【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮

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盛大に咽せる

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「何というか・・・それは大変だったね」


夕食時、王城から帰ったユスターシュと共にテーブルを囲みながらかけられた言葉に、ヘレナはこくこくと頷いた。

どうやら今日は、ロクタンによるお城突撃がいつもより早く終わったらしい。午後の半ばくらいに帰ったので、ユスターシュとしては久しぶりに執務が捗って良かったのだが。


まさかまさかの帰り道の馬車で、ペットショップから出て来たヘレナを見つけての、あの騒ぎである。


「偶然だけど、お土産に有名なカフェのケーキを買って来たから、後でそれを食べよう? ほら、疲れた時には甘いものって言うでしょ」

「ありがとうございます・・・」


今日の騒ぎに関しては、ユスターシュは馬車から降りるなり、ヘレナが何か言う前に全て把握してくれた。

こういう時、ユスターシュの能力は素直にありがたいと思う。

言いたい事、伝えたい事が、ちゃんと上手く相手に届く保障なんてないのだ。
ましてその時に受けた印象とか動揺までは。

実際、これまで家族以外でヘレナの困惑を理解してくれる人は少なかった。



--- そんなに好かれるなんて普通は喜ぶところじゃない?

--- 貧乏子爵家の娘が偉そうに選り好みするなんて

--- 贅沢言ってるんじゃないよ。望まれた所へ大人しく嫁げば良いんだ。全く子爵が甘やかすから。


大抵の人はそんな感じで、誰も真面目に取り合ってくれなかった。


初対面でちゅーしようとする奴と結婚なんて突然言われて、普通は誰だって嫌がると思ったのに。



「うん、そうだよね。普通嫌がるよ」


確かに無責任な発言だ、そんなユスターシュの同意の言葉に、ホッと安堵の息が漏れた。


実は結構なトラウマなのだ。

いきなり手を掴んだまま離してくれなくて、ちゅーとか言い出して唇を突き出して来られて。
5歳の幼女相手に、10歳の少年がじりじりと近づいて来たのだ。


「うわ、その映像は怖い。10歳でもそれはアウトだよ」


額を押さえて頭を垂れたユスターシュは、気分が悪くなったのか、そのまましばらく俯いていた。


「・・・まあでも、良かったよ。その時にちゅーまで無理にされなくて」


いやもうホントです。


ヘレナも激しく同意である。

あれは父オーウェンのお手柄だった。あっという間にヘレナを抱え、走って逃げてくれたのだ。
意外に俊足で、あの時はヘレナもびっくりしたものだ。


父の肩越しに、手を伸ばしながらヘレナの名を呼ぶロクタンの姿を見たのを今でも覚えている。
ロクタンの姿がどんどん小さくなって、豆粒の様に・・・ああまたデジャブ。


いや、違う。あれ一つでデジャブなどと呼ぶのは生ぬるい。

5歳の出会いからはや15年。
思い返せば、豆粒になったロクタンばかりを見かける年月だった。

巷で評判の劇を見に行けば、何故かチケット売り場で遭遇し。
弟の風邪薬を買いに薬屋に行けば、何故かその隣の駄菓子屋でチョコを貪るロクタンに出くわし。
市立図書館に本を借りに行けば、何故か漫画コーナーで大笑いする不審人物を見つけて身を隠した。


そのたびに、そのたびに、そのたびに。


ダッシュして逃げたのよ・・・っ!


豆粒ロクタンの記憶再生だけでも、1000以上のバージョンを用意できる。それくらい追いかけ回されていた。


・・・ああ、でもそう思うと。


ヘレナはユスターシュをじっと見つめた。


自分がユスターシュさまの番だと分かって、本当に良かった。



「・・・っ」


ユスターシュの動きが、ぴたりと止まる。

顔は赤くなって。
でも眉は少し情けなく下がって。
口元は緩んで。
でも目は何故か悲しげに揺れている。


・・・ん? 


それを見たヘレナが、こてりと首を傾げた。


これはなんとも複雑な・・・

いったい何をどう考えてこんなに色々と感情が混じった表情に・・・?


ここでハッと我に帰ったユスターシュが表情を取り繕った。


「・・・まあでも、そんなにずっと長いこと追いかけるって事は、よっぽどあなたを好きなのだろうね。同じくヘレナを好きな男としては、なんとも複雑な気分になるよ」


ユスターシュは、くるりとグラスを揺らす。


「それでも」


それから、口元にグラスを運んで。


「私はあなたの番なんだ。今さら譲る気はないけどね」


そう言って、ワインをこくりと飲んだ。


そんな台詞に痺れつつ。


いえ、今さら譲る気になったら私が困ります。

どうかずっと側に置いてください。


狙った訳でも何でもなく、思わずこぼれた本音だった。

それがどれ程ユスターシュの心にグッと来るかなんて、考えもせず。



もうお分かりだろう。


ユスターシュは盛大に咽せた。
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