目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第8章 1 2人きりの夢の世界で願いを乞う (イラスト有り)

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1

 暗い部屋の中、私はまんじりともせず頬杖を付いてデスクに向かっていた。
このままではいけない・・・。今の状況が続けばアラン王子もマリウスも・・・他の人達も傷つけてしまう。
「やっぱり・・・逃げよう。」
そうだ、逃げるしかない。新学期が始まって学院に戻る事になればますます逃げる事が困難になってくる。
取りあえず今夜はもう休んで、明日になったら王都へ行ってみよう。
確か、私はこの小説で『飛行船』なるものを書いていた。
この飛行船は何万キロも移動する事が出来る。これに乗って知らない土地へ渡り、新しい生活を始めるのだ。
そう考えると、落ち込んでいた気分も少しは前向きになれる。

 そして私はベッドに潜りこむと眠りに就いた―。


「ジェシカ、ジェシカ。」
誰かが私を揺すっている・・・。う~ん・・もっと眠っていたいのに・・。
ん?誰?
私はガバッと起き上がると、目の前に小さな子供が私の身体の上に乗っていた。
年齢は5歳位だろうか・・・?
白い肌に大きな緑色の瞳。そして金の巻き毛の何とも言えず可愛らしい男の子・・。
「な・・・なんて可愛いの~っ!!」
私は思わず強く抱きしめ、頬をすりすりしてしまった。

「う、うわっ!ジェシカッ!く、苦しいってばっ!」

苦し気に暴れる男の子。

「あ、ご・ごめんね。」

パッと私は手を離し、改めて男の子を見ると言った。
「ねえ、僕。どこの子なの?こんな夜に知らない人のお家に来ていたらパパとママが心配するよ?お姉さんがおうちまで連れて行ってあげようか?場所は分かる?」
男の子は私の話をじ~っと聞いていたが、やがて言った。

「ジェシカ。僕の事が分からない?」

「え・・・?」
改めて男の子に尋ねられて、私はまじまじと見つめた。金の巻き毛に緑色の瞳・・・。言われてみれば何処かで見た事があるような無いような・・・。
いや、その前に一番肝心な事がある。
「ねえ。そう言えば・・・どうして私の名前を僕は知っているの?」

すると男の子は言った。



「ねえ、カーテンを開けて窓の外を見て。今は満月が雲で隠れちゃっているよね?」

男の子に言われた通り、私はカーテンと窓を開けて空を眺めた。
確かに今は満月が雲で覆われている。が・・・。

「ほら、雲が晴れるよ・・・。」

私は男の子の言う通り、夜空を見上げているとやがて厚い雲が晴れて綺麗な満月が顔を覗かせた―。

「確かに雲が晴れて、月が見えるようになったけど・・・。」

振り返り、そこで私はハッとなって息を飲んだ。
風でたなびくレースのカーテンの合間から一人の男性の姿が現れたからである。
その姿は・・・。

「ノ・・・ノア先輩?!」

そこに立っていたのは少し寂しげに笑っているノア先輩だった。

ノア先輩は黙って私に近付いてくると、目の前で足を止めた。

「こんばんは、ジェシカ。・・・いきなり訪ねてきて驚かせたよね?」

そして私の頬にそっと手を添えると言った。

「お、驚くも何も・・・・。」
私は震える声で言った。
「ノア先輩には・・・色々尋ねたい事があったんです!私・・・おかしいんです。弓矢で命を一度落して、息を吹き返してからは何故かノア先輩の事をすっかり忘れてしまっていたんです。それだけじゃありません。先輩と親しかったダニエル先輩だけでなく、アラン王子やマリウスまで、皆・・・!」
いつの間にか私はノア先輩の両袖を強く握りしめていた。

「教えてください、ノア先輩。あの時・・・一体何があったのですか?ダニエル先輩の話では魔界まで万能薬の元となる花を取りに行ったんですよね?でもその辺りの記憶がどうも皆さん、曖昧らしいんです。だけど・・・絶対ノア先輩なら知っていますよね?お願いです、教えてくださいっ!」

