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アラン・ゴールドリック ④ (イラスト有り)
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12
今日はセント・レイズシティで雪祭りのパレードが開催される日だ。
前々から俺はソフィーにこのパレードに連れて行って欲しいとねだられていたので、こうして今一緒に来ている訳なのだが・・・・何故こいつ等がいる?
俺達の周囲には呼ばれてもいないのに、生徒会長を含めたいつものメンバーが当然の如くついて来ている。
全く、物好きな奴らだ。こんな女の為にわざわざパレードまで出向くとは・・・ん?
そこまで考えて俺は気付いた。え?今俺は何を思ったのだ?普通なら恋人と一緒に出掛けるのに邪魔者達がついて来たなら、迷惑に思うべきなのに何故俺は物好きな奴らだと無意識に頭に浮かんでしまったのだろうか?
どうもソフィーといっしょにいると頭がすっきりしない。
頭のどこかで霞みがかかったようになってしまい、自分の思考力が麻痺していくような感覚を覚える。これは一体どういう事なのだろうか・・・?
一方のソフィーはそんな俺の気持ちに微塵も気が付かない様子で、今回も色々な商品を買ってくれとねだって来る。
「ねえ、アラン王子様。あのお店のピアス、今すごく人気があるんですよ?私欲しいな~。」
「ああ、そうか。よし、今日は特別だ。ソフィーの欲しい物ならどんな物だって買ってやるぞ。」
俺の意思とは無関係にまたしても口が勝手に動き出す。すると俺に触発されてか、次々と他の男達もソフィーに対するプレゼントを申し出て来る。
・・・こいつらも本当に馬鹿な奴等だ。この女にただ貢がされている事にまだ気が付かないのか?
思考の奥底にはまだまともな俺が残っているのだろうか・・・・冷静な自分がいる。
「皆さん、本当ですか?うわあ~嬉しいですッ!それじゃあ生徒会長さんにはあれを買って貰おうかな・・・?」
ソフィーはニコニコしながら生徒会長にプレゼントの要求をしている。一方の生徒会長のほうは完全にソフィーにのぼせ上っているのか、すっかりソフィーの虜になっている事が分かった。
だらしなく鼻の下など伸ばしやがって・・・。
まあ、俺的には生徒会長がどうなろうと知った事では無いが、ソフィーが男に媚びる姿を見れば見る程、反吐が出そうだ。
その時、突然ソフィーが声を上げた。
「可愛い~っ。こんなに真っ黒で毛並みの良い黒猫なんて初めてだわ。」
ん?どうしたんだ?俺は顔を上げるとソフィーが黒猫を抱き上げていた。
「ああ、そうだな。とても美しい黒猫だ。飼い主がいないなら俺が学院に直談判してソフィーのペットにしてやるように頼んでやるぞ?」
俺の口から偽りの言葉がペラペラと口をついて出てくる。内心ではお前のような身勝手な女にペットなど育てられると思っているのかと言ってやりたい位だというのに。
そんな俺に生徒会長が何やら抗議してくるが、聞かなかったことにする。身体ばかり鍛えて脳みそまで筋肉と化してしまった脳筋馬鹿などほうっておくべきだからな。
「待って下さい!2人とも、私の為に喧嘩なんかしないで下さい・・・。」
瞳を潤ませて俺達を見るソフィー。何だ?そんな白々しい演技が俺に通用するとでも思っているのか?随分安っぽい男に見られたものだ。それなのに・・・実際の俺は頬が火照っているではないかっ!
生徒会長に引き続き、他の2人もしきりにソフィーのご機嫌を取ろうとしているが、
俺からするとこんな茶番はもう、うんざりだ。一刻も早く寮に戻って休みたいっ!
何が悲しくて、この女と外出をしなくてはならないのだ?
そんな事をボンヤリ考えていた時、突然ソフィーの声で我に返った。
「あ!黒猫がっ!」
黒猫はソフィーの腕をすり抜けると、一目散に走りだす。猫など放って置けば良いのにと頭の片隅にあるのに、俺を含め全員が黒猫の後を追って走り出す。
チッ!なんて面倒な・・・・っ!
そして、黒猫の逃げて行く前方に俺はその人物をはっきり見た。
「ジェ、ジェシカッ?!」
他の連中も驚いた様にジェシカに視線が釘付けになっている。・・・随分久しぶりに会った気がする・・・。一気に俺の思考は現実へと引き戻される。
ジェシカは3人の女生徒達に守られるようにその場に立っていた。
「ご苦労さま、使い魔ちゃん。」
その時、やや体格の良い女生徒が黒猫を抱き上げた。
「おい、その黒猫をソフィーに渡すんだ。」
まただ、また俺の意思に反して勝手に台詞が飛び出してくる。しかし、その女生徒はこの黒猫は自分の使い魔だと言い、あっという間にその場で黒猫をグリフォンへと変えてしまった。
ほう・・・中々魔力が高いじゃないか。思わず感心してしまう。
そしてジェシカは別の女生徒に促され、何故今回俺達の前に姿を現したのか理由を説明しだした。その内容は正に驚くべきものだった。
何せ、ソフィーが恋人のいる男子学生3人を誘惑した挙句、金を巻き上げたと言うのだからとんでもない話である。
それなのにソフィーはその話を鼻で笑い、挙句にジェシカを侮辱するような台詞を吐くでは無いか。俺は思わず頭の芯がカッとなる思いがした。
流石に言いすぎだろうとソフィーを咎めようとした時・・・別の女生徒が悔しそうに歯ぎしりしながら言った。
「何ですって?よくも私達の大切な友人であるジェシカさんにそんな口を聞いてくれたわね?」
「キャッ!あのローブの人怖いっ!」
すかさず俺にしなだれかかって来るソフィー。ええい、触るなっ!頭の中では思うのに、実際の俺はソフィーを抱き留め、彼女を怖がらせるなと抗議している。
我ながら呆れてしまう。それでも詰め寄る女子学生にソフィーは証拠を出せと言って来たのだ。確かに・・・証拠が無いなら彼女の言い分は何も筋が通らないな・・。冷静に俺は考えていた。
すると、ジェシカの一番の親友・・・確か「エマ」とかいう女だったか・・・証拠など必要ない。本人の口から直接真実を語ってもらうだけの事だと言い、ソフィーに何やら怪しい術をかける。
激しく抵抗するソフィーは何故か後ろに控えて居たアメリアの名前を呼び、アメリアはソフィーの元へ駆けつけようとするものの、召喚獣によって足止めを食らった。
一体、ソフィーはアメリアに何をさせようとしていたのだ・・?
