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光射す
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14年間、決して光が射すことのなかった暗闇が。
瞬きと同時に視界に射し込んできた光に、私がまず思ったことはそれだった。
暗闇に慣れすぎた眼は少しの光も敏感に察知するようで、たった数回の瞬きでも、まだ夢を見ているかのような感覚に襲われる。
明るくて。
眩しくて。
それでも、ずっと焦がれていたものがそこにあって。
「・・・レナライアさま」
私の瞳に一番に映ったのは、涙でくしゃくしゃに濡れた愛しい方の顔。
「サリタスッ! ああ、目が覚めたのね、サリタス!」
・・・本当に、貴女はどんな表情も美しい。
我知らず、笑みが浮かんだ。
「サリタスはここにおりますよ、レナライアさま」
そう言って微笑むと、貴女は少し拗ねたような口ぶりで言葉を継ぐ。
「・・・もう、またレナライアって呼んでる。レーナでしょ?」
「貴女こそ、また私をサリタスと呼んでおいでですよ?」
そっと手を伸ばし、宥めるように頬を撫でた。
「さあ、どうかカーマインとお呼びください。貴女の唇が私の名前を呼ぶところを、どうか私に見せてください」
ようやく。
ようやく、貴女の顔を見ることが出来た。
想像していた通り。
貴女の美しさは何も変わっていない。
気高くて、優しくて、それなのに親しみやすくて。
強く、愛情深く、穢れを知らない。
王妃の座に就いていた頃と何ら変わりのない、その澄んだ眼差し。
今、その眼が私だけを映していることが奇跡のようで。
「カーマ、イン・・・」
「はい」
「カーマイン。私が、見える・・・?」
「はい。お美しゅうございますよ。あの頃と全く変わっていません」
「嘘」
私のその言葉に、レーナは困ったように眉を下げる。
「貴方が私を最後に見てから、もう十五年近くたったのよ? もう若くもないし、肌もお手入れなんてしてないからカサカサだし、髪もパサついてるわ。服だって普通のものだし、耳飾りも首飾りもつけてない」
「それでも、貴女は以前と変わらずお美しいままでいらしゃいます」
赤くなった顔を可愛いと思ってしまったのは、不敬だろうか。
頬をそっと優しく撫で続ける。
涙でしっとりと濡れた頬は、冷たく、柔らかく、手を離すことが躊躇われる。
「・・・何を犠牲にしても、サルマンとシリルから貴女をお守りしたかった。だからどんな代価でも支払うつもりでいたのです」
「カーマイン?」
「ですが、いざ軽減を施した後、その代価が視力であったことに絶望しました。・・・ああ、これでもう、貴女のお顔を見ることは叶わぬ、と。ただそれだけが」
「・・・」
あの時感じた絶望は、今も鮮明に思い出されて。
だからこそ、今、この美しい女性が自分の眼に映っているのが夢のようで。
「視界が暗くなっていく中、必死で貴女の顔を見つめ続けました。せめて最後に、この眼裏に焼きつけようと」
「カーマイン・・・」
「なのに今、こうして私は、また貴女を見つめることが出来るのですね」
ああ、本当に。
「幸せです」
「・・・」
レーナは、またぽろぽろと涙を零した。
それまで頬を撫でていた手で、そっと涙を拭う。
「なかなか目が覚めないから、心配してたの」
「すみません」
「貴方がこうして目が覚めたのなら、サーヤもすぐに起きるわよね?」
「ええ、きっと」
「貴方がこうして視力を取り戻せたように、サーヤも・・・話せるようになるのよね?」
「その通りです」
「・・・」
「大丈夫ですよ、レーナ」
「・・・うん」
「心配ありません。サーヤは大丈夫です」
「うん・・・」
レーナの涙は止まらなかった。
カーマインは腕を広げてレーナをそっと抱きしめる。
レーナは一瞬、驚いたように肩が跳ねたけれど、そのまま大人しくカーマインに身を委ねた。
「カーマインの服が・・・濡れちゃうわ」
「構いませんよ」
「・・・本当に?」
「本当です」
「・・・びしょ濡れになっても知らないわよ」
「大歓迎ですよ」
真顔で告げたその言葉に、レーナも思わず、ぷっと吹き出して。
「・・・覚悟してね」
涙声で、そう言って、カーマインの胸元に頬を摺り寄せた。
あの洞窟での出来事から半日後に、カーマインは目を覚まし、皆は喜びに包まれた。
