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爵位継承、そして
しおりを挟む爵位継承の式は、厳かな空気の中で粛々と執り行われた。
18歳になった翌日に爵位を継承―――珍しい事ではあるが、今までに一度もなかった訳ではない。
ただ、親が存命、もしくは健康面で問題を抱えていない中での最年少での継承は、今回が初めてだった。
そういう意味でかなりの注目を集めたヨルンの爵位継承の式は、途中で妨害が入るでもなく無事に終わった。
儀式を神妙な面持ちで見守っていたロンド伯爵夫妻―――いや、もう前伯爵夫妻と呼ぶべきか―――は、この式からひと月後、ヨルンとラエラの結婚式を見届けたら、例の森の家に移る予定でいる。
アッシュがいる家から歩いて5分ほどの距離にある夫妻用に建てた家は、最初、アッシュのように使用人を誰も置かずに暮らす予定だった。
だが、数名の使用人がどうしてもと懇願し、夫妻に同行する事になった。
ラエラはその話を聞いた時、正直言ってホッとした。
アッシュやリンダに対しては今も思うところが多々あれど、何度も何度もラエラに謝罪し、どうやったら相応の罰を自らに科す事ができるか悩み続ける二人を見て、もう後悔の念から解放されてほしいと感じていたからだ。
「あのね、ラエラちゃん。私からこんな事を言われても嫌かもしれないけれど、聞いてもらえるかしら」
継承式の後、話があると言われて呼ばれたロンド伯爵家のサロンで、前伯爵夫人はそう言って小さな宝石箱をテーブルの上に置いた。
夫人から謝罪以外の言葉で話しかけられるのは、随分と久しぶりだ。
「これは、ロンド伯爵家の当主夫人に代々受け継がれるネックレスとイヤリングなの。家宝と言ったらいいのかしら」
夫人は話しながら宝石箱の蓋を開けると、ラエラに見えるように向きを変えた。
中に入っていたのは、銀に希少なスターサファイアと小粒のダイヤをあしらった、一目で高価なものと分かるネックレスと、同じくスターサファイアで作られたイヤリング。溜め息が溢れる見事さだ。
「よかったら、結婚して最初に出席する夜会でこれを着けてほしいの。ラエラちゃんがロンド伯爵夫人として認められている事の正式な証になるわ。ご夫人方は、これを見たらすぐそうと理解する筈よ」
「これを・・・?」
「ええ。きっと、ラエラちゃんによく似合うと思うわ。残念ながら、私にはもう見る機会がないけど」
「・・・ありがとうございます、お義母さま。そうさせていただきますね」
ラエラの言葉に夫人は目を見開き、それから小さく笑った。
「ふふ、こんな私でもお義母さまと呼んでくれるのね。本当にラエラちゃんは優しい子だわ」
夫人は、ラエラの手をそっと握った。
「ヨルンを、あの子をよろしくね。あの子はラエラちゃんに初めて会った時から、あなたの事がずっと好きだったみたい。でも、ラエラちゃんはアッシュと同い年だったから、ヨルンとなんて考えた事もなかったの。ラエラちゃんとアッシュの婚約が決まった時はあの子、大泣きしてたわ。でも、私も主人も本気にしてなかったの。本当に私たちって、見る目がないわよねぇ」
重ねていた夫人の手に、ぎゅっと力がこもる。
「その後、ヨルンはぱったりラエラちゃんの話をしなくなって、私たちの考えは正しかったって思っていたのよ。やっぱり、幼い頃の憧れみたいなものだったのねって。よく考えたら、兄の婚約者になってしまったんだもの。ただ立場を弁えて、想いを呑み込んでいただけなのに」
夫人は一度俯いて、小さく鼻をすすってから顔を上げた。
「だから、ラエラちゃんには感謝しているの。アッシュがあんな仕打ちをしたというのに、私たちの目が曇っていたせいでラエラちゃんには辛い思いをさせてしまったのに・・・ありがとう、ラエラちゃん。本当にありがとう。ヨルンの気持ちを受け入れてくれて・・・あの子の長い長い片想いが報われて、本当に嬉しいわ」
「いいえ、そんな・・・わたくしこそ、ヨルンさまに望んでいただけて幸せです。ヨルンさまなら、もっと若くて美しいご令嬢をいくらでも望めたでしょうに、結婚適齢期を過ぎた23歳の・・・ヨルンさまより5歳も年上のわたくしを妻にしてくださるのですから」
ラエラは正直に気持ちを述べただけのつもりだった。だが、夫人は目を丸くしてもの凄く驚いた顔をした。
「ラエラちゃんたら、そんな事をヨルンの前で言ったら、きっと大変な事になるわよ。あの子はたぶん、ラエラちゃんとこうならなかったら誰とも結婚しなかったと思うわ。実際、あの子には婚約者がいなかったでしょう? 『後継でもないのに結婚の必要はない』って拒否していたの」
夫人は目に涙を滲ませながら微笑んだ。
「本当、重すぎて呆れるくらいだけど、これだけは確かだわ。あの子はラエラちゃんひとすじよ。絶対によそ見はしないわ。だから、年上だからと自分を卑下するような事を言わないで。自信を持って、ラエラちゃんじゃなきゃヨルンはダメなの」
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