「ジェシカ・・・。それを知ってどうするの・・・?」

ノア先輩は悲し気に言う。

「だって・・・絶対にノア先輩は私を助けるために何か大きな代償を支払ったに決まっているからです。夢の中でしかノア先輩と会えないなんて・・・思い出せないなんて、絶対おかしな話じゃ無いですか!」

「夢の中・・・か。うん、そうだね。ジェシカ・・・君は信じられないかも知れないけど、実はこの世界も本当は夢の中なんだよ。」

「ええっ?!そ、そうなんですか?!」

「うん、夢の中。だから・・・全部話すよ。今君に何が会ったのかを話しても朝になって、目が覚めれば僕の事は綺麗さっぱり忘れているのだから。」

ノア先輩は私の肩に手を置くと言った。

「それに・・・こうして夢の中でジェシカに会いに来れるのも・・・多分今夜が最初で最後になると思うから・・。」

ノア先輩は意味深な事を言うと悲し気に笑った。
「や・・やめてくださいっ!そ、そんな不吉な事を言うのは・・・。」

「でも、これは本当の事なんだ。今から全て話すよ・・。少し長くなるからソファにでも座って話さない?」

ノア先輩に促され、私と先輩はソファに隣同士に座ると先輩は語り始めた。

「あの日・・・ジェシカが毒矢に射抜かれた時は、本当に誰もが駄目だと思ったんだ。だけど、海賊の・・レオと名乗る男が魔界の入口にどんな毒にも効果がある万能薬の元になる花が咲いているっていうから僕とダニエル、そして海賊の少年とレオと一緒に学院の神殿から魔界の門へと行ったんだ。」

「え・・・?では魔界へ入ったのですか・・・?」
私は思わず鳥肌が立った。

「いや、魔界へ行ったのはたまたまその日、この門を守っていた人間と魔族のハーフの聖騎士が取りに行ってくれたんだ。名前は・・マシュー・クラウドと呼ばれていたよ。そして彼が無事に花を取って来てくれたんだけど、運悪くその花を育てていた魔族の女に見つかって・・・取り上げられそうになったんだ。」

そこでノア先輩は言葉を切った。

「だから、僕は懇願した。どうしても助けたい女性がいるから見逃して欲しいって・・。するとその魔族の女は言ったんだ。僕が代わりに魔界に来れば花を渡すってね。だから僕は魔界に残った。」

ノア先輩は月を仰ぎ見ながら言った。

「マシューという聖騎士が話してくれた事なんだけどね、人間が魔界に行くと皆の記憶から消えてしまうらしいよ。だからジェシカも、ダニエルも、他の皆も・・・僕の事を忘れて当然なんだ、」

「ノア先輩・・・。」
私はいつの間にか目に涙を浮かべて話を聞いていた。

「泣かないで、ジェシカ。ジェシカは僕にとっての女神なんだ。だから女神を助けるために僕の命を捧げるのなんかちっとも惜しいと思っていない。それに・・どうせ僕の両親は僕の事を金儲けの道具としか考えない連中だったからね。」

「で、でも・・・。」
ノア先輩は私の話を遮るように言った。

「今まではジェシカが夢の中で僕に会いに来てくれた。そして今夜は僕から初めてジェシカに会いに来た特別な記念日だよ。でも・・・夢の中でもジェシカに会えるのは今日が最後になってしまう・・・。僕の人間界で使える魔力はもう底を尽きているんだ。今日は最初の満月。月の力が一番強く、魔力を補える夜だったから、そして魔族の女の監視の目が緩んだから、ようやく・・ジェシカ、君に会いに来れたんだよ。」

