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ナオキと玲

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――オレは最低だ――



 去年の夏に親友の玲が死んだ。自殺だった。



 去年の春

 ナオキと玲は喋りながら学校の校舎へ向かっていた。

 途中、体育館の方へ目をやると同級生が上級生二人に絡まれていた。同級生の名前は憶えていない。その程度の間柄だ。相手は学校でもガラの悪いと評判の集団のウチの二人だ。苛められていることは明らかだった。



かわいそうに……変な奴らに絡まれられて……



 ナオキはその場をやり過ごそうと歩いていたが玲は違った。上級生たちのもとへ走って行き、一人目を飛び蹴り、着地しそのまま二人目を殴り倒した。

 あっという間の出来事だった。瞬殺とは正にこのことだ。



「お前ら、くだらないことやってんじゃねぇ! おい、行くぞ」



 玲はいじめられていた同級生の脇を持ちながら、こちらへ歩いてきた。



「ナオキ、行こうぜ」

「あ、あぁ……」



 玲はナオキを促し校舎へ歩いて行った。ナオキは玲の後を追いかけた。後ろには倒れていた二人がこちらを睨んでいる。



「おい、あの二人いいのか?」



 ナオキは聞かずにはいられらなかった。



「大丈夫だろ。あんな奴ら何人来たって返り討ちだ!」



 玲は弱い者をいたぶって楽しんでいる連中が許せない性分だ。過去に何度も似たような光景をナオキは目にしていた。

 確かにナオキにしてみても許せない行為だと思う。何とかしてやりたいと思うが、玲のように行動には出せなかった。



 怖いのだ。



 玲のような行動に出て、やられた側からの報復がどんな形で来るかわからない。ナオキはそれを恐れている。いや、普通はそうだろう。

 玲が特別なのだ。自分が信じた正義を貫く。そんな玲をナオキは羨ましく、そして尊敬していた。



 ――数日後、やはり報復が訪れた。



 初めはあの時の二人が玲に絡んでいただけだった。だが玲は二人を返り討ちにした。そして次第にエスカレートしていき、玲に複数人で暴力をふるい、更には一緒にいたナオキまで暴力を振るわれるようになっていった。最後は決まって二人ともボロボロになっていた。だが二人とも入院するほどの重症にはならなかった。連中はいたぶって楽しんでいるのだ。



「……ごめんな……」



 傷だらけで倒れ込んでいると、決まって玲は申し訳なさそうに言っていた。



「大丈夫だ……気にするなよ」



 そんな玲に強がりを言うのがナオキは習慣になっていた。

 だけど、そんなことが続き暫くした頃、ナオキは玲と距離をとるようになった。



 暴力を振るわれることが恐ろしかったのだ。

 初めは玲が話しかけてきても聞こえないふりをし、メールが来ても返信を遅くしたり返信をしなかったり。そうやって玲との距離をとるようにして玲との繋がりを少なくしていった。

 その結果、ナオキへの暴力の回数が減り遂には無くなった。それはつまり玲との関係の終わりを物語っていた。



 玲への暴力はそれ以降も続いていた。

 数週間後、久しぶりに玲から電話が来たが出なかった。罪悪感はあったが、それ以上に玲から恨まれ、憎まれ口を叩かれるのが恐ろしかった。



 その後、玲からメールが来たが見なかった。玲からの恨み辛みが綴ってあると思うと恐ろしくて開くことが出来なかった。

 メールが来た次の日、学校へ行くと、玲が首を吊って亡くなったことを知った。



 知らせを聞いた瞬間、頭の中が真っ白になり、全身から血液が無くなったかのような冷たさを感じた。

 ナオキは学校を飛び出していた。



 そこからは学校にも行かず、ひたすら自分の部屋に閉じ籠った。



 玲を裏切り自殺に追いやった。自分自身を守ることを優先して……



オレは最低だ……



 そのことが頭から離れなかった。ひたすら自分の部屋で後悔し、泣き、聞こえることの無い玲からの恨み言が聞こえまた泣いた。

 玲に対して出来たことはいくらでもあったはずだ。後悔をいくらしても足りることは無かった。



 数か月が経ち、玲から来ていた最後のメールを見る気になった。それまでは自分自身を呪い続けるだけだったが、たとえメールでも玲自身の言葉で罵られ、虐げられるのも悪く無い。そう思い立った。玲が望むなら玲の後を追うことも考えていた。



 メールを読んだナオキは声を挙げて泣いた。



 玲からのメールには恨みなど一つも書かれていなかった。



 長いメールだった。



 玲とナオキの出会い。

 同じ女の子を好きになり二人とも振られたこと。

 振られた気を紛らわすためにお互い初めて飲んだウォッカ。

 二人で一本を空け、その後はゲロを吐き続けた。

 傷ついた子猫を拾い、二人で育てようと『虎の介』と名前を付けた。

 しかし、翌日には虎の介は冷たくなっていた。

 二人で泣きながら虎の介の墓を掘った。



 まだまだ沢山の思い出が書き込まれていた。どれも昨日のことのように覚えている。

 楽しかった時も、嬉しかった時も、辛く悲しい時も玲はナオキの隣にいた。そんな思い出を玲のメールは本当に楽しそうに綴っていた。

 最後に、自分が死んだからといってそのことを引きずらないでほしいこと。間違っても自分のせいだと思い苦しまないでほしいこと。ナオキと出会いは玲の人生で最高のモノであったこと。感謝をしてもしきれないことが書かれてメールは終わっていた。



 ナオキは泣いた。後悔・悲しみ・寂しさそれらの感情が涙となって流れてくる。



 ――数日してナオキは少しずつ落ち着きを取り戻していった。だが、やはり玲の自殺には自分が原因であることは間違いないと思っている。後悔もある。そういった思いがあり、ナオキは人との接触をせず家から出られないでいた。

 

 年が変わり、春になったころそれは起こった。



 玲の夢をナオキは見ていた。



 笑顔の玲が話しかけている。ナオキも笑いながら玲に話しかけている。過去の何気ない至って平凡な風景――もう戻ることの無い大切でかけがえのない風景。



 楽しかった。こんな日々があった。いつまでもこんな日々が続くんだと根拠も無しに感じていた。二度と来ることの無い日々――
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