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第3章 2 私に構わないで下さい(イラスト有り)

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1

逃げるように建物を飛び出して、一度仰ぎ見る。
間違いない、やはりここは『逢瀬の塔』だった・・・。
でも一体何故?どうして私はアラン王子とあんな場所にいたのだ?しかもあの状況を考えると、絶対私はアラン王子と・・・・っ!
とにかく一刻も早くこの場を離れたかった。今何時かなんて気にしている余裕すら無かった。
 
 必死で女子寮へ向かって走っていると、中庭から突然声をかけられた。

「おや?ジェシカじゃないか?」

 心臓が飛び出るのでは無いかと思う位驚く私。い・・一体誰・・?
恐る恐る声の聞こえた方向を見て、今度こそ絶望的な気分になった。
何と、中庭に設置されたガゼボの中にノア先輩とダニエル先輩がそこにいた。
いつの間に2人はそんなに仲良しに・・・いや、と言うか何故こんなにタイミング悪く2人がいるのだろう。

 声をかけてきたのはノア先輩だった。

「どうしたんだ?ジェシカ。終業式はとっくに始まっているのに何故そんな大急ぎで君は走っているんだい?会場は反対方向だよ。」

あっ!そうだったっ!終業式・・・と言う事はもう11時を過ぎていると言う事だ。
ま・まずい・・・。脳裏に不機嫌そうなマリウスの顔が浮かぶ。

「そ、そういう先輩方はこんな所で何をしているんですか?」
声が上ずるのを押さえて、平常心を保ちながら問いかける。

「ふ~ん・・・。質問に質問で返すのは良くないなあ?」

 ダニエル先輩はつまらなそうに言う。・・・様子がおかしい。まるで初めて出会った時の様な態度だ。あ!もしかすると、2人はまだ完全にソフィーの魔術?から完全に抜けきっていない?だからノア先輩もダニエル先輩の態度も今までとは違うのだろうか?・・・2人が私に興味が無いのなら好都合。

「あんなくだらない終業式なんか出るはず無いだろう?出たところで女生徒達に囲まれて鬱陶しいだけなんだからね。それなら最初から式になんか出ない方がマシなのさ。」

ノア先輩は気だるげに言う。

「そ、そうですか・・・。それでは私は失礼します。」

頭を下げて、急いでその場を去ろうとするとノア先輩から声をかけられた。

「ちょっと待って。ジェシカ。」

ガゼボから出てきたノア先輩はいきなり私の腕を掴んで自分の近くへ引き寄せると言った。

「・・・男の匂いがする。」

「!!」
慌てて腕を振りほどこうとするが、ノア先輩の力が強すぎて振り払えない。

「へえ~。終業式に出ていないのはそういう訳なのか。」



ダニエル先輩は面白そうに言うと、ガゼボから出て来てノア先輩に掴まっている私を見下ろした。
くっ・・・な、何故私がこんな目に・・・。
私に近付いてきたダニエル先輩は突然私の首筋の髪の毛をすくいあげて呟いた。

「・・・キスマーク・・。」

その言葉にカッとなった私は思い切り2人を振り払うと首筋を手で隠して後ずさった。
顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていくのが自分でも分かった。
だ、大丈夫。私は25歳の大人の女だ。こんな事位日本にいた時に経験済みではないか。
なのに・・・何故、こんなにも羞恥心を覚えてしまうのだろう・・・。

「も、もういいですよね?十分でしょう?」
私は恥ずかしさの余り目を潤ませて2人を見上げる。

「「!」」

ノア先輩とダニエル先輩が一瞬私を見て固まった隙を見て、私は踵を返して女子寮へ向かって駆けだして行った。
これ以上誰にも会わないうちに早く、早く寮へ戻らないと—!
 

 どこをどうやって寮に戻って来たのか全く覚えていない。
気が付けば私は自室のドアによりかかり、へたり込んでいた。
あまりの驚きと、急激に走った為、心臓の動悸が激しくて苦しい。
スウ~・・・。
私は深呼吸して・・・時計を見る。時刻はもう12時になろうとしている。
もう終業式は終わっている時間だ。今から講堂に行ってもどうしようもない。

 がっくりと項垂れる。
ああ、よりにもよって大切な行事の終業式をさぼってしまうとは・・・しかも朝起きれなかった理由が・・・っ!おまけにタイミング悪くノア先輩とダニエル先輩に見つかってしまい、私が昨晩何をしていたのかがバレてしまった。
いくらお酒に酔って、記憶が全く無かったとしても、アラン王子と関係を結んでしまうなんて・・・っ!一生の不覚・・・・。
と、とに角シャワーを浴びて・・・昨夜の痕跡を消さなければっ!

