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封印の記憶
第58話 朧月会の動き
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椿京の中心部、表向きは商館として知られる建物の地下深くに、朧月会の本部が存在していた。厚い石壁に囲まれた秘密会議室では、数名の上層部が円卓を囲んで座っている。室内を照らすのは、妖を寄せ付けない特殊な術式が施された燭台のみ。その薄暗い光の中で、慎吾は緊張した面持ちで報告を続けていた。
「昨夜、時雨鈴凪の妖力が覚醒しました。その規模は……これまでに記録されたどの妖力をも上回るものでした」
朧月会の幹部である武森の言葉に、会議室内がざわめく。上席に座る高師小夜は、表情を変えることなく武森を見つめていた。
「具体的な状況を説明せよ」
「はい。朧月会の隠れ家から、強大な霊的エネルギーが放出されました。その影響で、椿京一帯の結界に亀裂が生じています」
武森は懐から術式で記録された報告書を取り出し、小夜の前に置いた。小夜はそれに目を通しながら、冷静に分析を続ける。
「エネルギーの性質は?」
「浄化の力です。ですが、その強さは尋常ではありません。恐らく……」
武森は一瞬言葉を詰まらせる。この先の言葉を口にすることの重大さを理解していたからだ。
「恐らく何だ」
「『鈴の娘』の再来である可能性が高いと思われます」
会議室が静寂に包まれた。『鈴の娘』――それは朧月会の古い記録に残る、伝説的な巫女の名前だった。数百年前に現れ、数多の妖を浄化したとされる存在。その力はあまりにも強大で、人と妖のバランスを根底から覆しかねないとして、朧月会は密かにその行方を追い続けていた。
「時雨鈴凪は『鈴の娘』の血筋か」
小夜の問いに、武森は頷く。
「時雨家の系譜を調べました。確かに『鈴の娘』の末裔にあたります。しかし、これまで妖力の兆候は一切見られませんでした」
「朝霞理玖との接触が引き金になったということか」
小夜は指先で卓上を軽く叩きながら思考を巡らせる。その規則的な音が、会議室の緊張感を一層高めていた。
「放置すれば、妖との力関係が大きく変わる。これまで保ってきた均衡が崩れかねん」
小夜の言葉に、他の上層部たちも同意を示すように頷いた。朧月会の存在意義は、人と妖の間に立って均衡を保つことにある。どちらか一方が優位に立ちすぎることは、組織として看過できない事態だった。
「ですが、彼女に罪はありません」
慎吾が思わず口を挟んだ。鈴凪の人柄を知る彼にとって、彼女を危険因子として扱うことは心苦しかった。
「罪ではない。危険因子の除去だ」
小夜の冷たい声と『除去』という言葉に、慎吾は身を竦ませる。
「朧月会は感情で動く組織ではない。客観的な判断に基づいて行動する。時雨鈴凪の力は、現在の秩序にとって脅威となりうる」
「では、どうなさるおつもりですか」
慎吾の問いに、小夜は立ち上がった。
「時雨鈴凪を『保護』する。朝霞理玖から引き離し、適切な場所でその力を封印する」
「保護……ですか」
慎吾の声には困惑が滲んでいた。朧月会の言う『保護』が、実際には監禁に等しいことを彼は知っている。
「朝霞理玖は九尾の狐。その影響下にある限り、時雨鈴凪の力は制御不能となる可能性が高い。我々が預かることで、彼女の安全も確保できる」
小夜の論理は一見筋が通っているように聞こえたが、慎吾には別の意図があることが分かっていた。鈴凪の力を朧月会の管理下に置き、必要に応じて利用する。それが真の目的なのだ。
「準備はどの程度進んでいるのですか」
「封印術式の準備は既に完了している。あとは実行のタイミングを見計らうだけだ」
小夜は壁にかけられた椿京の地図を指差す。そこには朝霞家の屋敷を中心とした、複雑な術式の図が描き込まれていた。
「明日の夜、月が欠ける時刻に決行する。その時間帯であれば、朝霞理玖の力も最小限に抑えられる」
「朝霞理玖との交渉は行わないのですか」
慎吾の提案に、小夜は首を振る。
「九尾の狐が素直に従うと思うか? 力づくで奪うしかない」
慎吾の胸に、重苦しいものが宿る。鈴凪を守ろうとする理玖と、彼女を『保護』しようとする朧月会。その間に立たされた自分の立場が、いかに困難なものかを痛感していた。
「慎吾」
小夜が振り返り、慎吾の目を見つめる。
「おまえは時雨鈴凪に情を移しているようだが、忘れるな。我々は人間の世界を守る使命を負っている。個人的な感情に流されてはならん」
「はい……承知いたしました」
慎吾は深く頭を下げたが、その心の内では激しい葛藤が渦巻いていた。組織への忠誠と、鈴凪への想い。そのどちらを取るべきなのか、答えは出せずにいた。
「では、各自準備にかかれ。明日の夜には、すべてが決着する」
小夜の号令で、会議は終了した。上層部たちが次々と部屋を出て行く中、慎吾だけがその場に留まっている。
「慎吾、何か問題でもあるのか」
小夜の問いかけに、慎吾は顔を上げる。
「もし……もし時雨鈴凪が抵抗した場合は?」
「力づくで連行する。それ以外に選択肢はない」
小夜の冷酷な答えに、慎吾は絶望的な気持ちになった。このままでは、鈴凪は朧月会の道具として生きることになってしまう。