「クッ・・・!なんて使えない女なのっ?!」
忌々し気に毒舌を吐きながらアメリアを睨み付けるソフィー。最早ここまでくると、俺は驚く事も無くなっていた。やはり・・・所詮この女はクズなのだと。
それなのに・・・。
「自白だと?バカバカしい。俺のソフィーにはやましいところなど何一つないのだから、遠慮なく質問してみたらどうだ?な、構わないだろう?ソフィー。」
そして、俺は笑顔を向ける。
嘘だろっ?!どうして俺の身体なのに・・・俺の意思に反して勝手に動いてしまうのだ?!
ソフィーは涙目で俺の名前を呼びながら、こちらを見るが何も心が動かない。
やがてエマは次々とソフィーに質問を投げかけてゆく。そのどれもが信じがたい話ばかりだった。それらの話全てを肯定してゆくソフィーに寒気が走る。
最期の質問で、何故このような真似をしたのかを問われたソフィーは突然ジェシカを指さすと激しい憎悪を込めた目でヒステリックに喚いた。
全てはジェシカのせいだと。本来自分の恋人となるはずの俺やダニエル、ノアを奪ったからだと支離滅裂な話を口にしたのだ。だから恋人がいる男でも自分の魅力で誘惑出来るか試したと白状した。
・・・何てあさましい女なのだ・・・。
いつの間にか周囲には人だかりが出来ている。彼等はこれが劇とでも思っているのか口々にサインを後で貰おうとか、ソフィーの悪役がすごく似合ってるだのと話をしている。俺には今の状況が今一つ掴めないでいた。
最後の仕上げと言わんばかりにエマがソフィーに自分が誘惑した男達を解放し、金を返すように説得するが、それでも返す義理は無い等と抵抗するソフィー。
そしてついに逆切れしたのか、ソフィーが氷の呪文を唱える。
ま・・まさか・・・誰にその魔法を使う気だ?!
「アイシクルッ!」
途端にソフィーの掌か太い氷のつららが何本も出現し、ジェシカに向かって飛んでゆくでは無いか!
危ない、ジェシカッ!!
なのに俺の身体はピクリとも動かない。それは俺に限った事では無く、その場に居合わせた男全員がそうだった。
しかし・・・
「サラマンダーッ!」
女生徒の1人がサラマンダーをジェシカの目の前に召喚し、あっという間に全てのつららを溶かしてゆく。
良かった・・・ジェシカは無事だった・・・。俺は安堵の溜息をついた。
その様子を見ていた周囲の人々は盛大な拍手を送っている。おい!これは劇などでは無いんだぞっ?!俺は思わず彼等を睨みつける。
それを機に女達の逆襲が始まった。使い魔を変化させ、ソフィーを威嚇し、さらには小型の隕石を降らせる魔法を放ってきたのだ。
「な、何だ?!あの女正気じゃないっ!」
流石の俺も焦りを感じ、慌ててシールドの魔法をかける。
辺りは激しい爆風が起こり、ようやく辺りに静けさが戻って来ると飛散った無数の隕石が地面に突き刺さっているのを見た。
ダニエルが咳をしながらやり過ぎだと喚いているが、本当にその通りだ。何て・・・恐ろしい女達なのだろう。
女達はまだ攻撃を仕掛けようとした時・・・事態は一変した。
3人の見知らぬ男子学生達が駆けつけてきたのである。彼等を目にした時、ソフィーの目に脅えが走った。
「な、何で貴方たちが・・・・?」
彼等はソフィーから金を巻き上げられた学生達だったのだ—。
とうとう、エマが質問した通りの全ての悪事が突如として現れた男子学生達によって暴かれ、ソフィーは怒りで顔を真っ赤にし、全身を震わせている。
・・・こんな姿を見せられれば、100年の恋も冷めてしまうだろう。全く・・・。
「ち、ちょっと通してくださいっ!」
何を思ったのかソフィーは俺達を掻き分け、アメリアに向かって歩いてゆく。
そしてピタリとアメリアの前で止まると、恐ろしい形相で怒鳴りつけるではないか。
「アメリアッ!元はと言えば全てあんたのせいよ?!あの時ツタになんか足を絡まれたりして・・・本当に使えない女ね!」
な・・・何をするつもりだ?ソフィー。まさか・・・。
ソフィーは右手を振り上げ・・・。
パアンッ!!
乾いた音が辺りに響き渡った。
「い・・痛った・・・い。」
俺はジェシカの声で我に返った。何と、アメリアの代わりに平手打ちされたのはジェシカだったのだ。
見ると、彼女の頬は真っ赤に腫れあがっている。
アメリアが戸惑いながらジェシカの名前を呼ぶ。
「良かった・・・。私の名前を思い出したんですね?」
そしてジェシカはこれ以上アメリアに暴力を振るうのは辞めるように言うと、怒りの炎に火が付いたのか、さらにソフィーはジェシカに平手打ちをしようと右手を振り上げ・・・。
「止めるんだっ!」
俺はソフィーの腕を掴んで止めた。ソフィーは信じられないとでも言わんばかりの目で俺を見る。
「もう止めるんだ。ソフィー。俺はもうこれ以上君に醜態を晒させたくない。」
嘘だ、本当はこれ以上ジェシカを傷つけるのを止めたかったからだ。
他の連中も俺がソフィーを止めたのを見て、安堵の表情を浮かべている。
そして、今回の話は幕引きを終えた。
俺は女生徒達と去って行くジェシカの後姿を黙って見送った。他の男達も皆名残惜しそうにジェシカの姿を追っている。恐らく、彼等はソフィーのおぞましい力から抜け出る事が出来たのだろう。表情を見ればその事が良く分かる。
けれど、俺は・・・・。
まだソフィーの呪縛から逃れる事が・・・出来ていない—。
13
その日の夜。
遅い・・・グレイとルークめ・・・。一体何処で油を売っているのだ?明日は終業式だと言うのに・・・。
イライラしながら寮で待つが一向に戻る気配が無いので、俺はもしやと思い門へと向かった。
何て偶然なんだ・・・・っ!門から出てきたグレイとルークをいさめていると、背後から現れたのがジェシカだったのだ。
まさか、2人が一緒に食事をしていた相手がジェシカだったとは・・・っ!
話が・・・ジェシカと2人で話がしたいっ!俺の胸の内の苦しみを・・ジェシカに分かってもらいたい!
