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第11章 4 今だけは、泣かせて下さい
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1
「え?デート?」
「そう。デート。」
マシューはニコニコしながら言う。
「私は別に構わないんだけど、他の人達が何て言うか・・・。」
するとマシューは言った。
「ジェシカは恋人いるの?」
「!そ、そんな人は・・・。」
うん。私の事を好いてくれている人達はいるが、誰とも付き合ってはいないのだから・・・。
「いないんだね?」
「う、うん・・・まあ・・。」
私は言葉を濁した。
「なら決まりだね。俺は週末必ずセント・レイズシティのある場所に通ってるんだ。ジェシカもそこに一緒に付き合ってくれると助かるな。」
「ある場所・・・?」
「それは行ってみてからのお楽しみ。それじゃ今度の週末約束したからね。」
そう言って去ろうとしたマシューの制服の端っこをムンズと掴み、私は言った。
「ね、ねえ。ちょっと待って。そ、そんな簡単に約束出来ないよ・・・。」
「どうして?さっき構わないって言ってくれたじゃ無いか?」
「だ・・だから、私は構わないのだけど、ほ・・他の人達が何て言うか・・・。」
もごもごと口籠りながら言った。
「他の人達?ああ・・・そう言えばジェシカはこの学院で女生徒達から人気のある男子学生達に気に入られている女性だからねえ。」
「べ、別に好きで気に入られている訳では・・・。だから余計困ってるんだし。ねえ、マシュー。何か私と一緒に出掛けられる口実を考えてよ。」
私は必死でお願いした。
「口実か・・・う~ん・・・口実ねえ・・。あ、それならこれでいいんじゃない?俺達は正式にお付き合いする事になりましたって言うのは。」
マシューはポンと手を打つと言った。
「ねえ、ふざけないでくれる?」
私は恨めしそうな目つきでマシューを見た。
「う~ん・・・別にふざけている訳じゃ無かったんだけどなあ・・・。それじゃあ今度の休暇までの間に考えておくよ。」
マシューはそう言って逃げようとする。
「駄目よ!絶対にその間に誰かに一緒に休暇を過ごそうと言われてしまうもの!ちゃんと理由考えて!」
逃がすものかとマシューの腕にしがみ付いていると・・・。
「お・・おい、お前達・・・一体そこで何をしているんだ・・?」
背後から突然声をかけられた。
「え?ま・まさか・・・その声は・・・?」
恐る恐る振り向くと、そこに居たのは青ざめた顔をしたアラン王子におなじみグレイとルークがそこに立っていた。
「ジェシカ・・・また新しい男を見つけたのか・・?」
ああ!グレイ!人聞きの悪い事言わないでよ!
「な・・何だって?そうなのか?ジェシカ!」
ルークはグレイの言葉を真に受けているし・・・。
「おい!貴様!どこのどいつか知らんが俺のジェシカから離れろ!」
アラン王子はマシューを指さして怒鳴りつけた。
「離れるも何も・・・ジェシカの方から俺にしがみついているんですけど?」
マシューに指摘されて、その時私は気が付いた。確かに傍から見れば私から腕を絡めてしがみつくように見えてしまう。
「お・・・おい!ジェシカ・・・その男は・・何者なんだ?!」
アラン王子は声を震わせながら私に質問を投げかけてきた。
「ああ・・・成程、こういう訳か。これじゃ確かに困ってしまうよね。」
マシューはアラン王子を見て呟くと、突然アラン王子達に向かってパチンと指を鳴らした。すると・・。
彼等はピタリと動かなくなってしまった。
そしてマシューは言った。
「今、ここで見た事、聞いたことは全て忘れる事。そして指を鳴らすと、教室へ向かうように。」
言い終わるや否や再度指をパチンと鳴らすと、再びアラン王子達はまるで目を覚ましたかのように動きだし、口々に言い合った。
「何だ・・・?一体俺達は何をしていたんだ・・?」
アラン王子が口を開いた。
「さ・さあ・・?何でしたっけ?」
首を捻るグレイ。
「それより、アラン王子・・・。そろそろ教室へ向かわないと遅刻しますよ?」
ルークの提案にアラン王子は頷いた。
「ああ、そうだな。急ごう。」
まるで3人は私とマシューの姿が見えていないかのよう目の前で会話をすると、立ち去ってしまった。
「あ・・・あの・・マシュー。今のはもしかして・・・。」
私は恐る恐るマシューに尋ねてみた。
「そう、今のが催眠暗示さ。」
「だ、だってアラン王子達・・・・まるで私達の姿が見えていない様子だったけど?あれも催眠暗示で出来るものなの?」
「ああ、勿論。だって俺とジェシカの姿が見えていたらまずいだろう?だから俺達の姿は一時的に認識出来なくしたのさ。」
マシューは涼しい顔で言う。ええ?!あ、あんな凄い催眠暗示があるの?!
「そうか・・催眠暗示か・・・。これを使えば良かったんだな。」
少し考え込んでいたマシューは口の中で何か小さく呪文のような物を唱えはじめた。
「どうしたの?マシュー?」
しかし彼は私の問いかけに答えない。
「・・・?」
思わず首を傾げたその時・・・。突然マシューが私の方を振り向き、肩をガシッと掴んできた。
「え?マシュー?」
マシューの顔が近づいて来たと思った次の瞬間—。
気が付いてみると私はマシューにキスされているでは無いか!
