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エピローグ
しおりを挟む2015年――初夏
転ぶ、と思った。階段に、頭をぶつけてしまう。瞬時に目をつぶったその時だった。
「……セーフ」
ぼくの身体は、まるで中に浮いているようだった。いや、ちがう。実際には、手を引っ張られていたのだ。
そう、母に。
「あっぶないじゃない、蓮」
そこには、あるはずのない顔があった。おかげでぼくは、まばたきをくり返す。
「え……なん、で?」
母は、家で待っているはずだった。退院したばかりなのだ。療養もかねて、ゆっくりしてもらう。それがぼくと父の考えだった。
「これ、忘れたでしょう」
ぼくを立たせ、母が差し出したのは、はさみだった。花切り用のーーまさに今、必要としていたものだ。
「……あんたたちに余計な心配させるだけだから、本当は家に居るべきなんだろうけどーー」
母はぼくを生んでからしばらくして、病に倒れ、ずっと病院にいた。去年の秋に手術を行い、ようやく今年の春、退院できたのだ。
「でも、せっかくのお墓参りだし、あたしもお母さんに会いたかったし」
母は階段を降りて、父のもとへ向かう。彼も驚いたように駆け寄り、母の身体を支える。
それからぼくたちは一人ずつ、お線香をあげた。父、母、そして、ぼく。
このお墓は、祖母が亡くなった時、祖父が建てたものだときいている。ぼくや父は年中行事以外にも、何かと理由をつけて来ることが多かった。
そのせいだろうか。我が家ではお墓参り、というよりも、定期報告、のようなものに近い気がする。
今回はもちろん、母のことだった。
「帰りに、何かあまいものでも買って帰ろうか」
外に出て、たっぷりと息を吸う。母の手を取り、歩いていると、彼女は急にそんなことを言った。
「ぼく、ショートケーキが食べたい。できれば、お母さんが作ったやつ」
ずっと、がまんしていた。願かけのようなものだ。一番好きなものを食べないことで、母ともう一度、暮らせるようになりたかった。
「いちごとクリームが、たっぷり入ったやつ」
わがままかもしれない。でも、言ってみた。それが今のぼくの気持ちだからだ。
「……そっか。時間、かかるかもよ?」
母の問いに、ぼくは答える。
「いいよ」
それでも、ぼくが食べなかった期間よりは短いだろう。だとしたら、ちょっと待つくらい、ぼくにはなんでもないことだった。
「誕生日でもないのに?」
「そうだよ」
ぼくは母よりも、少しだけ前を歩く。うれしくて、少しだけ胸が痛い。あと何回くらい、こんな気持ちになるんだろう。あとどれくらい、母と一緒にいられるんだろう。
「わかった。じゃあ、作ってあげる」
母が笑って、ぼくが笑う。その後を父が追いかけてくる。
「――ぼくも手伝う」
初めて、その一言をそえた。
ほんの、ささいなことだ。けれど毎日は、その一瞬の積み重ねに過ぎない。
将来のことも、確かに大事だ。どんなふうに生きていくのか、どんなふうに生きたいか。けれどそれだって、結局は小さなことが重なってできていく。
だったらぼくは、本当に小さな自分こそ、大事にすべきなのかもしれない。小さな小さなぼくが、ぼくを作っているのだから。
母の手を、強く握る。
空には雲が浮かんでた。
風がふんわりとそよいでいく。
ぼくの時間も、母や父の時間も、まだまだ終わらない。
再び、今、始まったばかりだ。(END)
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