目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第11章 2 デンジャラスな男

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1

思えば、あの時から小さな異変が始まっていた・・・・。
しかし能天気だった当時の私はその事に全く気が付いていなかったのだ・・・。


「どうやら決着がついたようですね。」

マリウスがカフェテリアから彼等の様子を伺いながら言った。

「うん、そうだね。結局はアラン王子の勝ちかあ・・・。」
私はつまらなそうに言った。窓の外ではアラン王子がアメリアの腕を取り、他の全員を追い払う仕草をしている。生徒会長を含め、他の男性達は肩を落としてすごすごと何処へともなく去って行った。さらにアラン王子は残されたグレイとルークにも何かを話し、彼等もその場を去って行ったのである。

「お嬢様・・・アラン王子が勝った事が気に入らないのですか?」
マリウスが何故か目を伏せながら言う。

「そう言う訳じゃ無いけどさ、ただ・・・ね。アラン王子がアメリアを独占出来なかったときの反応を見たかったんだよね~。どれだけ暴れるか・・とか、強引にアメリアを奪って逃げるか・・・とか、色々考えられるでしょう?」
ウキウキしながら言うと、マリウスに白い目で見られた・・・気がする。

「お嬢様・・意外と悪趣味ですね。」

「そうかなあ?」
私は追加で頼んだミルクコーヒーを飲むと言った。

「でも・・・これで安心しましたっ!」

何故か嬉しそうなマリウス。

「安心?」

「はい!これで入学した時と同じ元通りの状況に戻れたわけです!私はお嬢様を独占する事が出来、今まであったお嬢様と1日付き添える権利というくだらない制度も廃止され、席替えも戻して私はお嬢様の隣の席で一緒に学べる。横を向けばいつでもお嬢様のお顔を拝顔する事が出来、時々私を冷えた目で詰って貰えると言う素晴らしいあの日々を・・・っ!」

はあっ?冗談じゃないっ!どうして私がマリウスと一緒にいなければならないのだ?
特に最近のマリウスは色々な面で危険極まりない。初期の頃ならばその変態Mぶりだけにうんざりしてるだけで済んだのだか、今のマリウスはありとあらゆる面で危険で恐怖を感じる。

 特に危険なのが私に対する過剰な接触だ。私とマリウスの間に恋愛めいた良い雰囲気が出た事等、あった試しが殆どといって良い位何もないのに何故?
主である私を平気で抱きしめたり、あまつさえキスまでしてくる事が出来るのだ?
これでも私は主だ。その主に対してあのような真似をしてくるとは・・・!
このままマリウスの側にいれば、常に自分の貞操が危機にさらされている状況になってしまう。まずい、これは非常にまずい、何とかマリウスの魔の手から逃れなければ・・・!

「あのね、マリウス。入学当時も言ったと思うけど、ここは学院。主と下僕の関係なんか無いの。だから貴方は私に構わずにこの学院生活を謳歌して欲しいのよ。素敵な恋人だって見つけて欲しいって願ってるし・・・。」
そこまで言いかけて、私は口をつぐんだ。マリウスの身体から何やら黒いオーラ?の様な物がにじみ出ているような気がする・・・?

「お嬢様・・・。まだそのような事をおっしゃられるのですか?私の全てはお嬢様の物だと言う事をどうすれば分かって頂けるのでしょう?こうなれば身を持ってお教えするしかないのでしょうか?」

 逃がさないぞと言わんばかりにガシッと私の両腕を握りしめ、睫毛が触れ合う位の距離まで顔を近づけるマリウス。
ひえええええっ!!こ・怖い・・・っ!

その時だ。

「おい!何をしているんだ、マリウス!ジェシカから離れろっ!」

声の主はルークだった。そしてその後ろにはグレイもいる。おおっ!天の助け!何て素晴らしいタイミングでこの私の危機的状況の中、助けにきてくれるなんてっ!

「チッ!」

し、舌打ち・・・今、マリウスが舌打ちしたよ。しかも彼等に聞こえよがしにわざと大きな音で・・。本当に一体マリウスはどうしてしまったのだろう?

