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貴族の男
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大和や清太郎と話をしていると、ナオキたちの背後から男の声がした。
「これはこれは『帝国の若き英雄八京』様。随分と楽しそうですね」
全員が声のほうを向いた。そこには三人の男たちが立っていた。
「あ、はい。そうですね。少し盛り上がりすぎました。すいません。騒がしかったですか?」
八京は男たちに頭を下げて言った。どこかよそよそしさを感じる。
「いえいえ。騒がしいなんてとんでもない。この国を支えている英雄様に対してそのようなことを考える者などここにはおりませんよ」
真ん中の男が右手を左右に振りながら言った。声を掛けたのもこの男だ。
男は長身で細身だった。金髪をオールバックにしている。目が細く、キツネを連想させた。気取った話し方が鼻に付く。
「そうですか、なら良かった。不快にさせたのかと思いましたよ」
それでも八京のよそよそしさは変わらない。何を気にしているのだろう。
「はい。アナタ様がいなかったらこの国はここまでの発展はありえません。そんな八京様には敬意と尊敬しかありませんよ」
男は八京のことを称賛している。見たところ、八京たちと男に面識は無いようだ。ならなぜ声を掛けてきたのだろう。
「……ところで、英雄様は何故この城にいるのでしょう? 今までなら余程のことが無い限り帰国をすることは無かったように認識していたんですが……」
手を顎に当てて男は首を傾げた。
「スティルトン様。八京様は先のドラゴン討伐で大怪我をいたしました。ですので今は療養中の身です」
右隣のスキンヘッドの男が口を挟んでくる。
「なんと! 『帝国の若き英雄八京』様ともあろうお方が負傷していたなんて! そのような事情をつゆ知らず大変申し訳ございませんでした」
スティルトンと呼ばれた男は大げさに頭を下げた。
「いえ、どうかお気になさらずに。それにもう大分良くなってきたんで、じきに魔物退治もできそうですよ」
「そうですか、それは良かった。八京様はこの国の宝。早急に回復してもらい、あの醜くて汚くて卑しくて野蛮で知性の欠片も見られない連中を一掃してもらいたいものですなぁ」
スティルトンと呼ばれた男は大げさに物事を言っているがどこか胡散臭さを感じた。
「そんな、僕なんかまだまだですよ。それに、腕も鈍っているので鍛錬を行いながら少しずつ現場復帰を目指しますよ」
「ご謙遜を。八京様ほどの実力者ならばスグにでも現場へ戻れますよ。それに、何といってもここは貴族が多い。英雄八京といえど生まれも育ちも違って、ここは窮屈で馴染めないのではありませんか?」
「えぇ、確かにここは作法に厳しい面があります。ですが皆さんいい方で助けられていますよ」
「それは良かった。どの者も英雄様への敬意は忘れません。ですがここは貴族の政まつりの場。あなた様には、ここよりふさわしい場所へ早くお戻りになられることを願っていますよ」
このスティルトンという男は八京が気に入らないようだ。言葉の節々からそれが伝わってくる。
「おいお前! さっきから聞いてりゃあ八京に対して随分失礼なことを言ってくれてるじゃねぇか」
清太郎だ。相当頭に来ている。明日香と言い合っている時とは違い、その目には怒りの炎が宿っている。
「はて? 私は八京様を思って述べているのですよ。それをそのように言われるのは何とも心外ですね」
「八京がこの城にいるのがそんなに気に入らねぇか? この国の英雄が場内にいたらお前たち貴族も色々やりづらいってか?」
「おいチビ! スティルトン様に向って、口の利き方に気を――」
スティルトンの左隣の男が清太郎に近づいたが、スティルトンは手で遮った。
「あなたは確か……」
「清太郎だ」
「そう清太郎さん。いや失礼。いくらリスターターの方々と言っても、礼儀もわきまえない田舎者のことまで覚えるほど私は暇ではなくてね」
「てめぇ!」
清太郎は両手でスティルトンの胸倉を掴んだ。身長差では圧倒的に清太郎のほうが低いが、かろうじてスティルトンの身体が持ち上がっている。だがスティルトンは顔色一つ変えることは無かった。
「清太郎やめるんだ!」
「ほら、八京様もあぁ言ってますよ。早く手を放しなさい。アナタに染みついている魔物の腐敗臭が臭くてたまりません」
「なんだとこの野郎! 痛い目に合いてぇか!」
清太郎は更にスティルトンを高く持ち上げた。清太郎のどこにこんな力があるのだろう。
「まったくアナタ達はスグに暴力で何とかしようとするんですね。なんて野蛮なんだ。まるで魔物のようだ。アナタ達リスターターは素直に私たちの命令に従っていれば良いんですよ」
「っ!」
顔を真っ赤にした清太郎が片手を放し拳を握って振りかぶった。スティルトンを殴るつもりだ。
「清太郎やめろ!」
八京の声も虚しく、清太郎の拳がスティルトンの顔面目掛けて振り出された。
バシッ!
