16 / 23
説得
しおりを挟むライトの視線に気がつくと、マリーは男の手を離す。彼女のほうに悪びれた様子はなく、ライトに向かってにっこりと笑う。
「あ、ねえライト。この人はね……えっと……名前、なんだっけ?」
自分よりも、頭一つ分以上ある男を見あげて、マリーは尋ねる。男は咳払いを一つすると、
「――ジェインです。マリーさ……マリー嬢」
にらまれて、あきらかに言い直した。
「そうそう。それで? なんでこんなところにいるの?」
「なぜって、迎えに来たに決まっているでしょう。あなたという御方は……特にマティス様はご立腹ですよ」
「え――あたしちゃんと伝えていったのに。もしかしてこれから怒られるの? やだなあ。ねえ、ジェイン。代わりに怒られて?」
今度は甘えるようにして、彼――ジェインを見る。一瞬、顔がゆるみそうになったのを、マリーは見のがさなかった。けれど我に返ったかのように、再び咳払いをした。
「そういうわけにはいきません。さあ、すぐに園へ戻りましょう。みんな待っています」
今度は肩ではなく、腕をつかむ。マリーはすぐに頬をふくらませ、
「いやよ。今はまだ帰らない。もう少し、ライトと一緒にいる」
いきなり、ライトに飛びついてきた。
ようやくジェインの視界に、ライトの姿が映る。
「……マリー様、一体何を仰っているんですか?」
「マティスにちゃんと伝えたはずよ。あたしの薬師を、必ず見つけてくるって」
ライトは何か言うどころか、動くこともできなかった。
「――それが、彼、だと?」
「そうよ。ライトっていうの。もう少しふたりで、城下を歩くの。心配しなくても、ちゃんと戻るわ」
ぎゅっと、抱きつく腕に力がこめられるのがわかる。これはどうあがいても、はなせそうにない。
「――あの」
そこでようやく、ライトは口を開いた。
「おれが必ず、連れて行きますので」
どうにもこうにも、他にこの場をおさめる方法が見つからなかった。
「……確か、ライト・リック。名門リック家の嫡男だったな」
「よくご存じで」
「受験者の中では目立っていたし、実際成績も上位だった。そして、その後のことも、な」
どうやら、語り草になっているようだ。
ライトの身体が、再び固まった。
「ちょっとジェイン、よけいなこと言わないで。とにかく後で戻るから、先に帰って」
「……わかりました。ここは私が引き下がりましょう。次の鐘が鳴終える前に、お戻りください」
ライトを一度にらむように見ると、ジェインは背を向けた。
「よかった」
にこにこと笑っていたのは、マリーだけだった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
勇者パーティーの保父になりました
阿井雪
ファンタジー
保父として転生して子供たちの世話をすることになりましたが、その子供たちはSSRの勇者パーティーで
世話したり振り回されたり戦闘したり大変な日常のお話です
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる