薬草の姫君

香山もも

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部屋

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 書類の手続きを済ませると、ライトは用意された部屋に向かう。
 ライトが連れてこられたのは、薬草園の敷地内になる、建物の一つで、来客用の場所らしい。自分は手続きが済めば、てっきりそのまま寮に入る形になると思っていた。けれどジェインの話だと、まだリング・エルフとの契約は終わっていないというのだ。
 なんでも翌日、まだ日が高いうちに、「契約の儀式」というものを行うらしい。
 あの日選ばれていれば、そうだったのだろうか。ライトは廊下を歩きながら、ふとそんなことを考える。
 けれどそれも、部屋の扉を開けると同時に吹きとんだ。
「――あ、ライト」
 中にいたのは、マリーだった。ライトは反射的に、扉を閉める。それからあたりを見渡し、部屋の位置を確認する。
 合ってるか? 合ってるよな? それとももう一度、訊いたほうがいいだろうか。
 そう思っていた時だった。
「ここよ、ライトの部屋」
 中から扉が開き、マリーが顔を出す。にこにことうれしそうに笑っている。
「いや、だからなんでおまえがいるんだ?」
 ライトが一番言いたいのは、そこだった。
「ごはん、ごはん持ってきたの。一緒に食べようと思って」
 そういえば、と思う。食事は確か部屋に運んでくれると言っていた。
「さ、入って入って」
「おまえの部屋じゃないだろ」
 そうは言いつつも、ライトは中に入る。お腹が空いていたからだ。
 中の造りは来客用の、普通の部屋だった。
 テーブルには二人分の食事が用意されている。温かいスープにパン、それから焼きたての肉に、マッシュポテトだった。
 マリーが引っぱりながら促すので、ライトは仕方なく腰かけ、食べ始める。
「おいしい」
 マリーはライトの家と変わることなく、うれしそうな表情を浮かべて、口に運んでいく。その様子を見て、ライトはふと尋ねた。
「……なあ、おまえって」
「おまえじゃなくて、マリーよ」
 そういえばまだ、呼んでいない気がした。
 少女は期待に満ちた目を向けて、それを待っている。ライトは咳払いをしつつ、再び口を開いた。
「――マリー」
 その名前は思っていたよりもずっと軽く、そしてあまい響きだった。
 そのせいだろうか。尋ねようとしていたのに、怯んでしまう自分がいる。
 少女が何者なのか。何者であるか、ということだ。
 周囲の態度からして、何かしら立場があることは間違いない。けれど、なんとなく知りたくないような気もするのだ。
 知ってしまえば、なかったことにはできなくなる。そしていずれわかるだろう、という思いもある。
 手を止めていると、マリーが食事を再開する。それから、言った。
「――明日。契約がちゃんとすんだら、教えてあげる。あたしのこと」
 まるで、ライトの心内を読んだかのように、口にする。ライトはその言葉に、いろんな意味でほっとしたのだろう。息をついて、同じようにパンとスープを口に運んだ。
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