しかし拳はスティルトンの顔面を捉えることは無かった。寸でのところで大和が清太郎の拳を受け止めたのだ。
「清ちゃん。ちょっと熱くなりすぎだよぉ。落ち着こうよぉ」
「大和、邪魔すんな!」
清太郎は大和に捕まれた拳を引き離そうとするがビクともしない。
「ほらぁ。ここの国の貴族の人たちを敵にしちゃったらぁ俺ら生きていけないよぉ。今のうちに謝っちゃおうよぉ」
先ほどと口調は同じだが、大和の声は空気がまるで違った。
「うるせぇ!」
二人はにらみ合っている。
清太郎の拳も相変わらず動くことはない。
「ふぅ。野蛮なリスターターの中にも中々利口な者もいるようですね。少し意外でしたよ」
スティルトンがにらみ合う二人を遮るように喋った。
「まったく。いつまで私の胸倉を掴んでいるつもりですか。いい加減放してもらえますかね
」
そう言うとスティルトンは自分の胸倉を掴んでいる清太郎の手首を握り締めた。
「うっ!?」
途端に清太郎の手が胸倉から離れた。スティルトンは直立のまま『ストン』と床へ着地した。
清太郎は握られた手首を擦っている。大和も清太郎の拳を握るのをやめていた。
「大丈夫か? 清太郎……」
八京が清太郎の肩に手をあてる。
「あぁ……大丈夫だ。どうってことねぇ」
清太郎は手首とスティルトンの顔を交互に見ていた。
「お前……わざと俺に俺に殴られようとしてたのか……やろうと思えばいつでも俺から抜けられたのに……」
清太郎の身体が小刻みに震えている。
「さぁ。どうでしょう?」
スティルトンはとぼけた様に振舞った。その顔には人を見下したような笑みがこぼれている。
尚も清太郎は震えていたが、この場の空気を変えたのは八京だった。
「スティルトンさん。僕の仲間が大変失礼なことをいたしました。誠に申し訳ございません!」
八京は深く頭を下げた。
「おやおや、何も八京様が頭を下げることは無いのですよ」
「いいえ。アナタへの無礼を止められなかったのは僕の責任です。お詫びを申し上げます」
尚も八京は頭を下げて言った。
「八京……お前……」
「八京様、私は別にあなた様からの謝罪を望んではいませんよ。私に無礼を働いたのはこちらの野蛮人ですから」
そう言ってスティルトンは清太郎に冷たく目を向けた。
「くっ!」
清太郎はスティルトンから目を背けた。
「私は寛大な人間です。素直に自分の非を認め、謝罪する者にはそれなりに配慮をいたしましょう。ですが、そうでない者には容赦はしませんよ」
相変わらず大袈裟で芝居がかった素振りをしているが、スティルトンの目の奥は冷たく、非情さが伝わってきた。
「清ちゃん、俺も一緒に謝ってあげるからぁ」
大和も清太郎を促す。清太郎は拳を強く握り唇をキツク噛んでいた。
「……あなたに対して無礼を働きました。申し訳ございません!」
清太郎は八京と同じように深く頭を下げた。
「俺の仲間が申し訳ありませんでしたぁ」
大和も続いて頭を下げた。
3人が頭を下げたのを見届けたスティルトンは、笑みを浮かべたまま――
「先ほども言いましたが、私は寛大な人間です。今回は八京様とそちらのお仲間に免じて、アナタの無礼をを許しましょう。野蛮人、そちらの二人に感謝するんですね。そして英雄八京様、新人のリスターターの教育も大事ですがそちらのお仲間の教育、いや調教も必要だと思いますよ」
そう言うとスティルトンは食堂の出口へ歩いて行った。
「場がシラケましたね。行きますよ」
スティルトンは他の二人を従えて食堂を去っていった。
「これはこれは『帝国の若き英雄八京』様。随分と楽しそうですね」
全員が声のほうを向いた。そこには三人の男たちが立っていた。
「あ、はい。そうですね。少し盛り上がりすぎました。すいません。騒がしかったですか?」
八京は男たちに頭を下げて言った。どこかよそよそしさを感じる。
「いえいえ。騒がしいなんてとんでもない。この国を支えている英雄様に対してそのようなことを考える者などここにはおりませんよ」
真ん中の男が右手を左右に振りながら言った。声を掛けたのもこの男だ。