「ノア先輩・・・。」

私が先輩の名を呼ぶと、ノア先輩は一瞬苦し気に顔を歪めると私を強く抱きしめて来た。

「ジェシカ・・・愛してる・・・。本当はずっと君を抱きしめていたい・・離したく無い・・・っ!」

ノア先輩の声が震えている。きっと・・・先輩は泣いているんだ。私も先輩の悲しい気持ちが痛いほど分かって、それが悲しくて・・・泣きながらノア先輩にしがみ付いた。

やがて、ノア先輩は私の身体からそっと離れると言った。

「ジェシカ・・・この世界は・・現実のように見えるけど、夢の世界なんだ。だから・・夢の中だから・・僕のお願いを聞いてくれる・・・?」

ノア先輩は切羽詰まったように私の両肩に手を置くと言った。

「もうこれが最後になるかもしれないから・・・僕は君のぬくもりを感じたい・・・。駄目・・・かな?」

だから、私はノア先輩の首に腕を回して囁いた。
「駄目じゃ・・・ないです。」


 そしてこの日の夜、私は夢の世界でノア先輩に初めて抱かれた・・・。
ノア先輩は始終切なげにジェシカ、ジェシカと私の名前を呼び続けていた。

 私がこの世界から目覚める時、きっとノア先輩の記憶を無くしてしまっているのだろう。だから、私は必死で祈った。
どうか、お願い。目が覚めてもノア先輩の記憶が残っていますようにと。
先輩・・もし私の記憶が消えずに残っていたら・・・必ず貴方を助けに行きます―。




2

 朝—
目が覚めた時、私は自分が泣いていたことに気が付いた。
「え・・・?私、なんで泣いていたの・・・?」
何か悲しい夢でも見たのだろうか?だけど夢の内容どころか、夢を見たのかどうかも覚えていない。
それなのに、かなり酷く泣いていたのだろうか?頭がズキズキする。
「頭痛い・・・。でも、起きなくちゃ。」
ベッドから起き上がって何気なく壁にかけてある鏡を見て驚いた。
瞼が腫れて、目が真っ赤になっている。
「ええ?!う、嘘っ!な、なんて酷い顔なの・・・!」
こんな酷い顔を公爵には見せられない。とにかくシャワーでも浴びてすっきりしないと・・・!
私は慌ててバスルームへと駆け込んだ。


「ふ~・・・すっきりした。」
バスローブを羽織り、私は鏡を覗き込んでみる。
「どれ、瞼の腫れは治まったかな・・・ん?」
その時になって私は初めて気が付いた。自分の両耳に紫色の小さなピアスが付いていたのである。
朝起きた時は髪の毛で隠れて見えなかったのだが、今は髪の毛をアップにしているので分かったのだ。

「え?両耳にピアス・・?」
おかしいな・・・?昨夜寝る時まではピアスなんかしていなかったはずなのに・・。それとも初めから付けていたっけ?どうも記憶があやふやで覚えていない。
まあ、別にいいか。自分の瞳と同じ色のピアスだし、中々似合っているものね。
そして私はその事にあまり気にも留めずに、朝の支度を始めた・・・。


「お早うございます、ドミニク様。もう起きていらっしゃいますか?」

私は公爵の泊まっている部屋のドアをノックした。
少し待っていると、ドアがカチャリと開けられて公爵が顔を出してきた。

「ああ、おはよう。ジェシカ。昨夜はちゃんと鍵をかけて寝たか?」

公爵は私の顔を見るなり尋ねて来た。

「ええ、言われた通り鍵をきちんとかけて寝たので大丈夫ですよ。」
私はにっこり笑うと言った。

「マリウスは来なかったんだな?」

「はい、来ていません。」

「アラン王子や・・それに誰か他の人物も・・・だよな?」

何故か念を押して質問してくる公爵。

「え?ええ・・。誰も私の部屋には来ていませんけど・・・?」
私が首を傾げて返事をするも、公爵は何故か浮かない顔をしている。

「そう・・なのか・・?俺の気のせいなのだろうか・・?」

公爵は顎に手をやり、何か独り言のようにポツリと呟いた。何だろう?私、もしかして何か疑われている?でも何を疑われているのだろう?
まあ、別にいいか。それよりも要件を伝えなくては。

