孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ連載中

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5-8 壊れる関係 2

「危ない!」

ジルベールの声が騒然とした中、響き渡った。
周囲の人々は悲鳴を上げ、逃げ惑う。屋台の品が地面に散らばり、子供が泣き叫ぶ声が遠くで聞こえる。

恐怖でサフィニアはその場に立ち尽くしていた。
目の前の光景が現実とは思えず、足がすくんで動けない。

(逃げなきゃ……でも、身体が……)

そこへジルベールが向かってくる姿が見え、サフィニアの胸が高鳴る。

(ジルベール……!)

彼が自分を助けに来てくれたのだと、ほんの一瞬だけ思った。

だが――

ジルベールの視線はサフィニアをちらりと見ただけで、すぐにヘスティアに向けられた。

「ヘスティアさん、こっちだ!」

「キャア!」

ジルベールはヘスティアの腕を引き、そこから連れ出す。

「え……?」

サフィニアはその光景を、呆然と見つめていた。

(……私じゃなかった。……こっちを見たのに……)

ショックで茫然とするサフィニアはすぐそばまで暴走馬車が迫っていることに気付かない。

そして次の瞬間――

「危ない!」

誰かがサフィニアの腕を強く引いて抱き寄せてきた。

ガラガラガラガラ……!!

そんな二人のすぐ脇を暴走馬車は轟音とともに砂ぼこりを上げながら走り去って行った。

「あ……」

今更ながら怖くなり、見知らぬ人物の腕の中で震えていると声をかけられた。

「……大丈夫でしたか?」

その声は男性だった。

「は、はい……ありがとうございます……」

震えながら顔を上げると、栗毛色の優しげな瞳の青年がじっとサフィニアを見つめていた。

「は、はい……」

サフィニアは消え入りそうな声で返事をしたが……その声は涙ぐんでいた。

「え? もしかして怪我をしたのですか? どこか痛むのですか?」

青年は心配そうな表情を浮かべる。

「いいえ……痛むのは、心です」

首を振るサフィニア。

「心……?」

青年は首を傾げた。その顔には戸惑いが浮かんでいる。

「いいえ、何でもありません。大丈夫です、助けていただいてありがとうございました。それでは失礼いたします」

サフィニアは礼儀正しく頭を下げた。

「あ、あの……いえ。何でもありません。気を付けてお帰り下さい」

青年の言葉にサフィニアは弱々しく笑みを浮かべると、喧騒の中をゆっくりと歩き出した。

そのときふと、ジルベールの姿が目に入った。彼はヘスティアの肩を抱き何か語り掛けている様子だった。

「ジルベール……」

その姿に胸がズキリと痛んだ。

(やっぱり……私じゃなかった。でも……ヘスティアを助けてくれた)

サフィニアは2人に気づかれないように、背を向けるとトボトボとその場を去って行った。

そんなサフィニアの後姿を、青年は心配そうな眼差しで見つめていた――


****


 サフィニアは一人、離宮へ戻ると使用人たちは驚いて出迎えた。

「……二人とはぐれてしまって」

うつむきながらポツリと言うと、使用人たちはそれ以上何も聞かなかった。実は彼らもジルベールがヘスティアばかり見つめているのを気づいていたのだ。
けれど、誰もそのことを公爵には告げられない。

それはがサフィニアが、エストマン家から見捨てられた公女だったからだ――


サフィニアは自室に戻ると、そのままずっと部屋にこもっていた。

脳裏に浮かぶのはジルベールが迷わずヘスティアを助けた、あの時の記憶ばかり。

「……っ」

涙が思わず滲みそうになった時――


慌ただしい足音がこちらへ向かってくるのが聞こえて、ノックもなく扉が開かれるとヘスティアが涙を浮かべてこちらを見つめている。

「ヘ、ヘスティア……?」

ヘスティアのあまりにも慌てた様子に驚いてサフィニアは立ち上がった。

すると……。

「サフィニア様……ご無事でよかった……!」

ヘスティアが駆け寄り、サフィニアを強く抱きしめておえつした。

「良かった……姿が見えなくなってしまったので、ずっとずっと探していたのですよ……」

おえつするヘスティアに戸惑うサフィニア。

「ヘスティア……」

そっとヘスティアを抱きしめた時。

「サフィニア様、どうして勝手に帰ってしまわれたのですか? ヘスティアがどれほど心配していたか、おわかりになりますか?」

後から部屋に入って来たジルベールが非難めいた言葉を投げかけてきた。じっと見つめるジルベールの瞳は冷たく感じられる。

その言葉に、サフィニアの胸が痛んだ。

(私のことは……心配してくれなかったの? 私たち……婚約者なのに)

するとヘスティアが怒りを露わにする。

「ジルベール様! サフィニア様を責めるのはやめてください! 本来助けるべきは、私ではなくサフィニア様だったはずです!」

「ヘスティア……ごめん。僕はただ……」

ジルベールは青ざめ、サフィニアに頭を下げる。

「申し訳ございません、サフィニア様。ご無事で何よりでした」

その態度はサフィニアを傷つけるだけだった。

無事……。
多分、あの時青年が助けてくれなければ、命はなかっただろう。

胸の痛みを押し殺し、ヘスティアは謝罪の言葉を述べた。

「勝手に帰ってごめんなさい。あの騒ぎで二人とはぐれてしまって……。でも、ヘスティアを助けてくれてありがとう」

(私を思ってくれているのは、ヘスティアだけ。その彼女をジルベールが助けてくれたのだから……感謝の気持ちを述べるのは当然よ)

サフィニアは自分にそう言い聞かせた。

結局……気まずい雰囲気のままジルベールは帰宅し、精神的に疲れ果てていたヘスティアは自室で休むことになったのだった。


――その夜

サフィニアは窓辺に立ち、夜空を見つめていた。

(ジルベールが好きなのは、ヘスティア……だから二人が結ばれるべき。私ができることは……二人だけの時間を作ってあげることよ)

そしてサフィニアはうつむき、小さく肩を震わせた――
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