しかもただのキスでは無い。息が止まるのでは無いかと思う位の熱烈なディープキスだ。
え?え?え?な・何ーッ?!あまりの事に固まっている私。
マシューは私が頭の中でパニックを起こしているのを知ってか知らずか深い口付けをやめようとしない。
「ん・・・・。」
マシューの唇がようやく離れた瞬間私は大きく息を吐いた。
「プハッ!!」
やっと解放された時はまさに呼吸困難一歩手前。ま、まさかいきなり・・・。
しかも大人しそうな、私に一切の好意も持っていない様な男性からそのようなキスを受けると思わなかった私は、ただただ呆然とその場に立ち尽くしてマシューの顔を見つめているのがやっとだった。
「大丈夫?ジェシカ。」
そんな私を心配そうに見るマシュー。大丈夫も何も・・・。
「な・な・な・・・突然なにするのよ!!」
私は顔を真っ赤に染めてマシューに抗議した。
「い・い・一体どういうつもりなのよ、マシュー!。な、何で突然キスを・・し、しかもあんなキスをしてきたの?!だ、大体私達、そんな雰囲気すら無かったよね?!」
「あ・・・ごめん。でも事前に話せばジェシカに拒否されそうな予感がしたから・・・。」
あれだけのディープキスをしておきながら私だけがパニックを起こし、一方のマシューは平然としている状態に納得がいかず無性に腹が立ってきた。
「どういう事なのよ!何故あんな真似をしたのか私が納得いく説明をしてよ!」
マシューに激しく詰め寄る私。
「わ、分かったよ。ちゃんと説明するからまずは落ち着いて。」
マシューは興奮した私を宥めるように言った。
「今、俺はジェシカに催眠暗示をかけたんだよ。」
「催眠暗示?」
一体マシューは何を言っているのだろう?
「そう、催眠暗示。でも只の催眠暗示じゃない。ジェシカの口から直接暗示をかけられるようにしたのさ。」
「え・・・?それは一体どういう意味?」
マシューの話している意味が良く分からない。
「つまり、こういう事だよ。例えば・・・アラン王子がジェシカに今度の休暇を一緒に過ごそうと言ってきた場合・・・。」
「言ってきた場合?」
「ジェシカ。君はこう相手に伝えるんだ。『ごめんなさい、今度の休暇は先約があるので、またの機会にお願いします』って。」
私は黙ってマシューの次の言葉を待った。
「そうすると・・・。」
「そうすると?」
「相手は暗示にかかって、納得してくれる。」
「え?ほ・・・本当に?」
「うん、本当の話だよ。さっきのキスでジェシカの口から出てくる言葉に催眠暗示の能力を与えたんだよ。でも・・・いきなりあんな事して・・・本当にごめん。驚かせちゃったよね?」
マシューは言うと頭を下げて来た。何だ・・・そういう事だったのか・・・。
キスの理由が分かったら何だか急にあれ程あった怒りが嘘のように引いていった。
「マシュー。私の為に催眠暗示の力を分けてくれたんだよね?ありがとう。そして・・・怒ってごめんね。」
ペコリと頭を下げると、マシューは照れたように笑った・・・。
2
結局、遅刻ギリギリで教室に飛び込んだ私は公爵がまだ来ていない事に驚いた。
え?どういう事?
そして今朝の出来事を思い出した。そう言えば、ソフィーが男子寮の前で待っていたっけ。あの時はアラン王子か公爵を待っていたのかと思っていたが、アラン王子達は私がマシューと揉めていた時に現れた。そしてその時にはソフィーの姿が消えていた。と言う事は彼女が待っていた相手は公爵だったのだ。やはり・・・公爵を狙っているのだろうか?
その事を考えると私の心に暗い影が宿る。やはり・・・公爵はソフィーの暗示にかけられて、私を牢屋に閉じ込めた挙句に最後は流刑島へと送られてしまうのだろうか?私はあの夢の続きを見ていない。自分の運命がどうなってしまうのか分からないのがこんなにも不安な気持ちにさせられるとは思いもしなかった。
だけど私は決めたのだ。私の命を救う為にノア先輩は魔界へ連れ去られ、寒さに震える辛い日々を送っている。今度は私が助ける番なのだ。例え自分がどうなってしまおうとも・・・。そう心に誓ったのだから。
1時限目の授業に公爵は現れなかった。
さらに2時限目の剣術の授業にも公爵は参加していなかったとマリウスから聞かされた。ついでに昼食はご一緒にしましょうとマリウスにしつこく誘われたが、ドリスさんと昼食に行くように主としての特権乱用?を行使してマリウスに命じたので何とか回避する事が出来たのは言うまでも無い。
あの時のマリウスはそれはそれは恨めしそうな目でこちらを見てきたが、私も大分耐性が付いてきたのだろうか?軽くスルーする事が出来た。
昼休み間際、アラン王子が物言いたげにこちらをチラチラ見ている事に気が付いていた。やはりあの様子では私を昼食に誘うつもりだな・・・?けれど私はしっかりと保険?をかけていたのだ。それはマリウスである。
マリウスは自分と昼食に行ってくれないのなら、せめてアラン王子に昼食を誘われた場合は断って欲しいと泣きついてきたのだ。全く男のくせに女々しい奴め・・・。
まあ、私としても俺様王子と一緒に昼食なんて正直言うと煩わしくて堪らない。
だから頼んでおいたのだ。私が昼休みに教室を出るまではアラン王子を教室に引き留めておくようにと。するとマリウスは喜んでこう言った。
「はい!お嬢様、お任せください!私は必ずお嬢様がこの教室を無事に脱出できるまではこの命を懸けてアラン王子を足止めさせて頂きます。ですが・・・お嬢様。無事にお嬢様が脱出に成功した暁には・・・ご褒美を頂きますからね?」
意味深な台詞を言い、私を見つめながら舌なめずりするマリウス。
ぞわわわっ!あの時は思わず全身に鳥肌が立ち、自分の身体を抱きかかえてしまった位だった。
ま・・まずい・・!私はマリウスに狙われている・・!生徒会のテオにマリウスからの身辺警護も依頼しておくべきだった!
と言う訳で、私は今心臓に悪い昼休みを迎えようとしている。
ああ・・・こんな時隣の席の公爵が居てくれたなら、迷わず彼に頼っていたのに。
公爵ならマリウスのように対価を要求してくるような卑怯な人間では無いからね。
そしていよいよ3時限目の授業終了のチャイムが鳴り、教授が立ち去ると私はカバンを抱えてそろそろと立ち上がる・・・・。
バチッ!
見事にアラン王子と視線が合ってしまった。ま、まずい・・・!