なのに、ジェシカの口から出てきた言葉は全く俺には関心を示さない様な内容だった。
「今夜は私の我儘に付き合ってくれてありがとう。それじゃ、また来学期に会いましょう。元気でね。グレイ、ルーク。」
そして俺の方を向くと言った。
「それではアラン王子様、失礼致します。」
グレイとルークには笑顔で別れの挨拶をするのに、俺に対しては表情が凍り付いたかの如く冷たいものだった。
「待ってくれ、ジェシカ。」
気が付けば引き留めていた。何を話せば良いのか全く頭に浮かばなかったが、でもここで引きさがっては駄目だと強く感じたからだ。
「何か御用でしょうか?アラン王子様。」
振り返るジェシカに笑顔は無い。思わず心がくじけそうになったが俺は続けた。
「お願いだ・・・少し・・・ほんの少しの時間でも構わないから、話をさせて貰えないか?」
「そうですか・・・ご命令とあれば、お受けします。」
命令?違うっ!そんなんじゃないっ!俺はただお前と話がしたいだけなんだっ!
「い、いや・・・命令と言う訳では・・・・。」
口籠って下を向くと、ジェシカが言った。俺に食事は済んだのか?と。
未だだ、と答えると何とジェシカの方から何処かの店に入ろうと提案があったのだ。
俺は天にも昇る気持ちになった。やはりジェシカ・・・お前は優しい女だな。
そして今俺とジェシカはサロンに来ている。思い返せば2人で酒を飲みに来たのは初めてだ。食欲など皆無だったが、折角ジェシカが誘ってくれたのだ。俺は無難なところでサンドウィッチとワインを注文した。だが、隣にジェシカが座っていると言う事実だけで胸が一杯だ。
ジェシカは酒に強いのだろうか・・・。先程からジェシカは注文したスパークリングワインを無言で飲んでいる。
長い睫毛に縁取られた瞳、アルコールでうっすら上気した頬・・・どれもが魅力的だった。
だが、心ここにあらずといったジェシカの様子が気になり俺は声をかけた。
「何を考えているんだ、ジェシカ?」
「え?」
ジェシカは驚いたように返事をした。まるで俺が隣に座っていたのを忘れていたように。
「いえ、特に何も考えてはいませんでしたが。」
「そうか・・・。」
ジェシカの返答に若干軽い失望を感じた。やはり俺はジェシカにとっては取るに足りない男だと言うわけか。
それよりもジェシカは俺に早く話をするように言ってきた。・・・さっさと要件を済ませてくれと言われているようで、気分が沈む。
だから俺も明日に響くから早く帰らないとな、と心にも無い事を言う。
・・・本当は1分1秒でも長くジェシカと一緒にいたいのに。
ジェシカは俺が全く食事に手を付けていないのに気が付いたようで、皆が心配するので食事はきちんと取った方が良いと言った。お前も心配してくれているのだろうか?
そして俺は無意識にジェシカに謝罪の言葉を述べていた。ジェシカはそれは何についての謝罪か不思議そうに尋ねてくるが、俺自身が良く分かっていないので口を閉ざしてしまった。
その間にもジェシカはアルコールを飲み続けている。よくもそんな小柄な身体で飲めるものだと俺は内心感心してしまった。なのでつい、俺も深酒へとはまっていく。
ふとジェシカの首筋を見てネックレスをしていない事に気が付いた。
「俺が贈ったネックレスは・・・もうつけてくれないのか?」
すると俺の問いかけにジェシカは思い出の品として取ってあると答えるでは無いか。
そうか、お前の中では俺はもう過去の存在なのか?だが・・・そんなのは嫌だっ!
どうすればいい?どうすればお前の関心を引く事が出来る?俺は未だにお前の事が愛しくてたまらないのに・・・っ!
だが・・・失ってしまったお前の信頼を取り戻すには、今迄の非礼を詫びなくては。ソフィーの分も含めて。
俺はこれまでの事を全て謝罪した。酷い態度を取ってしまった事、今日ジェシカが危険な目に合ったのに助けられなかった事。
しかしジェシカは言った。アラン王子には全く関係無い事なので謝罪する必要は無いのだと。
「俺は・・・正直、ソフィーがあそこまで酷い女だとは思っていなかった・・・。生徒会長やダニエル・ノアはもうすっかり嫌気が差したと言って彼女の傍から離れて行ったよ。だが、俺は・・・。」
気がつけば、俺は自分の苦しい胸の内をジェシカに吐露していた・・・。
14
「俺は・・・今日のソフィーを見て、心底ゾッとした。どこまで彼女はあさましいのだと思った。あんな人間は絶対受け入れてはいけないと頭の中では分かっているのにどうしても・・・あの目、あの声を聞くと抗えなくなるんだ・・っ!」
ジェシカにだけは俺の本当の姿を知ってもらいたい、情け無い話だが、どれだけ今迄苦しかったか、分かって貰いたかった。
そんな俺の話をジェシカはアルコールを飲みながら神妙な面持ちで聞いてくれていた。だが、何を思って聞いていたのだろう? 明らかに飲むピッチが上がっている。
さらにジェシカは酔いが回ってきたのか、目がトロンとし、白い肌に赤みが帯びてきている。
「だ、大丈夫か?ジェシカ。」
声をかけるとジェシカは一瞬俺を見上げ、ストンと俺の身体に自分の身体を預けてきた。
一気に俺の心臓の鼓動が早まる。
ジェシカ・・・。こうして寄り添ってくれているだけで、あの忌まわしいソフィーとの記憶が上書きされていくのが分かる。
俺はこの瞬間、はっきり分かった。どうすればソフィーの呪縛から逃げられるのかを。ジェシカだ、俺を助けられるのはジェシカしかいない。
同情でも何でもいい。ジェシカと深く結ばれれば・・・俺はソフィーを断ち切れるに違いない。
勇気を振り絞って俺は言った。
「ジェシカ・・・。俺を助けてくれないか?このままでは俺の心は本当にソフィーによって囚われてしまいそうだ。あの女は・・・まるで魔女だ。」
心臓が口から飛び出しそうだ。今迄これ程緊張して誰かに話しかけた事があっただろうか?
「助・・ける・・?」
ジェシカは虚ろな瞳で俺を見上げる。
その表情にますます心臓の鼓動が早くなって行く。
「ああ・・。俺を助けられるのは、もうジェシカしかいない。」
震える声を押し殺して会話を続ける。どうする?もし拒否されたら?でも俺はジェシカの同意が無い限りは絶対に手を出すつもりは無かった。
「わ・・私には・・他の人達のように・・魔法を使えないのに・・?」
ジェシカは酔いのせいか、何処か虚ろな瞳で俺を見上げながら尋ねて来る。
「ああ、ジェシカにだけしか出来ない。何故なら俺が本当に心惹かれた女性はジェシカだから。お前なら俺の呪縛を・・きっと解けるはずだ。」
言いながら、俺はジェシカの身体を抱き寄せた。心臓の音は早鐘のように鳴っている。
どうか、どうか俺を拒まないでくれ、ジェシカ—。
果たしてジェシカの出した答えは・・・。
「わかり・・・ました・・。」
これは聞き間違いだろうか—?
