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8-2 銀髪の記憶
アドニスが出立し、1週間ほどが経過していた。
王宮の一室にいるエリーゼはアドニス不在により、すっかりふさぎ込んでいた。
「アドニス様……どうして私に何も告げずに行ってしまったの……?」
日に日にやつれていくエリーゼ。
頬はやつれ、瞳はうつろだ。
バネッサはエリーゼを元気づける為に、近衛兵の監視の下で王宮図書館に行っている。
落ち込んでいるエリーゼの姿を、アルマンは扉の外から密かに見つめていた。
「これはマズイ……娘の為に動かなければ」
アルマンは部屋の扉をそっと閉めると、国王の執務室へ向かった――
****
「陛下、もうかれこれアドニス様が不在になられて一週間が経過します。一体どちらへ行かれたのです?」
執務室に入るや否や、アルマンは国王に問い詰める。
「それが、実は私も何も聞かされていないのだ。自室に書置きはあったが、友人と所用で暫くの間出かけてくるとしか書かれていなかった。どこへ行ったかは聞いていないのだ。むしろ宰相が知っているかと思っていたくらいだ」
国王は重々しく首を振った。
「そうですか……なら、陛下。アドニス様が不在の今こそ、我が娘エリーゼとの婚約話を進めていただきたい」
「しかし、いくら宰相の頼みとはいえ、本人がいないのに……勝手に進めるわけには……」
難色を示す国王に、更に宰相は追い打ちをかける。
「何を仰っているのです。陛下がいるではありませんか。王命だと決めてしまえば良いだけのことです。この国で身分を考えれば、誰が一番アドニス様の妻にふさわしいかは明らかでしょう。娘が不安定なのもアドニス様が不在だからです。ですが婚約をしてしまえば、それが安心の材料となり娘は落ち着くはずです」
「しかし……やはりそれは……。第一、口には出さないが……どうやらアドニスは思いを寄せている人物がいるようなのだ」
「陛下! それは恐らく銀髪のメイドのことに違いありません! でもいいですか? 相手の身分は……」
しかし、宰相の言葉に国王の顔色が変わった。
「銀髪……? 今、銀髪と申したか?」
「はい、そうですが……あ!」
国王の様子に宰相の顔色も変わる。
「と、とにかくエリーゼとの婚約の話を進める方向で考えてください。仕事がまだ残っておりますので、失礼いたします」
アルマンは慌てて会釈すると、足早に執務室を後にした。
(そうだ……! なぜ今まで考えもしなかったのだろう。 銀髪のメイド……これは直に会いに行き、この目で確かめなければ……!)
アルマンは下唇を強く噛み締めた。
****
――王宮騎士団施設
温かな午後の日差しが差す中庭に、サフィニアの姿があった。
サフィニアは庭の焚火の前に座り、火の番をしている。
足の怪我はだいぶ良くなっていたが、まだ杖がなければ歩くのは辛かった。
焚火の炎の上には小さな鉄鍋が置かれ、枝を詰めて炭を作っている。
その横には網に広げられた薬草が吊るされていた。
サフィニアはエプロンを縫いながら、時折火の様子を見て枝を足していた。
「……これなら、座ったままでも役に立てるわ」
そう呟いた時――
「こんにちは。サフィ……い、いえ。ソフィアさん、足の具合はいかがですか?」
木の葉を踏みしめながら、笑顔のレオンが現れた。
「まぁ……レオンさん。どうして私が足を怪我したことを知っているんですか?」
「はい、セザール様に聞きました」
「セザール……さんから?」
王宮騎士団施設内のため、あえて「さん」と呼ぶサフィニア。
「そういえば、最近姿を見ていないけど……アドニス様がいないからかしら」
「……」
レオンはその問いに答えず、黙って焚火を見つめ……枯葉が残り少ないことに気付いた。
「そろそろ枯葉が無くなりそうですね。僕、集めて持ってきますね」
「ありがとうございます、レオンさん」
レオンが去っていくとそこを見計らったかのように、1人の人物が現れた。
「こんにちは」
栗毛色の髪に青い瞳。
金糸の刺繍が施された濃紺の上着に、裾の長いマントが風に揺れていた。
年のころはサフィニアの父親に近い。
慌てて立ち上がろうとすると、紳士は止めた。
「あぁ、無理に立つことは無いよ。足を怪我しているのだろう?」
傍らの松葉杖を指さした。
「ご配慮、感謝申し上げます。ご機嫌麗しゅう存じ上げます」
丁寧に会釈するサフィニア。
見たことも無い立派な身なりの紳士に、サフィニアは緊張しながら挨拶をした。
「君はここのメイドかね?」
優しげな表情で笑みを浮かべながら、紳士は話を続ける。
「はい、そうですが……」
「ひょっとして、ソフィアという名前かな?」
「はい」
何故名前を知っているのだろうと訝しく思いながら返事をする。
「そうか、君がソフィアか。会えてよかった。私はアルマンという者だ。エリーゼの父で、宰相を務めている」
「え……?」
エリーゼの父と聞き、サフィニアは驚きで目を見開く。
「ソフィア。私の話を聞いてくれないか?」