私はカバンを抱えたまま猛ダッシュで教室を飛び出す。背後では何やらアラン王子の騒ぐ声とそれを取り押さえるマリウスに、グレイとルークの声が聞こえていた。
よしっ!頑張れ!3人とも。兎に角私は結婚を申し込んできたアラン王子と2人きりで食事なんて本当に勘弁して欲しいのだから。
「ハアッ、ハアッ、こ・ここまで来れば・・・。」
私は荒い息を吐きながら校舎の外まで逃げて来た。チラリと自分のいた教室の窓を見上げてみるも、ここからでは中の様子はうかがえない。まあ、それはそうか・・・。
乱れた呼吸を整えながら、私は学食へ向かって歩いていると前方に見知った人物が歩いているのを見つけた。
あ、あれはライアンとケビンと・・・後1人は誰だろう?珍しい真っ白な髪の毛をしている。う~ん・・後ろ姿で気でも見かけた事が無いのがすぐに分かる。
これから3人で食事にでも行くのだろうか・・・?そうだ!彼等と一緒に行動すればマリウスの魔の手から逃げられるかも・・・?
「こんにちは、ライアンさん、ケビンさん。」
私は背後から声をかけた。3人は同時に振り向くと真っ先にケビンが駆け寄って来た。
「おう、ジェシカちゃんじゃないか!嬉しいねえ。そっちから声をかけてきてくれるなんて。」
ケビンは嬉しそうに私の両手をギュッと握りしめると言った。
「おい、馴れ馴れしくジェシカに触れるな。」
機嫌が悪そうにケビンを押しのけるとライアンは私の前に立って言った。
「それよりジェシカ、身体の具合はもう大丈夫なのか?生徒会長から聞いたんだが・・冬期休暇中に何者かに誘拐された挙句、矢で撃たれて死にかけたそうじゃないか?!」
ライアンは私の両肩を掴むと顔を覗き込んできた。
「は、はい・・。もう大丈夫・・・です・・。」
チッ!生徒会長め。よりにもよってライアンに話してしまうなんて。心配かけたく無かったから彼等には黙っていようと思っていたのに・・・。
「な・・何いっ?!そ、それは本当の話なのか?!」
慌てたのはケビンの方だ。今度はケビンがライアンを押しのけ私の両肩を掴んできた。
「おい、ジェシカ。一体どういう事なんだ?詳しく俺に説明してくれ!」
あ~何だか面倒な事になってきちゃったよ・・・。だから私は苦笑しながら言った。
「あ、あの・・・それではお昼でも一緒に食べながらお話しますよ。」
こうして私達は今、学食へと来ている。それぞれのランチメニューを食べながら私は彼等3人に事の経緯を詳しく説明した。
ライアンとケビンは驚きながら話を聞いていたが、一方の白髪の男性は無表情で話を聞いている。・・・何だか調子が狂ってしまうなあ・・・。
「でも、マシューと言う名前の聖剣士の方が魔界から花を摘んで来てくれて、そこから作った万能薬で私の命が助かったんです。この薬って本当に凄いんですよ。だって傷跡すら残らなかったんですから。」
私が嬉しそうに言うと、ライアンもケビンもウンウンと嬉しそうに頷いてくれた。
「そうだな、ジェシカが無事で本当に良かったよ。」
ライアンが安堵の溜息をつきながら言った時。白髪の男性が初めて口を開いた。
「それで・・・ジェシカ嬢。君は一体誰を選ぶつもりなんだ?」
え?いきなりその男性の一言で周囲の空気が凍り付いた。
「お、おい・・・。デヴィット。やめろよ、今この場でそんな話をするのは・・。」
ライアンが焦ったようにデヴィットと呼ばれた男性に言う。すると彼は言った。
「ジェシカ嬢、ライアンはすごくいい奴だ。俺はライアンの一番の親友で、一番幸せになって貰いたいと思っている。それなのに・・・君は何だ?色々な男性に言い寄られ、それをはっきり拒絶する事すら出来ない。俺は知っているぞ。ジェシカ嬢・・君は冬期休暇の間にアラン王子と今学期、この学院に転入してきたフリッツと言う王子の2人からプロポーズをされたそうじゃないか?!おまけに見合いまでして今は破棄したが一度は婚約まで結んだ男もこの学院に転入して来たそうだな?一体彼等をどうするつもりなんだ?どちらかの求婚を受けるつもりなのか?ライアンを・・・俺の親友を選べないなら、もう俺達に近付かないでくれっ!」
デヴィットは私を憎悪の籠った目で睨み付け、私はただ黙って彼を見つめているしか無かった・・・。
3
デヴィットの辛辣な言葉に、その場は水を打ったように静まり返ってしまったが・・・すぐに我に返ったようにケビンが言った。
「お、おい。デヴィット、お前少し言い過ぎだぞ?俺達が勝手にジェシカにまとわりついているだけなんだから、お前が口を挟むのはおかしいだろう?」
「そうだ、デヴィット。お前は余計な口出しはするなよ。俺の事を考えてくれる気持ちは嬉しいけどさ。」
ライアンは苦笑いしながら言うが・・・。確かに彼の言う通りかもしれない。私は自分に好意を寄せてくれている彼等の気持ちを良いように利用しているだけに思われても・・・。今、この瞬間も。私は下を向いた。もう食事も終わっているし・・・。
ガタン
椅子を引いてトレーを持って立ち上がった。
「え?どうしたんだ?」
「ジェシカ?」
ライアンとケビンが声をかけてきた。
「すみません、ライアンさん。ケビンさん。デヴィットさんの言う通りです。」
3人は私に注目している。
「私は・・・ある理由があって、誰も選ぶ事は出来ないんです。だから・・・。もうライアンさんやケビンさんには近付きません。すみませんでした。」
3人に頭を下げる。
「「え・・・?」」
ライアンもケビンも呆然とした顔をしている。
「ライアンさん、ケビンさん。今までありがとうございました。さよなら。」
そして私はトレーを持って背を向ける。
背後からは私の名前を呼ぶライアンとケビンの声が聞こえたが、デヴィットが引き止める声が響き渡っていた・・・。
「ふう・・・。」
1人誰もいない中庭のベンチに座り、私は空を見上げていた。
もういつまでもこんな状況を続ける訳にはいかない。一刻も早くマシューが、魔界の門を守る当番の日に門をくぐらせてもらわなければ。幸い、今度の休暇日はマシューと出掛ける事になっているので相談してみよう。
何度目かのため息をついていた時・・・
中庭に誰かが入ってくる姿が見えた。人が来たのか・・・。
何気なくそちらの方向を見る。
「!!」
中庭に入ってきたのは2人、その姿を見た私は心臓が止まりそうになった。
なんとその2人はソフィーと公爵だったのだ。仲睦まじく腕を組んで歩いている。
な、何故2人が・・・?