男は長身で細身だった。金髪をオールバックにしている。目が細く、キツネを連想させた。気取った話し方が鼻に付く。
「そうですか、なら良かった。不快にさせたのかと思いましたよ」
それでも八京のよそよそしさは変わらない。何を気にしているのだろう。
「はい。アナタ様がいなかったらこの国はここまでの発展はありえません。そんな八京様には敬意と尊敬しかありませんよ」
男は八京のことを称賛している。見たところ、八京たちと男に面識は無いようだ。ならなぜ声を掛けてきたのだろう。
「……ところで、英雄様は何故この城にいるのでしょう? 今までなら余程のことが無い限り帰国をすることは無かったように認識していたんですが……」
手を顎に当てて男は首を傾げた。
「スティルトン様。八京様は先のドラゴン討伐で大怪我をいたしました。ですので今は療養中の身です」
右隣のスキンヘッドの男が口を挟んでくる。
「なんと! 『帝国の若き英雄八京』様ともあろうお方が負傷していたなんて! そのような事情をつゆ知らず大変申し訳ございませんでした」
スティルトンと呼ばれた男は大げさに頭を下げた。
「いえ、どうかお気になさらずに。それにもう大分良くなってきたんで、じきに魔物退治もできそうですよ」
「そうですか、それは良かった。八京様はこの国の宝。早急に回復してもらい、あの醜くて汚くて卑しくて野蛮で知性の欠片も見られない連中を一掃してもらいたいものですなぁ」
スティルトンと呼ばれた男は大げさに物事を言っているがどこか胡散臭さを感じた。
「そんな、僕なんかまだまだですよ。それに、腕も鈍っているので鍛錬を行いながら少しずつ現場復帰を目指しますよ」
「ご謙遜を。八京様ほどの実力者ならばスグにでも現場へ戻れますよ。それに、何といってもここは貴族が多い。英雄八京といえど生まれも育ちも違って、ここは窮屈で馴染めないのではありませんか?」
「えぇ、確かにここは作法に厳しい面があります。ですが皆さんいい方で助けられていますよ」
「それは良かった。どの者も英雄様への敬意は忘れません。ですがここは貴族の政まつりの場。あなた様には、ここよりふさわしい場所へ早くお戻りになられることを願っていますよ」
このスティルトンという男は八京が気に入らないようだ。言葉の節々からそれが伝わってくる。
「おいお前! さっきから聞いてりゃあ八京に対して随分失礼なことを言ってくれてるじゃねぇか」
清太郎だ。相当頭に来ている。明日香と言い合っている時とは違い、その目には怒りの炎が宿っている。
「はて? 私は八京様を思って述べているのですよ。それをそのように言われるのは何とも心外ですね」
「八京がこの城にいるのがそんなに気に入らねぇか? この国の英雄が場内にいたらお前たち貴族も色々やりづらいってか?」
「おいチビ! スティルトン様に向って、口の利き方に気を――」
スティルトンの左隣の男が清太郎に近づいたが、スティルトンは手で遮った。
「あなたは確か……」
「清太郎だ」
「そう清太郎さん。いや失礼。いくらリスターターの方々と言っても、礼儀もわきまえない田舎者のことまで覚えるほど私は暇ではなくてね」
「てめぇ!」
清太郎は両手でスティルトンの胸倉を掴んだ。身長差では圧倒的に清太郎のほうが低いが、かろうじてスティルトンの身体が持ち上がっている。だがスティルトンは顔色一つ変えることは無かった。
「清太郎やめるんだ!」
「ほら、八京様もあぁ言ってますよ。早く手を放しなさい。アナタに染みついている魔物の腐敗臭が臭くてたまりません」
「なんだとこの野郎! 痛い目に合いてぇか!」
清太郎は更にスティルトンを高く持ち上げた。清太郎のどこにこんな力があるのだろう。
「まったくアナタ達はスグに暴力で何とかしようとするんですね。なんて野蛮なんだ。まるで魔物のようだ。アナタ達リスターターは素直に私たちの命令に従っていれば良いんですよ」
「っ!」
顔を真っ赤にした清太郎が片手を放し拳を握って振りかぶった。スティルトンを殴るつもりだ。
「清太郎やめろ!」
八京の声も虚しく、清太郎の拳がスティルトンの顔面目掛けて振り出された。
バシッ!
