孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

文字の大きさ
31 / 214

1-29 怪我の治療

しおりを挟む
 サフィニアを抱きかかえたセザールは医務室へ駈け込んで来た。

「すみません! 先生! 怪我人です! すぐに診て下さい!」

「え? 怪我人だって?」

主治医である初老の男性は眼鏡をクイッと上げてセザールを見つめる。

「何だ、セザールじゃないか。怪我人とは、その女の子のことかい?」

「はい、そうです」

セザールに抱きかかえられているサフィニアは青ざめた顔で医師を見上げた。

「では、そこの椅子に座らせてあげなさい」

医師が丸椅子を指さしたので、セザールはサフィニアを座らせた。

「どれ? ちょっと診てみようか? う~ん。細かいひっかき傷が沢山あるな。一体何処で怪我をしたんだい」

優しい声で医師はサフィニアに訊ねた。

「えっと……鶏小屋で怪我したの」

「何? 鶏小屋で?」

医師の眉が上がる。

「そうです。この子は1人、鶏小屋の中にいました。掃除をしようと、中に入って鶏たちに襲われたそうです」

セザールが変わりに答えた。実はここへ来るまでに何故鶏小屋にいたのか、サフィニアに聞いていたのだ。

「鶏小屋の掃除……? まさか1人でか?」

怪我の状態を確認しながら、医師は訊ねた。

「う、うん……」

サフィニアはコクリと小さく頷くと、医師はため息をついた。

「鶏小屋の掃除はね、大人の男性が数人がかりで掃除をするというのに……だから、こんなに沢山怪我をしたのだね? 鶏に襲われたなんて……さぞかし怖かっただろう?」

「うん……怖かったし、痛かった」

医師の優しい言葉にサフィニアの目に涙が浮かぶ。

その後、医師によりサフィニアの怪我の手当てが行われた。頬や手足につけられた傷は10か所以上あったが、一番怪我の状態が酷かったのは左膝の怪我だった。
酷い擦り傷で、傷口は汚れて血が滲んでいた。

そこで医師はサフィニアの傷口を綺麗に洗い、消毒液で消毒して治療をした。その間、サフィニアはグッと歯を食いしばり泣くのを必死に我慢をしていたのだった。

「はい、治療が終わったよ。それにしても偉かったね。治療中、泣いたり暴れたりもしないとは」

包帯を巻き終えた医師はサフィニアに笑顔で話しかけた。

「う、うん」

サフィニアが頷くと、医師はセザールに告げた。

「セザール。この怪我では、暫くの間安静にしておかなくては駄目だ。仕事なんてとんでもない。せめて1週間は休ませてあげなさい。大体まだ6歳の子供を働かせること自体無茶な話だ」

「そうですね……僕もこの子が働くことは反対なのですが……」

セザールが俯くと、サフィニアが突然叫んだ。

「お願い! 働かせて!」

「サフィニア?」
「どうしたのかね?」

セザールと医師が驚いてサフィニアを見つめる。

「私、ここで働かなくちゃ追い出されちゃう。もう、ママもいないし……住む場所が無くなっちゃう。沢山働くから……だから、追い出さないで? お願い!」

サフィニアは必死になってセザールに訴えた。
まだ6歳の幼い少女が、働くので追い出さないで欲しいという訴えはセザールと医師の同情を買った。

「……大丈夫、怪我をして働けない使用人を追い出すなんてことは無いよ。そんな心配はしなくていいよ?」

「本当?」

「本当だよ」

半分泣き顔のサフィニアにセザールは頷くと、医師に声をかけた。

「先生、僕が戻るまでサフィニアを預かっていただけますか?」

「あぁ、それは構わないが……どうするのだね?」

「まずは祖父にサフィニアが怪我したことを伝えに行きます。今後の事もありますんので」

「分かった。この子を預かっているから、行ってきなさい」

「お願いします」

セザールは医務室を飛びし、ポルトスの元へ急いで向かった——




しおりを挟む
感想 381

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

私達、婚約破棄しましょう

アリス
恋愛
余命宣告を受けたエニシダは最後は自由に生きようと婚約破棄をすることを決意する。 婚約者には愛する人がいる。 彼女との幸せを願い、エニシダは残りの人生は旅をしようと家を出る。 婚約者からも家族からも愛されない彼女は最後くらい好きに生きたかった。 だが、なぜか婚約者は彼女を追いかけ……