ジェシカ、俺はお前の言葉をそのまま受け取るが、本当にそれで良いのだな―?
その日の夜はまるで夢のような時を過ごす事が出来た。
俺はジェシカから承諾を得たものの、少しでも嫌がるような素振りをすれば、即座に行為を中断しようと思っていた。
しかし、ジェシカは俺を拒まなかった。深く口付けても、全身にキスの雨を降らせても・・・俺を受け入れてくれた。
ジェシカの身体を抱きしめている時、ふとある事に気が付いた。彼女の身体から濃い魔力の匂いを感じる事に。
俺はジェシカを強く抱き寄せ、より一層深く匂いを嗅いでみた。これは・・この魔力の持ち主は・・・マリウスだっ!
ようやく俺は合点がいった。そうか、そういう事だったのか。
ジェシカが何処へ行ってもマリウスが必ず見つけ出す事が出来たのはマーキングを付けていたからだ。
俺は自分の腕の中にジェシカがいるにも関わらず、マリウスに酷く嫉妬した。
あの男の事だ。どんな方法でジェシカにマーキングをしてきたのか、大体見当はつく。
よし、それなら・・・あいつのマーキングよりも一層強い魔力をジェシカに注ぎ込んでマーキングしてやるのだ。そうすればマリウスはもうジェシカの居場所を掴めなくなるに違いない。
「ジェシカ・・・俺はお前を愛している・・・。あいつのマーキングなんか消してやるからな。」
ジェシカの耳元で囁く。
そして、俺はより一層深くジェシカと身体を重ねた・・・。
翌朝・・・俺は幸せな気持ちで目が覚めた。そして隣に寝ているだろうジェシカに目覚めのキスでもしようとした時、ベッドがもぬけの殻になっているでは無いか。
慌ててガバッと起き上がり、辺りをキョロキョロ見渡してもシーンと静まり返った部屋には人の気配が無い。
しかも昨夜俺が畳んでおいたジェシカの服も消えている。
まさか・・・俺を1人残して先に帰ってしまったのだろうか?
折角久しぶりに食欲が湧いたので一緒に朝食をと考えていたのに・・・。
それにしても、昨夜の事を思い出すだけで顔が情けない位緩んでしまう。
今迄に何人かの女性と関係を持った事はあったものの、こんなに感動に打ち震えてしまったのは昨夜が初めての事だった。
そして結局この日は昨晩の余韻に浸っていたせいで、終業式を欠席してしまったのだった・・・。
「アラン王子。荷物は全部車に積み終わりました。」
何故かどんより陰鬱な空気をまとったグレイが突然俺の背後から声をかけてきた。
「うわっ!お、お前・・・いきなり背後から声をかけてくるなっ!心臓が止まるかと思っただろう?!」
しかしグレイから返ってきた返事は意外なものだった。
「なら・・なら、一度その心臓を止めてみたらどうですかっ?!」
「はあああっ?!」
なんて怖ろしい事を言うのだ?!俺はグレイに何か文句を言ってやろうとして・・・
今にも泣きそうな表情をしているのに驚き、固まった。
「お、おい・・?グレイ?一体どうしたんだ?」
「う・・・ご自分の胸に手を当ててよーく考えてみてはいかがですか?!俺、忘れ物が無いか確認してくるので失礼しますっ!!」
バタンッ!
乱暴にドアを閉めてグレイは出て行った。グレイの奴・・・どうしたと言うのだろう?いや、それどころかルークはどうしたのだ?俺が朝帰りして会話をした後から姿を見ていないぞ?
この時の俺は自分があまりに有頂天になり過ぎていた為、2人から嫉妬されている事に全く気が付かなかったのだ。
後程、国へ帰る途中で、延々と2人から愚痴を聞かされたのは言うまでもない。
15
トレント王国に帰国して1週間が経過した。
俺が帰国した際、既に父の元へ俺が成績が急落した知らせが既に学院側から届いていた。
散々父から油を絞られたが、次回は絶対にトップの成績を取る事を誓い、証文まで書いた上に、ようやく父を納得させるとが出来た。
さらに父から、誰か気に入った女性が出来たのかと聞かれたのでここだけははっきりと告げた。
ジェシカ・リッジウェイと言う公爵令嬢が愛しくてたまらないという事を。
リッジウェイ家は名門なので、当然父は反対する事が無かった。
しかし、ライバルが多すぎる事と、ジェシカが自分の事をどう思っているのか確認したことが無いと話すと、逆に頑張るように応援された位であった。
そうだ、俺とジェシカはもう男女の仲なのだ。あの時、ジェシカは俺を拒まなかったのだから、きっとうまくいくに違いない。
この時の俺はすっかり有頂天になっていた。まさかジェシカの身にとんでもない事が起きているとはつゆとも知らずに・・・。
それは丁度俺がテラスで紅茶を飲んでいた時だ。
突然そいつは現れた。
ヒュンッ!
鋭い風を切るような音と共に、目の前に手紙が現れたのだ。
「な・・何だ?これは・・・手紙か?」
一体誰からなのだろう?俺は封筒の宛名書きを見て驚いた。それはマリウスからだった。
「何故、マリウスが俺に手紙を・・・?」
何か罠でもあるのではないだろうか?手紙をあちこちひっくり返して調べたりしても、とくに何かが仕掛けられている気配は無い。
俺は慎重に封を開け・・・手紙を取り出して目を通した。
拝啓アラン・ゴールドリック様
お嬢様が何者かに誘拐されました。
アラン王子、貴方は私がお嬢様に付けたマーキングを消してくれましたね?
余計な真似をしてくれたせいでジェシカお嬢様の行方を掴むことが出来ません。
至急学院に戻り、お嬢様を探すお手伝いをして頂けますか?
御自分のマーキングをお嬢様に付けた貴方でしたら、探す事等造作もないはずです
当然・・・拒むはずありませんよね?
お待ちしております。
敬具
マリウス・グラントより
「な・・・何だってっ?!」
俺は椅子を倒す勢いで立ち上がった。ジェシカが誘拐された?俺がマーキングしたせいでマリウスが行方を追えないだと?