幸い、彼等は私に気が付いていない様子である。ソフィーは頬を染めて公爵を見ているし、公爵の方は優しい眼差しでソフィーを見つめている。まるで何処から見てもカップルだ。
私は唇を噛んだ。
しまった、油断していた。公爵の言葉を信じ、ソフィーに心奪われる事は公爵に限っては無いだろうと思っていたのが甘かったようだ。でも考えて見れば魔力の強いアラン王子だってソフィーの暗示に何度もかかっていた。となると公爵だって暗示にかからないとは限らないはず。なのに私は絶対的な自信を持っていたのだ。しかし結局は・・・。
私は木の陰に隠れてそっと様子を伺った。
いつの間にかガゼボの中に入ったようで、声は聞こえど、姿は見えない。風に乗って2人の会話が聞こえて来る
「嬉しい・・・。ドミニク様。やはり私を選んで下さるのですね?」
「ああ、そうだ。やはり俺はどうかしていた。ジェシカなどに一瞬でも心を奪われるとは・・ソフィー・・・貴女は俺の聖なる乙女だ・・。」
公爵は妙な色気を含んだ声でソフィーに語りかけている。やがて2人の会話はやみ、その代わり聞こえてきたのは・・・・。
「!」
私は危うく驚きで声を上げそうになった。間違いない、あの2人は・・・!
2人がガゼボの中で何をしているのか容易に見当がついた私は、その隙にこっそり中庭を抜け出す事にした。
なるべく音を立てないように、落ちている小枝を踏まないように慎重に歩みを進め、中庭から出ると一目散に駆け足で私は何処へともなく駆けていく。
滅茶苦茶に走り、気が付いた時には見晴らしの丘へと来ていた。
荒い息を整えながら、私は見晴らしの丘で立ち尽くしていた。
どうして私はここに来てしまったのだろう?今は真冬で芝生は枯れ、遠くに見える木々も全て葉を落し、寂しい光景なのに・・・。
「え・・・?リッジウェイさん・・・?」
その時、すぐ近くで私の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。そこに座って居たのはジョセフ先生だったのだ。
「!ジョセフ先生・・・。何をしているのですか?こんな場所で・・・!」
驚きで目を見開いた。
「いや、それはこっちの台詞だよ。リッジウェイさんこそ・・・こんな場所で何をしているんだい・・・?」
ジョセフ先生は立ち上がると私に近付き、言った。
「何かあったのかい?・・・・とても酷い顔色をしている。真っ青だよ。今にも・・・倒れてしまいそうじゃ無いか・・。」
言いながらジョセフ先生は私に腕を回し、抱きしめて来た。
「ジョセフ・・・先生・・・・。」
「リッジウェイさん・・・。僕は君が好きだ。だから・・・君の力になりたい。何があったか話してくれないかな?」
「ジョセフ先生は・・いつでも私の力になってくれてるじゃありませんか・・。私はいつも助けて貰ってばかりで・・・先生の事を利用してばかりで・・・。」
すると先生は私を強く抱き締めながら言った。
「それでもいいよ・・・。」
「え?」
「僕は君に利用されても構わないよ。だって・・君の事が本当に好きだからね。」
「ジョセフ先生・・・。」
私は先生の背中に手を回した。気が付くと、いつの間にか私は泣いていた。大粒の涙を流し、先生の胸に顔を埋め・・涙が枯れるまで泣き続けた。
何がこんなに悲しいのだろう?頼りにしていたライアンとケビンに別れを告げたから?信じていた公爵がソフィーに心を奪われてしまったから?それとも・・・私の為に犠牲になってしまったノア先輩を想って?
・・・・でも、何でもいい・・・。今はただ、思い切り泣きたいと思った—。
「授業・・・始まっちゃったね。」
腕時計を見たジョセフ先生は苦笑しながら言った。今、私とジョセフ先生は先生が持参したシートの上に座って、熱いコーヒーを飲んでいる。
「すみません、ジョセフ先生・・・。でも午後の講義は無くて良かったです。」
コーヒーをフウフウ冷ましながら私は言った。
「いや、僕は大丈夫だけどリッジウェイさんは良かったのかい?授業に出なくて。」
「はい、今の時間は歴史学の授業なんです。私、歴史の授業が一番得意なので出る必要はあまり無いんですよ。」
「流石、優等生は違うね。」
ジョセフ先生は笑みを浮かべながら言った。
「それで、先生・・・こんな場所で一体何をしてらしたのですか?」
「うん、夜に天体観測をここでしようかと思って設置していたんだよ。」
よく見ると確かに先生の足元には分解されている天体望遠鏡があった。
「え?先生・・・。ご自宅からも星、良く見えますよね?それなのにこんな場所で天体観測をするのですか?」
不思議に思い、思わず首を傾げた。
「うん、実はね・・・去年の入学式の時の話なんだけど、どうもこの付近で空から金色に輝く一筋の光が空からこの場所に降り注いでいたらしいんだよ。」
「え?」
空から輝く金色の光・・・そ、それってもしかして・・・。
「目撃情報は多数あったんだけど、その日以来、金色の光を見たという情報が一切無くて・・・。でも天文学者の僕としてはどうしても気になってね、月に一度はこの場所に確認しにきているのさ。まずは昼間に1回、夜は星に天体望遠鏡を向けて空を観測っていう具合にね。」
「そ、そうなんですか?でも真冬の観測って・・・つ、辛く無いですか?ジョセフ先生、多分私の勘では今日も見えないと思いますので・・・一緒に学院に戻りませんか?」
ま、まずい。ジョセフ先生にこれ以上私の事で無駄な時間を費やさせるわけには行かない!
