薬草の姫君

香山もも

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はじまり

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 ――できれば、見なかったことにしたかった。

 ライトの家の前に倒れていたのは、青白い肌をした少女だった。
 髪が長く、手足は細い。胴体も厚みがなく、裸足だった。つまさきは汚れ、足の甲には赤く擦り切れたような痕がある。
 一瞬、触れそうになり、しゃがみこんだものの、思いとどまって様子を伺う。
 息はあった。
 見たところ、気を失っているだけのようだ。
「――おい」
 舌打ちをすると、ライトは声をかける。
 見てしまったのだ。知らないふりをしたいところだが、家に入ったところで結局、気にしてしまうだろう。
 自分でも損な性分だと思うが、こればっかりは仕方がない。だとすれば声をかけ、早めに立ち去ってもらうのが一番だ。
「――おい、起きろ」
 ライトは再び声をかける。少女の顔はうす汚れているものの、びっしりと生えたまつげや、通った鼻筋など、なかなかのものだった。唇も生気のないことを除けば、整った形をしている。
 そう、まるで人形ーーいや、妖精のようだった。ある場所で一度だけ見た、あの絵の者にによく似ている。
「……おい、おーきーろ」
 ライトは我に返り、今度は少女の頬を叩く。多少冷たく感じるものの、触れればその奥に、生気があるのがわかる。ライトはそのまま、さらに強めに頬を叩いた。
「――このままでいるつもりなら……」
 そう言いかけた時だ。長いまつげに縁取られた瞳が、一気に開く。
 なんてことはない、このあたりではよく見かける、うっすらとした茶色だった。髪もちょうど同じような色で、そのことにライトはほっとする。
 同じなわけがない。
 あの絵と、同じなはずがない。
 それは次に出た少女の一言で、ライトは確信する。
「――おなか……すいた」
 小さな手は、いつのまにかぎゅっとライトの腕をつかんでいた。
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