「ドミニク様。朝食の準備が出来ておりますので一緒に参りましょう。」

「あ、ああ。ありがとう、ジェシカ。」

私は先頭に立って歩きながらチラリと公爵の様子を伺うと、やはり公爵は何処か腑に落ちない感じで私の事を見つめていた。

「あの~ドミニク様・・・。どうかされたのですか?」
足を止めて公爵の方を振り向くと私は尋ねた。

「い、いや。何でもないんだ。多分・・・気のせいだと思うから。」

公爵は慌てたように言った。
え?気のせい?一体何が気のせいだというのだろう?しかし、それ以上尋ねても多分教えてはくれないだろうと思った私は黙って公爵を案内した。

 朝食が用意されている部屋に辿り着いた時、そこにはマリウスが待機していた。
「マリウス・・・!」
すると公爵は自分の腕に私の手をかけさせると、足早にマリウスが立っている部屋へと近づいてゆく。
マリウスはその様子を表情も変えずに見つめ、頭を下げて、挨拶をしてきた。

「お早うございます、お嬢様。ドミニク公爵様。」

「ああ、お早う。」

公爵は無表情でマリウスに挨拶をするので、私も慌ててマリウスに声をかけた。
「マリウス、お・お早う。」
私がマリウスの前を通り過ぎた瞬間、彼の顔つきが変わった。

「!お、お嬢様・・・い、一体それは何なのですか・・・?!」

「え?それって?」
私は驚いてマリウスを振り返ったが、公爵に腕を取られた。

「行こう、ジェシカ。」
私は公爵に手を引かれながら、もう一度マリウスを見ると、その顔には驚愕の表情が浮かんでいた・・・。


 その日の朝食は始終、妙な雰囲気だった。
母は妙にご機嫌で一方的に喋り通しだったのに対し、公爵は何処か上の空で会話も相槌ばかりだった。
そして一方の私は公爵とマリウスの態度が気になって食事処では無く、結局今朝は母のマシンガントークで朝食の席はお開きとなったのである。

 朝食も終わり、公爵は家に帰る事になったので私と母は見送りに城の外まで出ていた。

「それではお気を付けてお帰り下さい、ドミニク公爵様。」
母は丁寧に頭を下げると言った。

「ドミニク様、それではまた・・・。」
私が言いかけた時、公爵が突然言った。

「ジェシカ、大事な話がある。悪いが・・・もう少しだけ時間を取って貰えないか?」

すると母が言った。

「まあっ!デートのお誘いですか?!ええ、勿論大丈夫です。さあ、ジェシカ。ドミニク公爵様にご迷惑をおかけしないようにするのですよ?」

「ありがとうございます。では彼女をもう少しだけお借り致します。」

母と公爵は私の意見も聞かずに勝手に話を進めてしまった・・・。


 公爵の運転する車の中で私は尋ねた。
「あの・・・大事な話があるって言ってましたけど・・・?何処へ向かっているのですか?」

「ああ、俺の屋敷だ。少し・・・確認したい事が合ってな。詳しい事は向こうへ着いてから話す。」

それだけ言うと公爵は口を閉ざしてしまった。私はもっと公爵に尋ねたい事があったのだが、とても尋ねる雰囲気では無かったので小さくため息をつくと窓の外を眺めていた・・・。

 公爵邸に着くと、私と公爵は使用人の人達に出迎えられて応接室へ案内された。
メイドの女性が2人分の紅茶をトレーに乗せて、運んでくるのを見届けると公爵は言った。

「悪いが、人払いをしてくれ。俺が呼ぶまでは誰も一切この部屋には来ないように。」

「はい、かしこまりました。」

メイドの女性は頭を下げ、部屋を出て扉が閉ざされるとシーンとした重々しい空気で応接室が満たされる。

「・・・。」
公爵は難しい顔をしたまま、黙って紅茶を飲んでいる。
何故?どうして今朝はこんなにも公爵は機嫌が悪いのだろう?昨夜のマリウスの件でまだ気分を害しているのだろうか・・・?

