まずい思いさせてしまったよね。やはり、ここは精神年齢25歳である私が明日から何事も無く振る舞ってあげるしかないだろう。日本にいた時は、そこそこ恋愛も経験してきた訳だから、ここは大人の余裕を見せなければ。よし、気持ちを切り替えて、明日からはマリウス達が戻るまでダニエル先輩と恋人同士の演技を続けて、ノア先輩から守って貰おう。確か小説の設定では先輩は魔力がとても強く、魔法攻撃に関しては右に出るものはいないと書いた位だから。

 それにしても・・・。
私はデスクの上に置いたPCとプリンターにかけた布を剥がした。
「どうするのよ、これ・・・。」
起動ボタンは押してもうんともすんとも言わない。これでは本当に邪魔な置物でしか無い。ほんとに電気があれば、コンセントがあれば・・・。PCを起動する事が出来るのに・・。ああ、欲しい。電気が、コンセントがあっ!と願っても当然出てくるはずも無く・・。考えた挙句。

「シャワー浴びよ。」
私は気持ちを切り替える事にした。
熱いシャワーを浴び、すっきりして以前ルークから貰った果実酒を飲みながらこれからの事を考えよう。取り合えず私の今後の課題は図書館司書のアメリアと仲良くなりつつ、アカシックレコードの謎を解く本を探す事だ。
 でも自分があまりテレビを観たり、ゲームをする習慣が無い人間で本当に良かったとつくづく思う。そうでなければこんな電気すらないアナログ生活耐えられなかっただろうしね。

 私は部屋に備え付けのシャワールームへ入ると、バスタブにお湯を溜める。その間に着替えの用意をして寝る準備を整えた。

「もうお湯たまったかな?」
暫くたってからバスルームを覗くと、丁度良い具合にお湯が溜まっていた。
よし、これならもう入れそうだ。


「ふ~気持ちいい~。」
本当なら大浴場に行って思い切り足を伸ばしてお湯に入りたいところなのだが、ソフィーとあんな事になってしまったからには行くわけにはいかない。正直今のソフィーが何を考えてるのか私には全く分からない。それどころか、酷く恨まれている気もするし・・・。とにかく今は下手に接触を避けるべきだろう。非常に残念だけど大浴場は暫くおあづけかな・・?

 今日は色々な事があり過ぎて疲れてしまったのでちょっと頭の中で今日会った出来事を整理する事にしよう。まずは・・・

① 前日の夜にソフィーの事で話があるとダニエル先輩にサロンに誘われ、お酒を飲みすぎて、意識を失い、先輩に逢瀬の塔に運んで貰った

② 私が夢の中で黒髪の男に裁きを受け、監獄に幽閉されるという妙にリアルすぎる夢を見た

③ 二日酔い治療の為にマリア先生の元を訪れ、夢の話をしたところ『アカシックレコード』の話を聞かされる

④ ソフィーに付きまとわれるダニエル先輩、そしてノア先輩に付きまとわれる私が結託してマリウス達が戻ってくるまで恋人(仮)の演技をする事になった

⑤ 授業を休んだ私は『アカシックレコード』の事を調べるために図書館へ行くと、そこの図書館司書が私にメモを渡してきた女性だった(名前はアメリア)。そして彼女は何故か記憶喪失となっていた

⑥ ダニエル先輩と夜、デートをした私は映画を観て感動して泣いてしまい、何故か先輩にキスされてしまった

 指折り数えて、私は頭がクラクラしてきた。
たった1日でこれ程の出来事があったとは・・・。これでは身体も心も疲れ切っているはずだ。でもまだまだ、バタバタした日常が続くのだろうな・・。何せ、あの男が停学処分が終わって学院に戻って来るのだから・・・。それにソフィーという厄介なヒロインも存在しているし。
ああっ!もう何もかも投げ出して逃げ出したい!でも、今の状態で逃げ出したとして生活をしていけるのだろうか?やはりここは何か生計を立てられる仕事をこの学院にいる間に見つけて、どこか遠くに出奔して・・?

