【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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優しい兄、優しい弟

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「兄上。呼びつけてすみませんな。ちょっとお耳に入れたい情報がありまして」

王城内の離宮に住む、王弟ミハイルシュッツ・リーベンフラウンは、国王が現れるとにこやかに話し始めた。

「構わんよ。お前の話で無駄だったものは、これまで一度もないからな」

王は、部屋の中央に置かれた大きなソファにゆったりと座りながら答えた。

「デュールでも? それともシーカーの方が?」
「中身によるな。楽しく飲めそうな話か?」
「何とも言えませんね。まぁ、考え方によっては面白いという人もいるのでしょうが」
「ほう?」

王はちらりと弟を見やる。
ミハイルシュッツは、ニコニコと笑顔を崩さないまま。

「……話してみろ」

ミハイルシュッツが口を開くと、王はじっと黙って耳を傾ける。
要点を絞った簡潔な報告に、最初は何の感情も見せずに聞いていた王の眉が、ピクリと上がった。

「……シーカーをもらおう。氷はあるか?」
「もちろん」

ミハイルシュッツは、部屋の隅のカウンターに行き、小さめのグラスに氷を入れ、シーカーを注いだ。

「どうぞ、陛下。おっと、毒見は必要でしたかな?」

弟の軽口に、王が手を左右に振る。

「いらんよ、そんなもの。わかっているだろう」

ふふっと笑いながら、シーカーの入ったグラスを王に渡す。
もう一つのグラスにもシーカーを注いで、ミハイルシュッツは再び席に着いた。

「……いつもすまんな、ミハイル。お前が影で動いてくれるおかげで、助けられているぞ。いろいろとな」
「いえいえ、そんな。恐れ多い」

嬉しそうにグラスに入ったシーカーを煽り、ミハイルシュッツは目を細める。

「でもですねぇ、まだまだ掴めていないことが多くて。しばらくは静観、ですかね」

王は少しだけグラスを持った手を上にあげ、明かりにかざして酒の色を眺めた。
シーカーの乳白色と透き通った氷が、光をキラキラと反射させ、なんとも美しい。

しばらく色と光を楽しんだ後、グラスの位置を元に戻し、少しだけシーカーを口に含む。

「静観、だな。とりあえずは。まだ、これだけでは見当がつかぬ。今、動くのは愚策だ」

少しだけ物憂げに酒をすする表情は、まるでどこも見ていないかのようで。
その姿は、権力の中枢に立つ者の孤独と厳しさをいつも弟に教えるのだ。

「そういえば、噂が流れてますね。あれは本当ですか?」
「……あいつはそう願っているな」
「つつがなく終わるといいですが」
「まったくだ」
「……どんなご令嬢です? エレアーナ嬢は?」
「お前が知らんわけがないだろう。とぼけるな」

苦笑しながら、ぐいっと残りの酒を一気に煽る様子に、ミハイルシュッツは嬉しそうに微笑み、さらにシーカーを注ぎ足そうと瓶を傾ける。
王もそれに応えてグラスを差しだした。

「もちろん、知ってますとも。ですが、すべて聞いたものばかりで、実際に私が会ったことはないのでね。ですから、兄上からお聞きしたい。どうです? 兄上もエレアーナ嬢を王太子妃にお望みなので?」
「まぁ、何の事情も考えずに、私が勝手に選んでもいいというのなら、余計な候補など立てず、初めからエレアーナ1人を指名するだろうよ」
「政略的に? それとも資質を見込んで?」
「どちらもだ」
「おやおや、兄上がそこまで惚れ込むほどの人材ですか。それじゃ、レオンも女性を見る目があったというわけですね」
「まぁな」

王の言葉を聞き、ミハイルシュッツは嬉しそうに喉を鳴らす。

「うらやましいですね、ここでもまた、ブライトン公爵家の名を聞くとは。現公爵の敏腕ぶりもさることながら、嫡男であるアイスケルヒ殿も非常に有能だと聞いています。後継に何の不安もないところに、エレアーナ嬢まで噂通りの逸材とはね」

そこまで続けてから、言葉が途切れた。
先ほどまでの楽しそうな表情は一変し、どこか悲し気な眼差しになって。

弟の変化を見て、王がちらりと視線を投げかけると、それに気づいたミハイルシュッツは、応えるかのように話を続けた。
声は少しだけ小さくなって。

「どれだけ優秀な人材でも、当主や後継たる者が愚かであれば、将来はありませんからね。その才も生かされることなく、死んでしまったも同然で」

言い終えて、ミハイルシュッツは勢いよくシーカーを飲みほした。
王の目が不意に柔らかく細められ、手を伸ばして弟の背を撫でる。

「そのような者たちのために、お前がいるのだろう? ミハイル」

王の声は、ただ優しく。

「大丈夫だ。お前はよくやっている」
「……すべて陛下のお心の深さによるものです。私など何も」
「何を言っている。お前は希望なのだよ、そのような者たちにとってな」

そう告げると、王は手元のグラスに視線を向けた。
ミハイルシュッツも、ただ静かにグラスを傾けて。

それでも、王の左手は、ずっと優しく弟の背中にあった。

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