薬草の姫君

香山もも

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説得

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 ライトの視線に気がつくと、マリーは男の手を離す。彼女のほうに悪びれた様子はなく、ライトに向かってにっこりと笑う。
「あ、ねえライト。この人はね……えっと……名前、なんだっけ?」
 自分よりも、頭一つ分以上ある男を見あげて、マリーは尋ねる。男は咳払いを一つすると、
「――ジェインです。マリーさ……マリー嬢」
 にらまれて、あきらかに言い直した。
「そうそう。それで? なんでこんなところにいるの?」
「なぜって、迎えに来たに決まっているでしょう。あなたという御方は……特にマティス様はご立腹ですよ」
「え――あたしちゃんと伝えていったのに。もしかしてこれから怒られるの? やだなあ。ねえ、ジェイン。代わりに怒られて?」
 今度は甘えるようにして、彼――ジェインを見る。一瞬、顔がゆるみそうになったのを、マリーは見のがさなかった。けれど我に返ったかのように、再び咳払いをした。
「そういうわけにはいきません。さあ、すぐに園へ戻りましょう。みんな待っています」
 今度は肩ではなく、腕をつかむ。マリーはすぐに頬をふくらませ、
「いやよ。今はまだ帰らない。もう少し、ライトと一緒にいる」
 いきなり、ライトに飛びついてきた。
 ようやくジェインの視界に、ライトの姿が映る。
「……マリー様、一体何を仰っているんですか?」
「マティスにちゃんと伝えたはずよ。あたしの薬師を、必ず見つけてくるって」
 ライトは何か言うどころか、動くこともできなかった。
「――それが、彼、だと?」
「そうよ。ライトっていうの。もう少しふたりで、城下を歩くの。心配しなくても、ちゃんと戻るわ」
 ぎゅっと、抱きつく腕に力がこめられるのがわかる。これはどうあがいても、はなせそうにない。
「――あの」
 そこでようやく、ライトは口を開いた。
「おれが必ず、連れて行きますので」
 どうにもこうにも、他にこの場をおさめる方法が見つからなかった。
「……確か、ライト・リック。名門リック家の嫡男だったな」
「よくご存じで」
「受験者の中では目立っていたし、実際成績も上位だった。そして、その後のことも、な」
 どうやら、語り草になっているようだ。
 ライトの身体が、再び固まった。
「ちょっとジェイン、よけいなこと言わないで。とにかく後で戻るから、先に帰って」
「……わかりました。ここは私が引き下がりましょう。次の鐘が鳴終える前に、お戻りください」
 ライトを一度にらむように見ると、ジェインは背を向けた。
「よかった」
 にこにこと笑っていたのは、マリーだけだった。
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