「そうよ・・・・。私が裁かれる前にこの学院から逃げ出してしまえばいいだけじゃない・・。」
そうだ、何故こんな簡単な話に今まで気が付かなかったのだろう。要は私がこの学院から・・と言うか、皆の前から姿を消してしまえばいいだけの話。
「よし、そうと決まれば色々準備していかないとね・・・・。」

 
 お風呂から上がると、私は自分が持ってきた持ち物を改めて全て確認してみる。
トランクにはまだまだ露出の激しいナイトドレスがぎっしり入っていた。
これらを売ればかなりの金額になるに決まっている。
 次に調べたのは宝飾品の数々、大小様々な箱に時価総額幾らになるか想像もつかないようなダイヤのアクセサリーがこれまた大量に入っている。本当にジェシカは呆れる程贅沢が身に染みている女だったようだ。リッジウェイ家はひょっとすると領地の民に重い課税を行い、自分たちは贅沢三昧な生活をしていたのだろうか?もしそうだとすると、リッジウェイ家の人間達は最低な人種なのかもしれない。
「って何考え込んでるのよ、私ったら!今は一刻も早くこの学院から逃げ出す準備を始めるのよ!」
 私は残りのトランクを次々と開けていった。・・・うん、結局今の私が必要と思われる荷物は一切無かった。よって、これらを休暇の度に町へ出て。足が付かないように少しずつ処理をしていく事に決定!
「後は・・・何処へ逃げて、どんなふうに生活していくかよね・・・。何処の国へ行けば一番生活しやすいんだろう?誰に聞けばいいのかなあ・・・?」
マリウスやアラン王子等に質問しようものなら大騒ぎになって出奔の計画はパアにされてしまうだろう。ここは一つ、女性に・・・。
「そうだ、エマに聞いてみればいいんだ・・・。」
エマは兎に角なんでも物知りだ。きっと彼女ならどこの国が女1人でも住みやすい国なのか、きっと知ってるはずなので教えて貰おう。

 途端に私の心は軽くなり、楽しい気分になってきた。後は、誰にも知られずにこっそり学院を出る事だよね。どうすればいいのか・・・じっくり計画を練る事にしよう。
 とりあえず私はルークのくれた果実酒を1杯飲んでベッドに入った・・・。



ハアハア・・・・息が切れる。私は必死で森の中を逃げている。背後からは馬に乗った大勢の兵士たちが私の後を追ってきている。
早く、早く逃げなくては・・・捕まってしまう。

「待て!ジェシカ・リッジウェイ!貴様・・・この学院から逃げられるとでも思ったか?!」

怒鳴り声が私を委縮させる。でも、こんな所で捕まる訳には行かない!だって私は・・・・・・!

 その時、私は木の幹に足を引っかけて派手に転んでしまう。急いで身を起こし、逃げようとしたが、右足に酷い激痛が走った。う!い、痛い・・!!

「ついに捕らえたぞ!この悪女め!!」

追いつかれた私は腕を掴まれ、無理やり立たされる。右足に激しい激痛が走り、思わず痛さで顔が歪む。

「ハッハッハ!!いいざまだ!ジェシカ・リッジウェイ!やはり聖女様の言った通り、この道を通って逃げ出したか!」

私を捉えた兵士は鉄仮面を被っていた為、表情をうかがい知れない。

その時、1頭の白馬に乗った2人の人物が現れた。

そこに乗っていたのは・・・。

「ジェシカさん、逃げるとより一層罪が重くなりますよ。どうか学院に戻ってご自分の犯した罪を償って下さい。」

まるで姫のような姿をしたソフィーが後ろに乗ったアラン王子に抱きかかえられるように馬に乗って現れたのだった・・・・。




3


「!」
私はそこで突然目が覚め、飛び起きた。心臓は早鐘を打ち、身体はしっとり汗で濡れている。
「な、なんて夢・・・・。」
私は溜息をつき、時計を見た。時刻は6時になろうとしていた。