「あ、あの・・・。ドミニク様・・・。一体どうされたのですか?」
重々しい空気に耐え切れず、ついに私は口を開いた。

公爵は私の質問に答えず、暫く黙っていたが・・・やがて口を開いた。

「ジェシカ・・・。今朝俺が部屋のドアに鍵をかけたかと聞いた時、かけて寝たと言ったよな?」

「は、はい。言いました。」

「それに、誰も部屋には来ていないとも言ったよな?」

「はい。昨夜は誰も私の部屋には来ておりませんよ。」

「だったら・・・何故だ?」

その時、公爵は初めて悲しそうな顔をして私を見つめた。

「え?」

「なぜ・・・昨夜は無かった魔力のマーキングが・・・今朝は付いているのだ?しかも、ジェシカに付けられたマーキングは・・普通じゃない。」

「な・・・何を言っておられるのですか?ドミニク様?」
私は全く身に覚えが無い事を言われ、心臓の動悸が激しくなってきた。
え・・?何故動悸がするのだろう?身に覚えが無いのなら、堂々としていればいいのに、何故私はこんなにも緊張しているのだろう?

公爵は私の動揺を見て取ったのか、続けて言った。

「ジェシカ・・・普通マーキングと言うのは相手の身体の外側に付けられるものなのだ・・・。だが、今のお前についているマーキングは身体の外側からではなく、内部から強いマーキングを感じられる・・。一体どういう事なんだ?お前ならこの異常な現象に説明がつけられるだろう?」

 公爵は私を射抜くような、それでいて酷く傷ついた顔で私をじっと見つめていた・・・。




3

 公爵は私から瞳を逸らさずにじっと見つめている。異常な現象?私なら説明がつけられる?
一体公爵は何を言っているのだろうか?
「あ、あの・・・・ドミニク様。私には一体何の事か全く意味が分からないのですが・・・?」
私はスカートの裾をギュッと握りしめながら言った。

「ジェシカ、それは本当なんだな?嘘では無いんだな?」

「は、はい・・・。」
何だろう?今日の公爵はやっぱり何処かおかしい。

「そうか・・・ならいいんだ。」

公爵は溜息をついた。

「ジェシカ・・・悪かった。お前を変に疑う真似をして・・・。お詫びと言ってはなんだが、何処か行ってみたい場所はあるか?好きな場所に連れて行ってやるぞ?」

公爵の言葉に私は考えた。そうか、それなら・・・。
「あ、あの・・・でしたら飛行船乗り場に行ってみたいのですが・・・。」

「何だ、ジェシカは飛行船に乗ってみたかったのか?飛行船に乗って何処か行きたい場所でもあったのか?」

公爵は不思議そうな顔で私を見た。

「い、いえ。行きたい場所と言う訳では無く・・・。」
そうだ、私は学院の新学期が始まる前にこの場所から、皆から逃げて誰も知らない土地へ行って暮らそうと・・・。
でも・・・駄目だ。今の私にはやらなければいけない事がある。だから、逃げる訳にはいかない。
え?私は今何を・・・・?
無意識のうちに考えていた内容に私は自分自身で驚いていた。
やらなければいけない事って一体何だったのだろう・・・?いくら思い出そうとしても、それが何なのか分からなくて、私は頭を押さえた。

「どうした?大丈夫か、ジェシカ。」

公爵が心配そうに私の傍に寄って来ると声をかけてきた。
「は、はい・・・。大丈夫です・・。」

「何を言っているんだ。ちっとも大丈夫そうに見えないぞ?自分でも分からないのか?真っ青な顔をしているじゃないか?落ち着くまで少しこの屋敷で休んでいくといい。今部屋を用意させる。」

