孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ連載中

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11-19 語られた過去 3

「あの事件とは、一体何ですか?」

アドニスが緊張の趣で尋ねると、
セレウスは窓辺に視線を向けた。
窓の外には城下町と、
青く美しい海が広がっている。

「……あれは、初夏の出来事だった。
明け方、何やら部屋の外が騒がしくなり、
私は目が覚めてしまった。
廊下に出てみると使用人たちが
騒いでいてな。
一体何事だと尋ねると、侍女の一人が震えながら
『ナディア様のお部屋がもぬけの殻です』
と告げてきたのだ」

「まさか……?」

サフィニアが小さく息を飲む。

「……あぁ、そうだ。
ナディアはエリアスと駆け落ちを決行したのだ。
私は瞬時にそのことに気付いた。
何しろ翌月には『ミレア』王国の
王太子と顔合わせの予定が入っていたからな」

セレウスはチラリとアドニスを見る。

「それで、その後はどうしたのです?」

「私はすぐにナディアを追うよう
騎士たちに命じた。
そして港に停泊している船は
すべて捜索しろとな。
森を抜けた先にあるのは港町だけだ。
逃げ道を断つには、それしかなかった」

アドニスは神妙な面持ちで
話を聞いている。

「森で二人を視認したという報告が入ったのは、
それからすぐのことだ。
エリアスはナディアを抱えたまま
馬を走らせていたらしい。
距離はかなりあったと聞いている」

セレウスは苦々しげに眉を寄せた。

「そこで一人の騎士が愚かにも矢を放った。
その直後、エリアスの身体がわずかに
よろめいたと報告があった」

「!」

サフィニアが息を呑む。

「そ、それで……? 
その男性とナディア王女は……」

尋ねるサフィニアの声は震えている。

「騎士の一人が『やったぞ!』と叫んだらしい。
だが、別の騎士が怒鳴り返した。
王女に当たったらどうするつもりだ!と」

「確かに、そうですね……」

アドニスがポツリと呟く。

「だが、結局騎士たちは
追いつけなかったのだ。
森の中では速度を出せず、
距離は縮まらなかったそうだ。
騎士たちはナディアから後れを取って
港に到着した」

身を乗り出すアドニス。

「それで、港には……?」

「三隻の船が停泊していた。
騎士たちは船員たちを甲板に集め、
船室から荷物の隅々まで
くまなく捜索したのだが……
二人の姿は、どこにもなかった。
船員の名簿にも、乗客の記録にも」

「そんな……」

サフィニアがポツリと口にする。

「それらしい者は一人もいなかった。
倉庫も、路地裏も。
港の外れまで探したが……
結局、何も見つからなかった」

「……港まで押さえていたのに……ですか?」

首を傾げるアドニス。

「そうだ。逃げ道は港しかないはずだった。
だが、二人はそこから忽然と姿を消した。
私は城でその報告を受け、理解できずにいた。
何故そこまでしてナディアは
『駆け落ち』という強硬手段に出たのか」

セレウスは苦い表情で続ける。

「国王だった父は激怒し、
『もうこれでミレア王国との関係は終わった。
ナディアは勘当だ!』と言い切った。
だが私は……どうしてもナディアが
駆け落ちした理由を知りたかった。
そこで何か手掛かりが無いかと
ナディアの部屋へもう一度向かったのだ」

「それで……?」

アドニスが先を促す。

「すると、青ざめた顔の侍女が待っていた。
侍女はナディア様が駆け落ちした理由に
心当たりがあると言ってきたのだ」

「心当たり……ですぁ?」

慎重に尋ねるサフィニア。

「……あぁ。
もう、そなたも分かっているだろう。
ナディアはお腹に子を宿していたのだ。
そなたの母をな。
部屋には自らが用意した布おむつが
用意されていた。それを置いてくとは……
よほど切羽詰まっていたのだろう」

サフィニアとアドニスの表情に緊張が走る。

「……それ以来、我らは完全に
ナディアの手掛かりもエリアスの
手掛かりも失った。
何しろ父は『ミレア王国との関係を壊した娘は、
もう娘ではない』とすっぱり
切り捨ててしまったからな」

「……」

サフィニアは、もう言葉を失っていた。

「ナディアの手掛かりが何も得られないまま
時は流れ……今では私も隠居する身となった。
今日まで、いつかナディアに会える日を
願っていたのだが……そなたの境遇を聞く限り
ナディアはもう、この世にはいないのだろう?」

セレウスは悲しげな瞳で
サフィニアをじっと見つめた――
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