「大丈夫か?ジェシカッ!」

グレイは私を自分の方に引き寄せるとマリウスに言った。

「おい。マリウス!お前一体ジェシカに何をしようとしていたんだ?!」

するとマリウスは事も無げに言う。

「何をしようとしていたかですか?簡単な事です。お嬢様にキスしてマーキングしようとしていました。」

ちょっとっ!やっぱりまた同じ事をしようとしていたのね?!はっきり言ってマリウスのやろうとしている事は犯罪だっ!
私が物凄い剣幕で睨み付けると、うっとりとした目で私を見つめている。

「「はあ・・・・?キスだあ・・・?」」

綺麗にハモるグレイとルークはマリウスを睨み付ける。

「あなた方には関係の無い事ですよ?グレイ様にルーク様。これは私とお嬢様の問題なのですから。」

「お、お前なあ・・・っ!」

グレイは今にも飛び掛かりそうだったが、マリウスの一言で動きが止まった。

「貴方がた、何もご存じないのでしょう?本日お嬢様は4人組の男性に襲われかけて非常に危険な目に遭ったのですよ?私がマーキングしておいたお陰でお嬢様を無事助け出す事が出来たのですから・・・ね、お嬢様。」

「ほ・・本当なのか?ジェシカ・・・?」

ルークが私に問いかけて来るので黙って頷く私。

「ほら、御覧なさい。あなた方がアラン王子の警護についていた間、恐ろしい目にお嬢様は遭っていたのですよ。」

確かにその言う通りだ。あの時、マリウスが現れてくれなければ今頃私は・・・。しかも考えてみれば私はまだお礼すら言ってなかったっけ。

「ごめんなさい、マリウス。言い過ぎたわ。そして・・・ありがとう。まだお礼も言ってなかったわね。」

「お嬢様っ!私の気持ちを分かって頂けたのですね?!」

別に分かったつもりは無い、無いが・・・身体を張って守ってくれたのだからお礼を言うのは当然だ。

「では、お嬢様。そろそろ出ましょうか?」

私は黙って頷くと、グレイとルークに言った。
「ごめんね。心配して駆けつけて来てくれたんでしょう?ありがとう。」

するとマリウスはこれ見よがしに私の肩に手を置き、グイッと自分に引き寄せると言った。

「では、失礼致します。グレイ様、ルーク様。」

そして戸惑う彼等を残し、マリウスは私を連れてさっさと歩きだすのだった。


「ね、ねえ!ちょっと一体何処へ行く気なのよ?!」
私はマリウスに手を引かれながら必死で尋ねる。

「さあ・・・何処が良いでしょう?最近新しく出来た遊園地があるのですよ?そこへ今から行ってみましょうか?それとも動物達と触れ合えるアニマルパークと言う場所もここ最近話題のスポットですし。」

そしてそこまで言うとマリウスは何故か足を止めた。

「それとも・・・これを機に、もっと2人の距離を縮めるのはいかがですか?ここはまさにぴったりの場所ですよ?」

マリウスは上を見上げながら言う。

「?」
私もマリウスにつられて上を向いて・・・固まってしまった。もう嫌だ、我慢の限界だ。冗談にしては行き過ぎている。

「マ・・・マリウスの・・バカーッ!!」

バッチーンッ!!
セント・レイズシティに平手打ちの音が響き渡るのだった・・・。


 寮へ戻ると、私は自分のバッグをベッドの上に放り投げた。バフンッ!鈍い音を立ててバッグはベッドの上でバウンドする。
全く、今日は最悪の1日だった。変な4人組の男に狙われるわ、マリウスが助けに来てくれたのは良いが、その後はずっと一緒であまつさえ、最期に連れて行かれた場所が・・・っ!まずい!非常にまずい!このままでは本当に私の貞操の危機が・・っ!
それともあれはマリウスなりの冗談だったのだろうか?本当にマリウスがますます分からなくなってくる。あの男はデンジャラスな危険人物なのだろうか・・・?

