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後顧の憂いを断つ為に
しおりを挟む「きゃ~っ! へーちゃんったらやるじゃな~い! 廊下でユスに堂々と愛の告白をしたんですってっ?!」
午後遅く、部屋に戻ったヘレナが、そんな嬉し恥ずかしなお褒めの言葉を宰相夫人から頂戴していた時。
ユスターシュは、国王との会談を終えたプルフトス王国の王太子ネクトゥスに、非公式の面談を要請していた。
「ネクトゥス殿下、突然のお声がけを失礼しました」
「いえ、そんなことは」
ネクトゥスの背後には、彼が故国から伴ってきた警護の騎士が一人だけ立っている。
もう一人は、扉の外で待機してもらった。これから話す内容の機密保持の為だ。
正直に言えば、人払いして一対一で話したいところだが、今の国同士の関係性からして、その提案は要らぬ警戒を生むだけだろう。
最も信頼のおける者を一人だけ、そう言ってこの部屋に入ってもらった。
ネクトゥスが選んだのは乳兄弟でもあるという専属の護衛騎士。
ユスターシュの方は、ハインリヒを室内に置いていた。
ネクトゥスの顔には、緊張の色が浮かんでいる。
無理もない、彼とユスターシュとは来城初日に謁見の間で言葉を交わしたきりだ。
実を言えば、ネクトゥスは初日以外もユスターシュと顔を合わせている、というか、すれ違ったり見かけたりなどはしているのだ。
ただユスターシュはその立場上、公式以外の場では素顔で出歩くことを滅多にしない。
ヘレナにジュストと名乗っていた時の様に、変装姿が多いのだ。実はカツラだけで7種類も持っているのは、ここだけの話である。
その為、ネクトゥスたちは実際にはユスターシュと何度も会っていたのだが、全く気がつかれていない。
ハインリヒがお茶をテーブルに置き、スッと後ろに下がる。
それを見計らって、ユスターシュが口を開いた。
「実は昨夜、ある事件が起きまして」
「・・・事件、ですか?」
「私の婚約者が誘拐されたのです」
「・・・っ、そ、れは・・・」
ネクトゥスは息を呑み、さっと顔を青褪めさせた。
「わ、我が国は無関係です。何もしていません・・・っ」
ランバルディアとプルフトスとの国交が、ほぼ途絶えてから20年近く。
はっきりと文書化した訳でも声明があった訳でもなく、ただ感情に流され消えてしまった国家間の交友は、しかし意外にも回復の取っ掛かりを見つけるのが難しかった。
そこに聞こえてきたのが、ランバルディア王国で国王と並ぶ地位を持つ裁定者なる人物の婚約の知らせ。
しかも裁定者の結婚は、王国史上初だという。
これ程の好機はない。
そう思ったネクトゥスは、国王に進言し、祝いの為の使節団の代表者に自ら立った。
国交回復の使命感に燃えていた王太子は、まさか誘拐容疑が自国にかけられたかと慌て、無実を主張しようと口を開きかけ。
ユスターシュの続く言葉に当惑する。
「ご安心ください。犯人は捕まえました。もちろん貴国が無関係である事は分かっております」
「・・・? で、では、どうしてそんな話を僕に・・・」
「ネクトゥス殿下がこうして我が国に赴いて下さった今、後顧の憂いは全て断っておくべきだと思ったからです。
ネクトゥス殿下、私が今からする話は、口外無用でお願いしたい」
ユスターシュはまずネクトゥスへ、それから彼の背後に立つ側近の護衛騎士へと視線を向ける。
未だ話が見えないネクトゥスたちだが、ここは取り敢えず頷く事にした様だ。
同意を確認し、ユスターシュは言葉を継いだ。
「私の婚約者を誘拐する様に依頼したのは、過去の例の事件と少しばかり関係がある人物でした」
「・・・例の事件。例の事件と言うと、裁定者どの、それはまさか」
「はい。貴国の前大公のもとに嫁いだレーテさまの妹であり、我が国の先々代国王の元側妃だったレアが起こしたあの事件です」
「・・・っ」
言葉を失うネクトゥスに、ユスターシュは静かに告げた。
「殿下のご滞在期間は、確かあと10日ほどでしたか」
「・・・ええ」
唐突に話題を変えたユスターシュに、ネクトゥスが訝しみながらも短く返事をすると。
「残りの期間中いずれの日でもいい、半日ほど私に時間を取っていただきたい。
ああ、もちろん結婚式当日とその翌日はご遠慮願いたいが・・・お連れしたい場所、いえ会わせたい人がいるのです」
それが後顧の憂いを断つ事と何の関係があるのか、と不思議に思いつつ。
けれど目の前の裁定者の真剣な瞳に疑問は口に出来ず。
ネクトゥスは、ただ頷いた。
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