「そう?う~ん・・・。でも他ならぬリッジウェイさんのお願いだから、今日は諦めて帰ろうかな?」
「はい!そうしましょう!」
こうして私は何とかジョセフ先生と学院へと戻ってきた。
マリウスには4時限目の授業に出なかったことについてすごく心配されてしまった。
そして公爵の方は・・・・この日は1度も顔を見せる事が無かったのである—。
「え?デート?」
「そう。デート。」
マシューはニコニコしながら言う。
「私は別に構わないんだけど、他の人達が何て言うか・・・。」
するとマシューは言った。
「ジェシカは恋人いるの?」
「!そ、そんな人は・・・。」
うん。私の事を好いてくれている人達はいるが、誰とも付き合ってはいないのだから・・・。
「いないんだね?」
「う、うん・・・まあ・・。」
私は言葉を濁した。
「なら決まりだね。俺は週末必ずセント・レイズシティのある場所に通ってるんだ。ジェシカもそこに一緒に付き合ってくれると助かるな。」
「ある場所・・・?」
「それは行ってみてからのお楽しみ。それじゃ今度の週末約束したからね。」
そう言って去ろうとしたマシューの制服の端っこをムンズと掴み、私は言った。
「ね、ねえ。ちょっと待って。そ、そんな簡単に約束出来ないよ・・・。」
「どうして?さっき構わないって言ってくれたじゃ無いか?」
「だ・・だから、私は構わないのだけど、ほ・・他の人達が何て言うか・・・。」
もごもごと口籠りながら言った。
「他の人達?ああ・・・そう言えばジェシカはこの学院で女生徒達から人気のある男子学生達に気に入られている女性だからねえ。」
「べ、別に好きで気に入られている訳では・・・。だから余計困ってるんだし。ねえ、マシュー。何か私と一緒に出掛けられる口実を考えてよ。」
私は必死でお願いした。
「口実か・・・う~ん・・・口実ねえ・・。あ、それならこれでいいんじゃない?俺達は正式にお付き合いする事になりましたって言うのは。」
マシューはポンと手を打つと言った。
「ねえ、ふざけないでくれる?」
私は恨めしそうな目つきでマシューを見た。
「う~ん・・・別にふざけている訳じゃ無かったんだけどなあ・・・。それじゃあ今度の休暇までの間に考えておくよ。」
マシューはそう言って逃げようとする。
「駄目よ!絶対にその間に誰かに一緒に休暇を過ごそうと言われてしまうもの!ちゃんと理由考えて!」
逃がすものかとマシューの腕にしがみ付いていると・・・。
「お・・おい、お前達・・・一体そこで何をしているんだ・・?」
背後から突然声をかけられた。
「え?ま・まさか・・・その声は・・・?」
恐る恐る振り向くと、そこに居たのは青ざめた顔をしたアラン王子におなじみグレイとルークがそこに立っていた。
「ジェシカ・・・また新しい男を見つけたのか・・?」
ああ!グレイ!人聞きの悪い事言わないでよ!
「な・・何だって?そうなのか?ジェシカ!」
ルークはグレイの言葉を真に受けているし・・・。
「おい!貴様!どこのどいつか知らんが俺のジェシカから離れろ!」
アラン王子はマシューを指さして怒鳴りつけた。
「離れるも何も・・・ジェシカの方から俺にしがみついているんですけど?」
マシューに指摘されて、その時私は気が付いた。確かに傍から見れば私から腕を絡めてしがみつくように見えてしまう。
「お・・・おい!ジェシカ・・・その男は・・何者なんだ?!」
アラン王子は声を震わせながら私に質問を投げかけてきた。
「ああ・・・成程、こういう訳か。これじゃ確かに困ってしまうよね。」
マシューはアラン王子を見て呟くと、突然アラン王子達に向かってパチンと指を鳴らした。すると・・。
彼等はピタリと動かなくなってしまった。
そしてマシューは言った。
「今、ここで見た事、聞いたことは全て忘れる事。そして指を鳴らすと、教室へ向かうように。」
言い終わるや否や再度指をパチンと鳴らすと、再びアラン王子達はまるで目を覚ましたかのように動きだし、口々に言い合った。
「何だ・・・?一体俺達は何をしていたんだ・・?」
アラン王子が口を開いた。
「さ・さあ・・?何でしたっけ?」
首を捻るグレイ。
「それより、アラン王子・・・。そろそろ教室へ向かわないと遅刻しますよ?」
ルークの提案にアラン王子は頷いた。
「ああ、そうだな。急ごう。」
まるで3人は私とマシューの姿が見えていないかのよう目の前で会話をすると、立ち去ってしまった。
「あ・・・あの・・マシュー。今のはもしかして・・・。」
私は恐る恐るマシューに尋ねてみた。
「そう、今のが催眠暗示さ。」
「だ、だってアラン王子達・・・・まるで私達の姿が見えていない様子だったけど?あれも催眠暗示で出来るものなの?」
「ああ、勿論。だって俺とジェシカの姿が見えていたらまずいだろう?だから俺達の姿は一時的に認識出来なくしたのさ。」
マシューは涼しい顔で言う。ええ?!あ、あんな凄い催眠暗示があるの?!
「そうか・・催眠暗示か・・・。これを使えば良かったんだな。」
少し考え込んでいたマシューは口の中で何か小さく呪文のような物を唱えはじめた。
「どうしたの?マシュー?」
しかし彼は私の問いかけに答えない。
「・・・?」
思わず首を傾げたその時・・・。突然マシューが私の方を振り向き、肩をガシッと掴んできた。
「え?マシュー?」
マシューの顔が近づいて来たと思った次の瞬間—。
気が付いてみると私はマシューにキスされているでは無いか!