しかし拳はスティルトンの顔面を捉えることは無かった。寸でのところで大和が清太郎の拳を受け止めたのだ。
「清ちゃん。ちょっと熱くなりすぎだよぉ。落ち着こうよぉ」
「大和、邪魔すんな!」
清太郎は大和に捕まれた拳を引き離そうとするがビクともしない。
「ほらぁ。ここの国の貴族の人たちを敵にしちゃったらぁ俺ら生きていけないよぉ。今のうちに謝っちゃおうよぉ」
先ほどと口調は同じだが、大和の声は空気がまるで違った。
「うるせぇ!」
二人はにらみ合っている。
清太郎の拳も相変わらず動くことはない。
「ふぅ。野蛮なリスターターの中にも中々利口な者もいるようですね。少し意外でしたよ」
スティルトンがにらみ合う二人を遮るように喋った。
「まったく。いつまで私の胸倉を掴んでいるつもりですか。いい加減放してもらえますかね
」
そう言うとスティルトンは自分の胸倉を掴んでいる清太郎の手首を握り締めた。
「うっ!?」
途端に清太郎の手が胸倉から離れた。スティルトンは直立のまま『ストン』と床へ着地した。
清太郎は握られた手首を擦っている。大和も清太郎の拳を握るのをやめていた。
「大丈夫か? 清太郎……」
八京が清太郎の肩に手をあてる。
「あぁ……大丈夫だ。どうってことねぇ」
清太郎は手首とスティルトンの顔を交互に見ていた。
「お前……わざと俺に俺に殴られようとしてたのか……やろうと思えばいつでも俺から抜けられたのに……」
清太郎の身体が小刻みに震えている。
「さぁ。どうでしょう?」
スティルトンはとぼけた様に振舞った。その顔には人を見下したような笑みがこぼれている。
尚も清太郎は震えていたが、この場の空気を変えたのは八京だった。
「スティルトンさん。僕の仲間が大変失礼なことをいたしました。誠に申し訳ございません!」
八京は深く頭を下げた。
「おやおや、何も八京様が頭を下げることは無いのですよ」
「いいえ。アナタへの無礼を止められなかったのは僕の責任です。お詫びを申し上げます」
尚も八京は頭を下げて言った。
「八京……お前……」
「八京様、私は別にあなた様からの謝罪を望んではいませんよ。私に無礼を働いたのはこちらの野蛮人ですから」
そう言ってスティルトンは清太郎に冷たく目を向けた。
「くっ!」
清太郎はスティルトンから目を背けた。
「私は寛大な人間です。素直に自分の非を認め、謝罪する者にはそれなりに配慮をいたしましょう。ですが、そうでない者には容赦はしませんよ」
相変わらず大袈裟で芝居がかった素振りをしているが、スティルトンの目の奥は冷たく、非情さが伝わってきた。
「清ちゃん、俺も一緒に謝ってあげるからぁ」
大和も清太郎を促す。清太郎は拳を強く握り唇をキツク噛んでいた。
「……あなたに対して無礼を働きました。申し訳ございません!」
清太郎は八京と同じように深く頭を下げた。
「俺の仲間が申し訳ありませんでしたぁ」
大和も続いて頭を下げた。
3人が頭を下げたのを見届けたスティルトンは、笑みを浮かべたまま――
「先ほども言いましたが、私は寛大な人間です。今回は八京様とそちらのお仲間に免じて、アナタの無礼をを許しましょう。野蛮人、そちらの二人に感謝するんですね。そして英雄八京様、新人のリスターターの教育も大事ですがそちらのお仲間の教育、いや調教も必要だと思いますよ」
そう言うとスティルトンは食堂の出口へ歩いて行った。
「場がシラケましたね。行きますよ」
スティルトンは他の二人を従えて食堂を去っていった。
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