 結局マリウスに付きまとわれていた為、大好きなお酒も買って帰る事が出来なかった。なので・・・・。

「よし、サロンへお酒を飲みに行こう!」
私はショルダーバッグを持ってサロンへと行き、そこで初めて衝撃の事実を知る事になるのだった―。



2


今時刻は夜の7時だから、後2時間はゆっくりお酒を飲めるかな・・・そう思いながら私はサロンのドアを開けた。

「よっ、ジェシカ。ここにいればお前に会えると思って待っていたんだ。でもまさかほんとに来るとは思っていなかったよ。やっぱり相当酒が好きなんだな。」

中に入って早々に私はカウンターでアルコールを飲んでいたライアンに会った。

「まさか、私に会う為にここで待っていたんですか?」

「ああ、そうさ。もしかしてジェシカ・・・誰かと待ち合わせしてるのか?だとしたら俺は遠慮するけど・・。」

少し困惑した顔つきになったライアンに言った。

「いいえ、誰とも待ち合わせしていませんよ。1人でお酒を飲みに来たんです。ちょっと昼間不愉快な事があったので・・・。」
私はライアンの隣に座ると、今日のマリウスとの出来事を思い出して、ため息をついた。

「そうか、だと思ったよ。あ、ジェシカ。何飲むんだ?」
意外なことに私の話に同調してくれるライアン。え?まさか私がマリウスにあんな場所へ連れて行かれたことを知っているのだろうか?
でも取りあえず、まずはお酒だ!

「それじゃ私はカシスオレンジで。」

 ライアンは私の代わりにバーテンにカシスオレンジを頼んでくれた。
その時私は気が付いた。このバーテンの男性・・・初めて見る顔だ。前のバーテンの男性はどうしたのだろう?
ライアンはそんな私をチラリと横目で見るが、特にその事については触れる事が無かった。でも、何だろう?何か違和感を感じる。けれども何がおかしいのかが上手く説明できないもどかしさを感じる。

「お待たせ致しました。」

気が付いてみると、いつの間にかバーテンがお酒を私の目の前にトンと置いた。

「それじゃ、ジェシカ。まずは乾杯しようぜ。」

ライアンはビールのジョッキを持つと言った。

「乾杯・・・って何に?」

「う~ん・・・そうだな・・。それじゃ、こうしよう。ジェシカが俺達の賭けに勝つことが出来た事についてだ!」

「「乾杯。」」
2人でグラスを鳴らすと、私はカシスオレンジを飲んだ。甘酸っぱくて美味しい!私がアルコールを口に入れたのを見届けると、ライアンが話始めた。

「ジェシカ。お前も気付いてるんだろう?生徒会長達の突然の心変わりに。実は、今朝俺見たんだ。あいつらが寄ってたかって1人の女性を奪い合うように争っているんだもんな。只でさえ、学院で目立つ連中だったからすごく注目を浴びていたぜ。
いや、本当にあれを見た時には我が目を疑ってしまったな。」

ああ、あの事か。
「はい、そうですね。まさにいきなりでしたね。」
まあ、私にとってはどうでも良い話なのだけど、それでも不自然な点が多すぎて正直驚いてはいる。

「いくらなんでも生徒会長をはじめ、アラン王子やノア、ダニエル・・・皆露骨に手のひらを返し過ぎだ。でもなあ・・・突然どうしたって言うんだろうな?昨夜までは皆ジェシカに夢中になっていたのに、奇妙な出来事だ。それに、こんな事言っちゃ何だが、悪いが、俺には正直あんなパッとしない女性の何処がいいのかと連中に聞いてみたくなってしまうよ。多分一度会った後に人混みですれ違っても全く気が付かないんじゃないだろうかって言う位、印象に残らない相手なんだもんなあ。」

 確かにライアンの言う通り、アメリアは何処にでもいそうなタイプの女性だ。ありきたりなダークブラウンの髪の色に、眼鏡。顔立ちも特筆するような点は何処にもない。ソフィーのほうが余程人目を引く美少女だ。本当に何故彼等の気持ちはたった一晩で一気にアメリアへと向かっていったのだろう?それとも何か特別な魅力があるのだろうか?
「ライアンさんから見て、アメリアさんは魅力的に見えますか?」

