孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ連載中

文字の大きさ
111 / 272

5-10 教会で会う人

 青い空の下、サフィニアを乗せた馬車は教会に向かって進み……やがて美しい緑に囲まれた教会が見えてきた。

「着いた……久しぶりだわ」

馬車から降りたサフィニアは周囲を見渡した。
風が木々の緑を揺らし、鳥のさえずりが遠くの方で聞こえる。まるでこの場所だけが時間の流れから切り離されているかのように感じられる。

サフィニアは芝生の上に立ち並ぶ墓地を目指し、程なくして母の墓前に辿り着いた。
白い大理石の墓標には、ローズの名前が刻まれている。

その前に膝をつき、庭から摘んできた野花を添えると手を合わせた。

「私は誰にも必要とされていないみたい。……お母様のそばに行きたい……」

その瞬間、背後から声が聞こえた。

「あの、その銀色の髪……もしやあなたは……」

「え?」

サフィニアは驚いて振り返り……目を見開いた。

そこに立っていたのは、昨日彼女を暴走馬車から救ってくれた青年だった。
青年はグレーの法衣を身にまとい、十字架のネックレスが胸元で揺れている。

栗毛色の髪が風に揺れ、優しい眼差しでサフィニアを見つめている。

「まぁ……昨日の……あなたは神父様だったのですね? 昨日は危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」

すると青年は少し照れたように笑った。

「いえ、当然のことをしたまでですから。それに僕は神父と言っても、まだ見習いなんです。今月、この教会に来たばかりで神父様には、毎日お叱りばかり受けています」

青年は墓地の片隅に置かれた掃除道具を指差した。

「あの、すみません。実は先程聞こえてしまったのですが……お母様が亡くなられたのですか?」

サフィニアはうなずいた。

「はい。母は私が六歳の時に病気で亡くなりました」

「そうだったのですか? それは大変なご苦労をされましたね。もし悩みがあれば相談に乗ります。これでも僕は神父……の見習いなので」

「あ、あの……?」

「すみません……お母様の傍に行きたいという言葉が聞こえてしまったので……でも生きていれば幸せなことはたくさんあります。そんなことを言えば、天国にいるお母様が悲しみますよ?」

その言葉に、サフィニアはふっと笑った。母を亡くしたばかりの頃の記憶が蘇る。
あの時、母を亡くしたショックで泣きじゃくるサフィニアに神父が言った言葉。

『人に優しく、時には自分を犠牲にしてでも良い行いをすれば、きっと素晴らしい道が開けることだろう』

「何だか……子供の頃のことを思い出しました。昔、この教会でお世話になった神父様が、似たようなことを話していたのです」

すると青年の目が見開かれる。

「そうだったのですか?」

「はい……でも……」

サフィニアは言葉を切り、俯いた。

「私がいることで、周りの人たちを不幸にしてしまいます。それでも私は、生きている資格があるのでしょうか?」

あまりにも重い内容の質問に、青年は息をのんでサフィニアを見つめた。
サフィニアの瞳には、深い悲しみが宿っている。

「……今の話……よほど、心に大きな悩みを抱えているのですね? もしよろしければ僕に聞かせていただけませんか? 胸に閉じ込めた思いを話すことで、あなたの心の負担を少しでも軽くして差し上げたいのです」

