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朧月会の襲撃
第54話 力の収束
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廃寺の境内に響いていた鈴の音が、徐々にその激しさを和らげていく。
私を包んでいた銀白の光も、まるで呼吸を整えるように脈動の間隔を広げ、やがて肌に溶け込むように消えていった。夜風が吹き抜けて、舞い散った埃を運んでいく。
「鈴凪……」
理玖の声が、静寂に染まった境内に優しく響いた。
血を流しながらも膝をつき、私へと手を伸ばす理玖の姿を見て、私は罪悪感に押し潰されそうになっていた。
「あ……あ……」
唇が震え、言葉がうまく出てこない。
自分の両手を見下ろすと、そこには微かに残る銀の光の粉のようなものが付着していた。そして、目の前には傷だらけの理玖がいる。着物の袖は破れ、額や頬には血が滲んでいる。何より、その優しい瞳に映る痛みの色が、私の心を鋭く貫いた。
「理玖様……」
かすれた声で名前を呼ぶと、理玖はほっとしたような表情を浮かべた。
「鈴凪、迎えに来るのが遅くなってすまない……大丈夫か?」
理玖は立ち上がろうとして、力が入らないのか、よろめく。慌てて私が駆け寄ろうとすると、理玖は軽く手を上げて制した。
「私は大丈夫だ……それより、鈴凪は……怪我はないか?」
その言葉に、私は胸が詰まった。
私こそが──私の力が理玖を傷つけたのだ。それなのに、この人は真っ先に私の心配をしてくれている。
「どうして……どうしてそんなことを言うのですか」
問いかける声が震えてしまう。愛しているなどと言いながら、その相手を傷つけてしまうなど、あってはならないことだと言うのに。
「私が……私があなたを傷つけたんです。この手で、この力で……!」
両手を握りしめ、私は俯いた。銀の鈴が、小さく悲しげな音を立てる。
「なぜ理玖様は、私を責めてくれないんですか。なぜ優しい言葉をかけてくれるんですか。私は……私は……」
理玖はゆっくりと私に近づいて来た。傷ついて不安定な理玖の足音が石の上で響くたび、私の心は更に小さく縮こまった。
「鈴凪」
理玖の声は、いつものように穏やかだった。
「顔を上げろ」
「……上げられません」
「なぜだ?」
「だって……だって私、理玖様を傷つけて……」
理玖の手が鈴凪の頬に触れた。
冷たい指先が、涙で濡れた頬を優しく拭う。私の体がびくりと震える。それでも理玖は手を離さなかった。
「鈴凪は、私を傷つけようとしたのか?」
「え……?」
理玖の問いかけに思わず顔を上げた私の瞳と、理玖の瞳が向き合う。
「鈴凪は、私を憎んでいるのか?」
「そんな……そんなこと、あるはずがありません」
「では、私を苦しめたくて、あの力を使ったのか?」
「違います! 私は……私は……」
私は誰かを、ましてや理玖を傷つけようなどと思ってもいなかった。溢れ出した力を止めることができなかった。そう思うのに、うまく言葉に出せない。
そんな私に、理玖は微笑んだ。
「だろう? 鈴凪は何も悪いことはしていない」
「でも、結果的に……」
「結果と意図は違う」
理玖の声に、静かな確信があった。
「あの力は、鈴凪を守ろうとしたんだ。鈴凪の意思とは関係なく、な。」
廃寺の外から、朧月会の術者たちがざわめく声が聞こえてくる。慎吾の怒鳴り声も混じっている。けれど、理玖は振り返りもしない。私もただ、理玖を見つめていた。
「あれは、鈴凪の恐怖が生み出した暴走だった。今の鈴凪には、もうその恐怖はないだろう? その証拠に、鈴凪は素晴らしいことを成し遂げた」
私は理玖の胸に顔を埋めながら、周囲を見回した。先ほどまで崩れかけていた廃寺は、まるで新築のように美しく修復されている。柱は真新しい木の香りを放ち、畳は青々とした藺草の色を取り戻していた。
「私が……私がこれを?」
「そうだ。鈴凪の力は破壊ではなく、浄化だったのだ。私の傷も、ほとんどが癒えている」
理玖を見あげると、頬や額は血が流れているが傷は見当たらなかった。そのことにほっとするも、それでも私は――。
「でも、私は理玖様を傷つけて……」
私は自分が理玖を攻撃してしまった瞬間を覚えていた。震える手を理玖はそっと握りしめてくれた。
「力を持って生まれるということは、そういうことだ。時に、その力は思いもよらない形で現れる。それは、鈴凪の責任ではない」
「理玖様……」
「私だって同じだ」
