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6-30 町の案内人
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朝の眩しい光がカーテンの隙間から差し込み、サフィニアはゆっくりと目を覚ました。
「う……ん……」
(……ここは……私の部屋?)
まだ目覚めたばかりのぼんやりとした意識の中で、昨夜の記憶が断片的に蘇る。
庭で星空を眺めていたこと、アドニスとワインを飲んだこと。
「……っ!」
サフィニアは勢いよく身を起こし、周囲を見回す。
「私の部屋……? いつの間に……?」
確かにここは自分の部屋だ。
ベッドに寝かされていたことに気づき、さらに戸惑うサフィニア。
(まさか……昨夜、アドニス様が……?)
昨夜の記憶は曖昧だったが、揺られて部屋に運ばれた記憶が何となくおぼろげにある。
「とにかくまずは、マーサさんの処へ行かないと」
サフィニアは急いでメイド服に着替え、身支度を整えるとマーサの元へ向かった。
****
廊下を急ぎ足で駆けるようにして厨房へ入ると、マーサが朝食の準備をしていた。
「マーサさん、おはようございます」
「あら、おはよう。ソフィアちゃん。メイド服を着ているけど、今日は仕事が休みじゃなかったかしら? アドニス様からはすでに話を伺っているわ。セザール様の屋敷を訪ねたいのでしょう?」
「えっ……もうその話を御存知だったのですか? ですが、午後からはお仕事に戻ろうと思っていましたから。それで、あの……昨夜ですが……私、どうやって部屋に戻ったのか、お分かりでしょうか……?」
恐る遅る尋ねるとマーサは笑った。
「アドニス様が運んでくださったのよ。ソフィアちゃんが眠ってしまったからって、そっと抱き抱えて部屋までね」
「! ……そうだったんですね。私、アドニス様にご迷惑を……すぐに御挨拶に行ってまいります」
「ええ、行ってらっしゃい」
「はい」
返事をすると、サフィニアは急ぎ足でアドニスの執務室へ向かった――
****
「……」
アドニスの執務室の前にやって来たサフィニアは深呼吸すると、扉をノックした。
――コンコン
『どうぞ』
「失礼いたします……」
扉を開けるとアドニスは書類に目を通していたが、顔を上げて目を見開いた。
「なんだ、誰かと思えばソフィアさんか。おはよう」
いつもと変わらぬ笑顔で挨拶するアドニス。
「お、おはようございます。アドニス様、昨夜は……本当に申し訳ありませんでした。私としたことが、ベンチで眠ってしまって……ご迷惑をおかけしてしまいました」
アドニスは笑顔で首を振った。
「気にすることはないよ。でも眠れたようで良かった」
「はい……おかげさまで良く眠ることが出来ました。それで本日ですが……」
「分かってるよ。セザールの屋敷まで行くんだろう? 場所は知ってるのかい?」
「……いえ、場所までは……なので、住所を教えていただけないでしょうか?」
「じゃあ、僕が連れて行こう。馬で行けばすぐだよ」
その提案に驚くサフィニア。
「えっ……で、でも。いくら何でもそれは……。お仕事だってありますよね?」
「遠慮しなくていいさ。昨夜の話を聞いたときから、送ってあげようと思っていたんだ。ちょうど急ぎの仕事は終わったところだし」
アドニスは机の上の書類を束ねた。
「でもご迷惑では……」
「いや、一人で出かけて道に迷ったりする方が心配だから。10時になったら出掛けよう。門のところで待ってるから」
「……ありがとうございます。では後程、よろしくお願いいたします」
半ば強引に押し切られる形で、サフィニアは頷いた――
****
――10時
屋敷の前に出ると、アドニスがすでに馬を用意していた。白銀の毛並みが美しい馬で、鞍もつけられている。
(え? ま、まさか……馬に直接乗るの?)
