孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ連載中

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6-9 隠せない気品

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 アドニスが石造りの扉を開くと、騎士団施設の内部が明らかになった。

その造りは、サフィニアが知る屋敷とは違っていた。

広々とした廊下は機能性を重視した造りで、壁には剣や盾が整然と掛けられている。床は磨かれた石で、足音がよく響く。
壁の高いところに取り付けられた窓は、外の光を取り入れるためのものなのか、カーテンが取り付けられていない。

(ここが……騎士団の宿舎なのね)

サフィニアは歩きながら、物珍しそうに周囲を見渡した。
壁際には木製のベンチが並び、廊下の隅には大きな花瓶が置かれている。まるで修道院にも似た不思議な空間だった。

そのまま進んで行くと広間が見えていた。その一角に騎士たちの姿がある。彼らは談笑していたがアドニスの姿に気づくと、ぱっと顔を上げた。

「あ! 隊長じゃないですか」
「あれ? さっきの人ですよね?」
「どうしたんですか?」

視線が一斉にサフィニアへと向けられる。

「彼女は……」

アドニスが口を開くよりも早く、サフィニアは一歩前に出るとスカートの裾を持ち上げて丁寧に挨拶をした。

「申し遅れました。私は今日からこちらの施設でメイドとして働くことになりましたソフィアと申します。アドニス様から騎士団施設で働くメイドを探していると伺い、このたび声をかけていただきました」

その言葉に騎士たちは顔を見合わせ、怪訝そうな表情を浮かべた。

「え? メイドを探していた?」

「そんな話、初耳ですけど?」

「おい、誰か聞いてるか?」

「いや、俺も知らなかったぞ」

ざわめきが広がり、サフィニアは目を見開いた。

(え……? 本当はメイドなんて探していなかったの?)

「あ、あの‥…」

するとアドニスが慌てて騎士たちに声をかけた。

「そんなことより、さっき皆で城下町に飲みに行くって言ってたじゃないか。早く行ってきたらどうだ?」

「あ、はい」

「分かりました」

「行ってきます!」

「ソフィアさん、またね!」

騎士たちは賑やかに笑いながら、足早に施設を後にした。
その背中を見送ると、アドニスが背後から声をかけてきた。

「我々も行きましょうか?」

「はい。アドニス様」

再び二人は廊下を歩き始めた。
石造りの廊下に、足音が静かに響く。
サフィニアは前を歩くアドニスの背中を見つめながら、先ほどの騎士たちの会話を思い出していた。

(騎士の方たちは新しいメイドを探している話を知らなかったわ。でもどうして……? 本当はメイドなんて探していなかったの? もしかしてアドニス様は私を憐れんでメイドにしてくれたの? だけど、隊長の一存でメイドを雇うことが出来るものなの……?)

するとアドニスが振り返った。

「ソフィアさん、どうかしましたか? ひょっとして疲れましたか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうですか、なら良かった。でも無理しないで言ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

アドニスが気遣ってくれているのは良く分かった。だからサフィニアは尋ねたい言葉を飲み込むことにした。

(理由はどうあれ、今はアドニス様の好意に甘えさせていただきましょう……)

そう思いながら、サフィニアはアドニスの背を追った。

やがて、施設の奥へと進み、使用人たちが集う詰め所へと辿り着いた。
暖炉の火が揺れ、壁際には木の棚が並び、リネンや掃除道具が整然と収められている。

部屋の中央には10人前後のメイドとフットマンが集まっていた。
皆明らかにサフィニアより年上で、落ち着いた雰囲気を纏っている。

その中で灰色の髪をまとめた年配の女性――マーサが、アドニスに気づき、笑みを浮かべた。

「あら、アドニス様。詰め所に来るなんて珍しいですね。一体どうされたのですか? 後ろにいるその女の子は誰ですか?」

「奴隷商人に囚われてたところを助けたんだよ。行き場も無いと言うので連れてきたんだ。メイドとして働いてた経験があるって言うから、ここで雇うことにしたんだよ」

「奴隷商人」というアドニスの言葉に、使用人たちは騒めいた。
そこでサフィニアは一歩前へ出ると、スカートの裾を持ち上げ、深く礼をした。

「初めまして、私はソフィアと申します。これからメイドとして一生懸命働きますので、皆様どうぞよろしくお願いいたします」

その丁寧な言葉遣いは、品のある所作に使用人たちは目を見開く。

「……何て上品なメイドだろう」

「まるで貴族の娘みたい」

その言葉にサフィニアはドキリとする。

(また貴族みたいと言われてしまったわ。……普通に振舞うのって、難しいのね)

「本当はどこか貴族の姫なんじゃないの?」

フットマンの質問に、サフィニアは焦りながらも首を振った。

「そんなことありません。私はただの……普通のメイドですから」

笑顔で誤魔化すサフィニア。
 
その様子を、アドニスはもの言いたげな瞳でじっと見つめていた――
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