嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

結城芙由奈@コミカライズ連載中

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第5章 4 スケッチ

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 ヒルダはゼミの教室の前にいた。

(ノワール様の前はいつも緊張するわ…)

ヒルダは深呼吸すると扉をノックした。

コンコン

「ノワール様、いらっしゃいますか?」

「…」

しかし、中からは何の応答も無い。

「ノワール様…?」

ヒルダはそっと扉を開けて、驚いた。窓の傍でノワールが背もたれの椅子によりかかり、うたたねをしていたのだ。

「ノワール様…」

ヒルダは近付き、そっと声を掛けてみたが返事は無い。

(困ったわ…出かけると言っていたのに)

けれど眠っている所を起こすのは忍びなかった。それどころか別の心配事があった。

「風邪…引きますよ?」

教室内はボイラーで温かかったが、何か掛けたほうが良いだろうとヒルダは思った。部屋の中をキョロキョロ見渡すとハンガーにはノワールのロングコートが掛けられている。

(そうだわ。このコートをかけてあげましょう)

ハンガーからコートを外すと、ヒルダは眠っているノワールにもう一度近付き、改めてノワールの顔を見つめた。

(私やお兄様と同じ金色の髪…)

長いまつ毛に縁どられ、目を閉じたその姿はまるで1枚の絵画の様に美しかった。ヒルダはそっと起こさない様にコートを掛けると、ある欲求が起こった。

(ノワール様をスケッチしてみたいわ…)

うたたねをしているノワールの姿はヒルダのインスピレーションを刺激した。絵の題材にはぴったりの素材だと思ったのだ。ヒルダはそっとリュックからいつも持ち歩いているスケッチブックとスケッチ用鉛筆、消しゴムを取り出すと、鉛筆を走らせた…。


静まり返った部屋に規則正しく時を刻む時計の音、そして紙の上を走る鉛筆の音だけが響いていた。ヒルダは一生懸命ノワールの姿を描いた。濃淡を使い分け、美しいモノクロの絵を描き上げていたその時…。

「…何をしている?」

下を向いて鉛筆を走らせていたヒルダは突然声を掛けられ、驚いて顔を上げた。するとそこにはけだるげな表情でじっとこちらを見つめているノワールの姿があった。

(ど、どうしよう!見られてしまった!)

「あ、あの…!」

「何をしていたか、聞いてるんだ」

ノワールはじっとヒルダを見つめながら再度尋ねて来た。

「そ、それは…」

(いくら絵を描く為だと言っても私は眠っている男の人を勝手に…!)

答えられず俯くと、ノワールは無言で立ち上がり、ヒルダの傍へ行く。そして手元のスケッチブックをヒョイと取り上げてしまった。

「あ!そ、それは…!」

ノワールはじっとスケッチブックを見つめていたが、ポツリと尋ねた。

「…俺か?」

思わず真っ赤になって頷くヒルダにノワールは言った。

「ふ~ん…うまいじゃないか」

「え?」

その言葉に思わず顔を上げると、ヒルダはドキリとした。そこには口元に少しだけ笑みを浮かべたノワールがじっとヒルダを見下ろして立っていた姿があった。

「ノワール…様…?」

ノワールはスケッチブックをヒルダに返すと言った。

「起きてたなら俺を起こせば良かっただろう?」

「でも…」

(あんなに気持ちよさげに眠っている所を起こせないわ…)

「行くぞ、ヒルダ」

ノワールはコートを着込むと言った。

「え?」

「何だ、その顔は?一緒に出掛けると言っていたはずだろう?」

「は、はい」

ヒルダは慌てて自分の荷物をリュックにしまうとコートを着て、リュックを背負うとした時、ノワールの手が伸びて来るとヒルダのリュックを代わりに背負ってしまった。

「え?あ、あの!」

「荷物なら俺が持つ。それじゃ買い物に行くぞ」

「買い物?!何を買うのですかっ?!」

「ほら、早く来い」

しかしノワールはその質問には答えずに教室の扉を開けた―。


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