狐の記憶に触れるたび、私はあなたに恋をした

釜瑪 秋摩

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妖たちの黄昏

第43話 百合との契約と愛の深まり

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 それから一年半が過ぎた頃――。

 椿京の結界に異変が生じていた。古い封印の一部が弱くなり、邪悪な妖怪たちが人里に侵入し始めていたのだ。理玖一人では対処しきれない事態が続いていた。

 天樹神社あまぎじんじゃの境内で、理玖と百合は向かい合っていた。夜の静寂の中、月光が二人を照らしている。

「理玖、私にできることがあるなら――」

 百合の申し出に、理玖は首を振った。

「危険すぎる。君は人間だ。妖との戦いに巻き込むわけにはいかない」

「でも、このままでは椿京の人々が危険にさらされます」

 百合の瞳には、強い決意が宿っていた。一年半の交流で、理玖の使命の重さを理解していた彼女は、傍観しているわけにはいかないと感じているようだった。

「私には、浄化の力があります。師匠からは、代々の巫女の中でも特に強いと言われました」

「浄化の力……」

 理玖は考え込んだ。確かに百合からは、並外れた霊力を感じていた。だが――。

「それでも、君を危険にさらすことはできない」

「理玖」

 百合は一歩前に出た。

「あなたは、いつも一人で戦っておられる。でも、一人では限界があるのではないですか?」

 その言葉は、理玖の心の核心を突いていた。長い間、孤独な戦いを続けてきた理玖にとって、誰かと力を合わせるという発想は新鮮だった。

「もし……もし、私の力があなたのお役に立てるなら」

 百合の声は震えていた。それは恐怖からではなく、理玖への想いの深さからだった。

「君は、なぜそこまで――」

「あなたが、大切だからです」

 百合の告白に、理玖のこれまで抑えていた感情があふれ出した。

「百合……」

「理玖、私は……あなたと共に戦いたいのです。椿京を守りたい。そして――」

 百合は言葉を途切らせた。だが、その続きは言わずとも理玖には伝わっていた。

『あなたの傍にいたい』

 理玖は長い沈黙の後、口を開いた。

「契約を結ぶか」

「契約?」

「君の持つ浄化の力と、私の妖力を合わせる。そうすれば、椿京の結界をより強固にできる」

 百合の顔が、希望に輝いた。

「どのような契約を?」

「魂の契約だ。君の浄化の力の一部を私に預け、私の妖力の一部を君に分ける。そうすることで、互いの力を補完し合えるようになる」

 理玖は百合の手を取った。彼女の手は小さく、温かかった。

「ただし、この契約には危険が伴う。君の寿命が縮む可能性がある」

「構いません」

 百合は即座に答えた。

「理玖と共にあるなら、たとえ短い生であっても、私は幸せです」

 その言葉に、理玖の胸は締めつけられた。

「百合……本当に、いいのか?」

「はい」

 百合は微笑んだ。月光に照らされた彼女の笑顔は、この世のものとは思えないほど美しかった。理玖は百合の両手を包み込んだ。そして、古い言葉で契約の呪文を唱え始める。

「我が魂と汝の魂、今ここに結ばん――」

 光が二人を包んだ。理玖の妖力と百合の浄化の力が混じり合い、新たな力となって二人の間を流れていく。契約が完了した時、百合は小さくよろめいた。理玖が慌てて支える。

「大丈夫か?」

「ええ……少し、眩暈がしただけです」

 百合は理玖の胸に顔を埋めた。理玖は百合の体温を感じながら、深く息を吸う。

「理玖……これで、私たちは――」

「――ああ。魂で繋がった」

 理玖は百合の髪を優しく撫で、懐から出した銀の鈴を手渡した。

「これは……?」

「契約の証しだ。私は君を一人にはしない」

 それから半年ほどの間、二人は協力して椿京の結界を守った。百合の浄化の力と理玖の妖力が見事に調和し、邪悪な妖怪たちを次々と退けていく。
 戦いを共にする中で、二人の絆は日に日に深まっていった。

「理玖、今日の夕日は美しいですね」

 任務を終えた帰り道、百合が空を見上げて言った。

「ああ……君といると、風景がより美しく見える」

 理玖の素直な言葉に、百合は頬を染めた。

「私も、です。あなたと共にいる時間が、一番幸せです」

 二人は自然に手を繋いだ。契約により魂で繋がった二人にとって、それは当然の行為だった。

「百合」

「はい」

「私は……君を愛している」

 理玖の告白に、百合の瞳に涙が浮かんだ。

「私も、あなたを愛しています。この命に代えても」

 二人は抱き合った。椿京の夕日が、二人の愛を祝福するかのように美しく輝いていた。だが、この幸せな日々が永遠に続くと信じていた理玖は、まだ知らなかった。
 愛が深まれば深まるほど、別れの痛みも大きくなることを。妖が人を深く愛してはならないという戒律の、真の意味を。

「理玖、私たちは――」

「ずっと、一緒だ」

 理玖は百合に約束した。けれど、運命は既に、二人の前に暗い影を落とし始めていた。愛することの喜びと、それに伴う恐怖が、理玖の心に同居していた。百合を愛すれば愛するほど、失うことへの恐れも増していく。

 それでも理玖は、愛することを止められなかった。

 百合もまた、理玖への愛を深めていった。たとえそれが、自らを破滅に導くことになろうとも。愛の代償を、二人はまだ知らなかった。
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