馬車には乗ったことがあるものの、まだ一度も馬に直接乗ったことが無いサフィニアは気後れした。
「よし、それでは出掛けようか……うん? どうかしたのかい?」
サフィニアの様子がおかしいことに気付き、アドニスは声をかけた。
「あの、実は私……馬車には乗ったことがあるのですが、馬に直接乗るのは初めてなもので」
「大丈夫。俺は馬の扱いには慣れてるから、怖がらなくていいよ。それじゃ乗ろう」
アドニスはサフィニアの手を取って、鞍の上に乗せた。
高い視点に少し怯えながらも、アドニスの手がしっかりと支えてくれているので、サフィニアに安心感をもたらしてくれる。
「……高いですね」
「風景がよく見えるだろう? 港町の朝は美しいよ」
アドニスが馬にまたがり、背後からしっかり支える。その瞬間、ふわりと香りが漂った。
(……この香り……セザールとは違うわ)
潮風に混じって、柑橘系でどこか落ち着いた香り。サフィニアは思わず胸元に手を添え、鼓動が少しだけ速くなっていることに気づくのだった――
****
馬がゆっくりと歩き出す。朝の光が街並みに差し込んでいる。アドニスはサフィニアに町の説明をしていた。
「見えるかい? あそこが『潮風の市場』。朝は魚の競りで賑やかだけど、午後になると屋台が並ぶんだ。特に甘いお菓子が売っている屋台が多くてね。港なのにおかしいだろう?」
「ふふ……確かにおかしいですね」
サフィニアは笑顔になる。
「その先にあるのが『風見の塔』。風向きによって鐘の音が変わるんだ。恋人たちが告白する時に、鐘が鳴ると成功するって噂があるよ」
「……面白いですね」
(アドニス様は試したことがあるのかしら)
すると、まるでサフィニアの心を見透かしたかのようにアドニスは言った。
「尤も俺はまだ試したことないけどね」
「そ、そうなのですね?」
ドキリとしながら返事をするサフィニア。
「港の方に見えるのが『跳ね橋』。昔、酔っぱらった兵士が馬で飛び越えようとして落ちたって話がある。……俺じゃないからね?」
サフィニアは吹き出しそうになりながら、口元を押さえた。
(アドニス様って、楽しい人なのね……)
その後もアドニスの楽しい案内は続き、やがてセザール邸が見えてきた。
石造りの立派な屋敷が、朝の光に包まれて静かに佇んでいる。
(あそこにレオンさんがいるのね……)
サフィニアは屋敷の門へと視線を向けた――
「う……ん……」
(……ここは……私の部屋?)
まだ目覚めたばかりのぼんやりとした意識の中で、昨夜の記憶が断片的に蘇る。
庭で星空を眺めていたこと、アドニスとワインを飲んだこと。
「……っ!」
サフィニアは勢いよく身を起こし、周囲を見回す。
「私の部屋……? いつの間に……?」
確かにここは自分の部屋だ。
ベッドに寝かされていたことに気づき、さらに戸惑うサフィニア。
(まさか……昨夜、アドニス様が……?)
昨夜の記憶は曖昧だったが、揺られて部屋に運ばれた記憶が何となくおぼろげにある。
「とにかくまずは、マーサさんの処へ行かないと」
サフィニアは急いでメイド服に着替え、身支度を整えるとマーサの元へ向かった。
****
廊下を急ぎ足で駆けるようにして厨房へ入ると、マーサが朝食の準備をしていた。
「マーサさん、おはようございます」
「あら、おはよう。ソフィアちゃん。メイド服を着ているけど、今日は仕事が休みじゃなかったかしら? アドニス様からはすでに話を伺っているわ。セザール様の屋敷を訪ねたいのでしょう?」
「えっ……もうその話を御存知だったのですか? ですが、午後からはお仕事に戻ろうと思っていましたから。それで、あの……昨夜ですが……私、どうやって部屋に戻ったのか、お分かりでしょうか……?」
恐る遅る尋ねるとマーサは笑った。
「アドニス様が運んでくださったのよ。ソフィアちゃんが眠ってしまったからって、そっと抱き抱えて部屋までね」
「! ……そうだったんですね。私、アドニス様にご迷惑を……すぐに御挨拶に行ってまいります」
「ええ、行ってらっしゃい」
「はい」
返事をすると、サフィニアは急ぎ足でアドニスの執務室へ向かった――
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「……」