だが予想に反し、サーヤはその後、一日たっても二日たっても、眠り続けたまま目を覚ますことはなかった。
瞬きと同時に視界に射し込んできた光に、私がまず思ったことはそれだった。
暗闇に慣れすぎた眼は少しの光も敏感に察知するようで、たった数回の瞬きでも、まだ夢を見ているかのような感覚に襲われる。
明るくて。
眩しくて。
それでも、ずっと焦がれていたものがそこにあって。
「・・・レナライアさま」
私の瞳に一番に映ったのは、涙でくしゃくしゃに濡れた愛しい方の顔。
「サリタスッ! ああ、目が覚めたのね、サリタス!」
・・・本当に、貴女はどんな表情も美しい。
我知らず、笑みが浮かんだ。
「サリタスはここにおりますよ、レナライアさま」
そう言って微笑むと、貴女は少し拗ねたような口ぶりで言葉を継ぐ。
「・・・もう、またレナライアって呼んでる。レーナでしょ?」
「貴女こそ、また私をサリタスと呼んでおいでですよ?」
そっと手を伸ばし、宥めるように頬を撫でた。
「さあ、どうかカーマインとお呼びください。貴女の唇が私の名前を呼ぶところを、どうか私に見せてください」
ようやく。
ようやく、貴女の顔を見ることが出来た。
想像していた通り。
貴女の美しさは何も変わっていない。
気高くて、優しくて、それなのに親しみやすくて。
強く、愛情深く、穢れを知らない。
王妃の座に就いていた頃と何ら変わりのない、その澄んだ眼差し。
今、その眼が私だけを映していることが奇跡のようで。
「カーマ、イン・・・」
「はい」
「カーマイン。私が、見える・・・?」
「はい。お美しゅうございますよ。あの頃と全く変わっていません」
「嘘」
私のその言葉に、レーナは困ったように眉を下げる。
「貴方が私を最後に見てから、もう十五年近くたったのよ? もう若くもないし、肌もお手入れなんてしてないからカサカサだし、髪もパサついてるわ。服だって普通のものだし、耳飾りも首飾りもつけてない」
「それでも、貴女は以前と変わらずお美しいままでいらしゃいます」
赤くなった顔を可愛いと思ってしまったのは、不敬だろうか。
頬をそっと優しく撫で続ける。
涙でしっとりと濡れた頬は、冷たく、柔らかく、手を離すことが躊躇われる。
「・・・何を犠牲にしても、サルマンとシリルから貴女をお守りしたかった。だからどんな代価でも支払うつもりでいたのです」
「カーマイン?」
「ですが、いざ軽減を施した後、その代価が視力であったことに絶望しました。・・・ああ、これでもう、貴女のお顔を見ることは叶わぬ、と。ただそれだけが」
「・・・」
あの時感じた絶望は、今も鮮明に思い出されて。
だからこそ、今、この美しい女性が自分の眼に映っているのが夢のようで。
「視界が暗くなっていく中、必死で貴女の顔を見つめ続けました。せめて最後に、この眼裏に焼きつけようと」
「カーマイン・・・」
「なのに今、こうして私は、また貴女を見つめることが出来るのですね」
ああ、本当に。
「幸せです」
「・・・」
レーナは、またぽろぽろと涙を零した。
それまで頬を撫でていた手で、そっと涙を拭う。
「なかなか目が覚めないから、心配してたの」
「すみません」
「貴方がこうして目が覚めたのなら、サーヤもすぐに起きるわよね?」
「ええ、きっと」
「貴方がこうして視力を取り戻せたように、サーヤも・・・話せるようになるのよね?」
「その通りです」
「・・・」
「大丈夫ですよ、レーナ」
「・・・うん」
「心配ありません。サーヤは大丈夫です」
「うん・・・」
レーナの涙は止まらなかった。
カーマインは腕を広げてレーナをそっと抱きしめる。
レーナは一瞬、驚いたように肩が跳ねたけれど、そのまま大人しくカーマインに身を委ねた。
「カーマインの服が・・・濡れちゃうわ」
「構いませんよ」
「・・・本当に?」
「本当です」
「・・・びしょ濡れになっても知らないわよ」
「大歓迎ですよ」
真顔で告げたその言葉に、レーナも思わず、ぷっと吹き出して。
「・・・覚悟してね」
涙声で、そう言って、カーマインの胸元に頬を摺り寄せた。
あの洞窟での出来事から半日後に、カーマインは目を覚まし、皆は喜びに包まれた。
だが予想に反し、サーヤはその後、一日たっても二日たっても、眠り続けたまま目を覚ますことはなかった。
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