鬼人の令嬢と王子の、前途多難な日々

猫丸

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第1部 鬼人の王国《紅蓮》

9 : 婚約者と秘密の共有

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 十三歳になり、クロエは本格的に来年からの学生生活を目前に、準備を始めていた。

 十四歳から三年間通う学園には、二年からヒロインが編入してくる。
 選ばれるのがどの攻略対象でも構わないけれど、悪役令嬢として処刑されるつもりはさらさらない。
 成り行きを観察して、雲行き次第で逃亡するつもりだ。

 御神託を授かった六歳から記録してきたノートを読み返し、メモを書き込んでいく。いつ、どこで、ヒロインがどんな動きをするのか。クロエとシロエ姉妹がどう巻き込まれるのか。他の悪役令嬢らしき令嬢がどうなるのか。細々したことはさすがに覚えてないが、大まかな御神託はここに記してある。

「これならいつでも慌てずに持ち出せる」
 ハチス家家人に餞別として置いていく分と換金する分に装飾品を分けて、リストに記入していく。高価な魔書は持って行くので、それ以外の書物などは折りを見て古書店へ売りに行く予定だ。可能な限り逃亡資金は欲しい。

「回復と補助系が得意な魔鬼士はどこでも重宝されるし、いざとなればガイマン先生のように市井で魔法薬の調合を生業にする道もあるわね」
 趣味に流れた部分も多々あるが、王宮魔鬼士のモンドに師事し、市井で暮らすガイマンという一流の元魔鬼士とも交流を深めて腕を磨いてきた。そのかいもあってクロエは貴族でなくなっても経済的には生活できる能力を持っている。庶民生活が可能かは別として……。

「逃げるなら、《紅蓮》と《蒼嵐》の支配圏から遠いところ。やはり多種族国家に紛れこむってところね……」
 幸いにして、ハチス家は侍女のカヤなど混血種の家人が多い。世間話のふりで幾つか候補地も聞き出してある。
 
「でも、まずはヒロインとはかかわらないこと。これが基本よね」
 一年生の時は問題がない。二年になれば一歳下のシロエも入学してくるから、授業以外ではできるだけ行動を共にする。何しろ姉妹共に冤罪で処刑コースなのだ。
「………証人は必要よね」
 かかわらないにしても、また強制力とやらで巻き込まれる可能性もある。クロエたちの無実を信じてくれる人物を───

「………なんであんな浮気者を思い浮かべるんですの!?」
 脳裏に突然出現した赤毛の王子に、思いっきり動揺してしまった。
「信じてくれない第一号なのにっ」 
 ヒロインかわいさに、婚約者を簡単に切り捨てる攻略対象エンヤルトだ。

 でも、もしヒロインが他の相手を選んだら? 信じてくれるのではないかしら?

 数年間の濃い付き合い──何しろほぼ毎日ハチス家内に出没してる──で、エンヤルトは俺様だが愚昧でないことは知っている。公平だし、他人の為に頭を下げられる懐の深さもある。何より、クロエの性格を熟知している。

「………うち明けて裏切られたら泣いてしまう」
 どん底まで落ち込むのは目に見えている。クロエはそれなりにエンヤルトが好きなのだ。恋心までは至っていないが、振りまわされるのも腹立たしいけれど嫌ではない。
「イズナル様やアクラン様に裏切られるのだって、悲しいわ……」
 彼らも今は親しい。訓練や勉強を共にして、友人ぐらいにはなれている。主に俺様王子がもたらす被害者仲間とも言えるけれど、シナリオのような悪感情は感じとれない。

「嫌われたくないなぁ………」
 ぽつんと、言葉と一緒に涙までこぼれ落ちる。
 鬼神様の手違いなんかなければと、理不尽さに打ちひしがれてしまう。
「……悪役令嬢なんてなりたくない」
 そう呟くクロエに、
「……悪役……令嬢?」
 エンヤルトの声が重なった。

「な、なんですの! また勝手に転移を移設しましたわね」
 いつの間にかベランダに転移陣を設置していたのだろう。開け放たれた窓から侵入されたことに気がついていなかったクロエの呟きは、エンヤルトに届いてしまっていた。
「悪役令嬢とは、なんの話だ」
 エンヤルトは紅い瞳を物騒に眇め、言い逃れは許さないと続けてきた。
「嫌われるとも言っていたな。クロエ、何の話だと聞いているんだ」
「そんなこと──痛ッ!?」
 エンヤルトの大きな手で手首を強く握られ、クロエは小さく呻く。
「お前が泣いてるんだぞ! そんなことってなんだよッ!」
 怒りで角と八重歯を伸ばし魔力まで迸らせるエンヤルトからは、話すまでは逃がさない──と無言の威圧があって。
 クロエは意図しないままに、うち明けることとなった……。

◇◇

「──箱庭ゲームねえ」
「……はい」
 御神託で見聞きした内容を聞き終え、エンヤルトは呆れたようだ。
「そのゲームとやらは、二年生からで、攻略対象だっけ? 《紅蓮》から俺とイズナルとアクランの三人、《蒼嵐》からは王子と他二人で間違いないんだな」
 眉間の縦皺を指でこすりつけている姿に、少しだけクロエは落ち着きを取り戻していた。
「ええ、そうですわ」
「ふぅん。で、お前と妹は、王子の婚約者で、ヒロインとかいう女を虐める悪役令嬢なわけだ」
「どの方とヒロインが結ばれるにしろ、悪役令嬢は死ぬことになるのですわ……」
 はぁっ。特大のため息をエンヤルトはついて、「くだらねぇ」と吐き捨てた。
「な、くだらなくありませんわ!」
「ば~か、お前がじゃないよ」
 昔のように頰をミヨ~ンと引っ張り、クロエの顔を覗き込んでくる。その表情は不遜に笑っていた。

「くだらねぇのは、鬼神様だ。誰がおとなしく馬鹿げた遊びの駒になるか」
「でも、強制力というものがあるのです」
「妹と離れたり、俺の婚約者になったりってやつか。俺は俺の意志でお前がおもしろかったから婚約したんだよ、馬鹿。いいから聞け」

 要所要所ではそのシナリオ上で絶対に外せない設定には強制力が働いているのかもしれない。そうしなければ登場人物が異なってしまい破綻するから。ただし、細かな部分までは鬼神の干渉はないと思われる。
 エンヤルトは自分の考えを語って聞かせてくれた。

「無口で無愛想なクロエ・ハチス? 別人だろ。大枠だけ固めたって、俺たちは現実に生きていて、その箱庭の俺たちとは別物だ。絶対にそこは忘れるなよ、いいな?」
「……うん」
 孤独で不安な心に仄かな希望が灯る。
「よし。必要があればイズナルたちにも話すが、とりあえずこれは俺とクロエの秘密だ」 
「ありがとう、エンヤ様」
 ようやく笑顔を浮かべるクロエに、エンヤルトも任せろと笑ってくれた。
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