アルマンは口元に笑みを浮かべ、焚火の赤い光に照らされながらサフィニアを見つめた――
王宮の一室にいるエリーゼはアドニス不在により、すっかりふさぎ込んでいた。
「アドニス様……どうして私に何も告げずに行ってしまったの……?」
日に日にやつれていくエリーゼ。
頬はやつれ、瞳はうつろだ。
バネッサはエリーゼを元気づける為に、近衛兵の監視の下で王宮図書館に行っている。
落ち込んでいるエリーゼの姿を、アルマンは扉の外から密かに見つめていた。
「これはマズイ……娘の為に動かなければ」
アルマンは部屋の扉をそっと閉めると、国王の執務室へ向かった――
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「陛下、もうかれこれアドニス様が不在になられて一週間が経過します。一体どちらへ行かれたのです?」
執務室に入るや否や、アルマンは国王に問い詰める。
「それが、実は私も何も聞かされていないのだ。自室に書置きはあったが、友人と所用で暫くの間出かけてくるとしか書かれていなかった。どこへ行ったかは聞いていないのだ。むしろ宰相が知っているかと思っていたくらいだ」
国王は重々しく首を振った。
「そうですか……なら、陛下。アドニス様が不在の今こそ、我が娘エリーゼとの婚約話を進めていただきたい」
「しかし、いくら宰相の頼みとはいえ、本人がいないのに……勝手に進めるわけには……」
難色を示す国王に、更に宰相は追い打ちをかける。
「何を仰っているのです。陛下がいるではありませんか。王命だと決めてしまえば良いだけのことです。この国で身分を考えれば、誰が一番アドニス様の妻にふさわしいかは明らかでしょう。娘が不安定なのもアドニス様が不在だからです。ですが婚約をしてしまえば、それが安心の材料となり娘は落ち着くはずです」
「しかし……やはりそれは……。第一、口には出さないが……どうやらアドニスは思いを寄せている人物がいるようなのだ」
「陛下! それは恐らく銀髪のメイドのことに違いありません! でもいいですか? 相手の身分は……」
しかし、宰相の言葉に国王の顔色が変わった。
「銀髪……? 今、銀髪と申したか?」
「はい、そうですが……あ!」
国王の様子に宰相の顔色も変わる。
「と、とにかくエリーゼとの婚約の話を進める方向で考えてください。仕事がまだ残っておりますので、失礼いたします」
アルマンは慌てて会釈すると、足早に執務室を後にした。
(そうだ……! なぜ今まで考えもしなかったのだろう。 銀髪のメイド……これは直に会いに行き、この目で確かめなければ……!)
アルマンは下唇を強く噛み締めた。
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――王宮騎士団施設
温かな午後の日差しが差す中庭に、サフィニアの姿があった。
サフィニアは庭の焚火の前に座り、火の番をしている。
足の怪我はだいぶ良くなっていたが、まだ杖がなければ歩くのは辛かった。
焚火の炎の上には小さな鉄鍋が置かれ、枝を詰めて炭を作っている。
その横には網に広げられた薬草が吊るされていた。
サフィニアはエプロンを縫いながら、時折火の様子を見て枝を足していた。
「……これなら、座ったままでも役に立てるわ」
そう呟いた時――
「こんにちは。サフィ……い、いえ。ソフィアさん、足の具合はいかがですか?」
木の葉を踏みしめながら、笑顔のレオンが現れた。
「まぁ……レオンさん。どうして私が足を怪我したことを知っているんですか?」
「はい、セザール様に聞きました」
「セザール……さんから?」
王宮騎士団施設内のため、あえて「さん」と呼ぶサフィニア。
「そういえば、最近姿を見ていないけど……アドニス様がいないからかしら」
「……」
レオンはその問いに答えず、黙って焚火を見つめ……枯葉が残り少ないことに気付いた。
「そろそろ枯葉が無くなりそうですね。僕、集めて持ってきますね」
「ありがとうございます、レオンさん」
レオンが去っていくとそこを見計らったかのように、1人の人物が現れた。
「こんにちは」
栗毛色の髪に青い瞳。
金糸の刺繍が施された濃紺の上着に、裾の長いマントが風に揺れていた。
年のころはサフィニアの父親に近い。
慌てて立ち上がろうとすると、紳士は止めた。
「あぁ、無理に立つことは無いよ。足を怪我しているのだろう?」
傍らの松葉杖を指さした。
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「君はここのメイドかね?」
優しげな表情で笑みを浮かべながら、紳士は話を続ける。
「はい、そうですが……」
「ひょっとして、ソフィアという名前かな?」
「はい」
何故名前を知っているのだろうと訝しく思いながら返事をする。
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「え……?」
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