「シャワー浴びてこよう・・・。」
私はベッドからゆっくり起き上がるとバスルームへ向かった。

コックを捻り、熱いシャワーを頭から被る。先ほど見た夢の内容をシャワーと共に全て洗い流してしまいたがったが、生憎そういう訳にはいかないようだ。

「どうして、あんな夢を・・・。それともあれは只の夢なんかでは無くて予知夢・・?」

 でも小説の中のジェシカにはそういった能力は一切記述しなかった。それはそうだろう。ジェシカに予知能力があったなら、最後に流刑島に流されてしまうようなへまはやらなかったはずだ。
・・・それにしても気になる点があった。私は夢の中の出来事をもう一度思い返してみる。始めにみた夢の中では、それは凍えるような寒さを体験していた。夢に出て来ていた登場人物達も冬の装いをしていたような気がする。でも、今日見た夢はどうだっただろうか?
夢の中では凍えるような寒さは感じなかった。木には葉が生い茂り、地面には草が生えていた。まるでこの世の物とは思えない、それは美しい景色だった。きっと季節は冬では無かったはずだ。それどころか花も咲いていた気がする。
ジェシカは掴まってすぐには裁判にかけられなかったのだろうか・・?

「一体、あの2つの夢はいつから始まる出来事だって言うの・・?」
私はそのまま暫くの間、頭からシャワーを被り続けていた・・・。

 制服に着替えてバスルームから出て来ると、私はデスクの上に置かれているPCをもう一度改めてマジマジと見つめた。
ああ・・・コンセントがあればなあ・・・・ん?私はその時気が付いた。窓際の壁の右端にデスクは置かれている。デスクの足元の壁をよく見ると、コンセントが付いていたのである。
「え・・ええ?!」
そんな、まさか。昨夜はこんなもの壁に付いていなかった。ひょっとするとこのPCを出現させた時と同様、コンセントが欲しいと強く願ったので、また自分の願望を具現化する事に成功したのだろうか?
私は逸る胸を押さえ、電源プラグをコンセントに差し込んでPCの起動ボタンを押す。
カチン。
どうか、どうか、動きますように!神様、お釈迦様、菩薩様―っ!!

ウィ~ン・・・・。
「う、動いた!!」
この機械音、この起動中の画面の動き、まさに私が夢にまで見た、PCが起動する瞬間―
ああ、今までこれ程までにPCを動かせるという事に感動と喜びを経験した事が私の人生経験の中で過去にあっただろうか?いや、無い!私は今日と言うこの日を一生忘れる事は無いだろう・・・!
あ、駄目だ。最近私はあの熱血生徒会長のせいで、自分まで徐々に感化されてきているようだ。
・・等と考えている最中に、ついにPCはたちあがり・・・・
「え?」
画面には起動する為のパスワードを入力画面が表示されていた。
ま、まさかここまできてのパスワード?どうしよう、何ていれればいいんだろう?
よ、よし・・・一番定番な・・・パシパシパシ・・・
「password」
さて、どうだろう?・・・駄目だった。
ではこれならどうだ?パシパシパシ・・・・
「user」
これも駄目・・・・。
「あ~!もう!パスワードなんて、分かるはず無いじゃない!大体、どこのPCかも分からないのに・・?」
ん?待てよ?
う~ん・・・どうもこのPC見覚えがあるのだが・・・何の気なしに私はマウスを裏側にひっくり返し、危うく悲鳴を上げそうになった。う、嘘でしょう・・・?これは・・私が使っていたPCだ・・・。
マウスの裏側には私のお気に入りのご当地物のゆるキャラのシールを貼っていたのだが、同じ位置に同様のシールが貼られていたのである。間違いない、これは私のPCだ。
そ、それならもうパスワードはこれしかない!パシパシパシ・・・私は慎重にPCのキーボードを叩く。
「こ・・これでどうよ!」
Enterのキーを叩く!
すると・・・・ついに画面が切り替わり、いつもの見慣れた画面が表示されたのだ。
私はデスクトップに表示されているアイコンにざっと目を通す。
うん、間違いない。これは紛れもなく私のPCだ。どうしよう、嬉しさで悲鳴を上げてしまいそうだ。
私がここの世界に飛ばされて・・・そしてついに自分と深く関わりのあるPCが私の手元に届いたのだ。
「よし、決めた。このPCに名前を付ける事にしよう。そう・・・名前は・・ずばり
『相棒』よ!!」
私はビシイッとPCに指さして言った。やはり私は生徒会長化してきているようだった・・・。