公爵は使用人を呼び出すと、一言二言何かを言いつけると私の元へと戻って来た。

「大丈夫か?ジェシカ。歩けるか?」

「は、はい。大丈・・夫・・・。キャッ!」
そこまで言いかけて私は急に酷い眩暈が起こり、頭がグラリと揺れた。

「ジェシカッ!」

咄嗟に公爵が私を支えると、そのまま抱き上げた。

「こ、公爵様・・・一体何を・・・。」
私が狼狽えると公爵が言った。

「そんな身体で歩くのは無理だ。部屋までこのまま連れて行ってやろう。」

公爵は私を抱きかかえたまま、部屋を出て廊下を歩きだした。
「ご迷惑をかけてしまい・・・すみません・・。」
私は公爵の腕の中でポツリと呟いた。

「いや・・・俺が悪かったんだ。ジェシカ・・・本当は気分が悪かったのだろう?無理やり連れだしてしまったようで、すまなかったと思っている。」

「いいえ・・。」
私は体調が悪かったのだろうか?自分では何も意識はしていかなったけれども・・?

 公爵は用意した客室のベッドに私を寝かせてくれると言った。

「この部屋で休んでいくと良い。俺は少しでかけてくるから、何かあればこの呼び鈴を鳴らして使用人を呼ぶんだぞ?」

「はい・・・ありがとうございます・・。」

「それじゃ、また後でな。」

公爵は笑みを浮かべると部屋から出て行った。そして私は急激な眠気に襲われて、そのまま深い眠りに就いてしまった・・・・。


 あ・・私、また夢を見ている・・・。
空を見上げてみると青空が広がり、緑の草原が何処までも続いている。爽やかな風が吹き、時折花びらを散らしていく。なんて素晴らしい世界なのだろう・・・。
夢の中の私は草原の中を何処かへ向かって歩いて行く。
やがて、見た事も無い巨大な門が目の前に見えて来た。私がその門に近付いて行くと、突然騎士の姿をした若者たちが一斉に飛び出してきて、何事か私に怒鳴っている。
しかし、私はそれを意に介さずに、いつの間にか握りしめていた鍵を門の鍵穴の中に差し込んで回し・・・・。

そこで突然パチリと私は目が覚めた。
「!!」
衝撃的な夢の内容に驚き、思わず飛び起きた。
心臓は激しく波打っている。
「な・・・何・・・?私、夢の中で・・・一体何をしたの・・?」
私は口元を押さえて呟いた。
そう、あの門は間違いない。人間界と魔界を繋ぐ門。私が小説の世界で書いた世界そのものだったので、疑う余地はない。

だけどどうして?どうして私はあの門を開けてしまうのだろう?
実際の小説の世界ではアラン王子とソフィーの中を嫉妬した女生徒達が門を開け、その罪をジェシカに全て押し付けたはずなのに・・・夢の世界の私は自分の意思で門を開けていた。
どうして、私はあんな大罪を犯してしまうの・・・?
あまりのショックに私はベッドの上で突っ伏して、暫く身動きすら取る事が出来ずにいた・・・。

 やがてノロノロとベッドから起き上がり、部屋を出て廊下を歩いていると一つの部屋から話声が聞こえて来た。

「おい、俺はジェシカを諦める気は全く無い!さっさと婚約を解消しろっ!」

怒気を含んだ声の主は・・・アラン王子だった!

「ええ、そうですよ。お嬢様は貴方の物ではありません。10年ずっと御側に仕えていた私のただ1人の女性なのですから。」

マリウスも来ているなんて・・・。

「2人とも、いい加減にしてくれないか?ジェシカは俺と婚約したのだ。もうお前達の出る幕はない。」

 公爵はあくまで冷静に対応している。
あ~あ・・・それにしても公爵も中々演技派だよね・・・。だけど、マリウスやアラン王子のあんな顔を見てしまうと、いい加減騙しているのも気が引けてしまう。
やはり、婚約をしたと告げても結局あの2人の行動は変わらなかったのだから、もう騙している意味が無いかもしれない。それならいっそ、今私がこの場で正直に本当の事を言ってしまおうか・・・。