「くそっ!!」
俺は手紙を握りしめると勢いよく部屋を飛び出した—。
今日はセント・レイズシティで雪祭りのパレードが開催される日だ。
前々から俺はソフィーにこのパレードに連れて行って欲しいとねだられていたので、こうして今一緒に来ている訳なのだが・・・・何故こいつ等がいる?
俺達の周囲には呼ばれてもいないのに、生徒会長を含めたいつものメンバーが当然の如くついて来ている。
全く、物好きな奴らだ。こんな女の為にわざわざパレードまで出向くとは・・・ん?
そこまで考えて俺は気付いた。え?今俺は何を思ったのだ?普通なら恋人と一緒に出掛けるのに邪魔者達がついて来たなら、迷惑に思うべきなのに何故俺は物好きな奴らだと無意識に頭に浮かんでしまったのだろうか?
どうもソフィーといっしょにいると頭がすっきりしない。
頭のどこかで霞みがかかったようになってしまい、自分の思考力が麻痺していくような感覚を覚える。これは一体どういう事なのだろうか・・・?
一方のソフィーはそんな俺の気持ちに微塵も気が付かない様子で、今回も色々な商品を買ってくれとねだって来る。
「ねえ、アラン王子様。あのお店のピアス、今すごく人気があるんですよ?私欲しいな~。」
「ああ、そうか。よし、今日は特別だ。ソフィーの欲しい物ならどんな物だって買ってやるぞ。」
俺の意思とは無関係にまたしても口が勝手に動き出す。すると俺に触発されてか、次々と他の男達もソフィーに対するプレゼントを申し出て来る。
・・・こいつらも本当に馬鹿な奴等だ。この女にただ貢がされている事にまだ気が付かないのか?
思考の奥底にはまだまともな俺が残っているのだろうか・・・・冷静な自分がいる。
「皆さん、本当ですか?うわあ~嬉しいですッ!それじゃあ生徒会長さんにはあれを買って貰おうかな・・・?」
ソフィーはニコニコしながら生徒会長にプレゼントの要求をしている。一方の生徒会長のほうは完全にソフィーにのぼせ上っているのか、すっかりソフィーの虜になっている事が分かった。
だらしなく鼻の下など伸ばしやがって・・・。
まあ、俺的には生徒会長がどうなろうと知った事では無いが、ソフィーが男に媚びる姿を見れば見る程、反吐が出そうだ。
その時、突然ソフィーが声を上げた。
「可愛い~っ。こんなに真っ黒で毛並みの良い黒猫なんて初めてだわ。」
ん?どうしたんだ?俺は顔を上げるとソフィーが黒猫を抱き上げていた。
「ああ、そうだな。とても美しい黒猫だ。飼い主がいないなら俺が学院に直談判してソフィーのペットにしてやるように頼んでやるぞ?」
俺の口から偽りの言葉がペラペラと口をついて出てくる。内心ではお前のような身勝手な女にペットなど育てられると思っているのかと言ってやりたい位だというのに。
そんな俺に生徒会長が何やら抗議してくるが、聞かなかったことにする。身体ばかり鍛えて脳みそまで筋肉と化してしまった脳筋馬鹿などほうっておくべきだからな。
「待って下さい!2人とも、私の為に喧嘩なんかしないで下さい・・・。」
瞳を潤ませて俺達を見るソフィー。何だ?そんな白々しい演技が俺に通用するとでも思っているのか?随分安っぽい男に見られたものだ。それなのに・・・実際の俺は頬が火照っているではないかっ!
生徒会長に引き続き、他の2人もしきりにソフィーのご機嫌を取ろうとしているが、
俺からするとこんな茶番はもう、うんざりだ。一刻も早く寮に戻って休みたいっ!
何が悲しくて、この女と外出をしなくてはならないのだ?
そんな事をボンヤリ考えていた時、突然ソフィーの声で我に返った。
「あ!黒猫がっ!」
黒猫はソフィーの腕をすり抜けると、一目散に走りだす。猫など放って置けば良いのにと頭の片隅にあるのに、俺を含め全員が黒猫の後を追って走り出す。
チッ!なんて面倒な・・・・っ!
そして、黒猫の逃げて行く前方に俺はその人物をはっきり見た。
「ジェ、ジェシカッ?!」
他の連中も驚いた様にジェシカに視線が釘付けになっている。・・・随分久しぶりに会った気がする・・・。一気に俺の思考は現実へと引き戻される。
ジェシカは3人の女生徒達に守られるようにその場に立っていた。
「ご苦労さま、使い魔ちゃん。」
その時、やや体格の良い女生徒が黒猫を抱き上げた。
「おい、その黒猫をソフィーに渡すんだ。」
まただ、また俺の意思に反して勝手に台詞が飛び出してくる。しかし、その女生徒はこの黒猫は自分の使い魔だと言い、あっという間にその場で黒猫をグリフォンへと変えてしまった。
ほう・・・中々魔力が高いじゃないか。思わず感心してしまう。
そしてジェシカは別の女生徒に促され、何故今回俺達の前に姿を現したのか理由を説明しだした。その内容は正に驚くべきものだった。
何せ、ソフィーが恋人のいる男子学生3人を誘惑した挙句、金を巻き上げたと言うのだからとんでもない話である。
それなのにソフィーはその話を鼻で笑い、挙句にジェシカを侮辱するような台詞を吐くでは無いか。俺は思わず頭の芯がカッとなる思いがした。
流石に言いすぎだろうとソフィーを咎めようとした時・・・別の女生徒が悔しそうに歯ぎしりしながら言った。
「何ですって?よくも私達の大切な友人であるジェシカさんにそんな口を聞いてくれたわね?」
「キャッ!あのローブの人怖いっ!」
すかさず俺にしなだれかかって来るソフィー。ええい、触るなっ!頭の中では思うのに、実際の俺はソフィーを抱き留め、彼女を怖がらせるなと抗議している。
我ながら呆れてしまう。それでも詰め寄る女子学生にソフィーは証拠を出せと言って来たのだ。確かに・・・証拠が無いなら彼女の言い分は何も筋が通らないな・・。冷静に俺は考えていた。
すると、ジェシカの一番の親友・・・確か「エマ」とかいう女だったか・・・証拠など必要ない。本人の口から直接真実を語ってもらうだけの事だと言い、ソフィーに何やら怪しい術をかける。
激しく抵抗するソフィーは何故か後ろに控えて居たアメリアの名前を呼び、アメリアはソフィーの元へ駆けつけようとするものの、召喚獣によって足止めを食らった。
一体、ソフィーはアメリアに何をさせようとしていたのだ・・?
