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悪ふざけ

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「――おやおや、これはまた随分と楽しそうですねぇ」



 ナオキ達のやり取りに割って入るように男の声がした。聞き覚えのあるその声に全員が一斉に顔を向けた。



この人は初日に会った人だ。確か名前は……



「スティルトンさん」



 ナオキが思い出すより早く八京が男の名前を言った。

 スティルトン――ナオキが召喚されて初日に八京や清太郎に絡んできた男だ。

 スティルトンの後ろには前回同様二人の取り巻きを従えている。



「英雄様に私の名前を覚えていただけるなんて光栄です。私、今回の任務で副官を務めることになりましたので、八京様にご挨拶を申し上げに参りました」



 スティルトンは八京に向けて頭を下げた。



「そんな、頭を上げてください。挨拶なんて……本来なら僕たちが副官のスティルトンさんの元へ向かわなければならないのに、申し訳ありません」

「そんな滅相もない。私は副官なれど、アナタ様に比べたらまだまだです。そんな八京様が直々に赴くなど恐れ多いこと」

「辞めてくださいよ。僕なんてまだまだですから、それよりスティルトンさん。今回の訓練、アナタ達の協力も必要になってきますのでよろしくお願いします」



 今度は八京がスティルトンに頭を下げた。



「それはもちろんですよ。今回の訓練は今後を左右する人材育成の一環ですからね。あの野蛮人のような輩になられてはかないません。八京様におかれましても我々貴族への接し方などの教育は特に怠らないようにしっかりお願いしますよ」

「はい。肝に銘じます」

「それにしてもよぉスティルトン様。いくらリスタって言ってもゴブリン一匹倒せずにビビってる奴も要るんだぜ。こいつ等、ホントに役に立つのかよ」



 スティルトンの後ろで今まで黙っていた男がしゃべりだした。

 背は八京くらいでガッシリした体格の男だ。男は下品な笑を浮かべている。

 自分の事だとスグに分かり、ナオキはカーっと顔が熱を帯びていくのを感じた。



「あぁ……確かにそんな者もいましたねぇ。それは……アナタのことですか?」



 ナオキの方を向きスティルトンは尋ねた。



「あの……はい。そうです」



 ナオキは俯きながら拳を強く握った。スティルトン達がナオキを見下しているのが分かる。



「そうですか……どうやらアナタにはこの世界は向かないようですね。ならどうですか? いっそのこと、どこかの貴族の召使いにでもなっては。何なら私が口を利いてあげても構いませんが?」



 あまりにも突拍子もない提案にナオキは言葉が出なかった。八京たちも同じなのだろう、少しの間が開いた。



「……プッ。そりゃいいっすね! リスタの召使い、きっとどこの貴族も珍しがって取り合いですよ。いや~、それなら是非ウチに欲しいですな。なぁロックフォール、お前も欲しいだろう?」



 男は嬉しそうに隣の男へ話をふった。



「………………」



 しかし隣の男からは返事は無かった。



「チッ、相変わらずダンマリかよ。シケてんなぁ」



 つまらなそうに男は唾を吐き捨てて言った。



「どうでしょう? 魔物を殺さなくても良いのですよ? 悪く無い条件ではないと思いますがねぇ?」



 スティルトンは尚も勧めてくる。そんなスティルトンに対しナオキは何も喋れずにいた。スティルトンの目が笑っていなかったからだ。

 その凍りのように冷たい視線を向けられて何も言い返せなかった。



「冗談も程々にしてください。彼はまだこの世界に来て間もないんです。そんなことを言われたらナオキ君も戸惑ってしまいます」



 八京がフォローに入ってくれた。

 しかしスティルトンは構わず。



「冗談? 英雄様。私は冗談は言わないのですが……」



 手を顎にあてながらスティルトンは言った。つまり彼は冗談では無く本心で言っていることになる。



「仮に冗談では無かったとしてもその話は受けられませんよ! 彼は僕の教え子です。僕が責任をもって、彼をこの世界で活躍できる人間にして見せます」



 力のこもった八京の言葉にナオキは涙が出そうになった。ここに明日香やルカがいなかったら泣いていただろう。



「ほう? この少年に一体どのような理由があって八京様はそこまで期待をされるのですか?」



 スティルトンの目がより一層細くなり視線が八京を射抜く。



「彼の目です」

「目?」

「はい。確かにナオキ君は魔物を殺すことに抵抗があります。ですがそれは臆病から来るものではなく、彼が優しすぎるからです。今はまだその優しさから魔物を殺められずにいますが、時間をかけて少しずつこの世界のことを理解していけば、きっと僕以上の存在になれると信じています」

