薬草の姫君

香山もも

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ライトの気持ち

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 その夜のことだった。
 ライトは落ち着かず寝台の中で何度も寝返りを打つ。急に寝心地が変わったのだ。家のほうも決して悪くはなかったが、この客室と比べると、やはり違いは否めない。
 ぼんやりしていると、花の香りがただよう。つられるようにして、昨夜のマリーの感触が、なんとなく思い出された。
 かわいいとは思う。
 でも、それだけな気がする。
 今日一日、ゆっくりと考えた。それしか考えることがなかったからだ。
 彼女の好意は、まちがいないだろう。けれど応えるかといえば、それはまた別の話だ。
 今夜もマリーは、ライトの寝台に入りたがったが、さすがに遠慮してもらった。
 彼女は不服そうだったが、マティスとジェインに、なんとか連れ帰ってもらったのだ。
 正直いって、ほっとした。
 一緒にいると自分が何をどう思っているのか、定まらないことが多い。彼女の奔放さにふりまわされてしまうのだろう。
 意志が弱いと言われればそれまでだが、もうそこは腹を括ることにした。
 そうしないと、この先には進めない気がするのだ。
 薬師になれば、もっと大変なことが待ち受けているだろう。これ以上、立ち止まるのはごめんだった。
 ふと、窓のほうから音がした。
 身体を起こして、視線をやる。
 まさか、と思う。まさか懲りずに、マリーがやってきたかと。
 ライトは寝台から降りて、足を向けた。息をつきながら窓に手をかけると、力を入れる前に開く。
 風が、ライトの身体をさらう。
 生ぬるい空気になめられているかのようだった。

 ――あれは、災いの姫君

 どこかから、そんな声が聞こえた気がした。
 ライトは両手で窓をつかみ、閉める。
 あたりまえだが風は止んだ。
 ライトは寝台に戻って、その言葉をつぶやいてみる。
「……災いの、姫君、か」
 だれのことだろう。
 わかるようで、わからない。もしかしたら、わからないふりをしているのかもしれない。
 ライトは目をつぶり、深呼吸をする。
 寝台はようやくなじみ始め、眠るのに、そう時間はかからなかった。

 その夜、ライトは夢を見た。
 昔の、そう、ときどきみる、肖像画の夢だ。父親と一緒に、城に行ったことがある。その時見た、妖精画だ。
 ライトはその美しさに、その場を動けなかった。
 そして本当に、これは絵なのか。描かれた人物は、一体どんなものなのか。
 ライトは心だけじゃなく、身体の全部が持っていかれたような感覚を、その時初めて味わったのだ。
 忘れていた、と思う。
 いや、忘れたふりをしていただけだと思う。
 おぼろげな記憶の中で、ライトは胸に手をあてる。
 そしてぎゅっと、こぶしを作るのがわかった。

 朝早く、起こしに来たのはマリーだ。
「ライト、早く早く」
 寝起きが悪かったので、正直助かったが、まったくといっていいほど出ていく様子がない。
 にこにことしている少女に、ライトは息をついた。
 伝えなければならないと思う。
 この少女に、きちんと、自分の気持ちを。
 もしかしたら、彼女の気持ちが変わってしまうかもしれない。
 それでも、言わなければ、と思う。
 その先に、何が待っていても。
「――マリー」
 ライトはその名を、そっとつぶやく。彼女が聞きもらすことはなく、すぐに跳ねるようにしてやってきた。
「話がある。できれば、契約の前に」
 少女はきょとんとしたまま、首をかしげる。ライトはその様子を、目を細めて、ながめる。
 ひとまず、着がえなければ、と思い、マリーを一度追い出して、寝台から降りた。
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