薬草の姫君

香山もも

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仕事

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 目が覚めたのはきっと、自分以外の寝息のせいだった。
 ライトがまぶたを開けると、そこにいたのは、マリーだ。
「――おいっ」
 思わず飛び起きて、寝台からおりる。
 予想はしていたものの、やはり驚きは隠せなかった。
「――起きろ」
 マリーの肩にふれ、揺さぶると、とたんにライトの部屋の扉が開いた。
「――マリー様っ」
 飛びこんできたのは、ジェインだった。
 マリーはようやく目を開けて、あくびをする。
「あ、おはよう」
 最初にライトを見つめると笑い、それからジェインをながめる。
「あれ、なんでここにいるの?」
 まぶたをこすりながら、口にした。
「……マリー様、あなたのお部屋はどこですか?」
「あっちよ」
 にっこりと笑って、マリーは薬草園のほうを指さす。その反応に、ジェインの額に青筋が立った。
 ライトはまた面倒なことになる、と思い、
「おい、自分の部屋に戻れ」
 たしなめるようにマリーに言った。
「ええ――リング・エルフと薬師が一緒にいるのは義務づけられてるのに?」
「それは常識の範囲内で、だろ」
「あたしにとっては同じことよ」
 マリーが頬をふくらます。ライトは息をついた。
「とにかく、急がないとそろそろ時間だ。このままだと仕事に支障が出る」
 ライトの顔が険しくなる。それを見て、マリーは仕方ない、といった様子で、寝台からおりた。「さあ、マリー様」
 促すようなジェインの言葉に、マリーは宙をあおいだ。
 それから一度、ライトのほうを見て、
「じゃあ、またあとで」
 ひらひらと手をふりながら、出て行った。
 ライトは軽く頭をかくと、思い切り背のびをする。
 ふと、窓に目を向けた。
 雲一つなく、気持ちのよい天気だ。
 昨日と同じだった。
 一瞬、ライトは肩をふるわせる。
 空はいい。
 けれど仕事まで、昨日と同じであってはならない、と感じたからだ。

 新人薬師の仕事はまず、薬草園に入ることから始まる。
「おはようございます」
 ライトが扉をあけると、すでに何人か来て、整列している。
 ライトは足早に並ぶと、マティスが咳払いをした。
「全員揃ったようだな。本日も各班、与えられた仕事に精を出すように」
 それだけ言うと、マティスは出て行く。
 ライトは息をついて、あたりを見まわした。するとすぐに、
「ラーイト」
 マリーが現れる。
「さ、お仕事始めましょ」
 にこにこしながら、腕をからませてきた。
「……今日は真面目にやれよ」
「失礼ね。あたしはいつだって本気よ」
 マリーはかわいらしく、頬をふくらます。
「いや……それはわかってる」
 ライトはちらり、まわりを見る。
 目が合うものの、すぐに逸らされた。
「早速カミルからいくわよ」
 マリーの言葉に、ライトは我に返った。
 新人薬師として、ライトに与えられた仕事は、薬草園の記録だ。数百種類ある薬草の一つ一つに問題がないかを、書き記していくことだった。
 ある程度経験を積んだ薬師であれば、目視でわかるものの、新人のライトたちにとっては、それが難しかったりする。
 薬師の資格がなければ、薬草園に立ち入ることすらできないからだ。
 そして薬草の判別には、リング・エルフの力が不可欠だ。どうしたって、彼らのほうが植物に近いからだ。
「この子は、そうね。ちょっと水が足りないかな」
 マリーは一つ一つ、ていねいに見ていく。
「こっちの子はもう少し、ひかりが欲しいって言ってる」
 ライトは言われたとおり、書き記す。
 マリーの判断は正確で、しかも速い。
 他のリング・エルフとは比べものにならないほどに。
 それもあって、ライトたちはあっという間に終わってしまう。
「これで最後ね」
 記録を付け終えると、マリーが立ちあがった。それからライトの袖を引っ張る。
「お腹すいちゃった。なにか食べたいなあ」
「昼食はまだだろ。我慢しろよ」
「えーーやだ。ムリ」
 マリーの言葉に、他の薬師やリング・エルフがわずかに反応する。そしてそれを、ライトも感じ取っていた。
「与えられた仕事は終わったんだから、あとは何してたっていいじゃない。ね、マティス」
 マリーはライトの記録用紙を奪い取り、マティスに渡す。
 うれしそうに、足を弾ませながら。
「……そうですね」
 昨日は渋い顔をしたものの、結局マリーに押し切られた。おかげで周りから、あまり良くない視線を感じたのだ。
「では、マリー様」
 マティスはにっこりと微笑む。
「せっかくなので、別の仕事をお願いしてもよろしいですか?」
 その言葉に、マリーの動きが止まる。
「え、だって、だってだって」
 マリーがライトを見た。ものほしげな彼女の視線をかわすようにして口を開く。
「もちろんです。ぜひ、やらせてください」
 返事なんて、最初から決まっていた。
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