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5-9 気付いてしまったこと
翌朝――
本日も雲一つない青空が広がっていた。
離宮のリビングには朝日が差し込み、部屋を明るく照らしている。
サフィニアとヘスティアは向かい合わせに座って食後の紅茶を飲んでいた。
昨日の騒動で少し気まずい空気が流れていても、互いにそのことを口にすることはなかった。
それは2人の心が通じ合っていたからだ。
「今朝はサフィニア様の好きなブルーベリーティーにしてみたんです。お味はどうですか?」
ヘスティアが尋ねてきた。
「ええ、とても美味しいわ。ありがとう、ヘスティア」
サフィニアが笑顔で返事をしたとき、
「失礼いたします、サフィニア様。たった今、ジルベール様がいらっしゃいました」
「え? ジルベールが?」
サフィニアの表情が一瞬曇った。
(昨日、あんなことがあったのに……顔を合わせにくいわ)
「サフィニア様……」
するとヘスティアが心配そうな表情を向けてくる。
(そうだったわ。昨夜、ヘスティアとジルベールが二人きりになれる時間を作ってあげようと自分で決めたじゃない)
そこでサフィニアは笑みを浮かべた。
「分かったわ。お通ししてちょうだい」
メイドは頷き、去っていく。
するとすぐにジルベールが申し訳なさそうな顔で現れた。手には小さな箱を持っている。
「おはようございます。昨日は……サフィニア様に失礼なことを申し上げてしまいました。お詫びに、こちらを受け取っていただけないでしょうか?」
そう言って差し出された箱の中には、銀色のブローチが納められていた。それは昨日、サフィニアが店先で手に取っていたものだった。
(これは……)
ジルベールが自分の為に選んでくれたブローチだと知り、サフィニアの顔に笑みが浮かぶ。
いくらジルベールにヘスティアを託そうと思っても、それでもサフィニアは嬉しかった。
「ありがとう、嬉しいわ」
するとジルベールは、ほっとした表情を浮かべた。
「気に入っていただけて良かったです。実は昨日、そのブローチはヘスティアと一緒に選んだんです」
「え……?」
その言葉に、サフィニアは冷や水を浴びせられたように一気に冷静になった。ヘスティアを見ると、彼女は申し訳なさそうに目を伏せている。
(そうだったのね……。きっとヘスティアがジルベールに頼んだのだわ。このブローチをプレゼントするようにって)
ジルベールが自主的に用意したものではなく、ヘスティアに言われて用意したものだったことに気付き、サフィニアの心に暗い影が落ちる。
サフィニアが笑顔で受け取ったことに安心したのか、ジルベールが提案してきた。
「天気も良いことですし、今から皆で一緒にボートにでも乗りに行きませんか?」
ここでもやはりジルベールはヘスティアに視線を向ける。散々心が傷ついてきたサフィニアは、もはや彼の態度に何も感じなくなっていた。
(あぁ……やっぱり……あなたはヘスティアを選ぶのね……)
「あの、私よりもサフィニア様に……」
ヘスティアが口を開きかけた時、サフィニアは静かに首を振った。
「私、今日はお母様のお墓参りに行くからボート乗りには二人だけで行って来て」
「え? でしたら私もご一緒します」
ヘスティアが慌てて言うが、ジルベールは無言だった。
「いいえ、お母様とお墓の前で話したいことがたくさんあるから、一人で行きたいの。お願い」
サフィニアの声には、普段とは違う強さがあった。ヘスティアは戸惑いながらも、渋々うなずいた。
「……分かりました」
サフィニアは立ち上がり、ヘスティアに向き直る。
「ヘスティア、私の代わりにジルベール様のお相手をしてあげて。お願いね」
その口調は、有無を言わせぬものだった。
「は、はい……」
サフィニアはジルベールに視線を移すと、彼は何か言いたげな目でサフィニアを見つめる。
「それじゃ、行ってくるわね」
そう言い残すと、サフィニアは日傘をさして離宮を後にした――
****
御者に馬車を出してもらい、サフィニアは教会へ向かった。
母のお墓参りに来るのは久しぶりだった。それは今まで公女教育を受けることで忙しかったからだ。
しかし、ジルベールという婚約相手が見つかってからはだいぶ公女教育の時間が減っていた。
「一人でお墓参りに来るのは初めてだわ……」
サフィニアは外の景色を見つめながらぽつりと呟いた。メイドとして働かされていた時はポルトスかセザールがお墓参りに付き添ってくれ、公女として離宮に暮らすようになってからはヘスティアが付き添うようになっていた。