「おいおい、あんた。俺の話を聞いていなかったのか?俺は彼女の何処がいいのか分からないって遠回しに言ってるんだけどな・・・。」

ライアンは大袈裟に肩をすくめるように言った。あ、そうでしたね。ごめんなさい。

「そうでしたね、すみません。変な事聞いて。」
私はグラスのカクテルを一気に飲み干すとバーテンの男性に声をかけた。
「すみません。追加でピニャ・コラーダ下さい。」

「はい、かしこまりました。」
歳は30代前半位だろうか?落ち着いた雰囲気のバーテンは丁寧に挨拶すると下がってく。

「バーテンの男性・・・前いた人と違いますね。」
ポツリと私が言うと、ライアンは驚いたような顔をした。

「え?お前知らなかったのか?なんでも前のバーテンダー、突然辞めたらしいぜ。と言うか、ある夜に突然誰からか呼び出しを受けたらしい。そして翌日真っ青な顔でこのサロンのオーナーに今日限りで辞めさせて欲しいって言うとそのまま急いでこの学院から去ってしまったそうだ。」

小声で説明するライアン。それにしても何故こんな裏事情に詳しいのだろう・・?
「ねえ、ライアンさん。どうしてそんなに詳しく知ってるんですか?」
疑問に思ったので尋ねてみた。

「何だ・・・ジェシカ。本当に知らなかったのか?この話、結構有名だぜ。大体あの男はバーテンのくせに、中々食えない奴だったんだよ。1人で飲みに来た女性にわざと強いカクテルを勧めて、自分の教えた通りのカクテルを注文して酔い潰れた女性客を学院の自分の寮に連れ込んで不埒な真似をしていたらしいからな。手癖の悪い男だったんだよ。」

ライアンがそこまで言うと、次のカクテルが運ばれてきたので彼は慌てて口を閉ざした。

「そうなんですか・・・ちっとも知りませんでしたよ・・。」

言いながら私は次のカクテルを口に運んで、ある事を思い出した。
ちょっと待って。あの日・・・マリウスと初めてサロンへお酒を飲みに来た時だ。
不覚にも私は酔いつぶれてしまい。、その時の記憶が完全に飛んでしまった事があった。そして翌日の夜の事。私は自分の部屋から男子寮の近くでマリウスを見た。
あの時のマリウスはまるで相手を視線だけで射殺さんばかりの恐ろしい目つきで、1人の男性を締め上げていたっけ・・・・。そうだ、あの時マリウスに脅迫されていたのはあのバーテンだったのだ。
 まさかマリウスは私があのバーテンに教えて貰ったカクテルを注文して酔い潰れた事を根に持って、脅迫して辞めさせたのだろうか・・・?
 だとしたら・・怖っ!ますますマリウスという人間が分からなくなってしまった。

私が急に黙り込んで、真っ青になってしまったのでライアンはてっきり私が酔っぱらってしまったと思ったのだろうか?心配そうに声をかけてきた。

「おい、大丈夫か?ジェシカ。ひょっとして飲みすぎて気分が悪くなってしまったのか?」

「だ、大丈夫です・・。そのバーテンの男性の話を聞いて気分が悪くなっただけなので。」
私は顔を上げてライアンを見ると言った。

「そうか・・・ならいいんだけどさ。」

ほっとしたように言うライアン。

「それで・・・さ、話は変わるんだけど・・。ほら、生徒会長達が別の女性に興味を持ってジェシカの側をうろつかなくなっただろう・・?そこで提案があるんだけど・・。」

言いながらそっとライアンはカウンターに置かれた私の手に自分の手を重ねた。

「?!」
私は驚いてライアンを見ると、彼は顔を赤く染めている。

「だから・・・以前よりはもっとジェシカと一緒にいられる時間を作る事が出来る・・よな?」

ライアンは私の目を真っすぐ見つめながら言った—。



3 


「え~と・・・それは・・・。」

私が口籠ると、ライアンは切なそうな眼つきで私を見ると言った。

「駄目・・・か?」

そして私の手の上に置かれたライアンの手にますます力がこめられる。

「駄目って事は無いですけど・・・。」

 私はライアンの視線から逃れるように顔を背けた。脳裏にマリウスの機嫌が悪そうな表情が浮かぶ。マリウスは何て言うかな・・?
 すると、私の考えを見透かしたのか、ライアンが声をかけてきた。

