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葵さん
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車で一時間も走ると、ようやく人里に出た。さらに一時間走って、町に出る。
本当に、山奥なのだ、ということを感じる。そしてさらに、ここが二十年前の世界、だということも、町に出て、改めて実感した。
ビルや公園、百貨店や飲食店。一見、変わらないように見える。でも所々、違うのだ。形だったり、空気だったり。
服装も違った。
葵さんは和服なので気がつかなかったけど、スカートやワンピースがあたしの時代よりも極端に長かったり、短かったり。形もずいぶんダサ……レトロだ制服に関してはみんな、足首のあたりまである。
百貨店に連れられてきたあたしは、困ったように眉を寄せる。ちょうどいいもの、というか、着たいものがない。葵さんはなんでも好きなものを、と言うが、それが返って難しい。
「これなんかどうだ?」
葵さんが選んでくれたのは、みんな同じようなアンサンブルだった。悪くはないけど、人のお金だと思うと余計に悩んでしまう。
「そういえば葵さんは、和服以外は着ないんですか?」
名前を呼ぶのも、徐々になれてきた。ちなみに蓮君はすでに買い物を済ませて、平治さんと一緒に喫茶店に入っている。
「私か? そうだな。着ないというか、持ってないな」
そっちのほうが、よっぽど大変じゃないのか。そう質問すると、
「慣れればそうでもないな。着物のほうが楽なくらいだ」
「そういうものですか……」
「そういうものだ」
あたしはじっと選んでもらったアンサンブルを見る。
「こういうの、着てみたいって思わないんですか?」
あたしは売場から、数点、ワンピースを取った。
「これとか、似合いそうですけど」
鏡の前で合わせてみると、まんざらでもない様子だ。
「わ、私が……か?」
「はい。せっかくですから」
割と似合う気がした。あたしよりも、ずっと。
「でも買っても、着ていく場所がない」
「友達と遊びに行ったり、とか」
ちょっとだけ、砕けた口調になってしまう。でもよく考えれば、同じ歳だ。でもお世話になっている身としては、やっぱり敬語のほうがいいのかもしれない。
葵さんはさして気にする様子もなく、
「友達か? それもないな」
と、さらに続けた。
「私には友達がいない」
あたしはびっくりして、持っていた服を落としそうになった。
買い物を終えて、喫茶店に向かう途中で、葵さんが話してくれた。
「うちは見てのとおり、山奥だ。学校には通っていたものの、毎日、片道2時間かけての通学だった」
小学校からずっと、女子校だったという。
「学校ではもちろん、話すこともある。集団生活を学ぶ場なのだから、当然だろう。けれどこういう風に買い物に行ったり、友人として我が家に迎えたことは、一度もない」
「はあ……」
もし、クラスにいたとして、そんなにとっつきにくいタイプではないと思う。
でも、どうかな。
きれいだし、なんとなく雰囲気がある。やっぱりきっかけがないと、難しいかもしれない。
ちなみに学校は今年の4月で卒業してしまったので、よけに家族以外と関わる機会が減ってしまったらしい。
「おまえたち二人を家に連れて行ったのは、そういう理由もあってのことだ。つまり、私の自己満足に過ぎない。だからそんなに、気に病まないでほしい」
「……え?」
一瞬、首をかしげてしまう。
「今日は朝から、ちょっと様子がおかしかっただろう。もしや世話になることで、いらぬ気を遣っているのではないかと思ってな」
「あ、ああ……」
葵さんも気がついていたらしい。
それを聞いて、なんだか恥ずかしくなる。
あたしは自分のことしか、考えていなかった。そして蓮君だけじゃなく、葵さんにも気にかけてもらっていた。
「――葵さん」
あたしは彼女の手を握る。
そして、言った。
「遊びましょう。遊びに行きましょう」
罪滅ぼし、というわけじゃない。
だってあたしも、楽しむ予定だから、だ。
待ち合わせの喫茶店に行って、あたしはあることを提案した。
「遊びに行く? って、どこに行くんですか?」
平治さんはメロンソーダを飲んでいた。そして蓮君は、色と香りからして、アイスコーヒーだ。
そのちぐはぐさに笑いそうになりつつ、話をする。
「そんな特別な場所じゃなくていいんですけど、何か知りませんか?」
