薬草の姫君

香山もも

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書庫

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「ええ、なにこれ」
 扉を開けた瞬間、マリーは声をあげた。
 案内されたのは図書館の奥にある書庫で、与えられたのは、書庫の整理だったのである。
「やだやだやだ。やりたくないっ」
 早速マリーは、扉の前で駄々をこね始めた。
「こんなのやだ。つまんない。ごはんがいい」
 もちろん、予想はしていたことだ。
 ライトはあえて何も言わず、書庫の中へ入る。それから一冊ずつ、手に取りながら、整理していく。
「やだったら、やだ」
 そのうちマリーは縮こまり、そんな彼女を見て、マティスはライトに耳打ちをする。
 ライトは息をついて、寝そべるマリーに声をかけた。
「これが終わったら、今度こそ昼食。今日は特別に、夕食もおれの部屋で食べてもいいって」
「ホント?」
 マリーの顔が輝く。
 きらきらとした瞳を向けられて、ライトは一瞬身を引いた。
「おれは普通に食堂で食べたいけど」
 すぐに平常を装い、ため息とともに吐き出した。
「ライトが部屋にいないなら、ライトの部屋で食べたって意味ないもん」
 マリーが再び頬をふくらませた。
「わかったわかった。昼と夜、今日は一緒に食べてやる。それでいいか?」
「イヤ」
「はあ?」
 ライトは眉を寄せた。
 マティスに言われたとおり、マリーの機嫌を取ろうと思ったのだ。けれど彼女はまだ、不服そうな視線を向けている。
「ごはんだけじゃイヤ。おいしいお茶も飲みたいの。あとあまいものも」
 つまり食事だけじゃなく、それ以外にもつきあえと言いたいらしい。
 あまりのわがままぶりに、呆れを通りこして、ライトは笑ってしまいそうになる。
「わかった。お茶でもなんでもつきあうから、仕事するぞ」
「うん」
 マリーがようやく、満面の笑みを浮かべる。
 そして、書物と向き合ったものの、数分後。
「……つかれた」
 背中を向けてしゃがむマリーを、ライトは目を向けることなく、作業に没頭する。
 それが気にいらなかったのか、マリーは立ちあがり、ライトの裾を引っぱる。
「なんだよ、ちゃんと仕事する約束だろ」
「わかってるもん。でも、つかれたんだもん」
「おまえなあ……」
 マリーの力が、思ったよりも強かったのか、ライトは体勢を崩す。
 同時に立てかけてあった数冊が、一気に落ちてきた。
「――ライト」
 マリーはすんなりと避けたため、下敷きになったのはライトだけだった。
「だいじょうぶ?」
 返事はせずに、なんとか起きあがると、一冊、書物が開かれた状態になっていた。
 ライトはふと、それに目をやる。
 マリーも同じように、視線を向けた。
 手をのばしたのは、ライトが先だった。
「……なあに?」
 マリーが首をかしげる。
「いや、別に。ただ昔家で読んだなって思っただけ」
 ライトの家は薬師が多いので、図書館、までとはいかないものの、書物専用の部屋があった。ライトはそこで勉強したり、本を読んだりしていた。
「みせて」
 マリーが本を寄せると、開かれたページを見る。ライトはその様子を、ぼんやりと眺めていた。
 ふわふわとした、長い髪。
 そう、最初は、ただ見ているだけだったのだ。
 なのに気がつけば、手をのばして、触れようとしていた。
 けれど、できなかった。
 寸前のところで、マリーが顔をあげたからだ。
「ライト?」
 首をかしげながら、まっすぐなまなざしを向けてくる。
「あ、いや。なに?」
 一瞬、気まずくなって俯いた。けれどマリーは気にすることもなく、本の中身を読みあげる。
「これ、ガーデン・エルフの歴史が書いてある」
「……まあ、そうだな」
 マリーは本に、再び目を落とした。
 その瞳は、いつもの無邪気なものとはちがい、何か思うところがあるように見える。
 気になったものの、尋ねることはできない。
「……なんで」
 マリーがふと、そう言いかけた時だった。
 ぐるるるる、と、ライトの腹が合図する。
 マリーが驚いたように目を見開いたものの、すぐにけらけらと笑い出した。
 ライトの顔が瞬時に真っ赤になったのは、言うまでもない。
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