「もしかして、マリウスの事考えてるのか?」

「え?」
驚いて顔を上げるとライアンは俯いて私の手を離した。

「教えてくれよ。ふたりの2人の関係ってやつを。」

ライアンは真剣な顔で私を見つめている。
「か、関係も何も・・・私とマリウスは主と下僕の関係ですけど?」
少なくとも私はそう思っている。だが、下僕が主にキスしたり、よりにもよってあんな!場所に連れて行ったりするだろうか?押し黙ってしまった私を見て勘違いしたのか、ライアンはガックリした様に言った。

「そうか・・・やっぱり2人は・・・。」

「ちょっと待ってください、それだけは絶対無いですから。断言します。」

「お、おう・・・。」

面食らった様に返事をするが、すぐにライアンは笑顔になった。
その時、奥のテーブル席から話声が飛びこんできた。

「全く、あの女の依頼を受けたせいで酷い目にあったぜ。」
「まさか、あそこまで強い男がついていたとはな。」 
「あいつ・・・普通じゃないな。骨を折ろうとしたんだぞ?」
「でもジェシカ・リッジウェイのお陰で助かったじゃないか。」

「え・・・・一体どういう事なんだ?ジェシカ。」

ライアンは私の名前が突然出てきた事を聞くと、両肩に手を置き質問してきた。

「どういう事かと言われても・・・。」
どうする?ここは正直に言うべきなのだろうか?でもきちんと話をしない限りはライアンだって納得出来ないだろう。仕方が無い・・私は溜息をつくと、本日起こった経緯を説明する事にした。

「な・・・何だって?アイツらにそんな事されたのか?!くっそ・・・!よくも俺のジェシカに・・・っ!」

ライアンは悔しそうに4人組を睨み付けている。ん?所で今俺のジェシカって言った?何だか語弊があるように感じる。

「ま、まあまあ。ライアンさん、落ち着いて下さい。この通り私は無傷だったのですから。」

落ち着いてと宥める。けれどもライアンは納得いかない様だった。

「だけどなあ、ジェシカ・・・ッ。結局お前を助けたのはマリウスなんだろう?」

「は、はい・・・。」

「それもやっぱり気に入らない。俺がジェシカを助けに行きたかったよ。」

がっくりしたようにライアンが言うので、私は言った。

「だったら、今度私が危険な目に遭った時はライアンさんが助けてくださいよ。」
ライアンは驚いたように顔を上げると言った。

「ああ、そうだな。今度お前が危ない目に遭った時に助けるのは俺だ。」

「だけど、一体誰があいつらにジェシカを襲うように指示したんだろうな・・・。」
ライアンは考え込むように言った。

「そうですね・・。もう少し彼等の会話が近くで聞き取れるといいんですけど・・。」

「ああ・・そうだな。」

私達は観葉植物の陰に隠れたように座っている彼等に再び注目する。そのとき・・・。

「あれ?あいつ・・・。」
ライアンが何かに気付いたように呟いた。

「どうしたんですか?」

「いや、1人知ってる奴がいたんだ。」

「ええ?!」
そんな、まさか私を襲った男の1人がライアンの知り合いだったとは!

