孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ連載中

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5-22 レオンの祈り

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 サフィニアの姿が人混みに紛れて見えなくなった後も、レオンはしばらくその場に立ち尽くしていた。

朝の光がレオンと荷馬車を照らし、石畳に長い影が伸びている。
手綱を握るレオンの手は小刻みに震えていた。

(さようなら、サフィニア様。僕は……あなたのことが……)

その言葉をレオンは最後まで口にすることが出来なかった。今更自分の気持ちを告げても、サフィニアを困らせるだけだということは分かり切っていたからだ。

『立派な神父様になってください』

サフィニアの言葉が耳に残っている。

「サフィニア様……僕はもう、神父になる資格は無いんです。嘘をついてしまったから……」

レオンはポツリと呟くと御者台に乗り込み、荷馬車の向きを変えた。

荷馬車を進ませながら、レオンは昔の記憶を思い出していた。
何故、自分が神父を志したのか――


****


 レオンが生まれ育ったのは、山間部にある小さな農村だった。

両親は朝から晩まで真面目に働いていたが、生活は貧しかった。
それでも家族三人、慎ましく暮らしていた。

父は牛の世話をし、母は畑を耕し、夜には3人で祈りを捧げるのが日課だった。
両親は信仰深く、レオンに惜しみない愛情を与えてくれた。

貧しくとも優しい両親のもとでレオンは幸せに暮らしていたのだが……悲劇が襲った。

それは両親の死。

ある年の秋——村の納屋が火事になった。

火事の原因は、干し草に落ちたオイルランプ。
父は家畜を守るために炎の中へ、飛び込んだ。そして母はその後を追って燃えさかる納屋へ向かっていった。

近隣住民たちも騒ぎを聞きつけ、火を消そうと水を運んで消火活動にあたったものの、炎の勢いはすさまじく……なすすべもなかった。

その場にいたレオンは泣き叫ぶことしかできなかった。目の前で納屋が燃え尽きて崩れ落ちるまで……。

『レオン、ここで待っていなさい。お父さんを連れ戻してくるから』

それが、母の最後の言葉だった。

焼け跡からはレオンの両親の遺体が発見された。二人は折り重なった状態で、父は母の上に覆いかぶさるように亡くなっていたそうだ。
それはまるで妻を必死に守ろうとした姿のように見えたと村人たちは話していた。

まだ子供だったレオンには刺激が強いからと、両親の遺体を目にすることを禁じられ、棺に入れられて埋葬された。

葬儀の場で泣き崩れているレオンを、村の教会の神父が抱きしめて彼に告げた。

『神は全ての人々の痛みを天から見守り、その痛みを引き受けて下さる。だから祈りなさい、レオン。亡くなった両親の為にも』

神父の言葉はレオンの胸に響いた。
その後、レオンは村の人々の助けを得ながら一人暮らしを始めた。

教会に足繫く通い、亡くなった両親の為に祈りを捧げた。

そして18歳を迎えたレオンは神父を志し、修行のためにこの町の教会へとやってきたのであった。

悩み苦しんでいる人々の心を救える存在になりたい……。
それが、レオンの志だったのだ――


****

――7時過ぎ。
 
 隣町から戻って来たレオンは馬繋場で荷馬車を外して馬を厩舎に連れて行った。
そこで馬に餌と水を与えると、今度は祈りを捧げるために祭壇へ向かった。

教会の扉を開けると、内部はひんやりと冷たい空気が満ちている。

レオンは足音を立てないように祭壇に向かうと、火の消えた蠟燭に1本ずつ火を灯していった。

オレンジ色に揺れる蝋燭の炎を見つめながら、レオンは膝をついて両手を組む。

「神様……僕は神父を目指す身でありながら嘘をついてしまいました……苦しんでいるサフィニア様をどうしても救ってあげたかったのです……」

レオンの声は酷く苦し気だった。
サフィニアの心を救うために、偽りの死を演出したことに手を貸した事実が重くレオンにのしかかる。


 あの日、神父の使いでレオンは町を訪れていた。
そこへ暴走した馬車が銀色の髪の女性の元へ突っ込んでいく。恐怖で動けないのか、立ちすくんでいる女性の腕を引いて抱き寄せた。

それがサフィニアとの初めての出会い。

青ざめた顔で自分を見上げるサフィニアは……息をのむほどに美しかった。
そしてその瞳の奥には悲しみが宿り、お礼を述べる声は涙声だった。

(この女性を守ってあげたい……)

その時レオンは思った。

次に出会ったのは教会裏の墓地。

朝の光に包まれ墓前で祈りを捧げるサフィニアの姿。もう一度会いたいと思っていた女性が目の前にいる奇跡に、レオンは言葉を失った。

風に揺れる銀色の長い髪、伏せた瞳、そしてか細い身体……。

深い悲しみに包まれているサフィニアの姿は、あまりにも美しく儚げだった。

『私は誰にも必要とされていないみたい。……お母様のそばに行きたい……』

サフィニアの呟きが偶然レオンの耳に入る。
一体誰が彼女をそんな風に思わせているのだろう? 何か一言声をかけて、元気付けてあげたい……。

気づけば声をかけていた。

『あの、その銀色の髪……もしやあなたは……』

サフィニアは驚いたように振り返り、目を見開いて昨日のお礼を笑顔で述べてきた。
その笑顔が、レオンの心を鷲掴みにした。

(あのときから、僕は……)

言葉にはできない感情が、少しずつ大きくなっていったのだ。


今、サフィニアは遠くに行こうとしている。
もう二度とこの地に戻ることはない。
そしてレオンは神父になる夢を、手放さなければならない。

(僕は、嘘をついてしまった。しかも重大な嘘を……きっと神様は許してはくださらないだろう)

それでも神に祈りを捧げた。

「どうか……サフィニア様の旅が無事でありますように」

レオンは目を閉じ、祈り続けた。

――ゴーン……

その時、教会の鐘が遠くで一度だけ鳴った。

まるでレオンの祈りを聞き届けたかのように――
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