しかもただのキスでは無い。息が止まるのでは無いかと思う位の熱烈なディープキスだ。
え?え?え?な・何ーッ?!あまりの事に固まっている私。
マシューは私が頭の中でパニックを起こしているのを知ってか知らずか深い口付けをやめようとしない。
「ん・・・・。」
マシューの唇がようやく離れた瞬間私は大きく息を吐いた。
「プハッ!!」
やっと解放された時はまさに呼吸困難一歩手前。ま、まさかいきなり・・・。
しかも大人しそうな、私に一切の好意も持っていない様な男性からそのようなキスを受けると思わなかった私は、ただただ呆然とその場に立ち尽くしてマシューの顔を見つめているのがやっとだった。
「大丈夫?ジェシカ。」
そんな私を心配そうに見るマシュー。大丈夫も何も・・・。
「な・な・な・・・突然なにするのよ!!」
私は顔を真っ赤に染めてマシューに抗議した。
「い・い・一体どういうつもりなのよ、マシュー!。な、何で突然キスを・・し、しかもあんなキスをしてきたの?!だ、大体私達、そんな雰囲気すら無かったよね?!」
「あ・・・ごめん。でも事前に話せばジェシカに拒否されそうな予感がしたから・・・。」
あれだけのディープキスをしておきながら私だけがパニックを起こし、一方のマシューは平然としている状態に納得がいかず無性に腹が立ってきた。
「どういう事なのよ!何故あんな真似をしたのか私が納得いく説明をしてよ!」
マシューに激しく詰め寄る私。
「わ、分かったよ。ちゃんと説明するからまずは落ち着いて。」
マシューは興奮した私を宥めるように言った。
「今、俺はジェシカに催眠暗示をかけたんだよ。」
「催眠暗示?」
一体マシューは何を言っているのだろう?
「そう、催眠暗示。でも只の催眠暗示じゃない。ジェシカの口から直接暗示をかけられるようにしたのさ。」
「え・・・?それは一体どういう意味?」
マシューの話している意味が良く分からない。
「つまり、こういう事だよ。例えば・・・アラン王子がジェシカに今度の休暇を一緒に過ごそうと言ってきた場合・・・。」
「言ってきた場合?」
「ジェシカ。君はこう相手に伝えるんだ。『ごめんなさい、今度の休暇は先約があるので、またの機会にお願いします』って。」
私は黙ってマシューの次の言葉を待った。
「そうすると・・・。」
「そうすると?」
「相手は暗示にかかって、納得してくれる。」
「え?ほ・・・本当に?」
「うん、本当の話だよ。さっきのキスでジェシカの口から出てくる言葉に催眠暗示の能力を与えたんだよ。でも・・・いきなりあんな事して・・・本当にごめん。驚かせちゃったよね?」
マシューは言うと頭を下げて来た。何だ・・・そういう事だったのか・・・。
キスの理由が分かったら何だか急にあれ程あった怒りが嘘のように引いていった。
「マシュー。私の為に催眠暗示の力を分けてくれたんだよね?ありがとう。そして・・・怒ってごめんね。」
ペコリと頭を下げると、マシューは照れたように笑った・・・。
2
結局、遅刻ギリギリで教室に飛び込んだ私は公爵がまだ来ていない事に驚いた。
え?どういう事?
そして今朝の出来事を思い出した。そう言えば、ソフィーが男子寮の前で待っていたっけ。あの時はアラン王子か公爵を待っていたのかと思っていたが、アラン王子達は私がマシューと揉めていた時に現れた。そしてその時にはソフィーの姿が消えていた。と言う事は彼女が待っていた相手は公爵だったのだ。やはり・・・公爵を狙っているのだろうか?
その事を考えると私の心に暗い影が宿る。やはり・・・公爵はソフィーの暗示にかけられて、私を牢屋に閉じ込めた挙句に最後は流刑島へと送られてしまうのだろうか?私はあの夢の続きを見ていない。自分の運命がどうなってしまうのか分からないのがこんなにも不安な気持ちにさせられるとは思いもしなかった。
だけど私は決めたのだ。私の命を救う為にノア先輩は魔界へ連れ去られ、寒さに震える辛い日々を送っている。今度は私が助ける番なのだ。例え自分がどうなってしまおうとも・・・。そう心に誓ったのだから。
1時限目の授業に公爵は現れなかった。
さらに2時限目の剣術の授業にも公爵は参加していなかったとマリウスから聞かされた。ついでに昼食はご一緒にしましょうとマリウスにしつこく誘われたが、ドリスさんと昼食に行くように主としての特権乱用?を行使してマリウスに命じたので何とか回避する事が出来たのは言うまでも無い。
あの時のマリウスはそれはそれは恨めしそうな目でこちらを見てきたが、私も大分耐性が付いてきたのだろうか?軽くスルーする事が出来た。
昼休み間際、アラン王子が物言いたげにこちらをチラチラ見ている事に気が付いていた。やはりあの様子では私を昼食に誘うつもりだな・・・?けれど私はしっかりと保険?をかけていたのだ。それはマリウスである。
マリウスは自分と昼食に行ってくれないのなら、せめてアラン王子に昼食を誘われた場合は断って欲しいと泣きついてきたのだ。全く男のくせに女々しい奴め・・・。
まあ、私としても俺様王子と一緒に昼食なんて正直言うと煩わしくて堪らない。
だから頼んでおいたのだ。私が昼休みに教室を出るまではアラン王子を教室に引き留めておくようにと。するとマリウスは喜んでこう言った。
「はい!お嬢様、お任せください!私は必ずお嬢様がこの教室を無事に脱出できるまではこの命を懸けてアラン王子を足止めさせて頂きます。ですが・・・お嬢様。無事にお嬢様が脱出に成功した暁には・・・ご褒美を頂きますからね?」
意味深な台詞を言い、私を見つめながら舌なめずりするマリウス。
ぞわわわっ!あの時は思わず全身に鳥肌が立ち、自分の身体を抱きかかえてしまった位だった。
ま・・まずい・・!私はマリウスに狙われている・・!生徒会のテオにマリウスからの身辺警護も依頼しておくべきだった!
と言う訳で、私は今心臓に悪い昼休みを迎えようとしている。
ああ・・・こんな時隣の席の公爵が居てくれたなら、迷わず彼に頼っていたのに。
公爵ならマリウスのように対価を要求してくるような卑怯な人間では無いからね。
そしていよいよ3時限目の授業終了のチャイムが鳴り、教授が立ち去ると私はカバンを抱えてそろそろと立ち上がる・・・・。
バチッ!
見事にアラン王子と視線が合ってしまった。ま、まずい・・・!