どうせもう終業式は終わってしまうのだ。悩んでいても仕方が無い。そんな事よりも今はシャワーを浴びて身体を綺麗にしなくては、勘のいいマリウスに気付かれてしまう!
 今は時間が無いので、お湯に浸かるのは諦めるしかない。
念の為、服を全部脱いで大きな姿見で全身をくまなくチェックしてみる。

「だ、駄目だわ・・・。」
思わず声が震えてしまう。首筋意外にも身体のあちこちにキスマークが付いていた。
あまりにも衝撃的な現実・・・。
私はわざと熱いシャワーを頭から浴びると、必死で昨晩の記憶を思い出そうとしたが、サロンでお酒を飲んでいた時の記憶までしか残っていない。


私は自分が恐ろしくなった。酔ってしまえば誰とでも関係を持ってしまうような人間だったのだろうか?い、いや!それは絶対に無い!こんな事になったのはこの身体がジェシカの身体だからだ。絶対にそうに決まっている!
私は無理にでも自分を納得させた。・・・けれども・・。
「もう当分お酒飲むのやめよう・・・。」
私は心に誓うのだった。


 シャワーを浴び終えると、制服に着替えようとして・・・やめた。終業式の後は教室に一度戻り、始業式の説明を受けて解散となるからだ。
首まですっぽりと隠れるニットのセーターにロングスカートを履く事にした。
これだけ全身を覆うような服を着れば体に付けられたキスマークが見られることもないだろう。

この先・・・アラン王子に会った時にどんな顔をすれば良いのだろう?
よくも勝手に私にあんな真似をと言えば良いのか?いや、でもアラン王子はそんな卑劣な真似をするような男ではない。
なにせ、仮にもこの小説のヒーローなのだ。・・・だとしたら・・やはり私が同意した・・?そういう事になってしまうのか?
 
それにグレイやルークにバレていないだろうか?もし私とアラン王子の関係を知られてしまっていたら・・・?顔を合わせずらくなってしまう。
ここはもうアラン王子が誰にも言わない事を信じるしかない。

 だが、一番厄介なのはマリウスだ。何故マリウスが私に固執するのか理由は全く分からないけれども、もしバレてしまったら・・・私もアラン王子もただでは済まないだろう。その事を考えるだけで身体が震えて来る。

「もう何も考えたくない・・・。」
私はベッドにうつぶせに寝転がると考える事を辞めにした。

・・・ドアをノックする音が聞こえた。

「ジェシカ・リッジウェイさん。お部屋にいらっしゃいますか?」

「は、はい!」
私は急いで飛び起きた。どうやら少し眠ってしまっていたらしい。
ドアを開けると、そこには寮母さんが立っていた。

「貴女の従者の方からメモを預かっておりますよ。」

ついに来たーっ!私にとっての死刑宣告が・・・。

「あ、ありがとうございます・・・。」
振るえる手でメモを開き、恐る恐る中に目を通した。


ジェシカお嬢様。

大切なお話があります。
学院の中央広場に設置されているカフェにてお待ちしています。
今すぐに!お越しください。

貴女のマリウスより


ゾゾゾゾッ!
全身に鳥肌が立つ。嫌だ嫌だ嫌だっ!行きたくない行きたくない・・・でも行かなければ只ではすまない・・・。
ああ・・・胃に穴が空きそうだ。ジェシカの実家に戻ったら病院に行った方が良いかもしれない。
私はノロノロと防寒着を着ると、重い足取りで待ち合わせ場所のカフェへと向かった・・。


2

「お、お待たせ・・・マリウス。」
私は不自然な笑みを浮かべてカフェの一番奥の窓際に座っているマリウスに声をかけた。
マリウスは明らかに不機嫌な顔で腕組みをして、私を見上げると言った。

「お嬢様、どうぞお掛けください。」

「ハ、ハイ。ワカリマシタ。」
機械的に返事をすると言われた通りに椅子を引いて腰かける。

マリウスは不躾な位、ジロジロと私を見ると言った。

「お嬢様、本日は大事な終業式の日だったのですよ?一体どちらへいらしていたのですか?」

「え、えっと・・・それは・・・。」
どうしよう、言い訳なんか何も考えていなかったよ。何て答えればいい?何と返事をすればマリウスを納得させる事が出来る。
「あ、あの・・・ちょっと・・ぐ、具合が・・悪くて・・・。」
ごにょごにょと口の中で答える。駄目だっ、こんな言い訳マリウスには通用するはずが無い!