一人残された会議室で、慎吾は拳を強く握りしめた。組織の命令に従うべきか、それとも鈴凪を守るために動くべきか。時間はもうほとんど残されていなかった。
窓の外では、夕暮れの空に暗雲が立ち込め始めている。嵐の前触れのように、不穏な風が椿京の街を吹き抜けていった。
「昨夜、時雨鈴凪の妖力が覚醒しました。その規模は……これまでに記録されたどの妖力をも上回るものでした」
朧月会の幹部である武森の言葉に、会議室内がざわめく。上席に座る高師小夜は、表情を変えることなく武森を見つめていた。
「具体的な状況を説明せよ」
「はい。朧月会の隠れ家から、強大な霊的エネルギーが放出されました。その影響で、椿京一帯の結界に亀裂が生じています」
武森は懐から術式で記録された報告書を取り出し、小夜の前に置いた。小夜はそれに目を通しながら、冷静に分析を続ける。
「エネルギーの性質は?」
「浄化の力です。ですが、その強さは尋常ではありません。恐らく……」
武森は一瞬言葉を詰まらせる。この先の言葉を口にすることの重大さを理解していたからだ。
「恐らく何だ」
「『鈴の娘』の再来である可能性が高いと思われます」
会議室が静寂に包まれた。『鈴の娘』――それは朧月会の古い記録に残る、伝説的な巫女の名前だった。数百年前に現れ、数多の妖を浄化したとされる存在。その力はあまりにも強大で、人と妖のバランスを根底から覆しかねないとして、朧月会は密かにその行方を追い続けていた。
「時雨鈴凪は『鈴の娘』の血筋か」
小夜の問いに、武森は頷く。
「時雨家の系譜を調べました。確かに『鈴の娘』の末裔にあたります。しかし、これまで妖力の兆候は一切見られませんでした」
「朝霞理玖との接触が引き金になったということか」
小夜は指先で卓上を軽く叩きながら思考を巡らせる。その規則的な音が、会議室の緊張感を一層高めていた。
「放置すれば、妖との力関係が大きく変わる。これまで保ってきた均衡が崩れかねん」
小夜の言葉に、他の上層部たちも同意を示すように頷いた。朧月会の存在意義は、人と妖の間に立って均衡を保つことにある。どちらか一方が優位に立ちすぎることは、組織として看過できない事態だった。
「ですが、彼女に罪はありません」
慎吾が思わず口を挟んだ。鈴凪の人柄を知る彼にとって、彼女を危険因子として扱うことは心苦しかった。
「罪ではない。危険因子の除去だ」
小夜の冷たい声と『除去』という言葉に、慎吾は身を竦ませる。
「朧月会は感情で動く組織ではない。客観的な判断に基づいて行動する。時雨鈴凪の力は、現在の秩序にとって脅威となりうる」
「では、どうなさるおつもりですか」
慎吾の問いに、小夜は立ち上がった。
「時雨鈴凪を『保護』する。朝霞理玖から引き離し、適切な場所でその力を封印する」
「保護……ですか」
慎吾の声には困惑が滲んでいた。朧月会の言う『保護』が、実際には監禁に等しいことを彼は知っている。
「朝霞理玖は九尾の狐。その影響下にある限り、時雨鈴凪の力は制御不能となる可能性が高い。我々が預かることで、彼女の安全も確保できる」
小夜の論理は一見筋が通っているように聞こえたが、慎吾には別の意図があることが分かっていた。鈴凪の力を朧月会の管理下に置き、必要に応じて利用する。それが真の目的なのだ。
「準備はどの程度進んでいるのですか」
「封印術式の準備は既に完了している。あとは実行のタイミングを見計らうだけだ」
小夜は壁にかけられた椿京の地図を指差す。そこには朝霞家の屋敷を中心とした、複雑な術式の図が描き込まれていた。
「明日の夜、月が欠ける時刻に決行する。その時間帯であれば、朝霞理玖の力も最小限に抑えられる」
「朝霞理玖との交渉は行わないのですか」
慎吾の提案に、小夜は首を振る。
「九尾の狐が素直に従うと思うか? 力づくで奪うしかない」
慎吾の胸に、重苦しいものが宿る。鈴凪を守ろうとする理玖と、彼女を『保護』しようとする朧月会。その間に立たされた自分の立場が、いかに困難なものかを痛感していた。
「慎吾」
小夜が振り返り、慎吾の目を見つめる。
「おまえは時雨鈴凪に情を移しているようだが、忘れるな。我々は人間の世界を守る使命を負っている。個人的な感情に流されてはならん」
「はい……承知いたしました」
慎吾は深く頭を下げたが、その心の内では激しい葛藤が渦巻いていた。組織への忠誠と、鈴凪への想い。そのどちらを取るべきなのか、答えは出せずにいた。
「では、各自準備にかかれ。明日の夜には、すべてが決着する」
小夜の号令で、会議は終了した。上層部たちが次々と部屋を出て行く中、慎吾だけがその場に留まっている。
「慎吾、何か問題でもあるのか」
小夜の問いかけに、慎吾は顔を上げる。
「もし……もし時雨鈴凪が抵抗した場合は?」
「力づくで連行する。それ以外に選択肢はない」
小夜の冷酷な答えに、慎吾は絶望的な気持ちになった。このままでは、鈴凪は朧月会の道具として生きることになってしまう。
一人残された会議室で、慎吾は拳を強く握りしめた。組織の命令に従うべきか、それとも鈴凪を守るために動くべきか。時間はもうほとんど残されていなかった。
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