意気込んだものの、あたしはこの辺りに疎い。どこに行けばいいのか、情報が足りないのだ。
「そう言われても……」
それは平治さんも同じだったようで、必要最低限しか知らないという。
息をついて、どうするか考えていると、
「お嬢さんはどこか行きたいところ、ないんですか?」
平治さんが葵さんを見た。すると葵さんが、窓を見た。そしてあるものを、指さしたのだ。
「……ずっと、あれが気になっていた」
駅のそばにある、商店街だった。
こんなところで、本当にいいんだろうか。
いざ商店街の前に立って、あたしは思った。
「あの……葵さん、ここでいいんですか? もっと他にも……例えば遊園地とか、映画館とか」
「その二つなら、父に連れてきてもらったことがあるからな。もともと私が気になっていたのは、こっちだ」
ずっと女子校だった。もちろん寄り道は禁止。でもすごく気になっていたという。
「車では一瞬だったが、すごく活気がある場所というのはわかっていた。それがなぜなのか、知りたかったのだ」
葵さんの目は、心なしかきらきらしている気がする。あたしには対して珍しくもなんともないので、拍子抜け、というのが正直なところだ。
「では、早速入るぞ」
葵さんが先に行くと、後から平治さんが続いた。あたしがまだ渋っていると、
「……ま、いいんじゃないですか? こればっかりは好みの問題でしょうし」
蓮君があたしの手を引く。
「さっさと入って、済ませてしまいましょう」
人だかりの中へ、一気に引きこんだ。
葵さんは見るものすべてに興味があるのか、歩いては止まり、また歩いては止まり、をくり返していた。
そしてそのほとんどが、食べものだった。
「あれが食べたい」
と最初に買ったのは、たいやきだった。その後はたこやきになり、最後はクレープだ。
「うまいなあ……」
と、うれしそうに頬張っている。その様子が、なんだかとてもかわいくて、あたしも思わず笑ってしまう。
そして意外にも、蓮君もけっこう食べていた。
「……もしかして、お腹空いてた?」
いつのまにかクレープまで食べ終えている。
「そうですね……言われてみれば、そうかもしれません」
「食べかけでもよかったら、あたしのもあげようか?」
たいやき、たこやき、と続くと、さすがにお腹がいっぱいだった。
「――もらいます」
ちなみに中身は、チョコバナナだった。
本当に、山奥なのだ、ということを感じる。そしてさらに、ここが二十年前の世界、だということも、町に出て、改めて実感した。
ビルや公園、百貨店や飲食店。一見、変わらないように見える。でも所々、違うのだ。形だったり、空気だったり。
服装も違った。
葵さんは和服なので気がつかなかったけど、スカートやワンピースがあたしの時代よりも極端に長かったり、短かったり。形もずいぶんダサ……レトロだ制服に関してはみんな、足首のあたりまである。
百貨店に連れられてきたあたしは、困ったように眉を寄せる。ちょうどいいもの、というか、着たいものがない。葵さんはなんでも好きなものを、と言うが、それが返って難しい。
「これなんかどうだ?」
葵さんが選んでくれたのは、みんな同じようなアンサンブルだった。悪くはないけど、人のお金だと思うと余計に悩んでしまう。
「そういえば葵さんは、和服以外は着ないんですか?」
名前を呼ぶのも、徐々になれてきた。ちなみに蓮君はすでに買い物を済ませて、平治さんと一緒に喫茶店に入っている。
「私か? そうだな。着ないというか、持ってないな」
そっちのほうが、よっぽど大変じゃないのか。そう質問すると、
「慣れればそうでもないな。着物のほうが楽なくらいだ」
「そういうものですか……」
「そういうものだ」
あたしはじっと選んでもらったアンサンブルを見る。
「こういうの、着てみたいって思わないんですか?」
あたしは売場から、数点、ワンピースを取った。
「これとか、似合いそうですけど」
鏡の前で合わせてみると、まんざらでもない様子だ。
「わ、私が……か?」
「はい。せっかくですから」
割と似合う気がした。あたしよりも、ずっと。
「でも買っても、着ていく場所がない」
「友達と遊びに行ったり、とか」
ちょっとだけ、砕けた口調になってしまう。でもよく考えれば、同じ歳だ。でもお世話になっている身としては、やっぱり敬語のほうがいいのかもしれない。
葵さんはさして気にする様子もなく、
「友達か? それもないな」
と、さらに続けた。
「私には友達がいない」
