【完結】君は強いひとだから

冬馬亮

文字の大きさ
52 / 58

森の中

しおりを挟む


 爽やかな初夏の風が吹く中、ラエラはヨルンの手を借りて馬車から降り立った。

 ラエラの視線の先にあるのは、森の中、高く伸びる木々を背にたつ小さな一軒の家。少し離れた所にも、似たような家がもう一軒建っている。アッシュが住んでいる家と、今は無人の、前ロンド伯爵夫妻が住んでいた家だ。


 ラエラが降りた場所は馬車停まりだ。アッシュの家から少し離れた所にあるそれは、周囲に広くスペースが空いていて、物資置き場にもなっている。
 アッシュの家に届ける食料や消耗品の他、前は切り出した木材もここから乗せて運んでいた。

 森の入り口から馬車停まりまでの道は、荷物の運搬用に切り開いたものだ。
 馬車が通れる程度には広いが、道そのものはさほど整備されておらず、でこぼこの悪路だ。お陰で、ここに来るまでの半刻足らずで、ラエラのお尻はだいぶ酷い目に遭わされた。

 馬車から降りたラエラは、固まった体をほぐすように背を伸ばし、じんじんするお尻をそっと撫でた。それから、周辺をぐるりと見まわした。


「ここが・・・」


 ラエラも、そしてヨルンも、話には聞いていたが、森の家を実際に見るのは初めてだった。


 先を歩く私兵たちの一人が、アッシュの家の扉をノックする。が、返事はない。
 再度ノックし、今度は私兵が大声で来訪者の―――つまりヨルンとラエラの名を告げた。だがまたも返事はなかった。

 このままラエラを玄関先で立たせっぱなしにするのを、ヨルンが良しとする訳もなく、ヨルンは扉をノックしていた私兵に合図を送った。開けて中を確認しろという意味だ。頷いた私兵が、扉の取っ手に手を伸ばした、その時。

 内側から扉がガチャリと開いた。


 中から現れたのは目的の人物―――そう、アッシュだった。



 ラエラにとっては、約7年ぶりの再会。ヨルンはおよそ5年ぶりになるだろうか。


 アッシュの面差しは、月日の経過以上の変化を彼にもたらしていた。
 報告では、この森の家での開墾作業に従事していた時に、怠慢で巨漢になったり、逆にガリガリに痩せこけたりしたらしいが、今のアッシュはラエラの記憶の中の彼よりかなり痩せた印象を受ける。逆に、背は少し伸びていて、まとう空気は暗かった。

 夫人が切ったきり、伸ばし放題になっている髪は、今はもう背中くらいまでに伸びてボサボサだ。

 顔の造作は変わっていないのに、どこか知らない人のように感じるのは、きっと、がらりと変わった雰囲気のせいかもしれない。
 大きな体をした大人の筈なのに、ラエラの目には行き場をなくした迷子のように映った。


「ラエラ・・・?」


 かつての婚約者の名を呼ぶアッシュの声が、微かに震えた。

 アッシュはただ茫然とラエラを見つめていた。
 すぐ隣にはヨルンが寄り添うように立っているのに、その存在にすら気づいていないのか、アッシュはヨルンに一切目もくれない。


 無言の時間がその場を支配しかけたところで、ラエラが口を開いた。


「ごきげんよう。驚かせてしまったかしら。わたくしたちの訪問は、あらかじめ手紙で知らせていたのですけれど」

「あ・・・いや、その」


 アッシュは俯きながら、気まずそうに頭を掻いた。


「手紙とかは、全然・・・チェックしてなくて」


 訪問については何も知らず、玄関先でヨルンとラエラの名を口にする者が来ている事に気づき、慌てて出て来たのだとアッシュは言った。


「こんな格好ですまないが、これが一番きれいな服なんだ」


 相変わらずヨルンを視線から除外したまま、アッシュはラエラに向かって続けた。


「僕に罰を宣告しに森に来たのだろう? 僕のせいで父上は片目を失った。わざとじゃなかったと誓って言えるが・・・」

「ええ。その事については、前ロンド伯爵から既に事情をうかがっています」

「そうか、父上から・・・ああ、父上はさぞご立腹だろうな」


 そう言った後、アッシュは何かを堪えるように暫く俯き、それから再び顔を上げた。


「それで、僕にはどんな罰が下るんだ? いっそ殺してくれると有り難いんだけど」











しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

私が家出をしたことを知って、旦那様は分かりやすく後悔し始めたようです

睡蓮
恋愛
リヒト侯爵様、婚約者である私がいなくなった後で、どうぞお好きなようになさってください。あなたがどれだけ焦ろうとも、もう私には関係のない話ですので。

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

エレナは分かっていた

喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。 本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

私が家出しても、どうせあなたはなにも感じないのでしょうね

睡蓮
恋愛
ジーク伯爵はある日、婚約者であるミラに対して婚約破棄を告げる。しかしそれと同時に、あえて追放はせずに自分の元に残すという言葉をかけた。それは優しさからくるものではなく、伯爵にとって都合のいい存在となるための言葉であった。しかしミラはそれに返事をする前に、自らその姿を消してしまう…。そうなることを予想していなかった伯爵は大いに焦り、事態は思わぬ方向に動いていくこととなるのだった…。

処理中です...