 7時—
私はホールに朝食を食べに来ていた。入り口を覗き込んで、ソフィーがいるかどうかキョロキョロしていると、突然背後からポンと肩を叩かれた。

「おはよう、ジェシカさ・・・。」

「キャアッ!」
私は思わず乙女らしい悲鳴を上げていた。

「ど、どうしたの?ジェシカさん?」

その声に振り向くと、驚いたような顔をエマが立っていた。何だ・・・エマだったのか・・。ふう・・・心臓が止まるかと思った・・。

「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと驚いたものだから・・。」

「私こそ、ごめんなさい。急に後ろから肩を叩かれたら驚いてしまうわね。」

エマは申し訳なさそうに言う。

「ところでジェシカさん。誰か探していたの?」

「え、ええ。ソフィーさんはいるのかな~と思って・・・」

すると途端にエマは眉を潜めた。え?どうしたの?何かあったのだろうか?

「そうね。ジェシカさんは知らないかもね。実は噂によるとソフィーさんの足の怪我なんだけど・・・。」

ドキッ!私の心臓が大きく跳ねる。も・もしかして、私にけがを負わされたと言うデマが飛び交っているのではないだろうか・・・?

「自分で魔法を使って、あたかも怪我を負ったように見せかけていたらしいわ。それで学院側からお咎めがあって、ここのホールで食事をする事を禁じられたらしいわよ。」

エマは小声で私に教えてくれた。

「だから、ほら。見て。ますますナターシャさんの立場が悪くなってしまったのよ。」

エマの視線の先にはナターシャがポツンと1人で一番端の席で縮こまるように食事を取っている姿があった。私が昨日1日学院を休んでいる間にそんな出来事があったとは・・・。ん?でも待てよ?

「あ、あの。どうしてソフィーさんの足の怪我が魔法によって付けられた怪我だと言う事が発覚したのかしら?」
そこだけはどうしても確認したい。何せ最重要項目なのだから。

「それがね、どうも医務室の先生からの指摘があったらしいわ。怪我の記録がおかしいから再度ソフィーさんを呼び出して、魔術を教える先生の立ち合いの元、診察をし直してみると、どこも怪我をしてる場所は見当たらず、魔法による見せかけの怪我だと言う事が発覚したらしいの。」

そんな事が・・・。まさか私の為にマリア先生が・・?後で先生を尋ねてみよう。

「もう、皆カンカンに怒っているわ。準男爵家のくせに、見せかけの怪我を装って、ホールで食事するなんて図々しいにもほどがあるって。」

エマはますます声を潜めて私に言う。

「だから、ナターシャさんの立場も今まで以上に酷くなってしまったと言う訳なの。」

「そう・・・そんな事があったのね。」
正直、ソフィーがこのホールに食事をしに来なくなったと言う話は私にとって吉報だ。しかし、このことが原因でますます私を逆恨みする事になるのではないか・・・?
そこが、今一番私の気になる所であった―