あたしはびっくりして、持っていた服を落としそうになった。
買い物を終えて、喫茶店に向かう途中で、葵さんが話してくれた。
「うちは見てのとおり、山奥だ。学校には通っていたものの、毎日、片道2時間かけての通学だった」
小学校からずっと、女子校だったという。
「学校ではもちろん、話すこともある。集団生活を学ぶ場なのだから、当然だろう。けれどこういう風に買い物に行ったり、友人として我が家に迎えたことは、一度もない」
「はあ……」
もし、クラスにいたとして、そんなにとっつきにくいタイプではないと思う。
でも、どうかな。
きれいだし、なんとなく雰囲気がある。やっぱりきっかけがないと、難しいかもしれない。
ちなみに学校は今年の4月で卒業してしまったので、よけに家族以外と関わる機会が減ってしまったらしい。
「おまえたち二人を家に連れて行ったのは、そういう理由もあってのことだ。つまり、私の自己満足に過ぎない。だからそんなに、気に病まないでほしい」
「……え?」
一瞬、首をかしげてしまう。
「今日は朝から、ちょっと様子がおかしかっただろう。もしや世話になることで、いらぬ気を遣っているのではないかと思ってな」
「あ、ああ……」
葵さんも気がついていたらしい。
それを聞いて、なんだか恥ずかしくなる。
あたしは自分のことしか、考えていなかった。そして蓮君だけじゃなく、葵さんにも気にかけてもらっていた。
「――葵さん」
あたしは彼女の手を握る。
そして、言った。
「遊びましょう。遊びに行きましょう」
罪滅ぼし、というわけじゃない。
だってあたしも、楽しむ予定だから、だ。
待ち合わせの喫茶店に行って、あたしはあることを提案した。
「遊びに行く? って、どこに行くんですか?」
平治さんはメロンソーダを飲んでいた。そして蓮君は、色と香りからして、アイスコーヒーだ。
そのちぐはぐさに笑いそうになりつつ、話をする。
「そんな特別な場所じゃなくていいんですけど、何か知りませんか?」
意気込んだものの、あたしはこの辺りに疎い。どこに行けばいいのか、情報が足りないのだ。
「そう言われても……」
それは平治さんも同じだったようで、必要最低限しか知らないという。
息をついて、どうするか考えていると、
「お嬢さんはどこか行きたいところ、ないんですか?」
平治さんが葵さんを見た。すると葵さんが、窓を見た。そしてあるものを、指さしたのだ。
「……ずっと、あれが気になっていた」
駅のそばにある、商店街だった。
こんなところで、本当にいいんだろうか。
いざ商店街の前に立って、あたしは思った。
「あの……葵さん、ここでいいんですか? もっと他にも……例えば遊園地とか、映画館とか」
「その二つなら、父に連れてきてもらったことがあるからな。もともと私が気になっていたのは、こっちだ」
ずっと女子校だった。もちろん寄り道は禁止。でもすごく気になっていたという。
「車では一瞬だったが、すごく活気がある場所というのはわかっていた。それがなぜなのか、知りたかったのだ」
葵さんの目は、心なしかきらきらしている気がする。あたしには対して珍しくもなんともないので、拍子抜け、というのが正直なところだ。
「では、早速入るぞ」
葵さんが先に行くと、後から平治さんが続いた。あたしがまだ渋っていると、
「……ま、いいんじゃないですか? こればっかりは好みの問題でしょうし」
蓮君があたしの手を引く。
「さっさと入って、済ませてしまいましょう」
人だかりの中へ、一気に引きこんだ。
葵さんは見るものすべてに興味があるのか、歩いては止まり、また歩いては止まり、をくり返していた。
そしてそのほとんどが、食べものだった。
「あれが食べたい」
と最初に買ったのは、たいやきだった。その後はたこやきになり、最後はクレープだ。
「うまいなあ……」
と、うれしそうに頬張っている。その様子が、なんだかとてもかわいくて、あたしも思わず笑ってしまう。
そして意外にも、蓮君もけっこう食べていた。
「……もしかして、お腹空いてた?」
いつのまにかクレープまで食べ終えている。
「そうですね……言われてみれば、そうかもしれません」
「食べかけでもよかったら、あたしのもあげようか?」
たいやき、たこやき、と続くと、さすがにお腹がいっぱいだった。
「――もらいます」
ちなみに中身は、チョコバナナだった。
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