「お、おい!勘違いするなよ。ジェシカ、そんなんじゃ無いんだ。俺と同じクラスメイトの男がいるんだよ。ただな、親しく話した事が無いだけなんだ。」

「そうなんですね。」

「よし、ジェシカ。すまないが今夜はもう寮に戻ってくれないか?俺があいつらの所へ行ってさり気なく、さぐってきてやるから。あんたがここにいたら色々とマズイだろう?俺に任せろ。」

ライアンは親指を立てて、自分を指さすと言った。でも、私には前回の苦い記憶がある。私達にかけられた濡れ衣を晴らすためにライアンが動き、その結果大怪我を負って入院する羽目になった事を。
「駄目ですよ、ライアンさんっ。また変に行動を起こして危険な目にあったらどうするつもりなんですか?私はもう、誰かが私の為に傷つくのは嫌なんです。」
私は小声でライアンを止めた。

「だ、だけど・・・問い詰めなくちゃ犯人が分からないだろう?」

「いいです。それなら私が今、直接彼等の元へ行って確かめてきますよ。」

「何言ってるんだ?自分で言ってる意味分かってるのか?!」

弾かれたように私を見るライアン。彼の言いたい事は良く分かる。だけど、私はもうこれ以上ライアンに迷惑をかける訳にはいかない。
それに・・私を襲うように命じたのは、恐らくソフィーだろう。
昨夜アメリアを平手打ちする現場へ連れて行ったマリウスを私と勘違いして、逆恨みしての犯行に違いない。ただ、どうすればそれを彼等に白状させられるか・・・。
何とか、彼等を上手い具合に誘導尋問できればいいのだが、生憎私にはそのような技量は持ち合わせていない。ここはもう当たって砕けるしか無いだろう。

「大丈夫ですってば。ここは学生ばかりのサロンですし、それにいざ何かあった時にはライアンさんが助けに来てくれるんですよね?」
私はライアンを心配させないようにわざと笑顔で言った。

「ああ・・・それは絶対助けるが・・・。」

「それなら私は大丈夫です。ライアンさんは彼等に見つかりにくい席に移動していてください。」

ライアンが黙って頷くのを見届けると、私はゆっくり彼等のテーブル席の近くへと移動して席に座った。彼等はまだ話に夢中になっていて、誰も私に気付いていない。
 そこへ先程のバーテンが注文を取りに私のテーブルへとやって来た。実はこの席へ来る前にバーテンと少しだけ打ち合わせをし、私が席へ着いたら注文を取りに来てもらうように頼んで置いたのだ。

「いらっしゃいませ、何に致しますか?」

バーテンが静かにメニューを手渡し、すかさず私はアルコールを注文する。
「バカルディを下さい。」
わざと大きめの声で彼等に聞こえよがしに度数が強めのカクテルを注文する。最もこれもバーテンと打ち合わせ済みで、アルコール濃度を下げて持って来てもらうようにお願いしておいた。

それに気づいたのか、1人の男がヒュ~ッと口笛を鳴らして、3人に報告する。
「おい、そこに今1人でいる女・・・かなり強い酒を頼んだようだぜ。」
「へえ~やるなあ・・・ってあの女・・!ジェシカ・リッジウェイじゃないか!」

フフフ・・・彼等はすぐに私に気付いたようだ。そして私も彼等の声に今更気が付いたように演技をする。
「あら?貴方達は確か、昼間の・・・。」
私はアルコールに酔っているフリをして4人を交互に見る。
このジェシカ・リッジウェイという女はまだ18歳なのに、物凄く大人の色気を放っている。なので今回はそれを利用してみようと考えた。

私はマリウスに腕を折られそうになった男性に話しかけた。
「そう言えば・・・怪我の具合はどうですか?私の従者のマリウスは頭に血が上ると主人の私でも手に負えない所があるので。」
そして心配そうな視線を相手に送る。

「あ、ああ・・・。お・俺は大丈夫・・だ。」

よし。相手は明らかに動揺している。他の3人にも声をかける。
「皆さんは大丈夫でしたか?」

全員、呆気に取られた感じではあったが、互いに視線を送ると黙って頷きあう。

「そうですか、それなら良かったです。」
わざとにっこりとほほ笑んでみせる。すると・・・全員が私に見惚れているかのようにボ~ッとしている。うん、さすが悪女のジェシカだ。

 丁度その時、バーテンが度数を薄めたバカルディをテーブルの上に置いた。
私はグイッとそれを一気飲みすると、1人が声をかけてきた。

「俺達と、良ければ一緒に飲まないか?」

よし、かかった―。
私はライアンに目を移す。
そこには心配そうに私を見つめるライアンの姿があった・・。

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