私はカバンを抱えたまま猛ダッシュで教室を飛び出す。背後では何やらアラン王子の騒ぐ声とそれを取り押さえるマリウスに、グレイとルークの声が聞こえていた。
よしっ!頑張れ!3人とも。兎に角私は結婚を申し込んできたアラン王子と2人きりで食事なんて本当に勘弁して欲しいのだから。
「ハアッ、ハアッ、こ・ここまで来れば・・・。」
私は荒い息を吐きながら校舎の外まで逃げて来た。チラリと自分のいた教室の窓を見上げてみるも、ここからでは中の様子はうかがえない。まあ、それはそうか・・・。
乱れた呼吸を整えながら、私は学食へ向かって歩いていると前方に見知った人物が歩いているのを見つけた。
あ、あれはライアンとケビンと・・・後1人は誰だろう?珍しい真っ白な髪の毛をしている。う~ん・・後ろ姿で気でも見かけた事が無いのがすぐに分かる。
これから3人で食事にでも行くのだろうか・・・?そうだ!彼等と一緒に行動すればマリウスの魔の手から逃げられるかも・・・?
「こんにちは、ライアンさん、ケビンさん。」
私は背後から声をかけた。3人は同時に振り向くと真っ先にケビンが駆け寄って来た。
「おう、ジェシカちゃんじゃないか!嬉しいねえ。そっちから声をかけてきてくれるなんて。」
ケビンは嬉しそうに私の両手をギュッと握りしめると言った。
「おい、馴れ馴れしくジェシカに触れるな。」
機嫌が悪そうにケビンを押しのけるとライアンは私の前に立って言った。
「それよりジェシカ、身体の具合はもう大丈夫なのか?生徒会長から聞いたんだが・・冬期休暇中に何者かに誘拐された挙句、矢で撃たれて死にかけたそうじゃないか?!」
ライアンは私の両肩を掴むと顔を覗き込んできた。
「は、はい・・。もう大丈夫・・・です・・。」
チッ!生徒会長め。よりにもよってライアンに話してしまうなんて。心配かけたく無かったから彼等には黙っていようと思っていたのに・・・。
「な・・何いっ?!そ、それは本当の話なのか?!」
慌てたのはケビンの方だ。今度はケビンがライアンを押しのけ私の両肩を掴んできた。
「おい、ジェシカ。一体どういう事なんだ?詳しく俺に説明してくれ!」
あ~何だか面倒な事になってきちゃったよ・・・。だから私は苦笑しながら言った。
「あ、あの・・・それではお昼でも一緒に食べながらお話しますよ。」
こうして私達は今、学食へと来ている。それぞれのランチメニューを食べながら私は彼等3人に事の経緯を詳しく説明した。
ライアンとケビンは驚きながら話を聞いていたが、一方の白髪の男性は無表情で話を聞いている。・・・何だか調子が狂ってしまうなあ・・・。
「でも、マシューと言う名前の聖剣士の方が魔界から花を摘んで来てくれて、そこから作った万能薬で私の命が助かったんです。この薬って本当に凄いんですよ。だって傷跡すら残らなかったんですから。」
私が嬉しそうに言うと、ライアンもケビンもウンウンと嬉しそうに頷いてくれた。
「そうだな、ジェシカが無事で本当に良かったよ。」
ライアンが安堵の溜息をつきながら言った時。白髪の男性が初めて口を開いた。
「それで・・・ジェシカ嬢。君は一体誰を選ぶつもりなんだ?」
え?いきなりその男性の一言で周囲の空気が凍り付いた。
「お、おい・・・。デヴィット。やめろよ、今この場でそんな話をするのは・・。」
ライアンが焦ったようにデヴィットと呼ばれた男性に言う。すると彼は言った。
「ジェシカ嬢、ライアンはすごくいい奴だ。俺はライアンの一番の親友で、一番幸せになって貰いたいと思っている。それなのに・・・君は何だ?色々な男性に言い寄られ、それをはっきり拒絶する事すら出来ない。俺は知っているぞ。ジェシカ嬢・・君は冬期休暇の間にアラン王子と今学期、この学院に転入してきたフリッツと言う王子の2人からプロポーズをされたそうじゃないか?!おまけに見合いまでして今は破棄したが一度は婚約まで結んだ男もこの学院に転入して来たそうだな?一体彼等をどうするつもりなんだ?どちらかの求婚を受けるつもりなのか?ライアンを・・・俺の親友を選べないなら、もう俺達に近付かないでくれっ!」
デヴィットは私を憎悪の籠った目で睨み付け、私はただ黙って彼を見つめているしか無かった・・・。
3
デヴィットの辛辣な言葉に、その場は水を打ったように静まり返ってしまったが・・・すぐに我に返ったようにケビンが言った。
「お、おい。デヴィット、お前少し言い過ぎだぞ?俺達が勝手にジェシカにまとわりついているだけなんだから、お前が口を挟むのはおかしいだろう?」
「そうだ、デヴィット。お前は余計な口出しはするなよ。俺の事を考えてくれる気持ちは嬉しいけどさ。」
ライアンは苦笑いしながら言うが・・・。確かに彼の言う通りかもしれない。私は自分に好意を寄せてくれている彼等の気持ちを良いように利用しているだけに思われても・・・。今、この瞬間も。私は下を向いた。もう食事も終わっているし・・・。
ガタン
椅子を引いてトレーを持って立ち上がった。
「え?どうしたんだ?」
「ジェシカ?」
ライアンとケビンが声をかけてきた。
「すみません、ライアンさん。ケビンさん。デヴィットさんの言う通りです。」
3人は私に注目している。
「私は・・・ある理由があって、誰も選ぶ事は出来ないんです。だから・・・。もうライアンさんやケビンさんには近付きません。すみませんでした。」
3人に頭を下げる。
「「え・・・?」」
ライアンもケビンも呆然とした顔をしている。
「ライアンさん、ケビンさん。今までありがとうございました。さよなら。」
そして私はトレーを持って背を向ける。
背後からは私の名前を呼ぶライアンとケビンの声が聞こえたが、デヴィットが引き止める声が響き渡っていた・・・。
「ふう・・・。」
1人誰もいない中庭のベンチに座り、私は空を見上げていた。
もういつまでもこんな状況を続ける訳にはいかない。一刻も早くマシューが、魔界の門を守る当番の日に門をくぐらせてもらわなければ。幸い、今度の休暇日はマシューと出掛ける事になっているので相談してみよう。
何度目かのため息をついていた時・・・
中庭に誰かが入ってくる姿が見えた。人が来たのか・・・。
何気なくそちらの方向を見る。
「!!」
中庭に入ってきたのは2人、その姿を見た私は心臓が止まりそうになった。
なんとその2人はソフィーと公爵だったのだ。仲睦まじく腕を組んで歩いている。
な、何故2人が・・・?