「英雄八京以上の存在? それはまた随分と大きく出ましたね。そんな存在になるのなら我々としても大変価値のあるものです。ですが『時間をかけて少しずつ』なんて悠長なことは言ってられませんよ。我が国は魔物だけでなく他国とも渡り合わなくてはなりませんからね。可及的速やかに成果が期待できなければ、何のためにアナタ達リスターターがいるのか分からないではありませんか」

「それはそちらの都合であって僕たちには関係がない! 僕たちは、何にも関係のない世界にいきなり召喚されて魔物と戦っている。少しはこっちの気持ちを汲んでくれてもいいんじゃないですか!」



 普段の八京からは想像が出来なかったが、珍しく八京が熱くなっている。こんな八京は初めてだ。



「ふ~。八京様ともあろうお方がまだそんなことをおっしゃっているのですか。アナタ達リスターターは我々のコマに過ぎないんですよ。それはアナタ様が一番わかってらっしゃるはずでしょう? 我々に代わって様々な脅威と戦う。その一点のみが重要であってリスターターの気持ちなんて取るに足りない問題なんですよ」



 この眼だ――スティルトンの冷たい眼は、ナオキ達リスターターを人間として見ているものではない。いいところ、飼っている犬を見ているようなものだ。八京に対して敬語を使っているが、それは出来の良い犬に対して使っている言葉のようなものなのだろう。スティルトンの眼がそれを物語っている。



「ふ……ふざける――」

「八京、そこまでだ」



 怒りに震える八京が声を出したその瞬間――八京の肩に手を置く男が現れた。整った顔立ちに青髪の髪が印象的だ。八京の知り合いか……



誰だこの人



「――ジュダさん」

「これは隊長。一体いかがなさいました?」



この人が隊長? ってことはスティルトンの上官――



「スティルトンいい加減にしろ! リスターターに対してそのような態度は見逃せないぞ」

「これは申し訳ありません。私としたことが少々熱くなってしまったようです。八京様。先ほどのご無礼、深くお詫びいたします」



 先ほどとは打って変わってスティルトンの態度も、その冷たい瞳も柔らかいモノになり、八京に深く頭を下げた。



「い、いえ……僕の方こそムキになってしまいました。申し訳ありません」



 併せて八京もスティルトンへ頭を下げた。それを確認したジュダは満足気に笑みを浮かべた。



「よし、ではこの話は終わりだ。スティルトン。後方へ行って遅れてる者がいないか確認をしてきてくれ」

「はい、承知いたしました。ゾーラ。ロックフォール行きますよ。それでは八京様方失礼いたします」



 そう言ってスティルトンは馬の向きを変えて後方へ向かった。それに習ってロックフォールと呼ばれた男も後に続いた。だが、ゾーラと呼ばれた男はナオキへ近づいてきた。



「おい、ニイチャン。俺の召使いになる気になったらいつでも言ってきな。アトそこの嬢ちゃん達もだ。何なら俺の妾にして可愛がってやるからよ。いつでも言ってきな」



 ゾーラは下卑た笑いを浮かべながら明日香たちにも話を振った。



「何馬鹿なこと言ってんのよ! 私たちがそんなのになるわけないじゃない!! いくら貴族でもふざけたこと言ってると叩き斬るわよ!」



 明日香は槍を手にし、ゾーラに反抗した。



「おぉぉ怖い怖い。だが気の強い女は嫌いじゃねぇ。調教のし甲斐があるってもんだ」



 ゾーラは向けられた槍を握り顔を明日香に近づけて言い放った。相変わらずの気持ちの悪い笑みを浮かべている。



「ゾーラ。いつまで遊んでいるのですか。行きますよ」



 少し離れたところからスティルトンの声が聞こえる。それに反応したゾーラは「チッ!」

と一度舌打ちをした後方向を変えた。



「オメーらまたな、訓練は数日あるんだ。気が変わったら言ってくれや!」



 そう言ってゾーラはスティルトンの元へ向かっていった。



「誰が気が変わるかっての! あーもー! あーゆーヤツあり得ないんだけど!」



 中指を立ててゾーラへ向けたまま明日香が怒鳴った。相当頭に来ている。

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