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6-6 荷馬車の揺れる向こう側
荷馬車の外から怒声が響いた。
『お前たち! その荷馬車を止めろ!』
突然の叫びにサフィニアは息を呑んだ。何が起こっているのか分からない。けれど、外の空気は明らかに変わっていた。
「キャアッ! な、何が起こったの!?」
「また別の奴隷商人なの!?」
「怖いよぉ~!」
荷馬車の中では女性たちの悲鳴と、怯えて泣き出す子供たち。
サフィニアは子供たちを抱きしめ、外の様子に耳を傾けた。
『くそっ! やられてたまるか!』
『囲まれてるぞ、油断するな!』
『逃がすか!』
キンッ!
ガキィイインッ!!
『グアアアッ!!』
『ク、クソ!』
剣と剣が激しくぶつかる金属音が木の壁越しに響いてくる。馬のいななき、叫び声や怒鳴り声、地面を蹴る足音――荷馬車の周囲では戦いの気配が濃厚に漂っていた。
もはや荷馬車の中では、誰もが息を潜めて震えている。
「お姉ちゃん、怖いよ……」
怯える子供がサフィニアの袖を掴んだ。サフィニアはその小さな手をギュッと握りしめてあげた。
「大丈夫、大丈夫だから。きっと助けが来たのよ」
自分自身に言い聞かせるようにサフィニアは子供たちに言い聞かせた。確証などない。けれど、恐怖を少しでも遠ざけたかったのだ。
外ではまだ戦いが続いている。
荷馬車の揺れが戦いの衝撃を物語っていた。
『ぐっ……!』
『逃がすな! 奴らを捕えろ!』
やがて戦いの音が徐々に収まり……辺りはシンと静まり返った。
「お、終わったの……かな?」
サフィニアにしがみついている子供が小さな声で問いかける。
「え、ええ……多分……」
返事をするサフィニアの心臓はドクドクと早鐘を打っている。他の女性たちも息を殺して身じろぎしない。
そのとき。
ギィ……
軋んだ音を立てて、荷馬車の扉が開かれた。
途端に荷馬車の中が明るくなる。
そして光の中に、甲冑を纏った騎士たちが立っていた。そのうちの一人、金髪碧眼の青年が一歩前に出ると良く通る声で語った。
「我々は隣国王宮騎士団です。奴隷商人を追ってここまで来ました。皆さんを解放しに参りました。奴隷商人たちは全員捕らえました。あなたたちはもう自由です!」
その言葉に、荷馬車の中は一瞬静まり返り、次いで歓喜の声が上がった。
「助かったの……?」
「本当に……?」
「ありがとう、ありがとう……!」
女性たちは涙を流しながら喜び合う。子供たちも、笑顔で騎士の腕に抱きついた。
騎士団たちは手際よく人々を荷馬車から降ろし、それぞれの出身地を尋ねていく。
「皆さんを元の場所へ送り届けます。安心してください」
「全員御自宅ま送りますよ」
騎士たちの言葉に、女性たちは口々に自分の村や町の名を告げた。騎士たちは頷きながら、彼女たちを馬車へと案内していく。
「……」
サフィニアはその様子を黙って見つめていた。
(私には……あの人たちのように帰る場所がないわ)
偽装死を遂げ、葬儀も3カ月前に行われている。
二度と離宮には戻ることは出来ない。
路銀にしていたアクセサリーも失い、旅を続けるお金も乏しい。ましてやこんなに恐ろしい目にあったのだ。これ以上旅を続ける気にはなれない。
残っているのは大きな宝石だけ。けれど、それを手放すには治安の良い町でなければならない。
(この先……どうすればいいのかしら……)
そんなことをぼんやり考えていると、先ほどの金髪の騎士がサフィニアに気付いて声をかけてきた。
「あなたはどちらのご出身ですか? 御自宅まで送り届けますよ」
サフィニアは顔を伏せたまま、答えられなかった。
「……ひょっとして、帰る場所がないのですか?」
その問いに、サフィニアは小さく「はい」と頷いた。
騎士は少しの間考え込むと、問いかけてきた。