理玖は自分の手を見つめた。
「私の力も、時として制御を失う。大切な人を傷つけてしまうこともある。だが、それでも……」
理玖の瞳が、私を見つめる。
「それでも、私は鈴凪を愛している」
「愛、して……?」
「ああ」
理玖の返答は躊躇いがなかった。
「たとえ鈴凪の力が私を傷つけても、たとえこの身が滅ぼうとも、私の気持ちは変わらない」
廃寺の境内に、再び静寂が訪れる。
遠くで梟が鳴き、風が木々の葉を揺らしている。私は理玖の瞳をじっと見つめた。
「私も……」
小さな声だった。
「私も、理玖様を愛しています」
理玖の表情が、心から安堵したものに変わる。
「だからこそ、理玖様を傷つけてしまった自分が……」
「鈴凪」
理玖の声が、鈴凪の言葉を遮った。
「愛するということは、時に相手を傷つけてしまうこともある。私も過去に迷って、鈴凪を傷つけた……だが、それを恐れて愛することをやめるのか?」
私は首を振った。
「やめられません」
「それでいい」
理玖が私の手を取った。
「私たちは、お互いを愛している。それだけで十分だ」
私の瞳から、新しい涙が溢れた。それは先ほどまでの絶望的な涙とは違う、温かな涙だった。
「理玖様……ありがとうございます」
「礼を言うのは私の方だ」
理玖は力強く私の手を握りしめた。
「鈴凪がいてくれるから、私は……私でいられる」
その時、朧月会の足音が近づいてくるのが聞こえた。慎吾の声も、徐々に大きくなっている。
理玖は立ち上がると、私に手を差し伸べた。
「行こう。家に帰ろう」
私はその手を取り、立ち上がる。
「はい」
二人は手を繋いだまま、廃寺の境内を後にした。
月明かりが、二人の影を長く地面に落としている。私の懐の中で、銀の鈴が静かに、穏やかに鳴っていた。
境内の向こうで、朧月会の幹部が部下たちと合流する声が聞こえる。
「くそ……まさか、あの娘にあれほどの力があるとは……」
「武森様、追撃しますか?」
「……いや」
武森と呼ばれた幹部は歯噛みした。
「今夜は撤退だ。だが、これで終わりではない。あの化け物から娘を奪い返すまで、俺たちの戦いは続く」
朧月会の一団は、夜の闇に紛れて廃寺から姿を消した。
境内に残された石の欠片や、崩れた塀の跡が、今夜起こった出来事の激しさを物語っている。
そして、その中で確かに芽生えた、理玖と鈴凪の深い絆もまた、誰にも消すことのできない真実として、そこに刻まれていた。
私を包んでいた銀白の光も、まるで呼吸を整えるように脈動の間隔を広げ、やがて肌に溶け込むように消えていった。夜風が吹き抜けて、舞い散った埃を運んでいく。
「鈴凪……」
理玖の声が、静寂に染まった境内に優しく響いた。
血を流しながらも膝をつき、私へと手を伸ばす理玖の姿を見て、私は罪悪感に押し潰されそうになっていた。
「あ……あ……」
唇が震え、言葉がうまく出てこない。
自分の両手を見下ろすと、そこには微かに残る銀の光の粉のようなものが付着していた。そして、目の前には傷だらけの理玖がいる。着物の袖は破れ、額や頬には血が滲んでいる。何より、その優しい瞳に映る痛みの色が、私の心を鋭く貫いた。
「理玖様……」
かすれた声で名前を呼ぶと、理玖はほっとしたような表情を浮かべた。
「鈴凪、迎えに来るのが遅くなってすまない……大丈夫か?」
理玖は立ち上がろうとして、力が入らないのか、よろめく。慌てて私が駆け寄ろうとすると、理玖は軽く手を上げて制した。
「私は大丈夫だ……それより、鈴凪は……怪我はないか?」
その言葉に、私は胸が詰まった。
私こそが──私の力が理玖を傷つけたのだ。それなのに、この人は真っ先に私の心配をしてくれている。
「どうして……どうしてそんなことを言うのですか」
問いかける声が震えてしまう。愛しているなどと言いながら、その相手を傷つけてしまうなど、あってはならないことだと言うのに。
「私が……私があなたを傷つけたんです。この手で、この力で……!」
両手を握りしめ、私は俯いた。銀の鈴が、小さく悲しげな音を立てる。
「なぜ理玖様は、私を責めてくれないんですか。なぜ優しい言葉をかけてくれるんですか。私は……私は……」
理玖はゆっくりと私に近づいて来た。傷ついて不安定な理玖の足音が石の上で響くたび、私の心は更に小さく縮こまった。
「鈴凪」
理玖の声は、いつものように穏やかだった。
「顔を上げろ」
「……上げられません」
「なぜだ?」
「だって……だって私、理玖様を傷つけて……」
理玖の手が鈴凪の頬に触れた。
