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6-31 偽名の庭先
「着いたよ、降りよう」
アドニスは馬を止めると地面に降り立ち、サフィニアに両手を差し伸べた。
「ソフィアさん、おいで」
「は、はい……」
おいでと言われ、サフィニアは危く顔が赤くなりそうになった。今までそんなふうにサフィニアを呼んだのは、母のローズだけだったからだ。
アドニスの腕に身体を預けると、軽々と抱き上げられてフワリと地面に降ろされる。
石畳の上に降り立った瞬間、サフィニアは軽く息を吐いた。
「ありがとうございます、アドニス様。お忙しいところ送っていただいき、感謝申し上げます。帰りは私一人で大丈夫ですので」
サフィニアは丁寧に頭を下げる。
けれどアドニスは、少しだけ眉を寄せた。
「い、いや……しかし……」
するとその言葉を遮るように、屋敷の扉が開いて笑顔のセザールが姿を現した。
「おはよう、ソフィア。突然訪ねてきたから驚いたよ」
芝居がかった口調にサフィニアはすぐに察した。
(アドニス様が一緒だから、セザールは演技してくれているのね)
セザールはサフィニアが頼んでいた通り、「ソフィア」と呼び、言葉遣いも変えてくれている。
次にセザールはアドニスに視線を向けた。
「アドニス様まで御一緒だったのですね」
「ああ。ソフィアさんが、ここへ来たいと言っていたから連れてきたんだ」
「ありがとうございます。帰りのことは、ご安心ください。ソフィアさんは僕がしっかり送り届けますから」
セザールの言葉にアドニスは目をぱちぱちと瞬かせた。
「……え?」
その反応に、セザールはアドニスの気持ちを察した。
「そうだ、アドニス様。折角ここまで来ていただいたのですから、よろしければ僕と二人で、お茶でも飲んで行かれますか?」
「二人で」という言葉に、サフィニアは思わずセザールを見上げた。
「い、いや。騎士たちの訓練があるから、俺はここで失礼させていただくよ。それじゃ、セザール。……帰りはソフィアさんをよろしく」
「はい、お任せください」
頷くセザール。
「アドニス様、ここまで連れてきていただき、ありがとうございます」
サフィニアは再び礼を述べた。
「それじゃあ、俺は帰るよ」
アドニスは再び馬にまたがると手を振って遠ざかって行った。
二人は並んでその背を見送り……サフィニアはポツリと感謝の言葉を口にした。
「……ありがとう、セザール」
「いいえ。恐らくアドニス様は一緒に話を聞きたかったのかもしれませんが……それでは、レオンさんとお話ししにくいでしょうからね。でも、いつまで内緒にしているおつもりですか?」
サフィニアは答えられずに俯くと、セザールが慌てる。
「……あ……申し訳ございません。僕は別に、サフィニア様を責めているわけでは……」
「大丈夫よ。そんなふうに思ってはいないから」
(この世には、言葉にしてしまえば壊れてしまいそうな関係があるわ……。だからこそ……)
「でも王宮騎士団施設では、ただの『ソフィア』でいたいの。だって……ノルディア王国の公女サフィニアは、湖の事故で死んだことになっているから……」
その声は酷く寂しげだった。
「サフィニア様……」
セザールが呼びかけると、サフィニアは顔を上げた。
「でも、セザールから『サフィニア』と呼んでもらえるのは嬉しいわ。だって、この名前は……お母様がつけてくれた、大切な名前だもの。完全に捨てるなんてこと、出来ないわ」
「……そうですね」
セザールは頷きながら、サフィニアの美しい緑色の瞳を見つめた。
その時、背後から声がかけられた。
「……サフィニア様」
「!」
サフィニアは驚いて振り向いた。そこには、切羽詰まったような表情のレオンが立っていた。
「レオンさん……」
サフィニアの声が震える。
「私、レオンさんにお話したいことがあって会いに来ました」
「はい……」
返事をするレオンの顔は、酷く悲しげだった。
まるで……言葉にできない想いを胸に抱えているかのように――