「本当ですか?」

尚もマリウスはジロリと私を射抜くような目で見つめる。

「・・・・。」
答えに困った私は俯き、スカートの裾をギュッと握りしめる。

「お嬢様・・・・本日はいつも以上に一段としおらしいですね・・・。何か私に報告出来ない様なやましい事でもあったのでしょうか?」

ビクッ!!
思わず肩が跳ねてしまう。お、落ち着け私。これではマリウスの言葉を認めているようなものでは無いか。それにしても・・・何故主である私が下僕のマリウスに怯えなくてはならないのだろう?こ、こうなったらこっちも開き直ってやる。

「べ、別にいいでしょう?どうして私がマリウスに自分の行動をいちいち報告しなくてはならないのよ。」
そして、そっぽを向いて横目でマリウスの様子を伺う。

「・・・確かに、私はお嬢様の下僕です。ですが、旦那様からお預かりしている大切なお嬢様の行動を把握しておく義務がこの私にはあります。」

最もらしい理屈を並べているが、私から言わせるとそれこそ大きなお世話である。
「マリウス・・・。前から言ってるけど、この学院では貴方も1人の学生なのだから、私に構わずに学院生活を謳歌してと話したよね?」
だから私の事は放って置いてよっ!

「・・・・。」
マリウスは少しの間口を閉ざしていたが、やがて言った。

「・・掴めませんでした・・・。」

「え?」
マリウスの初めの言葉が聞き取れなかった。

「昨夜から・・お嬢様の居所が掴めませんでした・・。あれ程しっかりとマーキングをしていたのに・・・。」

ドキッ!!
マリウスの言葉に心臓の動悸が激しくなる。

「お嬢様、私はお嬢様にたっぷりとマーキング致しました。だから・・・お嬢様が何処へ行かれても必ず見つけ出す事が出来たのに・・何故ですか?何故昨夜から貴女の居場所を掴めなかったのでしょう?」

ま、まさか・・・今度はアラン王子が私にマーキングを・・?だからマリウスは私の居場所を特定出来なかったのだろうか?

「そ、そうかな・・・?で、でももういいじゃないっ!ほら、こうして今は会って話をしている訳だしね?!」

なのにマリウスは見当違いな事を言って来る。

「本日のお嬢様のお召し物は・・・普段とは少し違う装いですね。清楚で・・・可憐な感じが致します。でも、すごく良くお似合いですよ?」

「あ、ありがとう・・・?」

マリウスはまるで全てを見通しているかのような目で私をじっと見つめている。
こんなおっかない下僕なんていらないよーっ!
胃に穴が空きそうだった私は話題を変える事にした。

「ね、ねえ。マリウス。今日にも里帰りするんだよね?」

「いいえ、出発は明後日になりました。」

「えええ?!な、何故っ?!」
マリウスの予想もしていなかった返答に驚いてしまった。

「申し訳ございません、お嬢様。車の手配が遅れてしまい、調達できたのが明後日になってしまったのです。後2日間はどうぞ学院で静かに過ごして頂けますね?」

有無を言わさない言い方に私は素直に従うしか無かった。
「は、はい・・・。分かりました・・。」

「それでは私はまだ用事が残っておりますので、失礼致します。」

マリウスは椅子から立ち上がると言った。

え?嘘?もういいの?私を解放してくれるの?!
よ、良かった~。

「じゃ、じゃあ私も・・・。」
イソイソと立ち上がると、マリウスを見上げて言った。
「それじゃ、明後日よろしく・・。」
言いかけた時に、突然マリウスに腕を掴まれ引き寄せられた。そして何故か私の身体に顔を近付け、スンスンと匂いを嗅ぎ始める。
はあああ?!い、一体この変態M男め、今度は私に何をするつもりなのだ?!
だけど・・・マリウスが怖いのでされるがままの私。
やがてマリウスが私の耳元で囁いた。

「マーキングが・・・消えています。」

それだけ言うと、パッと私の身体から離れるマリウス。もしかして・・・き、気づかれた?!
私は恐る恐るマリウスの顔を見上げて・・・息を飲んだ。
マリウスの顔は今迄見たことも無い位に傷ついた顔をしている。しかもまるで今にも泣きだしそうでは無いか。
え?一体どうしたというの?