「それならば、我々と一緒に行きますか?」
「え……よろしいのですか?」
サフィニアは驚いて顔を上げた。その瞬間、騎士とサフィニアは初めて目が合う。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はアドニス。王宮騎士団の隊長を務めています」
「アドニス……様ですか?」
サフィニアは自分と同じ花の名を持つ青年に不思議な気持ちを抱いた。
「あなたのお名前は?」
「私はサ……」
言いかけて、サフィニアは言葉を飲み込んだ。
(王宮騎士団の人なら、名前を言えば気付かれてしまうかもしれないわ)
「私はソフィアと申します」
咄嗟に、あの時耳にした名を名乗る。
「ソフィアさん……素敵な名前ですね。では一緒に参りましょう。ご安心ください。我々が責任を持ってお守りしますので」
「ありがとうございます」
そのとき、サフィニアは声をかけられた。
「……本当に、ごめんなさい」
振り返るとサフィニアを奴隷商人に引き渡した、あの女性だった。彼女は涙を浮かべながら、声を震わせた。
「私……自分が助かりたいばかりに……あなたを奴隷商人に引き渡してしまって……」
「いいえ、それより早く、お母さんの元へ帰ってあげてください」
笑顔で言うと、女性の目から涙が溢れた。
「ありがとう……ありがとう……!」
彼女は騎士に連れられて去っていった。
他の女性たちも、サフィニアの元へと歩み寄り、それぞれに別れを告げた。
「あなたがいてくれて、本当に心強かった」
「ありがとう、どうか、あなたも幸せに」
「また、どこかで会えたら……」
サフィニアは微笑みながら、ひとりひとりに頷き……彼女たちは去って行った。
(私には帰る場所がない。でも――)
騎士団の馬車が動き出す。サフィニアはその後ろに続きながら、遠ざかる荷馬車を振り返った。
前方には馬にまたがったアドニス。
太陽に照らされ、輝く姿は……とても頼もしく見えた――
『お前たち! その荷馬車を止めろ!』
突然の叫びにサフィニアは息を呑んだ。何が起こっているのか分からない。けれど、外の空気は明らかに変わっていた。
「キャアッ! な、何が起こったの!?」
「また別の奴隷商人なの!?」
「怖いよぉ~!」
荷馬車の中では女性たちの悲鳴と、怯えて泣き出す子供たち。
サフィニアは子供たちを抱きしめ、外の様子に耳を傾けた。
『くそっ! やられてたまるか!』
『囲まれてるぞ、油断するな!』
『逃がすか!』
キンッ!
ガキィイインッ!!
『グアアアッ!!』
『ク、クソ!』
剣と剣が激しくぶつかる金属音が木の壁越しに響いてくる。馬のいななき、叫び声や怒鳴り声、地面を蹴る足音――荷馬車の周囲では戦いの気配が濃厚に漂っていた。
もはや荷馬車の中では、誰もが息を潜めて震えている。
「お姉ちゃん、怖いよ……」
怯える子供がサフィニアの袖を掴んだ。サフィニアはその小さな手をギュッと握りしめてあげた。
「大丈夫、大丈夫だから。きっと助けが来たのよ」
自分自身に言い聞かせるようにサフィニアは子供たちに言い聞かせた。確証などない。けれど、恐怖を少しでも遠ざけたかったのだ。
外ではまだ戦いが続いている。
荷馬車の揺れが戦いの衝撃を物語っていた。
『ぐっ……!』
『逃がすな! 奴らを捕えろ!』
やがて戦いの音が徐々に収まり……辺りはシンと静まり返った。
「お、終わったの……かな?」
サフィニアにしがみついている子供が小さな声で問いかける。
「え、ええ……多分……」
返事をするサフィニアの心臓はドクドクと早鐘を打っている。他の女性たちも息を殺して身じろぎしない。
そのとき。
ギィ……
軋んだ音を立てて、荷馬車の扉が開かれた。
途端に荷馬車の中が明るくなる。
そして光の中に、甲冑を纏った騎士たちが立っていた。そのうちの一人、金髪碧眼の青年が一歩前に出ると良く通る声で語った。
