狐の記憶に触れるたび、私はあなたに恋をした

釜瑪 秋摩

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エピローグ

第74話 二人の未来

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 慎吾が帰った後、私と理玖は中庭に出た。

 夕暮れ時の庭では、桜と梅と椿の花が時季を違えながら同時に咲き、月見草が星明りに輝いている。この不思議な庭の光景も、今では二人にとって日常の一部だった。

「今日も一日、お疲れ様でした」

 私が理玖に茶を淹れながら言うと、理玖は愛しそうに彼女を見つめた。

「鈴凪こそ。毎日たくさんの人の相談に乗って、疲れただろう」

「いいえ、全然。皆さんの笑顔を見ていると、私も元気になります」

 私は湯呑みを理玖に手渡すと、自分も隣に腰を下ろした。理玖の肩に頭を預けると、理玖は自然に腕を回す。

「理玖様」

「何だ?」

「私、幸せです」

 私の素直な気持ちを伝えると、理玖は肩に回した手に少し力を込めた。

「私もだ。鈴凪と出会えて、本当に良かった」

 二人はしばらく、庭に散る花びらを眺めながら静かに寄り添っていた。

「あの……理玖様」

 私は言い淀んで俯いてしまう。顔が熱くなるのは恥ずかしさを隠し切れないからだった。そんな私を、理玖は不思議そうな表情で覗き込む。

「どうした? 何か言いにくいことでも?」

「その……実は……」

 私は頬を赤らめながら、自分のお腹にそっと手を当てた。理玖はその仕草を見て、はっと息を呑んだ。

「まさか……」

「はい。先日、華さんと一緒に医師の縁火様のところへ伺って……確かめていただきました」

 私の声は嬉しさと照れで震えてしまう。理玖は一瞬言葉を失い、それから私の手を握りしめた。

「本当か? 本当に……」

「はい。来年には、私たちに赤ちゃんが生まれます」

 理玖の目に涙が浮かんだ。こんなにも喜んでもらえることが、私にとって本当に幸せなことだった。

「鈴凪……ありがとう」

 理玖は私を優しく抱きしめる。私もも理玖の胸に顔を埋めて、静かに涙を流した。

「この子は、きっと新しい世界の希望となるでしょうね」

 私が呟くと、理玖は頷いた。

「妖と人の血を引く子供……この子が大きくなる頃には、きっと今よりもずっと住みやすい世界になっているだろう」

「ええ。そのためにも、私たちが頑張らなくては」

「そうだな。この子のために、この街のために」

 理玖は私のお腹にそっと手を当てる。まだ小さな命だが、確かにそこに存在している奇跡を感じて、胸が熱くなった。

「どんな子に育つでしょうね」

「鈴凪に似て、優しい子になるだろう」

「理玖様に似て、頭の良い子になりますよ」

 二人は顔を見合わせて微笑んだ。

「名前は、もう考えているのか?」

「まだです。でも……」

 私は少し考えてから、理玖の顔を見あげた。

「もし女の子なら『希美のぞみ』はどうでしょう。希望の『希』に、美しいの『美』」

「良い名前だ。男の子なら?」

「『わたる』はいかがでしょう。新しい世界へ航海するように」

「どちらも素晴らしい。鈴凪が考える名前なら、きっと子供も喜ぶだろう」

 理玖は私の髪を優しく撫でながら言った。

「この子が生まれたら、私たちはどんな親になるでしょうね」

「分からないことだらけだろうな。でも、一生懸命愛情を注いで育てよう」

「はい。そして、この子にも伝えたいです。妖も人も、皆同じように大切な存在だということを」

「ああ。そのためにも、私たちが見本を示さなければ」

 夜風が庭の花びらを舞い上げて、二人の周りを踊るように過ぎていった。月が雲間から顔を出し、銀色の光が庭を照らす。

「理玖様」

「何だ?」

「私、理玖様と結婚して本当に良かった。最初は契約だったけれど、今は心の底から理玖様を愛しています」

「私もだ、鈴凪がいなければ、私はまだ一人で屋敷の奥に隠れていただろう。鈴凪が私を人間にしてくれた」

「そんな……私こそ、理玖様に出会えて人生が変わりました」

 私は理玖の手を両手で包み込んだ。

「これからも、ずっと一緒ですね」

「ああ。どんなことがあっても、私は君を守る。君と子供を」

「私も、理玖様をお支えします。二人で力を合わせて、この子を育てましょう」

 二人が語り合っていると、私の帯に下げた銀の鈴が、風もないのに小さく鳴った。澄んだ、美しい音色が夜の静寂に響く。

「あ……」

 私が鈴を見つめると、理玖も微笑んだ。

「鈴も祝福してくれているのだろう」

「きっとそうですね。曾祖母様も、百合様も、喜んでくださっていると思います」

 鈴の音は次第に小さくなり、やがて静かになった。しかし、その優しい余韻は二人の胸にいつまでも響いていた。

「理玖様、愛しています」

「我が愛しい妻よ、私も鈴凪を愛している」

 理玖は私の額に軽くキスをして、それから私のお腹にも優しく口づけた。

「そして、まだ見ぬ我が子よ。君を心から愛している」

 私は幸せのあまり笑みが浮かび、理玖の頭を優しく撫でた。

 庭では花びらが舞い続け、月光が二人を包んでいる。朝霞邸の時の止まったような庭で、新しい命を宿した夫婦が静かに寄り添う姿は、まるで絵画のように美しかった。

 椿京の街では、妖と人とが共に暮らす新しい時代が始まっている。そしてこの庭では、その時代を担う新しい命が、両親の愛に包まれて静かに育まれていた。

 銀の鈴が再び小さく鳴り、夜風が花の香りを運んでいく。ゆったりとした時間が流れ、二人は同じ景色を眺め、同じ時を過ごす。

 二人の愛の物語は、ここから新しい章を迎えるのだった。 


- 完 -
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感想 1

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みんなの感想(1件)

藤原 清蓮
2025.08.10 藤原 清蓮

一年後に、どんな答えが見つかるのか……。
庭園の雰囲気や美しさが目に見えるようで、とても素敵な回でした!
また読みにきますー🐈‍⬛✨

2025.08.10 釜瑪 秋摩

コメントありがとうございます٩(ˊᗜˋ*)و”
存在が空気になっているので、感想いただけてめちゃくちゃ嬉しいです。🐜🎵✨🐜🎵✨🐜🎵✨🐜🎵✨🐜🎵✨🐜🎵✨🐜🎵✨🐜🎵✨

解除

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