硝子の婚約と偽りの戴冠

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から、第一王女アリアと隣国の王子レオンは、誰もが疑わない「未来の国王夫妻」として育てられてきた。 政略で結ばれた関係でありながら、二人の間には確かな絆があった。幼馴染として共に過ごした年月の中で、アリアは感情を表に出さないながらも、レオンをただ一人、深く愛していた。 すべてが順調に進んでいるはずだった。 戴冠式と成婚を目前に控えた、その日までは。 歯車が狂い始めたのは、妹のセシルが涙に濡れた顔で、突然アリアの元へ駆け込んできた夜だった。 震える声で語られたのは、信じ難い言葉―― 「……レオン様に、愛を告白されたの」 アリアは即座に否定した。信じるはずがない。あのレオンが、そんな裏切りをするはずがないと。 だが、その確信は、夜の庭園で無惨に打ち砕かれる。 月明かりの下。 レオンは、確かにセシルを抱き寄せていた。 後に明らかになる真実は、あまりにも残酷だった。 姉に対する劣等感を長年募らせてきたセシルが仕掛けた、周到な罠。そして――レオンが決して知られてはならない「ある弱み」を、彼女が握っていたという事実。 それは、愛ではなかった。 だが、アリアの未来を根こそぎ奪うには、十分すぎる裏切りだった。

私の事を婚約破棄した後、すぐに破滅してしまわれた元旦那様のお話

睡蓮
恋愛
サーシャとの婚約関係を、彼女の事を思っての事だと言って破棄することを宣言したクライン。うれしそうな雰囲気で婚約破棄を実現した彼であったものの、その先で結ばれた新たな婚約者との関係は全くうまく行かず、ある理由からすぐに破滅を迎えてしまう事に…。

貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。 その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。 カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。 ――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。 幼馴染であり、次期公爵であるクリス。 二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。 長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。 実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。 もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。 クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。 だからリリーは、耐えた。 未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。 しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。 クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。 リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。 ――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。 ――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。 真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。

4人の女

猫枕
恋愛
カトリーヌ・スタール侯爵令嬢、セリーヌ・ラルミナ伯爵令嬢、イネス・フーリエ伯爵令嬢、ミレーユ・リオンヌ子爵令息夫人。 うららかな春の日の午後、4人の見目麗しき女性達の優雅なティータイム。 このご婦人方には共通点がある。 かつて4人共が、ある一人の男性の妻であった。 『氷の貴公子』の異名を持つ男。 ジルベール・タレーラン公爵令息。 絶対的権力と富を有するタレーラン公爵家の唯一の後継者で絶世の美貌を持つ男。 しかしてその本性は冷酷無慈悲の女嫌い。 この国きっての選りすぐりの4人のご令嬢達は揃いも揃ってタレーラン家を叩き出された仲間なのだ。 こうやって集まるのはこれで2回目なのだが、やはり、話は自然と共通の話題、あの男のことになるわけで・・・。

忘れられたら苦労しない

菅井群青
恋愛
結婚を考えていた彼氏に突然振られ、二年間引きずる女と同じく過去の恋に囚われている男が出会う。 似ている、私たち…… でもそれは全然違った……私なんかより彼の方が心を囚われたままだ。 別れた恋人を忘れられない女と、運命によって引き裂かれ突然亡くなった彼女の思い出の中で生きる男の物語 「……まだいいよ──会えたら……」 「え?」 あなたには忘れらない人が、いますか?──

(完結保証)大好きなお兄様の親友は、大嫌いな幼馴染なので罠に嵌めようとしたら逆にハマった話

のま
恋愛
大好きなお兄様が好きになった令嬢の意中の相手は、お兄様の親友である幼馴染だった。 お兄様の恋を成就させる為と、お兄様の前からにっくき親友を排除する為にある罠に嵌めようと頑張るのだが、、、

処理中です...