「クッ・・・!なんて使えない女なのっ?!」
忌々し気に毒舌を吐きながらアメリアを睨み付けるソフィー。最早ここまでくると、俺は驚く事も無くなっていた。やはり・・・所詮この女はクズなのだと。
それなのに・・・。
「自白だと?バカバカしい。俺のソフィーにはやましいところなど何一つないのだから、遠慮なく質問してみたらどうだ?な、構わないだろう?ソフィー。」
そして、俺は笑顔を向ける。
嘘だろっ?!どうして俺の身体なのに・・・俺の意思に反して勝手に動いてしまうのだ?!
ソフィーは涙目で俺の名前を呼びながら、こちらを見るが何も心が動かない。
やがてエマは次々とソフィーに質問を投げかけてゆく。そのどれもが信じがたい話ばかりだった。それらの話全てを肯定してゆくソフィーに寒気が走る。
最期の質問で、何故このような真似をしたのかを問われたソフィーは突然ジェシカを指さすと激しい憎悪を込めた目でヒステリックに喚いた。
全てはジェシカのせいだと。本来自分の恋人となるはずの俺やダニエル、ノアを奪ったからだと支離滅裂な話を口にしたのだ。だから恋人がいる男でも自分の魅力で誘惑出来るか試したと白状した。
・・・何てあさましい女なのだ・・・。
いつの間にか周囲には人だかりが出来ている。彼等はこれが劇とでも思っているのか口々にサインを後で貰おうとか、ソフィーの悪役がすごく似合ってるだのと話をしている。俺には今の状況が今一つ掴めないでいた。
最後の仕上げと言わんばかりにエマがソフィーに自分が誘惑した男達を解放し、金を返すように説得するが、それでも返す義理は無い等と抵抗するソフィー。
そしてついに逆切れしたのか、ソフィーが氷の呪文を唱える。
ま・・まさか・・・誰にその魔法を使う気だ?!
「アイシクルッ!」
途端にソフィーの掌か太い氷のつららが何本も出現し、ジェシカに向かって飛んでゆくでは無いか!
危ない、ジェシカッ!!
なのに俺の身体はピクリとも動かない。それは俺に限った事では無く、その場に居合わせた男全員がそうだった。
しかし・・・
「サラマンダーッ!」
女生徒の1人がサラマンダーをジェシカの目の前に召喚し、あっという間に全てのつららを溶かしてゆく。
良かった・・・ジェシカは無事だった・・・。俺は安堵の溜息をついた。
その様子を見ていた周囲の人々は盛大な拍手を送っている。おい!これは劇などでは無いんだぞっ?!俺は思わず彼等を睨みつける。
それを機に女達の逆襲が始まった。使い魔を変化させ、ソフィーを威嚇し、さらには小型の隕石を降らせる魔法を放ってきたのだ。
「な、何だ?!あの女正気じゃないっ!」
流石の俺も焦りを感じ、慌ててシールドの魔法をかける。
辺りは激しい爆風が起こり、ようやく辺りに静けさが戻って来ると飛散った無数の隕石が地面に突き刺さっているのを見た。
ダニエルが咳をしながらやり過ぎだと喚いているが、本当にその通りだ。何て・・・恐ろしい女達なのだろう。
女達はまだ攻撃を仕掛けようとした時・・・事態は一変した。
3人の見知らぬ男子学生達が駆けつけてきたのである。彼等を目にした時、ソフィーの目に脅えが走った。
「な、何で貴方たちが・・・・?」
彼等はソフィーから金を巻き上げられた学生達だったのだ—。
とうとう、エマが質問した通りの全ての悪事が突如として現れた男子学生達によって暴かれ、ソフィーは怒りで顔を真っ赤にし、全身を震わせている。
・・・こんな姿を見せられれば、100年の恋も冷めてしまうだろう。全く・・・。
「ち、ちょっと通してくださいっ!」
何を思ったのかソフィーは俺達を掻き分け、アメリアに向かって歩いてゆく。
そしてピタリとアメリアの前で止まると、恐ろしい形相で怒鳴りつけるではないか。
「アメリアッ!元はと言えば全てあんたのせいよ?!あの時ツタになんか足を絡まれたりして・・・本当に使えない女ね!」
な・・・何をするつもりだ?ソフィー。まさか・・・。
ソフィーは右手を振り上げ・・・。
パアンッ!!
乾いた音が辺りに響き渡った。
「い・・痛った・・・い。」
俺はジェシカの声で我に返った。何と、アメリアの代わりに平手打ちされたのはジェシカだったのだ。
見ると、彼女の頬は真っ赤に腫れあがっている。
アメリアが戸惑いながらジェシカの名前を呼ぶ。
「良かった・・・。私の名前を思い出したんですね?」
そしてジェシカはこれ以上アメリアに暴力を振るうのは辞めるように言うと、怒りの炎に火が付いたのか、さらにソフィーはジェシカに平手打ちをしようと右手を振り上げ・・・。
「止めるんだっ!」
俺はソフィーの腕を掴んで止めた。ソフィーは信じられないとでも言わんばかりの目で俺を見る。
「もう止めるんだ。ソフィー。俺はもうこれ以上君に醜態を晒させたくない。」
嘘だ、本当はこれ以上ジェシカを傷つけるのを止めたかったからだ。
他の連中も俺がソフィーを止めたのを見て、安堵の表情を浮かべている。
そして、今回の話は幕引きを終えた。
俺は女生徒達と去って行くジェシカの後姿を黙って見送った。他の男達も皆名残惜しそうにジェシカの姿を追っている。恐らく、彼等はソフィーのおぞましい力から抜け出る事が出来たのだろう。表情を見ればその事が良く分かる。
けれど、俺は・・・・。
まだソフィーの呪縛から逃れる事が・・・出来ていない—。
13
その日の夜。
遅い・・・グレイとルークめ・・・。一体何処で油を売っているのだ?明日は終業式だと言うのに・・・。
イライラしながら寮で待つが一向に戻る気配が無いので、俺はもしやと思い門へと向かった。
何て偶然なんだ・・・・っ!門から出てきたグレイとルークをいさめていると、背後から現れたのがジェシカだったのだ。
まさか、2人が一緒に食事をしていた相手がジェシカだったとは・・・っ!
話が・・・ジェシカと2人で話がしたいっ!俺の胸の内の苦しみを・・ジェシカに分かってもらいたい!
