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だから私は嘘を吐いた
しおりを挟む「・・・それが、今から3年半くらい前、かな」
ユスターシュは恥ずかしそうに視線をヘレナから逸らし、そう続けた。
「3年半、前・・・」
ヘレナはぽつりと呟く。
言われて改めて記憶を掘り返してみれば、弟たちとそんな会話をした様な、しなかった様な。
けれど確かに、弟たちが読みたがっていた本がやっと古本店に入ったと喜んだ矢先に、ロクタンのせいで図書館巡りをするハメになったのは覚えている。
市立図書館にもなくて、最後の希望として王立図書館に行ったのだ。
そうか。
あの時、私はそんな格好いい事を言ってたのか。
そしてそれが、私とユスさまの、馴れ初め・・・
「・・・ふっ、ふふ、ふふふふ♪」
ヘレナの脳内が、キラキラパチパチとスパークする。
『番』ーーーただ一つその理由で婚約したのだと思っていた。
もちろんそれはそれで誇らしいし、嬉しくも思っているけれど、でもやっぱり欲しかった、憧れていたのだ。馴れ初めというやつに。
しかも、いざ聞いてみれば、まるで流行りの恋愛小説のエピソードの様ではないか。
よく覚えていないけど、その時にそんな格好いい台詞を言った私、グッジョブである。
ヘレナの頭の中では、勝利のインタビューに答えるヘレナ選手が現れた。
まだ試合後の汗も引ききらず、顔も紅潮したままのヘレナが、誇らしげにマイクに向かってこう語る。
「そうですね。あの時の事は、無我夢中だったので、実は何も覚えていないんです。ただ打った球が上手く風に乗ってホームランになった感じでしょうか。実に幸運でした」
うんうん、と頷きながら聞いていたインタビュアーがマイクを持ち直す。
「以上、今日の試合の勝利投手となられた(あれ、ホームランじゃ?)ヘレナ・レウエル選手でした!」
パチパチという拍手の音と共に湧き上がる歓声。ヘレナはそれに両手を振って応えてーーー
「コホン」
胸元で両手を組み、じ~んと感動しているヘレナに、ユスターシュが咳払いをした。
「・・・あれから、私はあの時の令嬢が誰なのか知りたくて、ハインリヒに調べてもらって、レウエル子爵家の令嬢、つまりあなただと分かった・・・でもねヘレナ、この際だからぶっちゃけるけど・・・」
それまで滑らかに言葉を紡いでいたユスターシュは、最後になって少しだけ口籠もる。
「その時の私はね、まだ恋というよりは、あなたを女神のように崇めていたのだと思う」
「め、女神、ですか?」
ヘレナはギョッと目を丸くする。
「そう、女神。私はあの時あなたの事を・・・その、なんて気高く優しく高潔な人だろうと感動していたんだ」
そう、あの時。
ヘレナと弟たちが居なくなって暫く経っても、ユスターシュはその場から動けなかった。
裁定者が・・・つまり自分が、人を罰するために存在するのではないと言ってくれたあの令嬢が眩しくて、輝いて見えて、訳も分からず涙が溢れそうだった。
「私の心を軽くしてくれたあなたの事が、あの後もずっと気になって仕方なかった。でも、きっとまだ、ちゃんと恋ではなかった。私は私を救ってくれたあなたに感謝して、尊敬して、憧れはしたけれど。
それが少しずつ変化していったのは、あなたに仕事を用意した後からだと思う」
「? 仕事、ですか?」
仕事って、偶然募集していた王立図書館の・・・? え? 用意・・・?
「うん、そう。レウエル夫人の治療費の為に家族総出で節約生活を送ってるって、ハインリヒから聞いてたからね。
私を救ってくれたあなたを、今度は私が助けられればと思って用意したんだよ。図書館司書という仕事をね」
ーーーそして。
ユスターシュもまた、時間の許す限り変装して同僚として潜り込んで。
そこで思っていたのとは少し、いやだいぶ違う・・・変テコで面白い妄想を楽しむ、いつだって前向きでたくましいヘレナを知った。
高潔で優しい女神は、実は可愛くて元気でとぼけた子で、何より面白かった。
会えばいつも気づかないうちに励まされ、笑わされ、元気をもらえて・・・いつしか女神以上の、世界でただひとりだけの、大好きで大切な存在になっていた。
だから、最初のきっかけと言えば、やはりあの日あの時に漏れ聞いた言葉になるのだろう。
けれど、ジュストとしてヘレナの側にいた日々もまた、その一つひとつが馴れ初めの様で、日を追う毎に、ユスターシュはヘレナに恋をしていく。
もはや遠くで光り輝く、仰ぎ見るべき救いの女神ではなく。
ずっと側にいて欲しい、自分と一生を共にして欲しいと心から願う、ひとりの女性として。
「・・・だから私は、あなたが私の番だと嘘を吐く事にした。あなたを確実に手に入れる為に」
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