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家族同然の
しおりを挟む「まず、先にひとつ言わせてください。ラエラさま、あなたが兄に言ったあの言葉の効果は覿面でした」
二日後、ラエラの仕事がない日を選んでテンプル伯爵邸を再び訪れたヨルンは、そう話を切り出した。
ラエラからの決別の愛の告白を聞いた後、アッシュとリンダの関係には決定的な亀裂が入ったという。
原因はもちろん、純粋無垢で天真爛漫と信じていたリンダの、あの顔を見てしまったからだ。そして、当たり前と思っていたラエラの献身と健気さの価値に、アッシュが今さら気付いた事も。
「そもそも兄上は、男女の一線を越える前まで、別にリンダに恋愛感情を持ってなかったと僕は思うんですよ」
「え?」
ラエラは思わず声を上げる。
「そんな筈はないわ。学園でもいつも二人一緒で、ずっとベタベタしていたのよ?」
「ベタベタ・・・ああ、邸内でもそんな感じでしたけどね」
ヨルンは茶をひと口飲んで、喉を潤してから続けた。
「あの女のロンド伯爵家での立ち位置はですね、来た時からずっと『家族同然』の縁戚の娘だったんですよ。つまり僕の両親にとっては娘のようで、兄上にとっては妹のような存在、僕からは・・・言うのも気持ち悪いので止めておきますね。とにかく、リンダはそう思われるように振る舞っていた訳です」
明るく無邪気に、預かり先での待遇が少しでも良くなるように。
時には遠慮して、謙虚さを見せて、近づく事を許されれば大袈裟に喜んで。本当の家族ではないのに、まるで家族になれたみたいで嬉しい、とはしゃいだりして。
「男なんて単純な奴が多いですからね。ニコニコ笑って側にいるだけなら害もないと、兄上もわざわざ遠ざけなかったんでしょう。むしろ、どんな小さな事でも大袈裟に褒められるから、余計に側に置きたくなったのかもしれませんね。
そしてやましいと思ってないから、いくら周りが距離感を注意しても『くだらない』のひと言で終わってしまう」
ラエラはそれを聞いて、開いた口がふさがらなかった。
では、学園でラエラがアッシュにリンダとの距離感を注意した時も、そうだったと言うのだろうか。
アッシュがリンダを何とも思っていなかったから。
『家族同然』の存在として、いつも一緒にいるだけだから。
だから、くだらない嫉妬はやめろとラエラに吐き捨てるように言ったのか。
「妹のつもりで接していただけだから、兄は当然、罪悪感なんて持ちません。ラエラさまからの苦言も、嫉妬だと優越感に浸るだけだったかもしれません」
言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。
だが、もしそうだとしても。
「・・・でも、アッシュはリンダと最後にはそういう関係になったわ」
そうだ、結局アッシュは、リンダと一夜を過ごした。そしてリンダを妊娠させたではないか。
「ええ。たぶん兄は、リンダの言った事をそのまま受け取ったのでしょう。『卒業でお別れする前に思い出が欲しい』とかでしたっけ。よく考えもせず、兄はただ流されたんです。まあ、誘われれば簡単に落ちる男だった、という事ですね。我が兄ながら実に残念な行動です」
でも、とヨルンは続けた。
この時のアッシュは、ただリンダの願いに応えて一夜の情けをかけた、それだけのつもりだった。
だから、このままラエラと結婚するつもりでいたのだと。
「この時点では、両親はまだ二人が男女の関係になった事を知りませんでした。だからリンダには、卒業後は屋敷で侍女として仕事を与えるつもりでいたようです」
だがリンダは妊娠した。
そして、アッシュは再び流された。泣いて悲しむリンダの為、ラエラに婚約の解消を告げたのだ。
リンダを放ってはおけない。ラエラは強いひとだから大丈夫だろうと。
「そんな事って・・・」
未だ理解が追いつかないラエラに、ヨルンは言った。
「ラエラさま。そもそも、どうして父上は、預かる前からリンダに対してあんなにガードが緩かったと思います?」
「え?」
「母もですよ。最初、リンダを預かるのを反対していた母が、暫くしたら普通にリンダを可愛がるようになった。何故だと思います? 父から聞いて警戒を解いてしまったからですよ」
「それは一体、どんな話を聞いて・・・?」
ヨルンは一つ息を吸うと、感情のない声で続けた。
「リンダには、ロンド伯爵邸に恋人がいたんです」
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