 そこで私はドアをノックして言った。
「ジェシカです。あの、中へ入ってもよろしいですか?」

すると、すぐに慌てたようにドアが開けられて公爵が姿を現した。

「ジェシカッ!何故今この部屋へやって来たのだ?!」

するとアラン王子とマリウスが公爵の背後から詰め寄って来た。

「ジェシカッ!もう一度お前と話がしたくて会いに来たんだっ!」

「お嬢様、私と一緒にリッジウェイ家に帰りましょうっ!」

しかし・・アラン王子とマリウスは私を見るとピタリと動きを止めた。

「ジェ・・・・ジェシカ・・・お、お前・・・ひょっとして・・・?」

アラン王子は何故か顔色が青ざめている。

「やはり・・勘違いでは無かったのですね?お嬢様・・・っ!」

マリウスは悔し気に唇を噛むと私を恨めし気な目で見つめている。

「そうか・・・俺だけがそう感じたわけでは無かったのだな・・・。」

公爵は頭を押さえながら溜息をついた。
え・・・?一体この3人の私に対する反応は何なのだろう・・・?

「ジェシカ、もう一度話がしたいのだが・・具合の方は大丈夫なのか?」

あくまで私を気付かう公爵。

「は、はい・・。大丈夫ですが・・・?」

「そうか、ならこの椅子に掛けてくれ。」

公爵は椅子に私をテーブルの前に置かれた椅子に座らせると、何故か公爵を始めとした後の3人は私の向かい側の椅子に座る。

「「「「・・・。」」」」

奇妙な静けさの中、最初の口火を切ったのはアラン王子だった。

「ジェシカ・・・・教えてくれ。今度は誰がお前に・・そんなに強いマーキングをしたのだ・・・?」

その顔は酷く傷ついたような、悲し気な顔だった。

「え・・?マーキング・・・?」
まただ、今度はアラン王子に身に覚えのないマーキングについて質問をされた。

「お嬢様につけられたマーキングはここにいる私達の誰の物でもありませんよね・・?一体どなたがお嬢様にマーキングをされたのですか?」

マリウスは感情を押し殺して話をしているようなのだが、握りしめた両手が小刻みに震えている。

「ジェシカ・・・やはり昨夜、何かあったのだな・・・?何時の間に・・・。」

公爵は寂しげに言った。

「あ、あの!私、本当に何も知りませんっ!だ、だって昨夜はちゃんと鍵をかけて寝たんですよ?誰かにマーキングされるなんてあり得ません!」
私は必死で訴えた。冗談では無い。本人に身に覚えが無いのにマーキングなんて・・!

「ふむ・・・。ジェシカがそこまで言うのなら・・・ひょっとするとジェシカにつけられたマーキングは『魔夢』によって付けられたのかもしれない・・・。」

公爵が気になる事を言った。
「え?魔夢」

「そうか・・・魔夢ならありえるかもしれん・・。」

「そうですね・・。」

アラン王子もマリウスも公爵の言った『魔夢』という言葉に反応している。
「あの・・・魔夢とは何ですか?」
私が質問すると、公爵が教えてくれた。

「ああ、『魔夢』とは人の夢の中に現れる魔物で、夢の中で色々な悪さをする魔物の事なのだ。もしかすると・・・ジェシカは『魔夢』に気に入られてしまったのかもしれない。」

「え?夢の中?」
その言葉に何故か私の胸はドキンとなった。

「ああ、それならジェシカの身体の内部から発せられるマーキングも納得出来る。」

アラン王子は頷いた。

「では、お嬢様。私がお嬢様に付けられたマーキングを消して差し上げますよ。」

え?消す?私のマーキングを・・・?

そして、マリウスの手が私に伸びてきて・・・。

「駄目えっ!!」

私は椅子から立ち上がると叫んでいた―。
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