孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ連載中

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7-13 バネッサの罠

――翌日の正午過ぎ。

王宮騎士団施設の庭には、冬の陽射しが斜めに差し込んでいた。

南風が吹く王都とはいえ、12月の空気は冷たい。
木々の葉もすっかり落ちている。

庭ではサフィニアが一人、落ち葉を箒で履いていた。

その様子を建物の陰からバネッサがじっと見つめている。
瞳には、獲物を狙うような光が宿っていた。
以前からサフィニアの動向を探っていたバネッサは、この時間なら一人で庭にいることを知っていたのだ。

バネッサの口元に不敵な笑みが浮かぶ。

「今がチャンスね」

そう呟くと、バネッサは物陰から大げさな様子で飛び出した。

「あなた、ここのメイドね?」

突然の声にサフィニアは驚いて顔を上げる。

「は、はい。そうですけど……」

バネッサは息を切らしたふりをしながら、焦った様子で訴える。

「実は……エリーゼ様が王宮騎士団施設の森に、野鳥の観察に行きたいとおっしゃったのよ。そこで一緒に森へ入ったのに、途中ではぐれてしまったの。お願い、私と一緒に森へ捜しに行ってもらえないかしら?」

「えっ……エリーゼ様が?」

サフィニアは目を見開き、すぐに頷いた。

「分かりました。お手伝いいたします」

「良かった……なら、一緒に来てくれる?」

「はい」

急ぎ足で森へ入っていくエリーゼの後をサフィニアは何の何の疑いもなく、ついて行った――


****


ザッ
ザッ
ザッ……

落ち葉を踏みしめながら二人は森の奥へと進んでいく。

「エリーゼ様とは、どの辺ではぐれたのですか?」

後方からサフィニアが尋ねると、バネッサは振り返らずに答えた。

「もう少し奥の方よ。小さな池の近くで突然姿が見えなくなってしまったの。もう心配でたまらなくて」

「そうなのですね……。お怪我などされていなければよいのですが……」

サフィニアは心配そうに眉をひそめた。
その様子をバネッサは横目でちらりと見る。

(本当に……どこまでもお人好しね)

バネッサの口元に、うっすらと冷たい笑みが浮かぶ。



 やがて二人は落とし穴のある場所へとやってきた。

「この辺りでエリーゼ様の姿が見えなくなったのよ。貴女は向こうを探してもらえる?」

バネッサが指差した先には、昨日掘らせた落とし穴がある。
落ち葉が丁寧に敷き詰められ、地面と見分けがつかないほど巧妙に隠されていた。

「はい、分かりました」

サフィニアは素直に頷き、バネッサの示した方向へと足を進ませ……。

ズズッ!

「きゃっ……!」

突然足元の地面が崩れ、サフィニアの身体が吸い込まれるように底に沈んだ。

ドサッ!

乾いた落ち葉が宙を舞い、土埃が立ち上る。

落ち葉が厚く敷き詰められた底に、サフィニアの身体は落ちてしまった。
幸いなことに落下の衝撃は和らいだのだが……。

「……っ、痛っ……!」

落ちる拍子に右足首をひねってしまった。
鋭い痛みが走り、思わず顔をしかめる。

「な、何……? これは一体……」

茫然と見上げた先には、穴の縁から不敵な笑顔で覗き込むバネッサの姿があった。
その顔には、もはや取り繕う気配すらない。

「フフフ……うまくいったわね」

「あ、あの……?」

声を震わせるサフィニア。
するとバネッサは冷ややかに言い放つ。

「せいぜい、そこで自分の過ちを悔やむことね。私の大切なご主人様を苦しめた罰よ」

「え……?」

サフィニアの身体から血の気が引いていく。

「おまえがアドニス様に近づいたせいで、エリーゼ様がどれだけ傷ついたか……。おまえのような身分の者が分をわきまえずに振る舞うから、こんなことになるのよ」

憎しみを込めた目で睨みつけるバネッサ。
ここで初めてサフィニアは自分が騙されたとことに気付いた。

「お願いです……出してください……!」

必死に訴えるサフィニア。

「誰にも見つからない場所を選んだのよ。おまえがどれだけ叫んでも、誰も来ないわ。……運が良ければ誰かに発見してもらえるでしょう。尤もそんなことは無いと思うけどね」

その声はどこか嬉しそうだった。

「そ、そんな……!」

「さよなら。せいぜいそこで怯えて震えているがいいわ」

さよならという言葉に、サフィニアの顔が青ざめる。

バネッサは最後に妖艶な笑みを浮かべると踵を返し、去って行った。

「ま、待ってください! お願いです! どうかここから出してください!」

遠ざかって行く足音を聞きながらサフィニアは必死で叫んだ。
だが返ってくるのは、森の木々のざわめきだけ。

小柄なサフィニアにとって落とし穴はとても深く、地上は遥か遠くに感じられた。

「誰かー! 助けてー!」

声が枯れるまで叫び続けた。
けれど……誰の足音も、返事も聞こえない。

「お、お願い……誰か……」

もう、これ以上助けを呼ぶことは出来なかった。
とうとうサフィニアは膝を抱え、穴の底に座り込んだ。

右足首は腫れ始め、じんじんと痛む。
風で木々がざわめき、落ち葉が舞う。

南風が吹く王都とはいえ、今は12月。
そしてここは、陽の届かぬ冷たい森の中。


(私は……こんなに恨まれるほど、エリーゼ様を追い詰めてしまったのね……)

自分の行動が誰かを傷つけたのだと、そう思わずにはいられなかった。

(誰か……助けて……)

どんどん薄暗くなっていく森の中で、サフィニアは寒さと恐怖にただ震えていた――
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