幸い、彼等は私に気が付いていない様子である。ソフィーは頬を染めて公爵を見ているし、公爵の方は優しい眼差しでソフィーを見つめている。まるで何処から見てもカップルだ。
私は唇を噛んだ。
しまった、油断していた。公爵の言葉を信じ、ソフィーに心奪われる事は公爵に限っては無いだろうと思っていたのが甘かったようだ。でも考えて見れば魔力の強いアラン王子だってソフィーの暗示に何度もかかっていた。となると公爵だって暗示にかからないとは限らないはず。なのに私は絶対的な自信を持っていたのだ。しかし結局は・・・。
私は木の陰に隠れてそっと様子を伺った。
いつの間にかガゼボの中に入ったようで、声は聞こえど、姿は見えない。風に乗って2人の会話が聞こえて来る
「嬉しい・・・。ドミニク様。やはり私を選んで下さるのですね?」
「ああ、そうだ。やはり俺はどうかしていた。ジェシカなどに一瞬でも心を奪われるとは・・ソフィー・・・貴女は俺の聖なる乙女だ・・。」
公爵は妙な色気を含んだ声でソフィーに語りかけている。やがて2人の会話はやみ、その代わり聞こえてきたのは・・・・。
「!」
私は危うく驚きで声を上げそうになった。間違いない、あの2人は・・・!
2人がガゼボの中で何をしているのか容易に見当がついた私は、その隙にこっそり中庭を抜け出す事にした。
なるべく音を立てないように、落ちている小枝を踏まないように慎重に歩みを進め、中庭から出ると一目散に駆け足で私は何処へともなく駆けていく。
滅茶苦茶に走り、気が付いた時には見晴らしの丘へと来ていた。
荒い息を整えながら、私は見晴らしの丘で立ち尽くしていた。
どうして私はここに来てしまったのだろう?今は真冬で芝生は枯れ、遠くに見える木々も全て葉を落し、寂しい光景なのに・・・。
「え・・・?リッジウェイさん・・・?」
その時、すぐ近くで私の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。そこに座って居たのはジョセフ先生だったのだ。
「!ジョセフ先生・・・。何をしているのですか?こんな場所で・・・!」
驚きで目を見開いた。
「いや、それはこっちの台詞だよ。リッジウェイさんこそ・・・こんな場所で何をしているんだい・・・?」
ジョセフ先生は立ち上がると私に近付き、言った。
「何かあったのかい?・・・・とても酷い顔色をしている。真っ青だよ。今にも・・・倒れてしまいそうじゃ無いか・・。」
言いながらジョセフ先生は私に腕を回し、抱きしめて来た。
「ジョセフ・・・先生・・・・。」
「リッジウェイさん・・・。僕は君が好きだ。だから・・・君の力になりたい。何があったか話してくれないかな?」
「ジョセフ先生は・・いつでも私の力になってくれてるじゃありませんか・・。私はいつも助けて貰ってばかりで・・・先生の事を利用してばかりで・・・。」
すると先生は私を強く抱き締めながら言った。
「それでもいいよ・・・。」
「え?」
「僕は君に利用されても構わないよ。だって・・君の事が本当に好きだからね。」
「ジョセフ先生・・・。」
私は先生の背中に手を回した。気が付くと、いつの間にか私は泣いていた。大粒の涙を流し、先生の胸に顔を埋め・・涙が枯れるまで泣き続けた。
何がこんなに悲しいのだろう?頼りにしていたライアンとケビンに別れを告げたから?信じていた公爵がソフィーに心を奪われてしまったから?それとも・・・私の為に犠牲になってしまったノア先輩を想って?
・・・・でも、何でもいい・・・。今はただ、思い切り泣きたいと思った—。
「授業・・・始まっちゃったね。」
腕時計を見たジョセフ先生は苦笑しながら言った。今、私とジョセフ先生は先生が持参したシートの上に座って、熱いコーヒーを飲んでいる。
「すみません、ジョセフ先生・・・。でも午後の講義は無くて良かったです。」
コーヒーをフウフウ冷ましながら私は言った。
「いや、僕は大丈夫だけどリッジウェイさんは良かったのかい?授業に出なくて。」
「はい、今の時間は歴史学の授業なんです。私、歴史の授業が一番得意なので出る必要はあまり無いんですよ。」
「流石、優等生は違うね。」
ジョセフ先生は笑みを浮かべながら言った。
「それで、先生・・・こんな場所で一体何をしてらしたのですか?」
「うん、夜に天体観測をここでしようかと思って設置していたんだよ。」
よく見ると確かに先生の足元には分解されている天体望遠鏡があった。
「え?先生・・・。ご自宅からも星、良く見えますよね?それなのにこんな場所で天体観測をするのですか?」
不思議に思い、思わず首を傾げた。
「うん、実はね・・・去年の入学式の時の話なんだけど、どうもこの付近で空から金色に輝く一筋の光が空からこの場所に降り注いでいたらしいんだよ。」
「え?」
空から輝く金色の光・・・そ、それってもしかして・・・。
「目撃情報は多数あったんだけど、その日以来、金色の光を見たという情報が一切無くて・・・。でも天文学者の僕としてはどうしても気になってね、月に一度はこの場所に確認しにきているのさ。まずは昼間に1回、夜は星に天体望遠鏡を向けて空を観測っていう具合にね。」
「そ、そうなんですか?でも真冬の観測って・・・つ、辛く無いですか?ジョセフ先生、多分私の勘では今日も見えないと思いますので・・・一緒に学院に戻りませんか?」
ま、まずい。ジョセフ先生にこれ以上私の事で無駄な時間を費やさせるわけには行かない!
「そう?う~ん・・・。でも他ならぬリッジウェイさんのお願いだから、今日は諦めて帰ろうかな?」
「はい!そうしましょう!」
こうして私は何とかジョセフ先生と学院へと戻ってきた。
マリウスには4時限目の授業に出なかったことについてすごく心配されてしまった。
そして公爵の方は・・・・この日は1度も顔を見せる事が無かったのである—。
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