なのに、ジェシカの口から出てきた言葉は全く俺には関心を示さない様な内容だった。
「今夜は私の我儘に付き合ってくれてありがとう。それじゃ、また来学期に会いましょう。元気でね。グレイ、ルーク。」
そして俺の方を向くと言った。
「それではアラン王子様、失礼致します。」
グレイとルークには笑顔で別れの挨拶をするのに、俺に対しては表情が凍り付いたかの如く冷たいものだった。
「待ってくれ、ジェシカ。」
気が付けば引き留めていた。何を話せば良いのか全く頭に浮かばなかったが、でもここで引きさがっては駄目だと強く感じたからだ。
「何か御用でしょうか?アラン王子様。」
振り返るジェシカに笑顔は無い。思わず心がくじけそうになったが俺は続けた。
「お願いだ・・・少し・・・ほんの少しの時間でも構わないから、話をさせて貰えないか?」
「そうですか・・・ご命令とあれば、お受けします。」
命令?違うっ!そんなんじゃないっ!俺はただお前と話がしたいだけなんだっ!
「い、いや・・・命令と言う訳では・・・・。」
口籠って下を向くと、ジェシカが言った。俺に食事は済んだのか?と。
未だだ、と答えると何とジェシカの方から何処かの店に入ろうと提案があったのだ。
俺は天にも昇る気持ちになった。やはりジェシカ・・・お前は優しい女だな。
そして今俺とジェシカはサロンに来ている。思い返せば2人で酒を飲みに来たのは初めてだ。食欲など皆無だったが、折角ジェシカが誘ってくれたのだ。俺は無難なところでサンドウィッチとワインを注文した。だが、隣にジェシカが座っていると言う事実だけで胸が一杯だ。
ジェシカは酒に強いのだろうか・・・。先程からジェシカは注文したスパークリングワインを無言で飲んでいる。
長い睫毛に縁取られた瞳、アルコールでうっすら上気した頬・・・どれもが魅力的だった。
だが、心ここにあらずといったジェシカの様子が気になり俺は声をかけた。
「何を考えているんだ、ジェシカ?」
「え?」
ジェシカは驚いたように返事をした。まるで俺が隣に座っていたのを忘れていたように。
「いえ、特に何も考えてはいませんでしたが。」
「そうか・・・。」
ジェシカの返答に若干軽い失望を感じた。やはり俺はジェシカにとっては取るに足りない男だと言うわけか。
それよりもジェシカは俺に早く話をするように言ってきた。・・・さっさと要件を済ませてくれと言われているようで、気分が沈む。
だから俺も明日に響くから早く帰らないとな、と心にも無い事を言う。
・・・本当は1分1秒でも長くジェシカと一緒にいたいのに。
ジェシカは俺が全く食事に手を付けていないのに気が付いたようで、皆が心配するので食事はきちんと取った方が良いと言った。お前も心配してくれているのだろうか?
そして俺は無意識にジェシカに謝罪の言葉を述べていた。ジェシカはそれは何についての謝罪か不思議そうに尋ねてくるが、俺自身が良く分かっていないので口を閉ざしてしまった。
その間にもジェシカはアルコールを飲み続けている。よくもそんな小柄な身体で飲めるものだと俺は内心感心してしまった。なのでつい、俺も深酒へとはまっていく。
ふとジェシカの首筋を見てネックレスをしていない事に気が付いた。
「俺が贈ったネックレスは・・・もうつけてくれないのか?」
すると俺の問いかけにジェシカは思い出の品として取ってあると答えるでは無いか。
そうか、お前の中では俺はもう過去の存在なのか?だが・・・そんなのは嫌だっ!
どうすればいい?どうすればお前の関心を引く事が出来る?俺は未だにお前の事が愛しくてたまらないのに・・・っ!
だが・・・失ってしまったお前の信頼を取り戻すには、今迄の非礼を詫びなくては。ソフィーの分も含めて。
俺はこれまでの事を全て謝罪した。酷い態度を取ってしまった事、今日ジェシカが危険な目に合ったのに助けられなかった事。
しかしジェシカは言った。アラン王子には全く関係無い事なので謝罪する必要は無いのだと。
「俺は・・・正直、ソフィーがあそこまで酷い女だとは思っていなかった・・・。生徒会長やダニエル・ノアはもうすっかり嫌気が差したと言って彼女の傍から離れて行ったよ。だが、俺は・・・。」
気がつけば、俺は自分の苦しい胸の内をジェシカに吐露していた・・・。
14
「俺は・・・今日のソフィーを見て、心底ゾッとした。どこまで彼女はあさましいのだと思った。あんな人間は絶対受け入れてはいけないと頭の中では分かっているのにどうしても・・・あの目、あの声を聞くと抗えなくなるんだ・・っ!」
ジェシカにだけは俺の本当の姿を知ってもらいたい、情け無い話だが、どれだけ今迄苦しかったか、分かって貰いたかった。
そんな俺の話をジェシカはアルコールを飲みながら神妙な面持ちで聞いてくれていた。だが、何を思って聞いていたのだろう? 明らかに飲むピッチが上がっている。
さらにジェシカは酔いが回ってきたのか、目がトロンとし、白い肌に赤みが帯びてきている。
「だ、大丈夫か?ジェシカ。」
声をかけるとジェシカは一瞬俺を見上げ、ストンと俺の身体に自分の身体を預けてきた。
一気に俺の心臓の鼓動が早まる。
ジェシカ・・・。こうして寄り添ってくれているだけで、あの忌まわしいソフィーとの記憶が上書きされていくのが分かる。
俺はこの瞬間、はっきり分かった。どうすればソフィーの呪縛から逃げられるのかを。ジェシカだ、俺を助けられるのはジェシカしかいない。
同情でも何でもいい。ジェシカと深く結ばれれば・・・俺はソフィーを断ち切れるに違いない。
勇気を振り絞って俺は言った。
「ジェシカ・・・。俺を助けてくれないか?このままでは俺の心は本当にソフィーによって囚われてしまいそうだ。あの女は・・・まるで魔女だ。」
心臓が口から飛び出しそうだ。今迄これ程緊張して誰かに話しかけた事があっただろうか?
「助・・ける・・?」
ジェシカは虚ろな瞳で俺を見上げる。
その表情にますます心臓の鼓動が早くなって行く。
「ああ・・。俺を助けられるのは、もうジェシカしかいない。」
震える声を押し殺して会話を続ける。どうする?もし拒否されたら?でも俺はジェシカの同意が無い限りは絶対に手を出すつもりは無かった。
「わ・・私には・・他の人達のように・・魔法を使えないのに・・?」
ジェシカは酔いのせいか、何処か虚ろな瞳で俺を見上げながら尋ねて来る。
「ああ、ジェシカにだけしか出来ない。何故なら俺が本当に心惹かれた女性はジェシカだから。お前なら俺の呪縛を・・きっと解けるはずだ。」
言いながら、俺はジェシカの身体を抱き寄せた。心臓の音は早鐘のように鳴っている。
どうか、どうか俺を拒まないでくれ、ジェシカ—。
果たしてジェシカの出した答えは・・・。
「わかり・・・ました・・。」
これは聞き間違いだろうか—?