4


 私とエマが仲良くホールで朝食を取っていると、最近勉強会で親しくなった女生徒3人がやって来た。

「ジェシカ様、エマ様、私達もこちらで一緒に食事をしてもよろしいですか?」
前髪を左右に分けた、セミロングの青みがかった髪の女生徒が言う。

「ええ、勿論。どうぞ、皆で一緒に食べましょう。リリスさん。」
私はにっこり微笑んだ。彼女の名前はリリス・モーガン。C組の女生徒だ。私と出会った頃はあまり勉強が得意では無かったが、最近になって少しずつ勉強が出来るようになり、とても彼女から感謝されている。

「では、失礼しますね。」
リリスの隣にいた女生徒が椅子を引いて座った。名前はシャーロット・ベル。はちみつ色の髪の毛の、少しぽっちゃり系の彼女の食事はいつも豪快だ。トレーは毎度の事ながら、溢れんばかりの量の食事が盛られている。う~ん・・・残念。シャーロットは痩せれば絶対に物凄い美人になりそうなのに・・・。

「あら、シャーロットさん。相変わらず凄い量だけど、全部食べ切れるの?」
あけすけな物言いをする彼女はクロエ・ネルソン。長い黒髪の女性はエキゾチックな印象を持っている。彼女も勉強は今一なのだが、スポーツは万能だ。

 この学院に入学して、もうすぐ1カ月。最初の頃は誰とも関わらずに卒業したいと考えていたけれどもやはり友達とはいいものだ。女生徒達との会話は楽しい。こんなに皆と親しくなれたのも、やはりエマのおかげなのかもしれない。
ちなみにエマ以外は全員違うクラスなので、あまり一緒に行動する事は無いのだが、朝食だけはこうして毎朝一緒に食べるようになったのだ。

「そう言えば、ジェシカ様はまだ倶楽部に加入されていないのですか?」

食事をしながらクロエが話しかけてきた。

「ええ・・未だに何処の倶楽部に入れば良いか、迷っていて。」
そう、私はまだ倶楽部見学すらしていない。周りでトラブルが起こり過ぎているので中々見学する事が出来ないでいた。

「どんな倶楽部を考えているのですか?」
シャーロットは大きなパンを飲み込むと質問して来た。

「ええ・・・出来れば将来、家を頼らずに女性一人でも自活出来るよう技能を身に付けさせてくれる倶楽部に入りたいのですけど・・・。」
私がその事を伝えると、何故か周りの目がキラキラと輝きだす。

「す・・すごいですわ!ジェシカ様!」
突然リリスの大きな声。

「多くの殿方から思いを寄せられているにも関わらず、将来女性一人でも生活できる術を学びたいなんて・・・流石ジェシカ様!」
クロエも興奮している。

「それなら私のような手芸倶楽部はどうですか?手作りの雑貨を作って販売するというのは?」
シャーロットは言うが、う~ん・・・正直それでは生活していくには無理があるだろう。

「それなら、やはりジェシカさん。経営学を学ぶに限ります!女だからと下に見られる時代はもう終わらなければならないのです。性別に限らず、能力のある者が正当に評価されなくてはならないのです!」
おおっ!エマが燃えている・・・。

 こうして倶楽部活動について白熱論議は続くのであった・・・。

 食事を終えて、部屋に戻った私はPCをクローゼットの奥に隠す事にした。こんな物万一、誰かに見られでもしようものならどんな騒ぎになるか分かったものではない。
 そして寮の部屋を出た時に、他の女生徒達の会話が偶然耳に飛び込んできたのである。

「ねえ。聞きました?あのノア先輩が停学処分が終わって、今日から学院に戻って来てるんですって。」

「え?それ本当の話?うわ~私、一度も会った事が無いの。何処に行けば会えるのかしら?」

「ちょっと、やめておいた方がいいと思うわ。何でも今回停学処分になってしまったのは女生徒に不埒な真似をしようとしたらしいから。」

ビクッ!私はその会話を聞いて肩が跳ねた。そ、そんな・・・停学処分になった理由がバレているの・・?