アドニスは馬を止めると地面に降り立ち、サフィニアに両手を差し伸べた。
「ソフィアさん、おいで」
「は、はい……」
おいでと言われ、サフィニアは危く顔が赤くなりそうになった。今までそんなふうにサフィニアを呼んだのは、母のローズだけだったからだ。
アドニスの腕に身体を預けると、軽々と抱き上げられてフワリと地面に降ろされる。
石畳の上に降り立った瞬間、サフィニアは軽く息を吐いた。
「ありがとうございます、アドニス様。お忙しいところ送っていただいき、感謝申し上げます。帰りは私一人で大丈夫ですので」
サフィニアは丁寧に頭を下げる。
けれどアドニスは、少しだけ眉を寄せた。
「い、いや……しかし……」
するとその言葉を遮るように、屋敷の扉が開いて笑顔のセザールが姿を現した。
「おはよう、ソフィア。突然訪ねてきたから驚いたよ」
芝居がかった口調にサフィニアはすぐに察した。
(アドニス様が一緒だから、セザールは演技してくれているのね)
セザールはサフィニアが頼んでいた通り、「ソフィア」と呼び、言葉遣いも変えてくれている。
次にセザールはアドニスに視線を向けた。
「アドニス様まで御一緒だったのですね」
「ああ。ソフィアさんが、ここへ来たいと言っていたから連れてきたんだ」
「ありがとうございます。帰りのことは、ご安心ください。ソフィアさんは僕がしっかり送り届けますから」
セザールの言葉にアドニスは目をぱちぱちと瞬かせた。
「……え?」
その反応に、セザールはアドニスの気持ちを察した。
「そうだ、アドニス様。折角ここまで来ていただいたのですから、よろしければ僕と二人で、お茶でも飲んで行かれますか?」
「二人で」という言葉に、サフィニアは思わずセザールを見上げた。
「い、いや。騎士たちの訓練があるから、俺はここで失礼させていただくよ。それじゃ、セザール。……帰りはソフィアさんをよろしく」
「はい、お任せください」
頷くセザール。
「アドニス様、ここまで連れてきていただき、ありがとうございます」
サフィニアは再び礼を述べた。
「それじゃあ、俺は帰るよ」
アドニスは再び馬にまたがると手を振って遠ざかって行った。
二人は並んでその背を見送り……サフィニアはポツリと感謝の言葉を口にした。
「……ありがとう、セザール」
「いいえ。恐らくアドニス様は一緒に話を聞きたかったのかもしれませんが……それでは、レオンさんとお話ししにくいでしょうからね。でも、いつまで内緒にしているおつもりですか?」
サフィニアは答えられずに俯くと、セザールが慌てる。
「……あ……申し訳ございません。僕は別に、サフィニア様を責めているわけでは……」
「大丈夫よ。そんなふうに思ってはいないから」
(この世には、言葉にしてしまえば壊れてしまいそうな関係があるわ……。だからこそ……)
「でも王宮騎士団施設では、ただの『ソフィア』でいたいの。だって……ノルディア王国の公女サフィニアは、湖の事故で死んだことになっているから……」
その声は酷く寂しげだった。
「サフィニア様……」
セザールが呼びかけると、サフィニアは顔を上げた。
「でも、セザールから『サフィニア』と呼んでもらえるのは嬉しいわ。だって、この名前は……お母様がつけてくれた、大切な名前だもの。完全に捨てるなんてこと、出来ないわ」
「……そうですね」
セザールは頷きながら、サフィニアの美しい緑色の瞳を見つめた。
その時、背後から声がかけられた。
「……サフィニア様」
「!」
サフィニアは驚いて振り向いた。そこには、切羽詰まったような表情のレオンが立っていた。
「レオンさん……」
サフィニアの声が震える。
「私、レオンさんにお話したいことがあって会いに来ました」
「はい……」
返事をするレオンの顔は、酷く悲しげだった。
まるで……言葉にできない想いを胸に抱えているかのように――
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