ジェシカ、俺はお前の言葉をそのまま受け取るが、本当にそれで良いのだな―?
その日の夜はまるで夢のような時を過ごす事が出来た。
俺はジェシカから承諾を得たものの、少しでも嫌がるような素振りをすれば、即座に行為を中断しようと思っていた。
しかし、ジェシカは俺を拒まなかった。深く口付けても、全身にキスの雨を降らせても・・・俺を受け入れてくれた。
ジェシカの身体を抱きしめている時、ふとある事に気が付いた。彼女の身体から濃い魔力の匂いを感じる事に。
俺はジェシカを強く抱き寄せ、より一層深く匂いを嗅いでみた。これは・・この魔力の持ち主は・・・マリウスだっ!
ようやく俺は合点がいった。そうか、そういう事だったのか。
ジェシカが何処へ行ってもマリウスが必ず見つけ出す事が出来たのはマーキングを付けていたからだ。
俺は自分の腕の中にジェシカがいるにも関わらず、マリウスに酷く嫉妬した。
あの男の事だ。どんな方法でジェシカにマーキングをしてきたのか、大体見当はつく。
よし、それなら・・・あいつのマーキングよりも一層強い魔力をジェシカに注ぎ込んでマーキングしてやるのだ。そうすればマリウスはもうジェシカの居場所を掴めなくなるに違いない。
「ジェシカ・・・俺はお前を愛している・・・。あいつのマーキングなんか消してやるからな。」
ジェシカの耳元で囁く。
そして、俺はより一層深くジェシカと身体を重ねた・・・。
翌朝・・・俺は幸せな気持ちで目が覚めた。そして隣に寝ているだろうジェシカに目覚めのキスでもしようとした時、ベッドがもぬけの殻になっているでは無いか。
慌ててガバッと起き上がり、辺りをキョロキョロ見渡してもシーンと静まり返った部屋には人の気配が無い。
しかも昨夜俺が畳んでおいたジェシカの服も消えている。
まさか・・・俺を1人残して先に帰ってしまったのだろうか?
折角久しぶりに食欲が湧いたので一緒に朝食をと考えていたのに・・・。
それにしても、昨夜の事を思い出すだけで顔が情けない位緩んでしまう。
今迄に何人かの女性と関係を持った事はあったものの、こんなに感動に打ち震えてしまったのは昨夜が初めての事だった。
そして結局この日は昨晩の余韻に浸っていたせいで、終業式を欠席してしまったのだった・・・。
「アラン王子。荷物は全部車に積み終わりました。」
何故かどんより陰鬱な空気をまとったグレイが突然俺の背後から声をかけてきた。
「うわっ!お、お前・・・いきなり背後から声をかけてくるなっ!心臓が止まるかと思っただろう?!」
しかしグレイから返ってきた返事は意外なものだった。
「なら・・なら、一度その心臓を止めてみたらどうですかっ?!」
「はあああっ?!」
なんて怖ろしい事を言うのだ?!俺はグレイに何か文句を言ってやろうとして・・・
今にも泣きそうな表情をしているのに驚き、固まった。
「お、おい・・?グレイ?一体どうしたんだ?」
「う・・・ご自分の胸に手を当ててよーく考えてみてはいかがですか?!俺、忘れ物が無いか確認してくるので失礼しますっ!!」
バタンッ!
乱暴にドアを閉めてグレイは出て行った。グレイの奴・・・どうしたと言うのだろう?いや、それどころかルークはどうしたのだ?俺が朝帰りして会話をした後から姿を見ていないぞ?
この時の俺は自分があまりに有頂天になり過ぎていた為、2人から嫉妬されている事に全く気が付かなかったのだ。
後程、国へ帰る途中で、延々と2人から愚痴を聞かされたのは言うまでもない。
15
トレント王国に帰国して1週間が経過した。
俺が帰国した際、既に父の元へ俺が成績が急落した知らせが既に学院側から届いていた。
散々父から油を絞られたが、次回は絶対にトップの成績を取る事を誓い、証文まで書いた上に、ようやく父を納得させるとが出来た。
さらに父から、誰か気に入った女性が出来たのかと聞かれたのでここだけははっきりと告げた。
ジェシカ・リッジウェイと言う公爵令嬢が愛しくてたまらないという事を。
リッジウェイ家は名門なので、当然父は反対する事が無かった。
しかし、ライバルが多すぎる事と、ジェシカが自分の事をどう思っているのか確認したことが無いと話すと、逆に頑張るように応援された位であった。
そうだ、俺とジェシカはもう男女の仲なのだ。あの時、ジェシカは俺を拒まなかったのだから、きっとうまくいくに違いない。
この時の俺はすっかり有頂天になっていた。まさかジェシカの身にとんでもない事が起きているとはつゆとも知らずに・・・。
それは丁度俺がテラスで紅茶を飲んでいた時だ。
突然そいつは現れた。
ヒュンッ!
鋭い風を切るような音と共に、目の前に手紙が現れたのだ。
「な・・何だ?これは・・・手紙か?」
一体誰からなのだろう?俺は封筒の宛名書きを見て驚いた。それはマリウスからだった。
「何故、マリウスが俺に手紙を・・・?」
何か罠でもあるのではないだろうか?手紙をあちこちひっくり返して調べたりしても、とくに何かが仕掛けられている気配は無い。
俺は慎重に封を開け・・・手紙を取り出して目を通した。
拝啓アラン・ゴールドリック様
お嬢様が何者かに誘拐されました。
アラン王子、貴方は私がお嬢様に付けたマーキングを消してくれましたね?
余計な真似をしてくれたせいでジェシカお嬢様の行方を掴むことが出来ません。
至急学院に戻り、お嬢様を探すお手伝いをして頂けますか?
御自分のマーキングをお嬢様に付けた貴方でしたら、探す事等造作もないはずです
当然・・・拒むはずありませんよね?
お待ちしております。
敬具
マリウス・グラントより
「な・・・何だってっ?!」
俺は椅子を倒す勢いで立ち上がった。ジェシカが誘拐された?俺がマーキングしたせいでマリウスが行方を追えないだと?
「くそっ!!」
俺は手紙を握りしめると勢いよく部屋を飛び出した—。
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