冷たい指先が、涙で濡れた頬を優しく拭う。私の体がびくりと震える。それでも理玖は手を離さなかった。
「鈴凪は、私を傷つけようとしたのか?」
「え……?」
理玖の問いかけに思わず顔を上げた私の瞳と、理玖の瞳が向き合う。
「鈴凪は、私を憎んでいるのか?」
「そんな……そんなこと、あるはずがありません」
「では、私を苦しめたくて、あの力を使ったのか?」
「違います! 私は……私は……」
私は誰かを、ましてや理玖を傷つけようなどと思ってもいなかった。溢れ出した力を止めることができなかった。そう思うのに、うまく言葉に出せない。
そんな私に、理玖は微笑んだ。
「だろう? 鈴凪は何も悪いことはしていない」
「でも、結果的に……」
「結果と意図は違う」
理玖の声に、静かな確信があった。
「あの力は、鈴凪を守ろうとしたんだ。鈴凪の意思とは関係なく、な。」
廃寺の外から、朧月会の術者たちがざわめく声が聞こえてくる。慎吾の怒鳴り声も混じっている。けれど、理玖は振り返りもしない。私もただ、理玖を見つめていた。
「あれは、鈴凪の恐怖が生み出した暴走だった。今の鈴凪には、もうその恐怖はないだろう? その証拠に、鈴凪は素晴らしいことを成し遂げた」
私は理玖の胸に顔を埋めながら、周囲を見回した。先ほどまで崩れかけていた廃寺は、まるで新築のように美しく修復されている。柱は真新しい木の香りを放ち、畳は青々とした藺草の色を取り戻していた。
「私が……私がこれを?」
「そうだ。鈴凪の力は破壊ではなく、浄化だったのだ。私の傷も、ほとんどが癒えている」
理玖を見あげると、頬や額は血が流れているが傷は見当たらなかった。そのことにほっとするも、それでも私は――。
「でも、私は理玖様を傷つけて……」
私は自分が理玖を攻撃してしまった瞬間を覚えていた。震える手を理玖はそっと握りしめてくれた。
「力を持って生まれるということは、そういうことだ。時に、その力は思いもよらない形で現れる。それは、鈴凪の責任ではない」
「理玖様……」
「私だって同じだ」
理玖は自分の手を見つめた。
「私の力も、時として制御を失う。大切な人を傷つけてしまうこともある。だが、それでも……」
理玖の瞳が、私を見つめる。
「それでも、私は鈴凪を愛している」
「愛、して……?」
「ああ」
理玖の返答は躊躇いがなかった。
「たとえ鈴凪の力が私を傷つけても、たとえこの身が滅ぼうとも、私の気持ちは変わらない」
廃寺の境内に、再び静寂が訪れる。
遠くで梟が鳴き、風が木々の葉を揺らしている。私は理玖の瞳をじっと見つめた。
「私も……」
小さな声だった。
「私も、理玖様を愛しています」
理玖の表情が、心から安堵したものに変わる。
「だからこそ、理玖様を傷つけてしまった自分が……」
「鈴凪」
理玖の声が、鈴凪の言葉を遮った。
「愛するということは、時に相手を傷つけてしまうこともある。私も過去に迷って、鈴凪を傷つけた……だが、それを恐れて愛することをやめるのか?」
私は首を振った。
「やめられません」
「それでいい」
理玖が私の手を取った。
「私たちは、お互いを愛している。それだけで十分だ」
私の瞳から、新しい涙が溢れた。それは先ほどまでの絶望的な涙とは違う、温かな涙だった。
「理玖様……ありがとうございます」
「礼を言うのは私の方だ」
理玖は力強く私の手を握りしめた。
「鈴凪がいてくれるから、私は……私でいられる」
その時、朧月会の足音が近づいてくるのが聞こえた。慎吾の声も、徐々に大きくなっている。
理玖は立ち上がると、私に手を差し伸べた。
「行こう。家に帰ろう」
私はその手を取り、立ち上がる。
「はい」
二人は手を繋いだまま、廃寺の境内を後にした。
月明かりが、二人の影を長く地面に落としている。私の懐の中で、銀の鈴が静かに、穏やかに鳴っていた。
境内の向こうで、朧月会の幹部が部下たちと合流する声が聞こえる。
「くそ……まさか、あの娘にあれほどの力があるとは……」
「武森様、追撃しますか?」
「……いや」
武森と呼ばれた幹部は歯噛みした。
「今夜は撤退だ。だが、これで終わりではない。あの化け物から娘を奪い返すまで、俺たちの戦いは続く」
朧月会の一団は、夜の闇に紛れて廃寺から姿を消した。
境内に残された石の欠片や、崩れた塀の跡が、今夜起こった出来事の激しさを物語っている。
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