薬草の姫君

香山もも

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契約

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準備はすでに整っていた。
 ライトは緊張した面もちで、建物の中へ一歩一歩、進んでいく。 
 祭壇の前にいるのは、マリーだ。それから、マティスとジェイン。
 姿勢を正し、ライトを待っている。
 儀式は、リング・エルフからその名の通り、妖精の輪をもらうことで完了する。
「これより――ライト・リックのリング・エルフ契約を行う」
 マティスが咳払いをし、口にした。
 ライトは呼吸を調える。
 さすがに緊張してきたからだ。
「リング・エルフとなるのは――マリー・ディアナ」
 その名前を聞いて、ライトは顔をしかめた。
 一瞬、動きを止めそうになる。
 どこかで聞いたことがあるような気がしたからだ。
「ライト・リック――こちらへ」
 その思考は、途中で遮られる。
 マティスに言われたとおり、ライトは歩みを再開した。
 マリーは変わることなく、祭壇の前に立っていた。目の前までたどりつくと、笑みを浮かべている。
 美しかった。
 そう、とても。
 けれど、それだけではない気がした。
「どうしたの?」
 なかなか手を取ろうとしないライトに、マリーは首をかしげる。
「――いや」
 ライトはようやく、手をさしだす。
 これでいい。
 これで、自分の欲しいものがようやく手に入る。
 マリーはライトの手を取った。
 そして薬指に、自分の唇を近づけていく。
 あと少し、ほんのわずかな距離で、触れそうになったその時だ。

「――お待ちください」

 そう叫んだのは、ジェインだった。
 マリー以外の視線が、自然に彼に注がれる。
 彼女だけが、ずっとライトを見ていた。
「マリー様、やはり私は反対です」
 ジェインがふたりの間に立つ。
 何が起きているのか、ライトは一瞬理解できなかった。けれどジェインに視線を向けられ、身体がぴりぴりするのを感じる。
 ジェインはすぐに視線を外し、マリーを見た。
「あなた様が決めたことであるなら、口出しはしないつもりでいました。けれど――」
 声は、わずかに震えているようだった。
「マリー様、あなたはすべてのリング・エルフを率いる存在。この国――ガーデン・エルフのいわば中心となられるお方です」
 それを聞いて、ライトは息をのんだ。
 なんとなく、予想はしていた。
 マリーの扱われ方が、ただ者ではないことに。
 そして、ディアナという名前。
 確かリング・エルフの中でも、特別な立場にいるものだけに、与えられるものだったはずだ。
「もっとふさわしい相手が――」
 ジェインがそこまで言いかけた時だった。
 マリーが彼を一瞥する。
 途端にジェインは息をのんだ。
 次の瞬間、マリーはゆっくり、口を開く。
「――下がりなさい」
 いつもの高い声とは、まったく違っていた。
 まるで別人のようだった。
 今度はライトが息をのむ。
「――私が、決めたことよ」
「――ですが」
「下がれと言っているのが聞こえないの」
 問いかけではなく、命令だった。
 ジェインの身体が総毛立つのがわかる。
 自らというよりも、下がらせられた、と言ったほうがいいだろう。
 マリーはその様子を見て、さらに言葉を放つ。
「だれを選ぶかは、私が決める。それはあなたも納得しているはずよね」
 マリーの口調は、あくまでやわらかかった。
 そこは、変わりない。
 ただ、ライト自身も動くことができなかった。
「これ以上、私の邪魔をするならーーだれであろうと許さない」
 マリーは再び、ライトのほうを見た。
 それから、手を差し出す。
「――ライト」
 静かに、微笑んだ。
 ライトはまだ、固まったままだった。

「――また、逃げるの?」

 彼女の笑みは変わらない。
 けれどそれは、ライトの胸に深く深く響いた。

 また、なのか。
 それともまだ、なのか。

 自分にもわからなかった。
 ただ唯一、はっきりしているのは、このままでは、何も変わらないということだ。
「――いや」
 ライトは、その手を取った。
 マリーと向き合うようにして、言い放つ。
「私――ライト・リックは、マリー・ディアナを我がリング・エルフとして迎え入れる」
 薬指に、口づけを落とす。
 ふたりの指が、光の輪でつながった。
 契約完了の合図だった。

 気がつくと、ライトは寝台の上にいた。
 そばにいるのはマティスで、後ろにはジェインが控えていた。
「契約が済むと、大抵の薬師はこうなる」
 どうやらあの後、倒れたらしい。
「互いのエネルギーバランスを調えるためにな」
「……マリーは?」
 自分がこうであるなら、彼女はどうなんだろう。
「……他のリング・エルフたちがみている」
 答えたのは、ジェインだった。
 続いてマティスが、淡々と口を開く。
「知っているとは思うが、リング・エルフとの契約は、こちら側からどうにかすることはできない」
 彼らを使役するようでありながら、選択権はこちらにはない。
 それは、ライトも知っていた。
 知っていて、契約を望んだのだ。
 マリーを受け入れることを決めたのだ。
「マリー様は、普通のリング・エルフとはちがう」
 ジェインがぽつりと呟いた。
 そして、ライトを見る。
「――後悔のないように、な」
 それだけ言うと、背を向けて、部屋を出ていった。
 声音は優しかったように思えた。
「明日から早速、仕事が始まる。今夜はゆっくり休むといい」
 続いて、マティスも出ていく。
 ライトは一人になったとたん、月の光に気がついた。
 ぼんやりとながめつつ、胸にそっと手をあてた。
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