「我々は隣国王宮騎士団です。奴隷商人を追ってここまで来ました。皆さんを解放しに参りました。奴隷商人たちは全員捕らえました。あなたたちはもう自由です!」
その言葉に、荷馬車の中は一瞬静まり返り、次いで歓喜の声が上がった。
「助かったの……?」
「本当に……?」
「ありがとう、ありがとう……!」
女性たちは涙を流しながら喜び合う。子供たちも、笑顔で騎士の腕に抱きついた。
騎士団たちは手際よく人々を荷馬車から降ろし、それぞれの出身地を尋ねていく。
「皆さんを元の場所へ送り届けます。安心してください」
「全員御自宅ま送りますよ」
騎士たちの言葉に、女性たちは口々に自分の村や町の名を告げた。騎士たちは頷きながら、彼女たちを馬車へと案内していく。
「……」
サフィニアはその様子を黙って見つめていた。
(私には……あの人たちのように帰る場所がないわ)
偽装死を遂げ、葬儀も3カ月前に行われている。
二度と離宮には戻ることは出来ない。
路銀にしていたアクセサリーも失い、旅を続けるお金も乏しい。ましてやこんなに恐ろしい目にあったのだ。これ以上旅を続ける気にはなれない。
残っているのは大きな宝石だけ。けれど、それを手放すには治安の良い町でなければならない。
(この先……どうすればいいのかしら……)
そんなことをぼんやり考えていると、先ほどの金髪の騎士がサフィニアに気付いて声をかけてきた。
「あなたはどちらのご出身ですか? 御自宅まで送り届けますよ」
サフィニアは顔を伏せたまま、答えられなかった。
「……ひょっとして、帰る場所がないのですか?」
その問いに、サフィニアは小さく「はい」と頷いた。
騎士は少しの間考え込むと、問いかけてきた。
「それならば、我々と一緒に行きますか?」
「え……よろしいのですか?」
サフィニアは驚いて顔を上げた。その瞬間、騎士とサフィニアは初めて目が合う。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はアドニス。王宮騎士団の隊長を務めています」
「アドニス……様ですか?」
サフィニアは自分と同じ花の名を持つ青年に不思議な気持ちを抱いた。
「あなたのお名前は?」
「私はサ……」
言いかけて、サフィニアは言葉を飲み込んだ。
(王宮騎士団の人なら、名前を言えば気付かれてしまうかもしれないわ)
「私はソフィアと申します」
咄嗟に、あの時耳にした名を名乗る。
「ソフィアさん……素敵な名前ですね。では一緒に参りましょう。ご安心ください。我々が責任を持ってお守りしますので」
「ありがとうございます」
そのとき、サフィニアは声をかけられた。
「……本当に、ごめんなさい」
振り返るとサフィニアを奴隷商人に引き渡した、あの女性だった。彼女は涙を浮かべながら、声を震わせた。
「私……自分が助かりたいばかりに……あなたを奴隷商人に引き渡してしまって……」
「いいえ、それより早く、お母さんの元へ帰ってあげてください」
笑顔で言うと、女性の目から涙が溢れた。
「ありがとう……ありがとう……!」
彼女は騎士に連れられて去っていった。
他の女性たちも、サフィニアの元へと歩み寄り、それぞれに別れを告げた。
「あなたがいてくれて、本当に心強かった」
「ありがとう、どうか、あなたも幸せに」
「また、どこかで会えたら……」
サフィニアは微笑みながら、ひとりひとりに頷き……彼女たちは去って行った。
(私には帰る場所がない。でも――)
騎士団の馬車が動き出す。サフィニアはその後ろに続きながら、遠ざかる荷馬車を振り返った。
前方には馬にまたがったアドニス。
太陽に照らされ、輝く姿は……とても頼もしく見えた――
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