「……二人は今頃ボートに乗っているのかしら……」
その声は、ひどく寂しげだった――
本日も雲一つない青空が広がっていた。
離宮のリビングには朝日が差し込み、部屋を明るく照らしている。
サフィニアとヘスティアは向かい合わせに座って食後の紅茶を飲んでいた。
昨日の騒動で少し気まずい空気が流れていても、互いにそのことを口にすることはなかった。
それは2人の心が通じ合っていたからだ。
「今朝はサフィニア様の好きなブルーベリーティーにしてみたんです。お味はどうですか?」
ヘスティアが尋ねてきた。
「ええ、とても美味しいわ。ありがとう、ヘスティア」
サフィニアが笑顔で返事をしたとき、
「失礼いたします、サフィニア様。たった今、ジルベール様がいらっしゃいました」
「え? ジルベールが?」
サフィニアの表情が一瞬曇った。
(昨日、あんなことがあったのに……顔を合わせにくいわ)
「サフィニア様……」
するとヘスティアが心配そうな表情を向けてくる。
(そうだったわ。昨夜、ヘスティアとジルベールが二人きりになれる時間を作ってあげようと自分で決めたじゃない)
そこでサフィニアは笑みを浮かべた。
「分かったわ。お通ししてちょうだい」
メイドは頷き、去っていく。
するとすぐにジルベールが申し訳なさそうな顔で現れた。手には小さな箱を持っている。
「おはようございます。昨日は……サフィニア様に失礼なことを申し上げてしまいました。お詫びに、こちらを受け取っていただけないでしょうか?」
そう言って差し出された箱の中には、銀色のブローチが納められていた。それは昨日、サフィニアが店先で手に取っていたものだった。
(これは……)
ジルベールが自分の為に選んでくれたブローチだと知り、サフィニアの顔に笑みが浮かぶ。
いくらジルベールにヘスティアを託そうと思っても、それでもサフィニアは嬉しかった。
「ありがとう、嬉しいわ」
するとジルベールは、ほっとした表情を浮かべた。
「気に入っていただけて良かったです。実は昨日、そのブローチはヘスティアと一緒に選んだんです」
「え……?」
その言葉に、サフィニアは冷や水を浴びせられたように一気に冷静になった。ヘスティアを見ると、彼女は申し訳なさそうに目を伏せている。
(そうだったのね……。きっとヘスティアがジルベールに頼んだのだわ。このブローチをプレゼントするようにって)
ジルベールが自主的に用意したものではなく、ヘスティアに言われて用意したものだったことに気付き、サフィニアの心に暗い影が落ちる。
サフィニアが笑顔で受け取ったことに安心したのか、ジルベールが提案してきた。
「天気も良いことですし、今から皆で一緒にボートにでも乗りに行きませんか?」
ここでもやはりジルベールはヘスティアに視線を向ける。散々心が傷ついてきたサフィニアは、もはや彼の態度に何も感じなくなっていた。
(あぁ……やっぱり……あなたはヘスティアを選ぶのね……)
「あの、私よりもサフィニア様に……」
ヘスティアが口を開きかけた時、サフィニアは静かに首を振った。
「私、今日はお母様のお墓参りに行くからボート乗りには二人だけで行って来て」
「え? でしたら私もご一緒します」
ヘスティアが慌てて言うが、ジルベールは無言だった。
「いいえ、お母様とお墓の前で話したいことがたくさんあるから、一人で行きたいの。お願い」
サフィニアの声には、普段とは違う強さがあった。ヘスティアは戸惑いながらも、渋々うなずいた。
「……分かりました」
サフィニアは立ち上がり、ヘスティアに向き直る。
「ヘスティア、私の代わりにジルベール様のお相手をしてあげて。お願いね」
その口調は、有無を言わせぬものだった。
「は、はい……」
サフィニアはジルベールに視線を移すと、彼は何か言いたげな目でサフィニアを見つめる。
「それじゃ、行ってくるわね」
そう言い残すと、サフィニアは日傘をさして離宮を後にした――
****
御者に馬車を出してもらい、サフィニアは教会へ向かった。
母のお墓参りに来るのは久しぶりだった。それは今まで公女教育を受けることで忙しかったからだ。
しかし、ジルベールという婚約相手が見つかってからはだいぶ公女教育の時間が減っていた。
「一人でお墓参りに来るのは初めてだわ……」
サフィニアは外の景色を見つめながらぽつりと呟いた。メイドとして働かされていた時はポルトスかセザールがお墓参りに付き添ってくれ、公女として離宮に暮らすようになってからはヘスティアが付き添うようになっていた。
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