「マ、マリウス・・・一体どうしたの・・・?」
思わず声をかけるとマリウスは美しい顔を歪める。

「お嬢様は・・そうやってどこまで私の気持ちを・・・翻弄するおつもりなのですか・・?こんな事なら以前のお嬢様の方が・・・。」

そこまで言うと、マリウスは身を翻して店を飛び出してしまった。
後に一人取り残された私。
「マリウス・・・。」
溜息をつくと椅子に座りなおす。取り合えず追及されなくて済んだのは良かったが、最後に見たマリウスのあの表情が気になる。あんな変態男は放って置けば良いのだが、仮にも私の下僕なので気にはなる。
「明日には元気な姿を見せてくれれば良いな・・・。」

 折角カフェに来たのだから、私はそのまま残ってランチを食べる事にした。
定番メニューのクラブハウスサンドイッチのセットをコーヒーと一緒に注文して食べていると、外をアラン王子とグレイ・ルークが大きな荷物を持って歩いているのを見た。

「!!」
それを見た私は慌てて、思わずテーブルクロスの下に隠れる。
心臓をドキドキさせながら待つ事数分。
恐る恐るテーブルから顔を覗かせて、窓の外を見るとアラン王子達が通り過ぎていく姿が目に入った。

「良かった・・・。」
私は呟き、テーブルの下から這い出て食事の続きをしようとして・・・目の前にノア先輩とダニエル先輩が座っている姿を見つけた。
「キ・・・キャアアアアアッ!!」
思わず大きな悲鳴を上げ、店内の人達は一斉にこちらへ集中する。

「ちょっとっ!大声出さないでくれるかいっ?!みっともないじゃないかっ!」

ノア先輩が耳を塞ぎながら私に抗議する。

「だ、だって・・・い、いきなり目の前のテーブルに座っていたら誰だって驚くじゃ無いですかっ!」
私はまだドキドキする胸を押さえながら2人に言った。

「はあ・・・全く君は騒がしい人だよね?」

ダニエル先輩はあきれ顔で私を見る。

「あ、あの・・・私に何か御用でしょうか・・・?」
私は2人を交互に見ると尋ねた。

「ねえ・・・さっき、君はアラン王子達を見て隠れたよね・・・?」

ダニエル先輩が意味深に尋ねて来る。
い、一体この2人は私に何を聞いてくるつもりなのだ・・・?
うう・・。心臓の鼓動が激しくなって口から飛び出してしまいそうだよ・・・。

「ジェシカ・・・君を抱いた男は・・あの3人のどちらかだろう?ひょっとして、その相手はアラン王子じゃないの?」

ノア先輩は私を見つめると言った。
途端に顔が熱くなる。
駄目だ駄目だ駄目だ、反応してはいけない・・・そう思っているのにみるみる顔が熱を帯びていく。いけない、平常心を保たなければならないのに、これでは認めているようなものじゃ無いか。

「そう・・・やっぱり相手はアラン王子だったんだ・・・。」

溜息をつくダニエル先輩。ノア先輩も何か言いたげだ。
もう、こうなったら開き直るしかない。

「な・・・何ですか?だ、大体先輩方には関係ない話ですよね?ソフィーさんという方があなた方にはいるのですから。わ、私はもう先輩方とは無関係なので、ほ、放って置いて下さいっ!」

何故だ?この2人はあまりに無神経では無いだろうか?人の一番触れて欲しくないプライベートな部分に土足で入って来るような真似をして・・。

「私・・・帰りますっ!」
殆ど手をつけていない食事の乗ったトレーを持って置きに行くと、私はそのまま店を出た。
疲れた・・・今日はもう女子寮から出掛けるのをやめよう—。

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