「……」

サフィニアは少しの間、彼を見つめていたが……。

「……分かりました、神父様。私の話を聞いていただけますか?」

「もちろんです。あ、申し遅れましたが、僕の名前はレオンです。まだ見習いなので、どうかレオンと呼んでください」

「私は……サフィニアと申します」

二人は並んで墓前に座ると、サフィニアは、ゆっくりと語り始めた。

「父は貴族で、母はメイドでした。私は異端の存在で、義姉に疎まれ、私がいることで彼女を苦しめてしまっているのです」

レオンは黙って耳を傾けていた。
サフィニアの声は静かだったが、深い悲しみが宿っている。

「今は家族と離れ、離宮で侍女と使用人たちと暮らしています。侍女は親友のように、大切な存在です。けれど……」

サフィニアは少しだけ言葉を詰まらせた。

「父は、私を早く結婚させて家から出すために婚約者を用意しました。けれど、その人は……私ではなく、侍女に恋をしているのです」

「……え?」

レオンの目が見開かれる。
サフィニアの身の上話はあまりにも彼にとって衝撃的だった。

「私は……邪魔者なのです。私さえいなければ、皆幸せになれるのに……」

その声は今にも消え入りそうだった。
レオンは十字架を握りしめながら告げる。

「……サフィニアさん。今まで沢山辛いことを抱えて生きてきたのですね。でも、僕にはそうは思えません」

「え?」

サフィニアは顔を上げると、レオンは口元に笑みを浮かべている。

「あなたがいることで、誰かが救われているかもしれません。笑うことで、誰かが生きる力をもらっているかもしれない。僕はそう思います」

「神父様……」

「レオンでいいですよ。僕はまだ神父様じゃありませんから」

照れくさそうにしているレオンの表情は、優しかった。サフィニアの顔に笑みが浮かぶ。

「……私、誰かに自分のことを話したのはレオンさんが初めてです」

「そうでしたか。でも話してくださって、ありがとうございます。僕にできることは少ないかもしれませんがサフィニア様の心が少しでも軽くなるお手伝い程度ならできます」

「ありがとうございます……」

自分の心に寄り添ってくれるレオンに、目頭が熱くなるサフィニアだった――
感想 457

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

【完結】婚約破棄?勘当?私を嘲笑う人達は私が不幸になる事を望んでいましたが、残念ながら不幸になるのは貴方達ですよ♪

山葵
恋愛
「シンシア、君との婚約は破棄させてもらう。君の代わりにマリアーナと婚約する。これはジラルダ侯爵も了承している。姉妹での婚約者の交代、慰謝料は無しだ。」 「マリアーナとランバルド殿下が婚約するのだ。お前は不要、勘当とする。」 「国王陛下は承諾されているのですか?本当に良いのですか?」 「別に姉から妹に婚約者が変わっただけでジラルダ侯爵家との縁が切れたわけではない。父上も承諾するさっ。」 「お前がジラルダ侯爵家に居る事が、婿入りされるランバルド殿下を不快にするのだ。」 そう言うとお父様、いえジラルダ侯爵は、除籍届けと婚約解消届け、そしてマリアーナとランバルド殿下の婚約届けにサインした。 私を嘲笑って喜んでいる4人の声が可笑しくて笑いを堪えた。 さぁて貴方達はいつまで笑っていられるのかしらね♪

捨てた私をもう一度拾うおつもりですか?

ミィタソ
恋愛
「みんな聞いてくれ! 今日をもって、エルザ・ローグアシュタルとの婚約を破棄する! そして、その妹——アイリス・ローグアシュタルと正式に婚約することを決めた! 今日という祝いの日に、みんなに伝えることができ、嬉しく思う……」 ローグアシュタル公爵家の長女――エルザは、マクーン・ザルカンド王子の誕生日記念パーティーで婚約破棄を言い渡される。 それどころか、王子の横には舌を出して笑うエルザの妹――アイリスの姿が。 傷心を癒すため、父親の勧めで隣国へ行くのだが……

【完結】愛する人のために

月樹《つき》
恋愛
カスペル公爵令嬢デルフィーヌは、幼い頃その愛くるしい笑顔に一目惚れしたクリストファー王子に請われ、彼の婚約者となった。 けれど王子妃としての厳しい教育を受けるうちに、彼が好きだった笑顔は滅多に見られなくなり…気がつけば彼の側には、デルフィーヌではなく屈託なく笑う平民の聖女アネモネの姿を見かけるようになる…。 『あなたのために、私は無邪気な笑顔もなくしたのに…』 このお話は愛する誰かのために生きる人達のお話です。 三部仕立てで、お話はそれぞれの視点で描かれております。 ※他サイトでも投稿しております。

【完結】ハーレム構成員とその婚約者

里音
恋愛
わたくしには見目麗しい人気者の婚約者がいます。 彼は婚約者のわたくしに素っ気ない態度です。 そんな彼が途中編入の令嬢を生徒会としてお世話することになりました。 異例の事でその彼女のお世話をしている生徒会は彼女の美貌もあいまって見るからに彼女のハーレム構成員のようだと噂されています。 わたくしの婚約者様も彼女に惹かれているのかもしれません。最近お二人で行動する事も多いのですから。 婚約者が彼女のハーレム構成員だと言われたり、彼は彼女に夢中だと噂されたり、2人っきりなのを遠くから見て嫉妬はするし傷つきはします。でもわたくしは彼が大好きなのです。彼をこんな醜い感情で煩わせたくありません。 なのでわたくしはいつものように笑顔で「お会いできて嬉しいです。」と伝えています。 周りには憐れな、ハーレム構成員の婚約者だと思われていようとも。 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 話の一コマを切り取るような形にしたかったのですが、終わりがモヤモヤと…力不足です。 コメントは賛否両論受け付けますがメンタル弱いのでお返事はできないかもしれません。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ

ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。 スピーナ子爵家の次女。 どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。 ウィオラはいつも『じゃない方』 認められない、 選ばれない… そんなウィオラは―― 中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。 よろしくお願いします。

三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで

狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。 一度目は信じた。 二度目は耐えた。 三度目は――すべてを失った。 そして私は、屋上から身を投げた。 ……はずだった。 目を覚ますと、そこは過去。 すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。 ――四度目の人生。 これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、 同じように裏切られ、すべてを失ってきた。 だから今度は、もう決めている。 「もう、陸翔はいらない」 愛していた。 けれど、もう疲れた。 今度こそ―― 自分を守るために、家族を守るために、 私は、自分から手を放す。 これは、三度裏切られた女が、 四度目の人生で「選び直す」物語。