アドニスの執務室の前にやって来たサフィニアは深呼吸すると、扉をノックした。
――コンコン
『どうぞ』
「失礼いたします……」
扉を開けるとアドニスは書類に目を通していたが、顔を上げて目を見開いた。
「なんだ、誰かと思えばソフィアさんか。おはよう」
いつもと変わらぬ笑顔で挨拶するアドニス。
「お、おはようございます。アドニス様、昨夜は……本当に申し訳ありませんでした。私としたことが、ベンチで眠ってしまって……ご迷惑をおかけしてしまいました」
アドニスは笑顔で首を振った。
「気にすることはないよ。でも眠れたようで良かった」
「はい……おかげさまで良く眠ることが出来ました。それで本日ですが……」
「分かってるよ。セザールの屋敷まで行くんだろう? 場所は知ってるのかい?」
「……いえ、場所までは……なので、住所を教えていただけないでしょうか?」
「じゃあ、僕が連れて行こう。馬で行けばすぐだよ」
その提案に驚くサフィニア。
「えっ……で、でも。いくら何でもそれは……。お仕事だってありますよね?」
「遠慮しなくていいさ。昨夜の話を聞いたときから、送ってあげようと思っていたんだ。ちょうど急ぎの仕事は終わったところだし」
アドニスは机の上の書類を束ねた。
「でもご迷惑では……」
「いや、一人で出かけて道に迷ったりする方が心配だから。10時になったら出掛けよう。門のところで待ってるから」
「……ありがとうございます。では後程、よろしくお願いいたします」
半ば強引に押し切られる形で、サフィニアは頷いた――
****
――10時
屋敷の前に出ると、アドニスがすでに馬を用意していた。白銀の毛並みが美しい馬で、鞍もつけられている。
(え? ま、まさか……馬に直接乗るの?)
馬車には乗ったことがあるものの、まだ一度も馬に直接乗ったことが無いサフィニアは気後れした。
「よし、それでは出掛けようか……うん? どうかしたのかい?」
サフィニアの様子がおかしいことに気付き、アドニスは声をかけた。
「あの、実は私……馬車には乗ったことがあるのですが、馬に直接乗るのは初めてなもので」
「大丈夫。俺は馬の扱いには慣れてるから、怖がらなくていいよ。それじゃ乗ろう」
アドニスはサフィニアの手を取って、鞍の上に乗せた。
高い視点に少し怯えながらも、アドニスの手がしっかりと支えてくれているので、サフィニアに安心感をもたらしてくれる。
「……高いですね」
「風景がよく見えるだろう? 港町の朝は美しいよ」
アドニスが馬にまたがり、背後からしっかり支える。その瞬間、ふわりと香りが漂った。
(……この香り……セザールとは違うわ)
潮風に混じって、柑橘系でどこか落ち着いた香り。サフィニアは思わず胸元に手を添え、鼓動が少しだけ速くなっていることに気づくのだった――
****
馬がゆっくりと歩き出す。朝の光が街並みに差し込んでいる。アドニスはサフィニアに町の説明をしていた。
「見えるかい? あそこが『潮風の市場』。朝は魚の競りで賑やかだけど、午後になると屋台が並ぶんだ。特に甘いお菓子が売っている屋台が多くてね。港なのにおかしいだろう?」
「ふふ……確かにおかしいですね」
サフィニアは笑顔になる。
「その先にあるのが『風見の塔』。風向きによって鐘の音が変わるんだ。恋人たちが告白する時に、鐘が鳴ると成功するって噂があるよ」
「……面白いですね」
(アドニス様は試したことがあるのかしら)
すると、まるでサフィニアの心を見透かしたかのようにアドニスは言った。
「尤も俺はまだ試したことないけどね」
「そ、そうなのですね?」
ドキリとしながら返事をするサフィニア。
「港の方に見えるのが『跳ね橋』。昔、酔っぱらった兵士が馬で飛び越えようとして落ちたって話がある。……俺じゃないからね?」
サフィニアは吹き出しそうになりながら、口元を押さえた。
(アドニス様って、楽しい人なのね……)
その後もアドニスの楽しい案内は続き、やがてセザール邸が見えてきた。
石造りの立派な屋敷が、朝の光に包まれて静かに佇んでいる。
(あそこにレオンさんがいるのね……)
サフィニアは屋敷の門へと視線を向けた――
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