「ええ?でも私、ノア先輩になら何されてもいいわ~。」

駄目だ、聞いてられない。私は溜息をつくとカバンを持って寮の外へ出た。
学生寮と校舎を繋ぐ大きな中庭まで来た時に私は背後から突然声をかけられた。

「ジェシカ。」

振り向くとそこにいたのはダニエル先輩だった。

「ダニエル様・・・。」

ダニエル先輩は顔を赤らめ、一瞬躊躇したが私の側に近づいてくると、手を取った。

「ダニエル様・・?」
私は不思議に思って顔を上げると、先輩は顔を赤くして横を向いて言った。

「ぼ・・僕たちは今は恋人同士・・だから。君を迎えに行くのは当然でしょう?」

そして私の手を強く握りしめてきた。

「はい、そうですね。」
私も思わず笑顔で、先輩の手を握り返す。良かった、昨夜あんな事があったから、先輩の事をすごく心配していたけれども、その必要は無かったようだ。

手を繋いで、一緒に並んで歩く道すがらダニエル先輩は言った。

「聞いたかい?ノア先輩が戻って来たって話。」

「はい、聞きました。どうして停学処分になったのかも噂が広まっていますね。でも相手が私だっていう事まではバレていないようですけど。」

その時、ふいに立ち止まると突然ダニエル先輩は私を強く抱きしめてきた。
え?ち、ちょっと先輩!こんな人目が付くところで一体何してくれちゃってるんですか?!
周囲の学生達も私たちの事をジロジロ見ながら通り過ぎて行く。
中には朝からよくやるよな~等との声も聞こえた。あの照れ屋の先輩が、何故突然私を抱擁しているのですか?昨夜の事で成長したのだろうか?

その時、突然私を抱きしめたままダニエル先輩が言った。

「見てるんだ。」

「え?」
腕の中で聞き返す私。

「さっきからノア先輩が僕たちの事をあの校舎の窓から見ている。」

「!」
私の中で恐怖が沸き起こり、思わずダニエル先輩を抱きしめ返していた。
「ダ・ダニエル様・・・・。私・・。」

「大丈夫だ、怖がらなくていい。僕が・・必ず君を守るから。」

そしてますます強く私を抱きしめてきた。暫く私たちはそうしていたが、やがて先輩は言った。

「どうやら、行ったみたいだよ。」
そして我に返ったように私から身体を引き離した。

「あ、そ、その。ごめん!思わず抱きしめてしまって・・・。また、君に嫌な事を・・怖がらせる事をして・・・!」

真っ赤になってしどろもどろになる先輩。だから私は言った。
「何言ってるんですか?嫌なはずないじゃないですか?だって私達今は恋人同士なんですよね?」
笑顔で言うと、ダニエル先輩はほっとした笑顔を見せた。

「まさか、クラスにまではノア先輩は行く事は無いと思うんだ。」

歩きながら言うダニエル先輩。

「休み時間は必ず1人で行動しないで友達と一緒にいるんだ。昼休みは教室に僕がすぐ迎えに行く。だからそれまでは教室に残っていてくれるね。問題は放課後だ。あの先輩は授業に出る事はあまりない。少々素行にも問題があるよね。いつどこで現れるか分からない、それこそ神出鬼没な人だから、絶対に教室に迎えに行くまでは出ないで待っている事。いいね?」

ダニエル先輩はかなりノア先輩を警戒している。

「すみません・・・。ご迷惑をかけてしまって・・・。」
私がしょんぼりして言うと、急にダニエル先輩は顔を歪めるように言った。

「何言ってるんだい?迷惑?僕は一度だって君の事を迷惑だなんて感じた事は無いよ?僕は絶対に君を守りたい。君が・・・誰よりも大切な人だから・・・!」

え?先輩・・・・それはまるで愛の告白のように聞こえますよ—
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